外伝6話 織田『稲作奮闘』信長
この外伝は4章 天文17年(1548年)の、北勢四十八家を撃破し帰蝶が援軍として合流した頃の話である。
【尾張国/那古野城 織田家】
「殿、尾張での農業改革の結果を報告します」
農業改革とは帰蝶が農村を見て回った時、色々な体験をした結果から始まった米増産計画である。(外伝2話参照)
去年は下記の様のな指示をして結果の差を見る為の実験を行った。
・例年通りの乱雑種まき
・距離を決めた整列植え
・整列植えは6寸(約18cm)から15寸(約45cm)間隔の10種類を試す
・大小選別と苗の育成良し悪しで分類して植え付ける
「少々報告する事が多いので、なるべく簡潔に結果だけ言いますね。乱雑撒きは論外と言う結果が出ました。次に整列植えですが、8寸(約24cm)以上の間隔では実りの差は無いみたいです。また、7寸(約21cm)以下の間隔ですと、実りが目に見えて悪くなりますね。最後に種籾の選別ですが、大小の仕分けでは特に差が無い感じです」
「なる程。大小選別は成長段階でも差が無かったが、実りにも影響無しか。ではそれぞれの詳細を聞こうか」
「はい。乱雑撒きは問題点だらけで、発芽しなかったか、撒かれた種籾が動物に食べられたのかは不明ですが、田に不自然な隙間が多数ありました。また、撒かれた種の間隔が狭すぎてお互いの成長を妨げてるとしか思えない稲もありました。整列植えの7寸以下の間隔と同じ現象ですね。利点と言えば成長した苗を植えるよりは楽ですけど、欠点の方が多すぎます。成長してくると隙間が無さ過ぎて草取りも大変です」
乱雑撒きとは田に種籾をバラ撒いて植える(?)、最速の田植えにして最高に手間がかからない農民の負担にならない植え方であったが、メリットはそれだけで帰蝶の言う様にデメリット満載であった。
「そうか。やはり確実に芽吹いた苗を植えたほうが、面倒でも結果に繋がる様だな」
「次に整列植えですが、先に述べた様に7寸以下は明らかに実りが悪いです。乱雑撒きで2、3寸の密集地帯があったのですが、悲惨な出来でしたね。8寸以上の広い間隔は、広ければ広いほど水田の中を移動しやすいですけど、広すぎると逆に雑草の生える場所も増えて本末転倒になるので、9~10寸(約27~30cm)が落とし所だと思います」
余談ではあるが、かつて米の増産を目論んで、水田にギッチリ密集して苗を植えさせて増産を図った国家元首がいた。
他国の理論である『同種の植物は、成長を阻害しない』と言う学説を採用し実施したのだ。(他にも『?』以外の感想しか出てこないトンデモ理論を実施した)
その革新的理論を試験もせぬまま『思いたったが吉日』とばかりに国家全域でその方法を実施し、人類史上最悪の凶作を起こし(農業以外の他の失政も重なって)約4000万の餓死者を出した。
この様に稲の密集栽培は植物にとって大打撃になる結果が出るのだ。
恐らくどんな植物も密集させたらダメージがあるだろう。
さらに余談であるが、この未曾有の大凶作は古代の歴史では無く、稲作のノウハウがしっかりと根付いているハズの1960年頃の話である。
「よし。来年より9~10寸の目印を付けた縄を増産し織田の基準としよう」
「大小選別は差が無い、と言う以上の報告ができません……。ただ、成長に差があるのは確かですので、何とか大小以外の選別が出来れば、結果に結びつく様な気がしてなりません」
成長にバラツキがあるなら種籾に何か要因があるのは直感で分かるが、では何が原因なのかが分からない。
「大小以外の選別か……。そうなると重さか? ……あの小さな種籾の重さをどうやって判別する……?」
「う~ん……。秤に乗せます?」
信長と帰蝶は一粒ずつ秤に乗せて比較する己の姿を思い浮かべた。
「うーむ……。何と比べて重い軽いを決める基準が必要じゃが、仮に基準が決まったとしても、判別が終る前にきっと気が狂うであろうな。村人総出でやっても発狂者がでてもおかしく無い。罪人に死罪か選別か選ばせてやっても良い位キツイじゃろうな」
二人は想像した。
一粒秤に乗せて、ほんの小さな傾きを目を凝らして逃さず、風に煽られて秤が傾かない様に気を使い、山の様な種籾を処理していく様を。
拷問に等しい方法なので却下の運びとなった。
「ですよね……。重い軽いを比べる方法……。じゃあ風で扇いで吹き飛ぶ種籾を選別するのはどうでしょう?」
「なるほど。そうなると一定の強さで扇ぎ続ける工夫が必要となるな」
「う~~ん……。手で頑張って扇ぎますか?」
信長と帰蝶は懸命に扇子を扇ぐ己を思い浮かべた。
「うーーむ……。もし選別出来る程の絶妙の力加減を維持して扇いでくれる匠の技を持つ農民がいたら、そ奴には一生年貢を免除しても良いな」
二人は想像した。
吹き飛ばしすぎず、しかし微動だにしない力ではなく、選別が可能な絶妙な力加減で扇ぎ続ける様を。
繊細すぎる力加減が必要となりそうなので却下の運びとなった。
「一定の風を送る方法ですか~。鞴はいかがでしょうか~?」
鞴とは鍛冶の時に使われる手動送風機である。
「う~~~ん……。中々良いアイデアだとおもいますよ」
「うーーーむ……。吹差鞴なら風量加減も容易で良いかも知れん」
信長と帰蝶は鞴を操作する己を思い浮かべ、これなら出来そうだと思った。
「それはようございました~」
「そうね……ん!? い、いつから居たの、吉乃ちゃん?」
帰蝶がいつの間にか話に参加していた吉乃に驚いて尋ねる。
信長は前々世からの記憶を思い起こして、吉乃の帰蝶以上の自由さを束縛するのは不可能だった事を思い出す。
「扇の辺りですかね~。何やら楽しそうな話をしていたので、ついつい混ざってしまいました~」
「そ、そうか。吉乃は農業に興味があるか?」
「そうですね~。商いについては父上の行いを見て学んでましたが、農業は知らない事が多くて新鮮ですね~!」
吉乃の育った生駒家は商売も手掛ける武家で、当主の家宗は信長の才を早くから見抜き親衛隊を支援していた。
「そうなんだ! 今、実は種籾から発芽の良し悪しを何とか選別しようとしているの。だけど大きさは余り関係なくて、じゃあ重さかな? と思って案を出し合っていたのだけど行き詰っててね。それを、アッサリ吉乃ちゃんが解決しちゃったのよ!」
そう言って帰蝶は、去年から行っている豊作を目指した活動の成果を語って聞かせた。
「なるほど~。でしたら私からも別の案が御座います~。」
「ほう。聞かせてもらおうか?」
「『祈祷』です」
「き、祈祷!?」
「と言うか何故祈祷をしないのか不思議なのですが……」
信長と帰蝶は同時に驚いたが、それも無理は無かった。
信長は長年の経験と未来の有様から神など居ないと断定している。
そもそも未来で神になる身であると知っているので、ますます神など信じられないし、自分に特殊な力はないのは良く知っている。
ついでに帰蝶も自分の病状が祈祷で一切回復せず、信長同様未来での有様を見ているので宗教への信仰心は皆無に近い。
しかし、これはこの二人が特別なのであって、宗教的考えが現代の科学同然の事実として浸透し、しかも疑問を挟む事を許されないのが現代以前の宗教の歴史なのである。
しかし、『昔の人は馬鹿だな』などと思ってはいけない。
我々が例え『科学はまやかしだ』と宣告されても信じられない様に、昔の人にとって宗教は絶対なのである。
日本で科学が宗教を完全に上回ったのは、約70年前の第2次世界大戦以降でつい最近なのである。
しかもそれは日本が特殊なのであって、世界の主流からみればまだまだ神の座は安泰なのが現状である。
当然、戦国時代であれば、病気だろうが雨乞いだろうが戦だろうが、全ての事象に宗教が絡むのが一般的な考えであった。
信長と帰蝶が異端過ぎるのである。
「……そうか。祈祷か。それは試さねばならんな《全くの無意味である事を証明する為に》」
「そ、そうですね。何故か忘れていましたわ《なるほど、必要な事ですね》」
「……?」
こうして来年の方針が決まった。
「よし。では鞴を種籾選別用に風の勢いを調整し、吹き飛んだ物と飛ばなかった物をそれぞれ発芽させて9~10寸間隔で植えていこう。」
「それと、一部の村では祈祷を実施してもらう、ですね」
「来年の収穫が楽しみですね~!」
一朝一夕には行かない米増産計画は、2年目に突入しようとしていた。
「そうじゃ! 吉乃よ。田植えや草取りの簡略化の案が思い付いたら、いつでも教えてくれ。お主なら思いもよらぬ方法を思い付くやもしれぬ!」
信長は吉乃の発想力に期待した。
吉乃が自信たっぷりに答える。
「引き受けました~」
吉乃がこの難題にどう答えるかは来年の話である。




