外伝66話 武田『覚悟』信繁
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【山城国/三好長慶本陣】
ここは山城国は三好長慶の本陣。
ただし、京の都ではない。
山城国の端も端。
都よりも摂津国の国境の方が近いぐらいだ。
しかし、尼子対応でもなく、京の都対応でもない、中途半端な位置にいるのか?
それは、この長慶本陣が、現在は毒虫が逃げ出さない様に見張る監視員だからだ。
そこに武田兄弟はいた。
「――ま、そんな訳で尼子家が内紛で分裂し、背後の我らと和睦し、今は兄弟たちが尼子の援護をやっておるのだよ」
「そ、そうでしたか……」
武田信玄ともあろう者が完全に委縮している。
当然、信繁もだ。
2人とも床几を与えられ座っていたが、地面に伏すのが正しい対応の様な気がしてならなかった。
(これが日本の副王!! こんな奴がいるのに、かつて天下を語ったのか!? アホか! 何と恥ずかしい事か!)(43話参照)
(これが……これこそが、まさに『格の違い』! 我らが甲斐や信濃で、必死に戦って見逃してもらっただけなのでしょうか!?)
信玄と信繁は、格の違いを明らかに察していた。
比較するのもおこがましいとさえ感じている。
(奴にとっては、我らが甲斐や信濃で必死……いや、遊んでいたから、見逃し……興味も無かったか……)
一応、飛騨守の官位を授かったりした。(85話参照)
それを警戒したのにも関わらず、まんまと飛騨守にこだわって、今思えば無駄な戦をしてしまった。
それ即ち、三好長慶の掌の上で遊ばれたに過ぎない。
織田への牽制役と、巨大な統一勢力の誕生を防ぐ役割だったと気が付かされた。
だが、文句も何も出てこない。
何なら『思惑通り動かされて助かった』とすら思っている。
彼らの今の身分が旅人だから、身分の差で余計に委縮するのか、本当は牢人なのに旅人と見栄を張ってしまったのが恥ずかしかったのか?
それほど三好長慶の視線は厳しく、槍で貫かれた方がマシな程の迫力だった。
「本願寺からの書状も概ね了承した。非介入を貫くなら賢い選択よ。奴らは北陸に注力してくれれば良い。織田や斎藤、朝倉、上杉が頑張っている様だし、数年内にはカタが付くだろう」
書状だけで、各家が思っている共通認識に長慶は一瞬で辿り着いた。
「お、恐らくはそうなるでしょう……」
「ん? ほう? 上杉軍には其方の息子が同行したらしいぞ」
「何とッ!? 上杉と和解!?」
信玄の驚きに長慶が反応した。
「そんなに予想外かね?」
穏やかに聞き返しているが、値踏みの視線を隠しもしない。
一挙手一投足も見逃さない、センサーの如き眼光だ。
「予想外……それもありますが、某では絶対出来なかった対応です。上杉の奴には裏切られコケにされ散々な目に合わされました。信頼などできませぬ。それと同盟など、代替わりの機会を見逃さなかった愚息を褒めるしかありませぬ」
木曽福島城でも義信から散々罵倒されたが、納得してしまう自分もいた。
感情は複雑極まりなく、八つ裂きにしてやりたいが、義信の成長は認めざるを得ない。
「そうじゃな。代替わりは隙でもあるが、関係性の清算の機会でもある。まだ確たる情報は入っておらぬが、どうも専門兵士も作り出したらしい」
「何――「何ですと!?」
今度は信繁が信玄を上回る勢いで驚いた。
「うむ。領地の規模を考えれば2000人前後の兵力が妥当か。農民総動員の時代に比べれば何とも頼りない数だと思うが、左馬助殿(信繁)には何か思い当たる節でもあるのかね?」
長慶に促された信繁が、まるで犯人の自供の様に話し始めた。
「以前、我らが追放した父上と会う機会がありました。『なぜワシの失敗を真似する!?』と怒鳴られました。某には父の真意を見抜けず、甥には見えていた。その上で、甥の義信は解決策を見出したッ! 某には織田の専門兵士を知ってさえ実行しようとすらしなかった!」(182-2話、外伝53話)
いつでも、どこでも、だれとでも。
傭兵として援軍として戦う。
それが武田の新たなる主力産業と義信は定めた。
もちろん、日本最悪の税制も改めた。
「某には出来なかった、脳裏に過りもしない改革。これが成功するか失敗するかは見定める必要がありましょうが、あの甲斐を拠点にして、この発想は敗北を認めざるを得ません」
「そうか。では信玄殿は、息子の行いに業腹かね?」
長慶が真剣な眼差しで聞く。
これは要約すれば『悔しいか』であるが、信玄にこんな事を聞ける武将は、日本の副王しかいない。
「……一言で言い表すのは難しいです。最初は怒り狂いました。しかし典厩(信繁)から親父の真意を聞き、上杉に連れまわされて斎藤帰蝶が北条綱成を破った時なぞは、己の価値観が死んでいくのを感じました。そこからの放浪の旅では様々な物を目にし聞いてきました。……それで質問は愚息の行為に対する思いですな? 業腹です! 業腹に決まってます! よくぞその若さで某を超えおったと!」
信玄は、宿命のライバルが己を超えて憎いのか嬉しいのか、そんなシーンを彷彿させる態度だった。
野菜の星出身の戦闘民族王子の様に。
「フッフッフ! ハッハハハ! 2人とも面白いな。書状でのやり取りしかなく、実際に会うのは初めてじゃが、ワシも随分思い違いをしていた様じゃ」
もう失う物の無い2人の正直な言葉に、長慶は気分良く笑った。
甲斐国を支配していた時の2人なぞ、当初は適当にあしらっていた。
織田を何とかする駒に過ぎない。
どうなろうと知った事ではない使い捨ての駒。
仮に、その当時に面談を行っていたら、2人とも一刀両断だっただろう。
それ位にしか価値を見出していなかった。
だが、今眼前にいる2人は、このまま別れるには惜しい資質を感じるのだ。
(今、面談をしたら、もっと面白いかもしれぬな? 試すか?)
長慶は暫しの逡巡でルールをどうするか考えた。
仮に彼らが失格でも、失う物が無い者を斬ってもあまり意味がない。
だが、今の立場の者を斬るのは勿体ないし、失格でも使い道がある。
「よし。其方等の価値を認めよう。第一段階突破じゃな」
「と、突破? ……あッ!?」
訳が分からず戸惑う武田兄弟だったが、三好長慶の噂を思い出し戦慄した。
「ワシが各地の大名や有力武将と面談を行っているのを聞いた事があるかな? ……ある様だな?」
「噂に過ぎないと思っておりましたが、真でしたか」
「毛利元就を誅殺した、との噂は聞いております。話半分以下に聞いておりましたが……話完全でしたか」
「今、お主らが言った事は全て真実。元就を斬ったし、そこそこの数の面談をやってきた。まだ10人少々だがな。更には、お主らの様に個人での力しか無い物を試すのは初めてじゃ。基本的には大名や家臣、武将など勢力も含めた力量を試し面談をしたが、何も無いお主らから何が聞けるか楽しみでもある」
「そ、そうですか。ご期待に添えられれば良いのですが……」
「とは言え、大名や武将と同じ事を聞いてもつまらぬ。大名から牢人になったお主らだからこそ聞きたい事をワシも一晩考える。今日は休んでいくがいい」
「あ、ありがとうございます」
【本陣宿舎】
「兄上。ひょっとしたら、明日が最後の別れになるかもしれないので言っておきます」
唐突に信繁が切り出した。
「どうした藪から棒に。……いや、何か話が来そうな気はしていたぞ。そうだな。明日がお互い最後かもしれん。言いたいを言い残しては怨霊になるかもしれんな。言霊も警戒しないといかんしな。南蛮や明でも言葉には苦労するのかのう? ハハハ」
日本ほど過剰ではないだろうが、どんな国でも多かれ少なかれ言葉のニュアンスで苦労することはあるだろう。
だが、日本語はズバ抜けてニュアンスが難しい。
超極端な例としては『ぶぶ漬けでもどうどす?』を聞いて、結構な人数の日本人が『頂きます』というだろうし、外国人だったら100%貰うだろう。
だがまさか、その言葉の意味が『帰れ』だとは理不尽にも程がある。
コレは本当に超極端で、今どきは『帰れ』の意味で使うのも伝説と化している様だが、これ以外にも外国人がショックを受けるのが『また来てね』と送り出されて、また来たら、『えっ(本当に来た!?)』という態度をとられる事だと言う。
本当に来てほしい場合もあるが、礼儀的、習慣として、とりあえず『また来てね』と日本人は無難な言葉を使う。
その空気感で、本当に言っていいのか、二度と行かない方がいいのか、日本語は本当に難しい。
空気を読む能力が、本当に試される国なのは間違いないだろう。
「ふう。で? 何か懸念か?」
「太郎(義信)と戦う場合、如何しますか?」
「ッ! そうか。その可能性もあるか」
三好の配下に入るとは、そう言う事だ。
今の日ノ本で、三好と織田が仲良く協力し、天下静謐を目指しているなど、見る目がある者は誰も信じていない。
協力が終わった後が本番なのは誰もが予測し、その時に備えている。
「三好の手駒となった場合、最終的に織田とぶつかる事になるでしょう」
「あちらの武田が織田に雇われる可能性は高いだろうな。娘も嫁ぐしな。親兄弟が争う時代じゃ。覚悟は決まっておる。戦うさ。安心せい」
信玄は時代のしきたりに従う事を決めた。
死を許容した訳ではないが、好都合な事に、どちらが勝っても武田家は残るのだ。
偶然だが、運命だと受け入れた。
「分かりました。では次です。面談は生死を伴いましょう。どちらかが斬られても三好に付きますか?」
信繁の声が若干震えだした。
ここが問題で、織田と戦う前に、戦場に立つ資格が無いかもしれないのだ。
日本の副王が手加減などする筈がない。
不要と判断したら、容赦しないだろう。
まさに今が最後の晩餐ならぬ、最後の会話かもしれないのだ。
「……斬られた場合、長慶は仇となる訳か。それに従うのは屈辱よな。だが、仮にお主が斬られてもワシは三好に付くぞ。悪いがこれは宣言しておこう」
「安心しました。その覚悟があるなら大丈夫です。某も兄上が斬られようと三好につきます」
「まぁこれしか浮上の目は無いしな」
「確かに。余りの緊張感で愚かな事を聞きましたな。我らはいつ死んでも時代に殺される者。可能性があるなら足掻きましょう」
「そうだな。足掻きに足掻くさ。圧制の武田、その鬼畜の戦いを見せてやろう! ……生き残ったなら」
「そうですね。某も斎藤帰蝶を倒すまで死んでも死に切れませんが、長慶に斬られたらすみません」
「……任せておけ、と言いたいが、フフフ。随分言霊を無視した、最後かもしれない会話よな?」
「確かに。不吉な事ばかり話しましたな。これで明日生き残ったら、面白い発見ですな」
「あぁ。日本中に報告したい発見だ」
こうして武田兄弟は明日の運命の日に立ち向かう為、眠るのであった。
【三好長慶本陣】
「合格だ。目出度いことだ!」
「……へ? ま、まだ何も問答すら交わして居りませぬが!?」
席について、即合格を宣言する長慶と、困惑する武田兄弟。
死ぬ覚悟で臨んだのに、とんだ肩透かしだ。
だが、長慶はお見通しだった。
「気配、姿、そして目に覇気。見ればわかるぞ。覚悟を決めたのだろう? 昨日と気配が違いすぎるわ! 見事な闘志よ!」
「そ、その通りにございますが、さすがに何も聞かれないとは思いませんでした」
「おぬし等が大名や、所属する有力武将なら話は変わってくるが、牢人だからな。だが牢人でありながら、昨夜は野心と死を覚悟したのだろう? ワシも色々考えたが、お主らは最底辺。ならば不合格の条件は逃げた場合。ゆえにこの場にいる時点で合格だ」
(聞き耳を立てられていたのか?)
「聞き耳は立てておらんぞ。安心せよ」
「ッ!?」
「は、ははは……御冗談を。別に聞き耳立てられるのは当然の処置。別に文句も不満もありませぬ」
信繁が『そんな事はありえない!』としつつ、信頼度からすれば、だれでもそうするはずなのだから、別に不満も怒りもない。
「言ったであろう? 『気配、姿、そして目に闘志。見ればわかるぞ。覚悟を決めたのだろう?』とな。さぁ当面はワシの客人として三好の軍法を学がいい。実務はその時々にな。油断はせぬようにな? 突如役割を振るかもしれんからな。ハッハッハ」
こうして武田兄弟は、三好長慶の客将として、あるいは護衛として、または小姓として付き従うのであった。
いつか来る戦いに備えて。
「ただし、本当に認められたなら命を懸けた面談がある。油断するな」
長慶のその言葉は異常に冷たかった。
「ッ! ハッ!」
武田兄弟は覚悟をきめたのだった。




