外伝63話 七里『七里流双杖術』頼周
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【加賀国北部/朝倉斎藤軍】
朝倉斎藤軍は、七里加賀守と下間頼廉を伴い、まずは説得し、納得いかない者を能登国に追放し、それでも歯向かう者を蹴散らしながら進軍した。
説得と言うと時間がかかりそうだが、元々の支配者たる七里加賀守(鏑木頼信)と本願寺本家の下間頼廉の共同説得である。
そんなに手間暇かかる説得には発展せず、争いまで発展するのは極僅か、殆どは説得に応じてくれた。
七里加賀守と本願寺本家下間頼廉の説得も大きいが、やはり歎異抄、浄土真宗の真実は良くも悪くも破壊力は抜群で、抵抗勢力を精神面から崩して行けた。
戦になる事もあるにはあったが、敵も迷いを抱えてしまい戦と言えない有様だった。
結局、それが新しい方針と受け入れる者が殆どである。
なにより、もう戦わなくてもいい、と言うのが効いた。
教えも大事だが、それよりも争いに疲れ果てた民は喜んで受け入れた。
ただし、その快進撃は尾山御坊までだった。
尾山御坊より北は加賀国内とは言えど七里能登守、つまり本物の七里頼周の影響力が強くなり、加賀守や下間頼廉の説得もイマイチな結果に終わる事が多くなった。
そして、ついに説得どころか門前払いを食らってしまった。
七里能登守頼周の対応によって。
【尾山御坊/城門前】
妙な杖を脇に抱えた男が城門の前に立っていた。
顔には大きな一本傷に、失われた右足。
紛うことなき七里頼周本人であった。
「の、能登守様……!」
「加賀守か。久しぶりだな。どうしたのだ? 進撃方向を間違えておるぞ? 目の見えぬワシでも進む方向が違うのは理解できるぞ?」
能登守、つまり本物の七里頼周は、どこに放り出されようと、太陽さえ出ていれば、日差しの感覚で東西南北を判断できる。
目を失った当日から頼りにしてきた感覚だ。
把握した地形なら、闇夜も歩くに全く不自由は無い。
「七里よ」
「ッ! そのお声は下間法橋様(頼廉)? 10年ぶりになりますな。お姿を見られないのが残念です」
「今度こそ本物か」
一度、鏑木頼信変する七里頼周を、10年の歳月による変化として間違えてしまっていた。
だが、今、眼前にいる男は、両目を潰す一文字の傷に、失った足。
それでも本物の七里頼周と断定するに足る迫力と覇気があった。
「……苦労した様だな。外見は当然、内面もな。10年前の面影は無いが、今度こそ本物だ。気配でわかるぞ!」
「それは良かった。それでご用向きは?」
「フフフ。この10年がお主を育てたのだな。そんなお主が今更『用向きの質問』を本気でするとは思わぬぞ?」
「失礼。……何故でしょうな。今の誉め言葉は心にストンと落ちましたぞ。だからこそ駆け引きは無しです。従えませぬ。久しぶりに声を聴けて嬉しいですが、このままお引き取りを。顕如上人を軽んずる訳では無いですが、某は蓮如上人ならびに蓮崇上人の志を知ってしまった。この意味が分かりますな?」
「あぁ……。分かる――」
「分かりませぬ!」
突如、別の声が、否定の声が割り込んだ。
「おぉ!? 10何人かの女人の匂いがするとは思っておりましたが、ひと際女人に似合わぬ覇気と可憐な声! 貴殿が斎藤帰蝶殿ですな?」
「えぇ。お褒めに預かり光栄です!(……女の人数と私を嗅ぎ分けた!?)」
「成程成程。常人では理性を狂わされるのも仕方ない女人の匂い。堀江館ではコレにやられたのじゃな」(188-3話参照)
「えぇ。教義と理性を保てる者と、この騒乱を利用し好き勝手している者を分別させて戴きました」
「フフフ。それは忝い。こちらとしても手間が省けて助かり申した」
(コイツ!? なかなかヤルじゃない!?)
(やはり斎藤朝倉軍の肝は斎藤帰蝶か!)
信長がその悪質な頭脳で作り出した、姦淫の罪を償う衆合地獄。
現在、斎藤朝倉連合軍の首脳陣が尾山御坊の門前にいるのだが、武将達の妻も武将として随伴している、ミニ衆合地獄状態。
それを匂いで察知するのは、目を失った者には当然の反応だが、帰蝶を初対面で嗅ぎ分けるのは超人的な能力と言わざるを得ない。
後は、頼周の傲岸不遜な態度も凄い。
護衛兵は城門内で控え、朝倉斎藤軍も後方で控えているはいるが、この場にいる人数は上回る。
それでいて、七里は目も足も不自由なのに少しも負けていない。
実質、七里頼周vs鏑木頼信(加賀守)、下間頼廉、朝倉延景、斎藤帰蝶だ。
だが、この面子を揃えて七里頼周は全く動じていない。
生来の性格だった、非道で粗暴で傲岸不遜な性格が、この歴史で作り上げられた七里頼周に上手く融合して、全く怯む様子もない。
例え目が見えていても、余裕の佇まいだっただろう。
「あ~、宜しいかな? 拙者は朝倉延景。何か忘れ去られそうなので名乗っておくが、揉め事になる前に聞いておきたいのじゃが?」
「これは朝倉殿。失礼した。何を尋ねたいのでしょう?」
「まず、我らは話し合いに来た。そこは間違えないで欲しい。中に入れろとも言わん。ここで構わぬ。それでだ」
「はい。朝倉家の配下に入り、真なる浄土真宗を追求せよと?」
「……そうじゃ」
「我らを国として認め、隣国としての付き合いなら承諾しましょう」
ずっと言っている要求に対し、ずっと返されている返答が繰り返される。
「それは駄目だ。宗教での統治は許さぬ。そう決めたのだ。ここだけは無理強いをするが、他は大した制約も無い。修行したいものにはそうさせよう。そうで無い者は、やるべき仕事をしてもらう。実に普通じゃ」
天下布武法度の宗教項目を取り入れた朝倉家なので、もう宗教王国は許されない。
「なるほど。今までで一番聞くに値する説得ですな。しかし! 武士に、富樫家に騙されて今がある歴史を知って、その説得が通じるとお思いで!?」
頼周は急所を突いた。
これがあるからこそ、武士を信用できぬのだ。
「思う! 思わせてくれ! これ以上、民を惑わさないでくれ! 殺させないでくれ!」
だが、延景が断固として願い出た。
帰蝶たちも思わず驚く真剣さだった。
「ッ!? ま、惑わす……!?」
今まで暖簾に腕押し状態だった頼周が、初めて延景の言葉に貫かれた。
「だってそうであろう? 仮にお主がこの地域を平定したとしよう。日本統一でも構わぬ。そこで問おう。タンニショーの真の内容をいつ民に伝えるのだ? そんな国を作りたいのだろう?」
「ッ!!」
頼周は軍の肝を斎藤帰蝶と勘違いしていたのを思い知った。
間違いだった。
北陸で一揆を一番憂慮しているのは、間違いなく朝倉延景だったのだ。
急所中の急所を突かれたのだ。
そう。
七里頼周は、いつかは真の浄土真宗を伝えなくてはならない。
今までの方針とは全く違う浄土真宗を。
騙していた事を謝罪しなければならない。
蓮如と蓮崇の意思を継ぐとは、ここも継がねば意味がない。
彼ら2人も、いつかは真の浄土真宗をと思って、ついにその願いは叶わなかったのだ。
ならば、その思いを引き継いだ七里頼周が責任を持って、真の浄土真宗を伝えねばならない。
「痛い。痛すぎる所を突きなさる。そこは散々悩んだところ。だが解決の目途は立っている。心配無用とだけ伝えましょう」
頼周が自信を持って答えたが、延景が即座に察知した。
「貴様……! 伝えた後に自害するつもりだな!?」
「ッ!!」
自信を持って答えたつもりが、一発で見抜かれた。
延景が指摘するが、こんなのは、なんの変哲もない普通の指摘だ。
死んで詫びる。
この時代では、よくある手段の一つ。
「駄目だ! そんな逃げは許さぬ! 貴様は我が家臣となって北陸を統治してもらう! 話すべき事を話して、それでもなお家臣として北陸の寺社奉行として働いてもらう! 蓮崇上人が汚名を被ってまで蓮如上人の名誉を守った様にな! 今度は貴様が蓮崇上人の汚名を雪ぎ弔うのだ!」
「お、おぉ……」
鏑木頼信が、下間頼廉が、斎藤帰蝶が、朝倉延景の言葉に圧倒された。
ここまで明確に生かす道と贖罪の道を示し、前例まで引き合いに出し説得を試みたのは初めてだ。
七里頼周本人というのもあるが、それにしたって強力な言葉だ。
特に『蓮崇上人の汚名を雪ぐ』は宗教が絶対の世界で、蓮崇の怨霊化を防いでも不思議ではない。
それを雪げるのは、歎異抄を知る七里頼周しかいないのだ。
「……。正直ぐうの音も出ん……。しかしそれでも断る。だが、その説得には心打たれた。だから……某と一騎討ちをしてもらおう」
「え?」
突然の妙な要求に全員が驚いた。
勿論、頼周なりの計算があっての提案だ。
「某を負かせれば要求をすべて飲む。某が勝てば、隣国として認めてもらう。真に心に響いた説得に対する某なりの誠意だ。その上で被害は最小限。この申し出、受けるか!?」
「受けねば道は閉ざされるのでしょう? ならば受けましょう!」
今度は帰蝶が頼周の言葉に対抗した。
当然の人選だ。
目も足も不自由なのに、この場で一番強力な覇気を発する七里頼周。
死なせないように加減するには己しか居ないし、戦い方にも興味が尽きない。
そして、頼周の思い通りの展開にもなった。
一騎討ちなら斎藤帰蝶が必ず出ると踏んでの提案だったのだ。
程よく地位も高く、程よく強く、女を倒して名声を得られる稀有な存在だ。
ただし、嘗めてはいない。
猛者であるのは承知の上での提案なのだから。
「よろしい。では……七里流双杖術! 参る!」
「七るりゅう双じょじゅッ!? ガハッ!」
頼周が飛び出して、帰蝶が舌を噛んで血を吐き出し、頼周は余りにも酷い言い間違いに、思わずスタートダッシュを止めてしまった。
一騎討ちなのだから、相手の特大の隙を突けば良いのだが、何か非常に悪い気が思わず杖を止めてしまった。
「か、噛みましたな? とりあえず止血しなされ。まだ戦う前。遠慮は無用です……ッ!」
頼周がスタート位置まで戻って治療を促した。
ちょっと、いや、物凄く哀れに見えたからだ。
見えないが。
(グググッ! アァッ!! こんな失態ある!?)
そんな敵の七里頼周の言葉が痛すぎる。
目の無い視線が痛すぎる。
後方に控える随伴武将の『えぇ……』と言う心の声が痛い。
今までのやり取りを台無しにする、台詞を流血レベルで噛む失態。
随伴してきた武将や、鏑木、下間、朝倉ら代表人も、どうしようかと慌てふためいている。
先ほどまでの真面目な話や雰囲気が、一発で台無しになってしまった。
穴があったら入りたかった。
「グググッ! ちょっとそう簡単に止まりそうにないので、サラシを噛んで対応します!」
そう言いながら、清潔なサラシを噛んで止血の代わりとする帰蝶!
「すぁ! しくぃるいんなおすぃんです!」
マヌケな声が響いたが、何とか聞き取れた言葉と闘志で、やり直しは伝わった。
「そ、そうか。おほん! では改めて……七里流双杖術! 行くぞ!」
「ほい! 七里……じち!」
若干どころか、全然締まらない形で始まった一騎討ち。
だが決着は一瞬だった。
七里頼周の松葉杖を使った猛烈な前進ダッシュに帰蝶は対応できず――頼周の左足が帰蝶の左膝を土台にし――杖を帰蝶の両肩に乗せる――そのままジャンプして――空から杖の連突きを見舞う――
「グッ!! 逆立ち!? く、空中!?」
帰蝶はその妙技に噛んだサラシを吐き出し、流血しながら叫んだ。
余りにも信じ難い攻撃と、想像を絶する攻撃力だったからだ。
空中で松葉杖を突き出し、左右の杖で次々と空中から踏みつける。
鉄製の蹄型の先端が、頼周の全体重を乗せて空中で杖による踏みつけ攻撃を行っている。
帰蝶はその信じ難い初見の攻撃に対応し、管薙刀の鍔、管止め、管鍔で防ぐ。
全体重が乗った一撃が重すぎるので、石突は地面に埋まっていき固定されその場から動く事も出来ない。
「ほう! 初見でここまで防がれたのは記憶にない、と言うより防がれた事自体初めてだ!」
頼周が褒めるが、それは鏑木頼信も同じで、初めて練習に付き合った時は、どう対応していいか分からず、兜を叩かれた。
その時は加減していたから何ともないが、全体重を乗せた杖を兜に食らったら、きっと頭蓋まで粉砕されていただろう。
そんな攻撃を帰蝶は初見で防いでいる。
兜なら頭蓋を、肩なら肩から腕を破壊されていただろう攻撃を、全て薙刀で受けきっている。
どちらの攻防も信じられない光景だった。
「だが!」
薙刀を土台にジャンプしながら、突如突きの軌道が横からの払いに変化し、帰蝶の滑る管を持つ手が打たれた。
「ギャッ!?」
激痛と全体重の乗った攻撃に帰蝶は吹き飛ばされた。
(指! 折られた!)
即座に負傷個所を確認するが、そんな事をしている場合ではなかった。
眼前に杖が突き付けられていたのだ。
「まだやるかね?」
「ま、参りました……」
完璧な『残心』であった。
少し手を伸ばせば薙刀に手が届くが、頼周の見えていない目がそれを許さない。
「では」
頼周は杖を巧みに動かしながら、帰蝶の薙刀を拾うと、朝倉斎藤陣営に投げて返した。
「誰か、斎藤殿に肩を貸して差し上げなさい」
「あっ……私が……」
「私も……」
北条涼春と織田於市が進み出て、今川氏真は絶好のタイミングを逃した。
信じられない光景に唖然とし過ぎていたのが原因だ。
「では事前の約束通りお願いしますぞ。また手に入れた加賀国はそのまま進呈しよう。鏑木。民を導いてやれ。お前は朝倉殿との連絡役だ」
「は、はい!」
「では、またいつか。隣国との付き合いは大歓迎ですから、いつでもどうぞ」
そう言って七里頼周は城門内に消え、扉が閉じられ帰蝶達の前から姿を消した。
と同時に、頼周は背中を門に預けた。
「……まさか空中からの突きを全て防がれるとはな! 逃げてくれればもっと楽に仕留められたのに、まさか耐えるとは! 決着は一方的でも紙一重か……! 流石は日ノ本に轟く女傑斎藤帰蝶よ!」
こうして朝倉斎藤軍の進軍は終わり、協定通りの対応となった。
この後、七里頼周は越中国でも小島貞興と戦い引き分け、条件無しの休戦と言う上杉謙信の毒を飲まされる事になるのは、もう少し先の話である。(219話参照)
さらに岐阜城(安土城)に帰還した帰蝶が、悔しさのあまり、そして七里流双杖術の手の内を全て晒されていない事に憤慨し大爆発するのは、やはりもう少し後の話である。(220話参照)
これが一応の平穏を取り戻した北陸の全てである。
後は、上杉謙信の毒次第である――




