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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
5章 天文18年(1549年)勝つ為の力
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36話 南伊勢侵攻 王手飛車角金銀取り

【伊勢国/長野城 織田家】


 信長は厳しい冬の間は一切の戦をしなかった。

 敵戦力の整う農閑期に戦っても被害が大きいのが分かっているし、こちらは敵戦力が激減する農繁期に遠慮なく攻められる。

 いずれは真冬であろうと進軍する必要はあっても、今は無理する必要が無いのである。

 それに唯一の例外である長野城の防衛戦は、北畠軍を散々に打ち負かしたお陰で南伊勢の農兵が大打撃を受け、このままでは今年の年貢管理も覚束(おぼつか)ない。


 北畠家の建て直しには、信長は当然、誰しもが時間がかかると読んだ。


 それも当然と言えば当然で、南伊勢では減った人間が担当していた負担を、残った人間が請け負うので、農民を酷使すれば不満が高まり、一揆が起こっては織田家に特大の隙を見せる事になるし、一揆が起きなくても徴兵した農民は疲弊の極みにあり戦力として不安が残る。


 逆に農民の機嫌をとり年貢免除すれば兵糧が集まらない他、徴兵できる農兵の数が限られる。

 さらには体力ある若者が育つのも時間がかかる。

 完全な悪循環に北畠家は長野城での敗戦を今更ながら後悔し、頭を抱え戦々恐々としていた。


 しかし、そんな北畠家を嘲笑うかの様に、信長は南伊勢に攻め込まない。

 今攻め込まれたら、北勢四十八家を蹴散らした様に蹂躙される恐れがあったが、何故か信長はそれをやらない。


 もちろん、信長は遊んでいるわけではない。

 信長は『2年で伊勢を平定する』と宣言したからには、戦以上に積極的に動いている。(26話参照)

 それは調略に励んでいたのだ。

 なにせ即座に間者働きができる人材が居るのが親衛隊の強みである。

 将棋の駒における『王手、飛車、角、金、銀取り』とも言える調略で、相手の戦力を根こそぎ奪う気でいる。


 伊勢の『王』が北畠なら飛車角金銀は何か?


 『飛車』と見立てた相手は北畠晴具の次男、具教の弟である木造具政(こづくりともまさ)である。

 具政は数年前に一族の木造家に養子に出され木造当主となったが、しかし本人にとって納得できる話ではなかった。

 武芸も政治も兄に勝るとも劣らないと自負しているのに、北畠本家を外された。

 つまり未来永劫、自分の血筋は北畠より一段下となる事が確定してしまったのである。

 だが、北畠家がもっと実力が低い家ならば、穀潰しとして死ぬまで日陰者となるのに比べたら格段に良い扱いである。

 むしろ晴具の親心と言っても良かったが、今はこの親心が裏目に出てようとしていた。


 史実にて具政は兄を裏切り織田に付く。

 その史実を知る信長は早くから接触し、前々世同様、そのプライドをくすぐり内応を取り付けていた。

 決意に至る切っ掛けは長野城での兄の醜態である。

 殿(しんがり)戦では多少の挽回をしたが、長野城奪取失敗の戦犯が兄とみている具政は、その兄が家督を譲られた事に激怒した。


「無能な兄が率いる北畠に未来はない! 織田殿に降る!」


 そう決意した具政は来る決戦にて折を見て裏切り、内部から食い破る事を約束した。

 具政が兄に及ばないと自覚していれば防げた事であるが、それなりに優秀な為に起きた内応であった。

 これで『飛車』取りが確定した。


 『角』と見立てたのは伊賀の豪族、すなわち忍者である。

 前々世にて信長三男の織田信雄(おだのぶかつ)が、無断で伊賀に侵攻すると言う大暴挙にでたが、それでも勝てば確かに伊賀を領国化できるしメリットが無い訳では無いが、木っ端微塵に大敗してしまった。


 当の信雄は何故父が伊賀を攻略しないのか理解していなかった。

 だが、信長は伊賀の地形と忍者の手強さを知っていたのだ。

 本願寺とも争っていた為、攻めるタイミングも悪すぎる。

 ゲリラの達人ともいえる忍者に、戦下手の信雄が勝つ可能性は皆無であった。

 その後は忍者の危険性を再認識した信長に滅ぼされる事になるが、信雄の失敗で信長は気づいた。

 忍者は敵対し駆逐するのではなく、懐柔し上手に付き合うのだと。


 では今回はどうしようかと考えていたら、思わぬ報告が飛び込んできた。

 それは、『北畠家が最初に偵察活動で伊賀者を利用したが、偵察内容に信用が置けず織田との内通を疑っている』との報告である。


 北畠に忍ばせた間者がつかんだ値千金の情報であった。

 伊賀はいずれ取り込むつもりであったが、労せずして機会が飛び込んできた。

 この絶好の機会に信長は、具政との繋がりを利用して北畠の家臣を煽る事にした。

 その具政が北畠家の評定の場で、雄弁にかつ熱の篭った声でまくし立てる。


「父上! 今回の敗因は最初の情報戦に後れを取った事が原因なのは明らかです! その原因となったのは誰であるか!? 長年誼を通じた我らを裏切った伊賀者でしょう! それを許しておけば北畠の沽券に関わります! 兄上が壮絶な殿を勤め上げ傷だらけになって守った北畠が舐められっぱなしで良いのですか!?」


 具教は傷が元で動くに動けず、この軍議の場には居ない。

 傷が元で熱を発し、著しく体力を奪われていたのである。

 そうなると今この評定で晴具の次に発言力があるのは具政である。

 具政は先の戦には留守居役として残っていたので、他の家臣はほとんどが長野城で散々に弄ばれた者達である。

 つまり晴具含めて負い目がある者ばかりであった。


「皆の者! 今は織田と戦うべきでないのは分る! だが! かと言ってお主等が痛い目に合う羽目になった原因を野放しにする気か!?」


 煽りの才能があったのか、具政はその後も痛い所を突きまくった。

 家臣の一人が悔しさの余り涙ながらに晴具に訴える。


「大殿! 大怪我を負った侍従様(具教)に報いる為にも、我らに伊賀討伐をお許しください!」


 その発言に具政は心の中でほくそ笑む。

 油断すると緩みそうになる顔を懸命に引き締めつつ、声を大にして晴具にせまる。


「それでこそ栄光ある北畠の者よ! お主等! 汚名を返上して兄上に吉報を届けよ! 伊賀を蹂躙し、薄汚い忍共を殲滅せよ! 良いですな? 父上!」


 晴具は迷った。

 確かに伊賀を許すのは他家に舐められる。

 しかし、今織田に隙を見せるのは致命傷になりかねないが、具政の言う事はもっともである。


「……解った。具政よ、今動かせる半分の兵を率いて伊賀を攻めよ」


「ありがたき大役! しかし、それには及びませぬ。見て下され。この家臣たちの燃える目を。某が汚名返上の機会を奪っては、先の戦いで傷ついた皆に申し訳ない! この北畠の至宝たる彼らに機会をお与えくだされ!」


 実際は信長と裏で繋がっているので、自分の兵を失わない様に、慈悲深い己を演出しつつ、その任を断った。

 実に見事な演技と演説であった。

 具政の熱に当てられた家臣達が次々に声を挙げる。


「戸木御所様(具政)!! その計らい感謝いたします!」


「大殿!! 我らに汚名返上の機会を!」


「侍従様の為にも是非とも命じてくだされ!」


 晴具は許可を出したは良いが、盛り上がる家臣達をみて逆に長年の経験から危険を感じた。


(感情的に攻めて果たして良いものなのか……。何かとんでもない罠があるのでは無いか? 言い様の無い違和感を抑えられぬ……)


 織田との争いで情報の罠に引っ掛かって、疑心暗鬼に陥りつつあった晴具は、散々迷って結論を出した。


「……良かろう。具政の言う通りじゃ。北伊勢の代わりに伊賀で留飲を下げる事としよう! 先の戦での鬱憤を晴らして参れ!」


 結局、どれだけ考えても伊賀を野放しにするのは北畠に取って体裁が悪い。

 他国に舐められない為にも威厳は示さねばならない。

 迷おうとも、罠に嵌まっている可能性があるとしても出陣するしかない、そう結論するしか道が無かった。


 晴具は、長野城攻防戦を経験する前なら、うかつな判断はしなかったかもしれない。

 しかし先の敗戦で気が付かない内に弱気になり、判断を誤り始めているのに晴具は気づかなかった。

 結果的に伊賀侵攻はそれなりの結果が出た。

 動員できる兵が少ないので全域の制圧は出来なかったが、伊賀の四分の一は切り取る事が出来た。


 一方伊賀の者は突然の北畠侵攻に驚き戸惑った。

 長年付き合いがあり、今回も正確な情報を届けたのに、何故いきなり攻め込まれるのか分からない。

 使者を派遣したが、切り捨てられて聞く耳を持ってくれない。


 仕方なく何とか自前の戦力で抵抗したが、四分の一を失った伊賀を束ねる伊賀十二人衆は不当な扱いを受けるならばと、織田と繋がりを持ち抵抗する事を選ぶのも自然な流れであった。


 裏に信長の謀略がある事を見抜けぬ北畠は、伊賀豪族との繋がりを自ら絶ち、信長の思うが(まま)、織田と伊賀の仲を取り持ってしまったのである。

 本当は伊賀忍者は正しい報告をしているが、偽報と判断された遠因『専門兵士の計』が見抜けぬ限り北畠に情報の真贋が判明することは無い。


 今までも散々猛毒の様に効果を発揮した『専門兵士の計』が、最早致死性の毒が流行り病となって猛威を振るって北畠の面々を惑わし、前々世では強敵として立ちはだかった伊賀十二人衆が織田に付く結果となった。

 これで『角』取りが確定した。


 『金』と見立てたのは志摩の九鬼一族である。

 『銀』と見立てたのが志摩国である。

 とは言え『金』は既に織田とつながっている。

 あとは志摩十三地頭を滅ぼし、志摩を制圧するのが目的である。

 信長から当初親衛隊100人を海戦が出来る様に預けられていたが、今はさらに追加され500人と増えていた。

 その500人と農兵を合わせた1500人及び、親衛隊指揮官として河尻秀隆が派遣されている。


 史実では河尻秀隆は信長の信任厚い忠実な家臣として重宝され、弟信行の誅殺と言った汚れ仕事から、武田を滅ぼした後の甲斐統治、息子信忠の後見及び副将として活躍した。

 秀吉が便利屋として華々しく活躍して派手に目立つが、河尻秀隆も便利屋として戦と政治に活躍していた人材であるが、今回、信長はそんな秀隆に海戦を習得させようと思い立ち、親衛隊と共に九鬼に送られていたのである。


 志摩の地頭衆は今まで押さえ込んでいた九鬼が、突然強力な陸戦兵を揃えて反攻してきたのに驚き、北畠に助けを求めた。


 しかし、北畠は『自分達で何とかせよ』と取り合ってくれない。

 これでは何の為に北畠に従属しているのか解らないの地頭衆であるが、北畠は先の敗戦と伊賀侵攻の真っ最中であり、出したくてもこれ以上兵が出せない状況であった。


 これも信長の謀略が効いていた。

 信長が具政より情報を得ている為、タイミングを合わせて仕掛けた侵攻作戦である。

 北勢四十八家同様小粒の勢力の集合体である志摩十三地頭は、北畠の助力無ければ九鬼を押さえる力は無かった。


 農閑期なのでそれなりに抵抗があったが、狭い面積の志摩でさらに13もの勢力がひしめき合っては、1500を率いる九鬼とは勝ち目がまるで見えない戦力差となった。

 手も足も出ない地頭衆は降伏して臣従するか、土地を捨てて北畠に逃げるか、玉砕して滅ぶしか道は無い。


 久しぶりの陸戦で親衛隊が張り切ったのも手伝って、志摩を完全支配する事に成功した。

 これで『金』『銀』取りが確定した。


 こうして信長は謀略を効果的に駆使し伊勢の『王』たる北畠に王手をかけたのであった。


 最悪な事に北畠家は王手を掛けられているのに気付いていない。

 何故ならば現時点では自分の領地は少しも減っていない所か伊賀の一部を手に入れた。


 確かに長野城での敗戦は痛いが、挽回は可能にも見える。


 しかし、それはとんでもない思い違いで、既に強い駒の粗方は織田に繋がり『飛車』に至っては敵陣に埋伏させて、いつでも『龍王』に成れる位置にいる。

 信長が攻めると決断すれば北伊勢、伊賀、志摩の3方向から攻められて、いずれは『桂馬』『香車』『歩』も壊滅するか『飛車』『角』『金』『銀』のいる陣営に降る。


 ここまでくれば単なる王手ではなく、盤面の駒全て奪われた上での王手で『投了』を待つだけになる。


 たった一つの戦略ミス。

 長野城を誤った情報のまま攻めたお陰で、あっという間に存亡の危機に立たされていたのである。


 史実の北畠は、追い詰められて信長の息子である信雄を婿養子にし、家督を譲って生き長らえた。

 北畠の今回の歴史は、以前よりも形勢が悪い。

 北畠の運命がどうなるか歴史を知る信長、帰蝶、ファラージャさえも読みきれ無い程の織田有利な展開であった。

実際の将棋で王手飛車取りってのは良く聞きますけど、2駒以上の複数取りってあり得るんですかね?

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