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外伝5話 丹羽『宿敵』長秀

 この外伝は、3章 天文16年(1547年)尾張の内乱が集結し、平手政秀と丹羽長秀が美濃へ派遣された頃の話である。



【尾張国道中】


 美濃に向かう一団が馬に揺られながら周囲を視察しつつ雑談をしていた。

 特に一際若い少年と、最高齢の大人がこの一団の中心人物である。

 そんな中、少年が大人に話しかける。


「中務丞様、俺は美濃に行った事が無いのですが、どういった国なのでしょう?」


「まだお主が元服する前、ほんの5、6年前に今の国主斎藤山城守殿(斎藤道三)が土岐氏を追放して乗っ取った国じゃな。この尾張とは目と鼻の先にあるので大殿と何度も争った事もある。まさに乱世の梟雄(きょうゆう)と呼ぶに相応しい人じゃな。美濃のマムシと言えば、日ノ本で知らぬ人は居らんじゃろう」


 少年の名は丹羽長秀。

 大人の名は平手政秀。


 斎藤家と家臣の交換を実施し通商を円滑に行う為に、織田家側から派遣されたのである。

 逆に斎藤家からは明智光秀が派遣されている。


「斎藤山城守殿ですね。マムシの異名は知ってます。悪逆非道の限りを尽くして美濃を乗っ取った大悪党とも」


 猛毒を持つ大蛇が稲葉山城に取り付く様を想像し、長秀は身震いした。

 そんな長秀を見て苦笑しつつ政秀は説明を続けた。


「まぁ……褒められた手段では無いかも知れんが、かと言って、力の無い君主に居座られても民は不幸になるだけじゃ。乗っ取る前から山城守殿が美濃の政務を取り仕切っておったし、居ても居なくても一緒ならば御退場願った方が良いじゃろう。我等の大殿も斯波氏を倒して尾張を手に入れた様に、美濃も乱世に相応しい人が頂点に立っただけじゃな」


「褒められた手段ではない……?」


「直接的な毒や、酒や女と言った遅効性の毒と言ったところかの。いずれにしても引っ掛かる方が悪いのは間違いないがな。ただ山城守殿は間違いなく優れたお人じゃ。何でも出来る『器用の仁』は我等が大殿の評じゃが、その大殿を何度も退けた山城守殿は幾つもの顔を持つ『器用の仁』やも知れぬ」


「幾つ者顔を持つ『器用の仁』ですか……八俣遠呂智(やまたのおろち)みたいな人ですかね……」


 猛毒を撒き散らし、炎を吐き、風を操り、雷の雨を降らし、吹雪を起こし、大地を割り―――それ以上は思いつけなかったが、長秀は暴れまわる八俣遠呂智を想像し思わず尾張に帰ろうかと思ってしまった。


「八俣遠呂智! フフフ! そうじゃな怒らせると怖いじゃろうから注意しておけよ?」


 注意喚起をする政秀は、言葉とは裏腹に笑っていた。


「中務丞様は……何度か会っているのですよね?」


「まぁな。最後に会ったのは……若の婚姻に先立ち会談を行ッ……ボフゥッ!」


 突如政秀が噴き出した。

 一同が驚き政秀を見るが、当の政秀は手を前に出して問題無いとアピールするが、酷く咽込んで苦しそうである。


「な、中務丞様!?」


「だ、大丈夫じゃ! それよりも間も無く稲葉山城じゃ。皆、織田家が侮られないようにッ……ブフゥッ!」


「中務丞様!?」


 何が政秀のツボに入ったのか、またしても噴き出した。


「だ、大丈夫! 済まん! しばし時をくれ! ゴホン、ベフゥ!」


 そういって何度か深呼吸をした政秀は、ようやく落ち着いた―――様に見えたが、時折痙攣したりして一同は政秀の体調不良に心配してしまった。



【美濃国/稲葉山将 斎藤家】


 そんな騒動がありつつ、一同が稲葉山城にの麓に到着すると、山の上に築かれた城を見上げた。


「こ、この城は見るからに難攻不落ですね……」


 長秀が驚嘆して呟く。

 かつて信長が岐阜と改名した稲葉山城は、天然の要害を利用した防御に優れた城にして、城下を一望できる高さも備えており、ここを攻めるとなると甚大な被害が容易に予想できる、攻めるつもりで見れば、それだけで意気消沈しそうな威容をしていた。


 先ほど長秀が斎藤利政を八俣遠呂智と形容したが、こんな所に棲んでいるならあながち間違っていないと、同行した一同は思い無意識に唾を飲み込んだ。

 そんな中、政秀は落ち着き払って城兵に織田家からの使者だと告げると、直ぐに利政の小姓がやってきて城に案内された。



【稲葉山城/大広間】


「面を上げられよ」


 斎藤利政の威厳に満ちた声が響き渡り、織田家一同が顔を挙げた。


「遠路はるばる美濃までご苦労である。これよりは美濃と尾張を商いで栄えさせ共存を図って行く事となろう。その為にはワシも残りの余生を捧げて臨む覚悟である。織田家の皆様のご助力を期待しておりますぞ!」


 利政の熱意の籠った宣言に同行した織田家一同は、強烈な圧力を感じて身震いしてしまった。

 長秀も改めて信長からの期待に応えるべく決意を新たにしたが、その時、両脇に控える斎藤家家臣団の中に自分と同世代の若者が居るのに気が付いた。

 鋭い視線で織田家家臣団を見る、いや、射る様な視線を浴びせていた。


(何だあのヤローは? 挑発的な目ぇしやがって!)


 率直な感想であった。


「山城守様が動いて頂けるのなら百人力でございます! 是非とも力添えをお願い致します!」


 流石に百戦錬磨の政秀は臆する事なく受け流しつつ応えた。


「うむ。早速じゃが、ワシと共にこの案件に当たる者を紹介しよう。内蔵助!」


 利政の呼びかけに、織田家家臣団を鋭い目で睨んでいた若者が前に出た。


「斎藤内蔵助利三と申す。若輩ではありますが、足を引っ張らぬ様に励みます!」


(あのヤローか!)


 一通りの挨拶が終わり詳細な打ち合わせの為、別室に移った一同は政秀から信長が尾張で実施しようとしている計画を聞いた。


「書状にて既に周知かと思いますが、認識合わせの為今一度詳細を述べさせて頂きます」


 ・街道の如何なる場所でも最低牛車馬車4台が横に並べられる広さを確保する。

 ・木曽川、長良川を利用し水運を活用する。

 ・尾張美濃間は関所を完全撤廃。

 ・楽市楽座を実施。


 その他詳細(23話参照)が語られて、相変わらず凄まじい改革だと一同は思い知った。

 その他の案も画期的であり、特に関所撤廃は革新的であった。

 濃尾街道も寺社が好き勝手に関所を作って通行税を徴収しているので、無税の街道は必ず栄えるであろう事は想像に難くない。


 それでも、国内だけなら判らないではないが、他国との関所を無くすと言う事は裏切られた時の被害は甚大なものになる。

 しかも何度もやり合った間柄の織田と斎藤である。

 それだけ信長の通商にかける思いは真剣だと言う事であった。


「婿殿の通商にかける思いは本物じゃな。これはワシも本気で取り組まねばならぬな」


 利政は正徳寺の会談で、信長の才能を見抜いた自分が正しかったと改めて思っていた。


(何しろあの会談は酷いあり様であった。お陰で義龍はしばらく寝込ん……)


 そこまで思い出して利政は政秀を見た。

 あの会談の場に居た人間である政秀を。

 利政は視線があった政秀の顔を見る。

 特に不審な点は無かった。


(ま、まぁ過去の事じゃ。蒸し返す様な真似はせんじゃろう!)


 利政は安堵したが実は違う。

 政秀は視線が合った瞬間から歯を食いしばって、吹き出しそうになる己を懸命に堪えていたのである。

 ここで吹きだそう物なら通商どころでは無いからだ。

 織田の未来を背負って政秀は懸命に全身全霊で堪えていた。

 若干震える体で政秀が話し始める。


「さ、さて織田家の基本は以上の様になります。山城守様と斎藤家にお願いしたい事は、一日での移動距離を見越した宿場町と番所の建設です。濃尾街道を利用する全ての人の安全を守ってこその通商ですので、治安維持は必ず必要になります」


「そうじゃな。婿殿より知恵をもらった『専門兵士の計』は順調に進んでおる。警備兵は揃えられるじゃろう。宿場町も良い考えじゃ。街道も活性化するじゃろうて」


 信長は美濃との通商で必ず人手不足になる事を見越しており、人材確保の為の『専門兵士の計』を利政に教えていたのだ。

 その『専門兵士の計』で見いだされた斎藤利三が口を開く。

 単なる兵士に留まらず、若年でこの場に居る事から相当の才能を有しているのは明らかであった。


「濃尾街道に異論はありませぬが、この街道を両国間だけに留まらせるのは非常に惜しいと某は思っております。強固な同盟関係にある織田家との街道は全く問題ありませぬが、将来性を見越した街道整備も必要かと思います。特に京方面は途中にある近江も含めて魅力的な土地です。そう言った意味で、尾張から美濃に伸びる街道はこの稲葉山を経て大垣にも伸ばしていきたいと思っております」


 利三はそう言って長秀を見やり得意げな顔をした。


(!?)


 京はどれだけ荒廃しようと日ノ本の中心なので、京を抑えた後ならば魅力的な土地であるし、途中の近江では近江商人が切磋琢磨している地域であるので、近江を支配した後の利益は果てしない。

 利三が得意げな顔をするのは若さ故もあるが仕方のない事であった。

 ただ、顔を向けられた長秀は面白くない。

 ムッとした長秀は負けじと尾張の展望を()()()()()()()


「こちらも三河方面に足を延ばしておりますれば、将来三河を手に入れた時には、より一層の商売が手掛けられます!」


「ほう! 三河ですか! しかし……三河でなければならない特産品など、何かありましたかな?」


 利三が口角を持ちあげつつ長秀に尋ねる。

 三河は戦乱で荒廃しており、いずれ八丁味噌など特産品ができるが、今のところ三河で取れる物は他でも賄えるので、必要かと言われれば必要だが商業的優先順位は低かった。

 この情報は周知の事実なので、政秀も止めなかったが、その判断がまずかった。


「も、もちろん! それだけではありません! 他にも当家は伊勢併合を目指しております! 伊勢商人や志摩の海産物は商売に大きく貢献するでしょう! 伊勢湾を活用する為にも伊勢は魅力的です!」


 そこまで言って長秀は『しまった』と思った。

 この時点では伊勢侵攻は計画段階であり、いくら同盟していても漏らして良い話では無かった。

 政秀も顔をしかめる。


「ほう! 織田殿は伊勢を目指すか! 流石は勢いのある織田家よ! 頼もしい婿殿であるな! 成程。商売だけでなく今川対策に伊勢を併合するのも悪くない。我らと合わせれば今川とも互角の争いが出来ようて!」


 利政が驚いた顔をする一方、政秀は苦い顔をしたが、すぐさま挽回すべく話し始めた。


「あー、話す順番が逆になってしまいましたな。山城守殿の仰る通りです。隠すつもりはありませんでしたが、我が主より書状を預かっております。伊勢侵攻の際の万が一に対する援軍要請です。ただ専門兵士が従軍するので援軍を要請する事は、余程の事が発生しなければ無いだろうと申しておりました」


 そう言って政秀は懐から書状をだして利政に渡した。

 本来なら特大のチョンボであるが、信長の先見性に長秀は助けられた形になった。


(助かった……!? クッ! おのれ~! あの餓鬼にやられた!)


 若さゆえの対抗心の余り口を滑らせた長秀は、怒りで歯を食いしばった。

 しかし、なぜ利三は長秀に対抗心を燃やすのか?

 実は利三は正徳寺の会談での斎藤家側の小姓として出席しており、斎藤家の大失態を目撃した一人であった。


 その後順調に取り立てられて、織田家のとの通商担当を主君の利政と行うと知った時は飛び上がらんばかりに喜んだが、織田家側に会談の全てを知る平手政秀が来ると知って、主導権を取られまいと策をめぐらせた。


 とは言え百戦錬磨の平手政秀を策で釣るのは厳しい。


 ならばどうするかと悩むと、自分と大して変わらぬ若者が織田の代表として来ると知り、ターゲットとなったのである。

 別に恨みは無いが、長秀の運が悪っただけとも言えた。

 若い長秀はまんまと策にハマり、失態を演じてしまったのである。


 こうして精神的優位の無くなった織田家と、失態を挽回した斎藤家の共同通商が始まったのであった。

 ただ―――今日この日より始まった、長秀と利三の宿命のライバルとも言える戦いも始まったのであった。



【後日】


 通称作業の合間を縫って武芸訓練をする長秀が、利三を柔和な言葉で呼び止める。


「内蔵助殿、一つお手合わせ願いませんでしょうか?」


 しかし、言葉とは裏腹に油断ならない雰囲気がにじみ出ている。


「わかりました。お相手しましょう(ふん! 武芸で先の失態を誤魔化す腹積もりか? 小賢しい! 返り討ちにしてくれる!)」


 しかし利三は、武芸や諜報訓練をずっと続けてきた長秀に手も足も出ず敗れた。

 最初期から親衛隊に所属する経験と、さらに帰蝶との立ち合い経験が利三を寄せ付けなかったのである。


(馬鹿な!? クソッ!)



【さらに後日】


 先日の武芸の結果と長秀のやり口に憤慨した利三は、逆に内政関連の計算や細かい心配りを見せつけて、政秀に絶賛され得意げな顔をする。


(このガキャァァァ!)


(貴様にだけは負けん!)


 こうして、お互いがお互いの長所を何とか超えてやろうと切磋琢磨(?)する環境が出来上がり、斎藤家の若手を巻き込んで精進する事となった。


「中務丞」


「ハッ!」


 尾張で明智光秀が信長を『殿』と呼んで臣下の礼を取るように、政秀も利政を主君として仰いでいる。


「若い者が元気なのは、きっと国として正しいのじゃろうなぁ」


「そうですな。年寄りは若者の為に道を作るのみですな」


 利政と政秀は元気な若者をみて自分が年を取ったと実感しつつ、微笑ましい光景を満足げに見ていたのだった。

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