225話 竹中半兵衛の憂鬱
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お待たせしました!
漫画版 信長Take3『6話(1)「初陣」』が公開されました!
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【お詫び】
現在母が2度のクモ膜下出血を患い、何とか生還するも、運悪く『髄膜炎』『水頭症』になり意識不明の重体となりました。
これは脳手術の3第合併症の一つだそうで、致死率は……言霊を主題とする小説なのであえて濁します。
ともかく、私もかなり精神的に参った状態で書き上げた話なので、何度読み返しても、話の良し悪しなど色々とマトモな判断が出来ませんでした。(これはこれで、自分でも大変驚きました。人間こうなるのかと)
後々異常や破綻を見つけ次第修正はしますが、大筋は変化ないと思います。
仮にもプロとなったのに情けない話ではありますが、どうかお許しください。
11/27 松岡
11/30追記
さらに髄膜炎に対する菌に対する抗生物質に効果が無く、緊急の3度目の手術となってしまいました。
もう神仏を全否定する『信長Take3』で神仏にすがるしかなくなりました。
皮肉な話ですね……。
神様仏様、この作品はフィクションです!
どうか母に最新話第6話を読ませて下さい!
【山城国/朽木方面口の南部】
竹中重治は急いだ。
下山したら予定より大幅に早く、斎藤軍と接触できた。
物理的にあり得ない速さだった。
「ッ!?」
これは計算外だった。
斎藤軍が、朽木城を出て京の都を伺う場所に待機していたのだ。
たまたま比叡山の森林に隠れて見えない場所にいたのだ。
(く、朽木城に居ると言っていたじゃないですかぁ~ッ!?)
当初斎藤軍は帰蝶の書状によれがば『将兵が足りないなら私も参戦しますので、遠慮なく仰ってください。朽木城で待機しています。帰蝶』とあったが、あの書状はあの時点のモノ。
信長の真の狙いを共有している帰蝶としては、誰かが朽木に来るなら、この道しかないのだから出迎えた方が、何かと都合が良いのは自明の理にして、戦術的にも大正解も大正解。
そもそも朽木と京を繋ぐ道が一本しか無いのだから、すれ違い事故も無い。
神速を旨とする織田軍の軍法を、同じく導入する斎藤家にとっても当然の行為。
だが今回ばかりは、織田軍と言うよりは、信長と斎藤家にとっっっても困る行為。
(妊婦の身なのにぃッ!!)
秀吉がアッサリと任務を遂行させている分の、バランスを取る為の皺寄せが来ているとしか思えない厄災の帰蝶。
(クソ! 某が一体何をしたと言うのだ!? 誰の恨み祟りを買った!?)
若い重治が呪われたか、鍛える為としか思えない難題。
晩年の病死寸前だったら、天才的頭脳でどうとでも処理したであろう帰蝶の襲来だが、まだ若造の重治には帰蝶の相手は荷が重い。
だが、神仏はまだ、哀れな重治を見捨てていなかった。
「おお、半兵衛殿(竹中重治)ではないか」
出迎えたのは遠藤直経であった。
「喜右衛門殿!(遠藤直経) 濃姫様、いや殿は何処に!?」
半兵衛は気が動転している。
帰蝶の居場所を『何処に』と言っても、そんなのは本陣に決まっている。
(本陣? ――本当に? ――決まっていないかもしれない。――そう。――例えばもう戦場とか)
重治は己の頭脳ではなく、神仏に祈った。
苦渋とも悲痛とも、何とも言えない表情の重治に救いの手が差し伸べられる。
神仏は重治を見捨てていなかった。
「あぁ。弾正忠様の女房衆と共に、朽木城におられる。言伝も預かっている。『安心してね♡』とな」
安心してね♡――
♡マークは直経のアレンジだ。
妙に帰蝶のモノマネが上手いのは、しょっちゅう稽古に付き合っている賜物か。
まるで高笑いしている帰蝶が思い浮かぶようだった。
『オホホ! 流石に来る訳ないでしょ?』
傷だらけの顔なのに、それが様になり美しく神々しい顔が、中空で憎たらしく邪悪に笑っているのが浮かんで見える。
重治は思わず中空に向かって手が出そうになったが、中空の帰蝶にさえ軽く捻られ勝てそうにないので諦めた。
「そう言う訳だ。まぁ何というかここだけの話だが、織田殿の尻を叩く殿なりの激励だ。何せ蠱毒の総決算なのだからな」
「あの織田殿が油断はしないと思いますが……」
「それは最もだがな。だからこそかもしれん。油断をしないという油断だな」
油断しない、という油断。
油断しない、と言い聞かせる心の隙。
最大限に注意しているぞ、と自分に言い聞かせているのに、大失敗をする事がある。
何故か、よりによって一番マズイ時に失敗してしまう、マーフィーの法則に近い現象だ。
これは『油断をしない』と考える『頭脳の余計な使用』による隙だ。
「些細な事も、と言いたいのですか……。はぁ。何はともあれ助かりました」
助かったのは援軍ではなく、帰蝶の未参戦であるのは言うまでも無いだろう。
勿論、ここまで斎藤軍が来ていた事も幸いであるが。
「おっと。言い忘れたが、危機の知らせを受けたら女房衆で馳せ参じるとも言っていた。……あの顔は本気だったぞ。この戦い。勝つのは当然、蠱毒計を成功させるのも当然。だが、真の目的は殿の出陣を絶対に封じる事こそ戦果だと思え」
「……ッ!? わ、分かりました!」
直経の言葉に重治はまだ油断があったと自戒する。
さっそく、帰蝶が居ない事に安堵してしまっていた。
「それから、美濃三人衆と不破殿、仙石殿、河尻殿、斎藤内蔵助(利三)殿もいるが、総大将はお主だ。殿からの指名だ」
「……某が来ると読んでいたと? 明智殿だったかも知れないのにですか?」
これには別の意味で驚かされた。
直経も言いながら驚いている。
顔が『本当に竹中が来た!』と言っている。
「そうなるな……。城に居ながら戦場を正確に把握しておる。妊婦になって大人しくなる所か冴えわたっておる。かの朝倉宗滴公や太原雪斎公も、戦場を見ずして采配したと聞いたが、その域に足を突っ込んでおるかもしれんな?」
直経は寒気がしたのか身震いした。
決して武者震いではない。
恐怖に対する畏怖だ。
(……殿は来ていないが、ここまで読み切っている。……ん? そうなると……この戦の主役は誰なんだ?)
一方、重治はそう感じてしまった。
もう総大将として計算を始めている。
そして、違和感だらけの戦場にどう動くのが正しいか考える。
長慶がこの場に居ないのはまだ知らないが、信長も延暦寺の守りに就いて出てきていない。
自壊寸前の大和国残党軍が主役な訳がない。
主役が不在か、敢えて引っ込んでいる盤面に見えて仕方ない。
だが戦が始まる以上、誰かが引っ張る役目をするはずだ。
しかし織田は徹底防戦、三好は遠方で待機(の上、長慶不在)、斎藤家も当主が産休中という前代未聞の状態だ。
(これが長年続いた蠱毒計のなれの果てなのか? ならば誰が主導する? 止めを刺す? 斎藤家……で良いのか?)
戦には趨勢を決める決定打を放つ、その戦の主役が必ずどこかに現れる。
先駆ける豪傑か、後詰の援軍か、奇襲を成功させた軍か、流れを見切った総大将か?
その勝機は臨機応変にあちこちに発生しては消え、新たに発生しては消えを繰り返し、誰かが決定的な勝機を掴み、その掴みを周囲の味方や、総大将が正確に把握して決着をつける。
(織田軍は防具も捨て延暦寺に立てこもり、三好軍も同行は不明だが小芝殿(羽柴秀吉)が何とか動かすだろう。……そう、三好を何とか動かす。背後を突ける位置だが積極的かどうかは分からない。だが、我が斎藤家は殿公認で自由に戦える……! ならば!)
長考の様で一瞬で作戦を決めた重治が号令を発した。
「今より、大和残党軍を殲滅する。この戦の手柄第一功を狙う。これが斎藤家の役目である! 遠藤殿には先駆けを任ずる!」
「任されよ!」
蠱毒計は三好主導の策略だ。
延暦寺を味方に引き入れたのは織田家だ。
ならば、決着をつけるのは斎藤家でなくではならない。
織田家の妻の家ではあるが、独立大名斎藤家として、この戦いの決着をつけ武功第一を狙わねばならない。
将来、三好対織田になるのは確実だが、三好対織田、斎藤にせねば、斎藤家の将来は妻の実家の大名として織田の家臣となるしかない。
織田が天下統一したとしても、対等に近い立場を手に入れなければならない。
天下の趨勢は、もう三好と思っている勢力が大半。
大穴で織田家だ。
後は有象無象の存在にすぎない。
今川などは織田家の家臣で構わない立場を示している。
これはこれで構わないし、生き残りをかけた立派な戦略だ。
それに、内部から今川の存在感を示し続けているのも事実。
北畠家などは敵対大名から大出世し、織田の主戦力だ。
しかも禁忌の官位『上総守』授与の約束まで取り付けた。
先を見据えている者は、天下統一後の立ち回りをもう計算している。
そう考えれば、さっきまでの帰蝶の邪悪な笑顔が、今は女神に見える。
「稲葉殿は遠藤殿の援護を!」
「氏家殿は横やりの更に横を狙ってください!」
「安藤殿は背後を取って、三好の進軍経路を封じてください!」
「仙石殿は安藤殿の後詰を!」
「河尻殿は南方の逃げ場を封じてください!」
「斎藤(利三)殿は、南方の後詰です!」
重治は突撃する斎藤軍のど真ん中に仁王立ちし、通り過ぎる武将に次々と指示を飛ばす。
「貴殿は!?」
利三が一応の確認を取る。
「仙石殿の更に後ろに陣取り、三好殿との交渉役を務めます!」
「承知した!」
もう既に総大将モードに切り替えた重治が的確に、しかも、全員年上どころか親年齢以上の上司にも遠慮のない指示だ。
なお初の総大将なのにここまで的確なのは、常に軍略を想定しているからだ。
想定できないのは主君だけで、他はもう何でもできる。
腕力だけはどうにもならないが、史実の事実でもある、秀吉の懐刀である片鱗を見せ始めていた。
「勝つぞ! 勝って蠱毒の主役を奪うのだ!!」
本来の蠱毒は最強の毒虫を作ること。
三好はその最強の毒虫を使って、天皇家を滅ぼす事を目論んでいる。
その虫が六角かそれ以外かが確定していなかったが、大和残党軍が蠱毒の頂点に立った。
この9年かけて作った毒虫を、木っ端みじんに粉砕するのが、三好の一歩先を行く戦術になる。
懸念点があるとすれば一つ。
天皇は本当に延暦寺に居ないのだ。
三好も大和残党軍も、天皇が六角と共に延暦寺に立てこもったと信じている。
何せ六角軍が延暦寺に入山するのを両者とも確認したのだ。
ならば切り札の天皇を置いて行くはずがない、という先入観を信長は逆手に取っている。
【近江国/延暦寺領南門 天台座主覚恕(222話時点)】
『では、この通りよろしくお願いします』
『うむ。承った。この者らは元の場所に送り返す事を約束する。安心せよ。無理に徴兵もせぬ』(222話参照)
実はこの時、比叡山に逃げ込んだ六角兵は、山を越えて懐かしの故郷への帰還を果たしたのだ。
多くが徴兵されたままの半農兵。
だが、蠱毒のお陰でほぼ専門兵士に成長した農兵。
ただ、その中に六角義賢ら武将級はいない。
何せ、全領地を織田に取られ帰還場所がない。
一応、観音寺城に息子がお飾りの六角当主として存在しているが、実質の人質兼、信長の家臣である。
もう只の六角の名を継ぐ武将に過ぎない。
つまり、兵だけが比叡山に逃げ込んで、逃げて元の領地に帰還した。
彼らの役目は、とりあえず織田の各地の領主に従って、帰農するも良し、しばらく休んで専門兵士になるも良し。
ただ今すぐ使える状態じゃないのは確かだ。
無理に徴兵したくても出来ないのが、信長の本音だったのだ。
じゃあ、六角義賢と天皇はどこに?
【近江国/朽木城 斎藤家】
「ようこそ朽木城へ」
斎藤帰蝶が腹をさすりながら優雅に挨拶をする。
「はっ。我らを受け入れて下さりありがたき幸せにございます」
六角義賢ら武将級は朽木に逃げていた。
実は随分前から交渉はしていた。
織田に降伏するか――それだけは絶対嫌――じゃあ斎藤家にくるか?
無論、こんな簡単に済んだ交渉ではないが、蠱毒計からの脱出生還を餌に、ついに六角を釣り上げたのだ。
こうして信長の思惑通り、比叡山に逃げた六角兵を六角軍本体と見せかけ、延暦寺に誘導し兵を逃がしつつ拠点を守る。
これで、9年かけた虫は死に絶えて終わり。
長慶の策は無駄に終わる。
では最後のキーマン、天皇はどこへ?
無論逃げている。
有力公家と一緒に脱出を果たしている。
再三述べるが実弟の覚恕がいる延暦寺にはいない。
信長は当然考えて手を打っていた。
『木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中。ならば現人神を隠すなら? あそこしかなかろう。その為に色々準備してきたのだ』
【???】
「ようこそお越しくださいました」
「帝に代わり、この近衛が改めてお礼申し上げます」
近衛前久が代表して挨拶をする。
「粗末な所ではありますが、まずは脱出の疲れを癒してください」
「本来なら一度は遠慮するのが礼儀なのでしょうが……本当に疲れました。私は比較的大丈夫ですが、帝含めた面々は流石に疲れたご様子。ご厚意に甘えさせて下さい」
公家ながら武闘派の近衛前久は、今回の脱出の首謀者の一人にして先導者。
帝と残りの公家は、慣れない馬で逃げたに過ぎない。
「承知しました」
本願寺の顕如が優雅に答えた。
天皇達は本願寺に逃げ込んでいたのだ。
以前信長は、本願寺に乗り込んで様々に約束を取り付けたのだが、天皇保護も内密の約束の一つだった。(194話参照)
これは大変な名誉でもある。
天皇保護の一端を担う功績は、顕如としては、何を差し置いても捨て置けない。
こうして、織田信長も、三好長慶も、斎藤帰蝶も、六角義賢も、帝も、近衛前久も、覚恕も、誰も主役のいない京の都の東側で、蠱毒の総仕上げとしては相応しくない戦いが始まり、もうすぐ終わろうとしていた。
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漫画版 信長Take3『6話(1)』が公開されました!
10月は単行本作成でお休みでしたが、6話は是非1巻を予習してからご覧ください。
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または、各種電子書籍サイトでお買い求めください。
1話分冊版はアプリ『マンガBANG!』をダウンロードして『信長Take3』と検索してください。
AppStore→https://x.gd/iHUit
GooglePlayStore→https://x.gd/sL3h8
作画担当先生は、八坂たかのり(八坂考訓)先生です!(旧Twitter @Takanori_Yasaka)
八坂先生の作品一覧→https://x.gd/Gj9zO
よろしくお願いします!!
こちらは八坂先生によるファンアートならぬ本人アート(?)




