外伝62話 七里『神仏に愛されし者』頼周
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【加賀国/鳥越城外 某所】
「さて……今日で絶食5日目か。貴様らの拠点はどこか? おっと喋るのもキツかろう。指で指し示せ。嘘だったら左足も貰う」
拷問官がぶっきらぼうに語り掛ける。
決して威圧威嚇はしない。
むしろ優しい語り口調だ。
そんな口調で『左足をもらう』と言われるのは、怒鳴られるよりもキツイ。
「……ッ!! はぁッ はぁッ!! (顕如上人! 私は……!!)」
尾張の東海地方なら肌寒い時期。
しかし北陸越中国ではかなり寒い時期。
右足を切断され、雑に焼き鉄棒で止血された男。
本願寺から派遣されてまだ1年も経過していないのに、敵につかまり尋問と拷問を受ける男、七里頼周。
敵に捕まって、右足を切断され、恐怖と痛みで、寒い中脂汗を大量に排出し、ついでに失禁もし、それでも抵抗を試みていた。
蟻や蚊の如き小さな意地だが、この小さな意地が猛烈に硬く、拷問官も余裕を演じつつ困っていた。
(根性でどうにかなる範疇をとうに超えている! 信仰か!? 忠誠か!? まさか捕まり時間稼ぎが任務なのか!?)
七里頼周は本願寺の顕如に見いだされた、長い間下級武士として過ごしていた、埋もれていた新たな才能。
故に、抜擢と同時に『凡僧』の最高位『大法師』を授ける超異例の大抜擢である。
これは『僧綱』位の下間氏に次ぐ、
凡僧とは、『凡人の僧』の意味もあるが『修行中の身』の意味もあり、悪い意味ではないし、より上位の僧綱よりは下の位で、凡僧も僧綱も細かく僧位が分かれている。
段位制の格闘技に例えれば、僧綱より上が黒帯の有段者、凡僧は10~1級までの未熟者とでも言えば良いか。
その中で、大法師は凡僧の中の最高位で有段者一歩手前の茶帯の者。
信長の行動変化が、顕如と七里頼周の出会いを防ぐどころか、地位まで授けて北陸に送られた。
指揮官として赴く以上、地位が必要だからと言う理由だが、最下位の『無位』から6段階をすっ飛ばして凡僧最高位の大法師は、本当に大抜擢だ。
それほどまでに顕如に才能を認められたのが七里頼周だった。
なのだが――
頑張り勇んで乗り込んた北陸で、非凡な才能を発揮し活躍したが、妬んだ仲間の裏切りで今の状況にある。
当然であろう。
どこの誰とも知れぬ者が『大法師』の僧位で乗り込んで指示をして次々に戦果を挙げていく。
史実では傲慢な振る舞いも、今回はバタフライエフェクトのお陰で僧位と実力で敵をねじ伏せ、全て謙虚でありながら戦果に変換してきた。
こうなってしまっては、嫉妬の憎悪に巻き込まれるのは自明の理。
これもバタフライエフェクトだ。
史実では嫌われて失脚したが、今回は妬まれて失脚寸前だ。
(顕如上人……いや蓮如上人に蓮崇上人!)
頼周は縋る相手を顕如から、個人の蓮如と蓮崇に変えた。
顕如を裏切る訳ではない。
だが、吉崎御坊で蓮崇写本の歎異抄を着任早々発見してしまったのだ。
蓮如と蓮崇が、恐らくは断腸の思いで教義を曲げた、浄土真宗の本当の姿が描かれた歎異抄。
その想いを知って、屈するわけには行かない。
それには、生きて帰り、危機を伝えなくてはならない。
裏切者も含め、救わねばならない。
「……くれ」
「何だ?」
聞き取りにくい頼周の声に、顔を近づけて確認する拷問官。
「断ったら殺すのだろう? しかし、地図を指し示しても殺すのだろう? どうせこんな体だ……。放逐してくれれば勝手に死ぬ……」
歩けない。
走れない。
ならば、もうその未来は確定している。
疲れた顔で頼周は薄ら笑った。
「そ、そんな事は無い。貴様の武勇は捨てるに惜しい。もう戦うのは無理だろうが、指揮は問題ないはず! 我ら高田派の為に働いてくれれば良いのだ」
拷問官は図星を突かれて慌てるが、本心を語った。
敵ではあるが認めてはいるのだ。
バタフライエフェクトが、そこまで七里頼周を押し上げたのだ。
「元は同じ浄土真宗。考え方が違うだけで、目的は一緒なのだ。最後に阿弥陀如来に救われる為にな!」
最初こそ慌てたが、今の言葉は本心だ。
教義の解釈で争っているが、問題の根本は『どうやって阿弥陀如来に救ってもらうか?』の解釈違いである。(170-1~6話参照)
「そうだな……全ては阿弥陀如来に救われる為だった……何故我らは争っているんだ?」
虚ろな目で虚空を見上げる頼周。
もう寿命の炎が尽き掛けているのは明白だった。
(意識の混濁か? もう置かれている状況が分かっていないのか……?)
「私の仲間は……? 手が動かん? ぐっ! ぬぅ? あ……?」
(限界か!)
拷問官は急いで右手の縄を外し、地図を広げた。
「さぁ! お前の仲間の場所まで送ってやるぞ! 場所はどこだ!? 指し示すんだ! ガンバレ!」
「仲間? 場所? あぁ……それは……ここだ……」
頼周は指を刺した。
指したではない。
なぜなら拷問官の目を指で刺したからだ。
ズブズブと無抵抗に指が眼窩に沈み込んでいく。
「グァァァッ!? このッ!?」
拷問官は刀を横に一閃して頼周の両眼を切り裂き脱出を試みるが、頼周の指は確実に拷問官の頭蓋骨に指を引っ掛け外そうにも外せない。
「オォォォッ!」
頼周は指の力で拷問官を引き寄せると、両足で首を絞めて折った。
頼周の瀕死は(瀕死直前ではあったが)演技だった。
まだ逆転のチャンスを狙っており、今まさに脱出を果たしたのだ。
いや、正確には、安全な勢力圏まで帰還して初めて脱出だが――
(脱出をしたは良いが……目をやられるとは! どうする!? ……どうするも何も無いか。足掻くしか道は無いのだ!)
不覚にも両目をやられた。
元々目隠しで連れてこられた場所だ。
東西南北もわからない。
(いや、さっき扉から沈む夕日を見た! 少なくとも向かうべきはこのまま真っすぐ、やや南だ!)
太陽は東から登り西に沈む。
扉から真っすぐ出れば、とりあえず西方面は確定だ。
東へ行っては遭難確実。
北と真西は敵勢力圏内。
南西へと進まねばならない。
大聖寺城か吉崎御坊、或いは、味方の軍に発見されるのが好ましい。
(間もなく暗闇になるが、見回り仲間が様子を見に来る可能性はある! 早く脱出して一旦身を隠さねばなるまいが……この目と足で? 『頭かくして尻隠さず』と言うが、これでは隠れているのかも分からん中で脱出か! フフフ! やってやろうじゃないかッ!)
絶望的過ぎて頼周は心で笑ってしまった。
頼周は手探りで刀と鞘を奪い、手に触れた槍と農具で簡易な杖とし、触った感じ清潔そうな手拭いで目を含めた頭を何重にも縛り上げ止血する。
処置が終わると槍と農具を両手に持ち、体を柱に預けながら無理やり起こす。
掴む場所が杖の様に横むきになっておらず、槍も農具も縦方向の棒に過ぎない。
即ち、握力と左足だけで体を立たせないといけないのだ。
(ふぅ。何とかなったか。さて……鳥越城内で無い事は幸運か。何故かは知らんが助かるわ)
城内の牢屋ではなく、城外で監禁されていたのは、もう既に『七里頼周』の名が絶大だったからだ。
うかつに城内に入れては、魅了される恐れが冗談抜きにある。
拷問官でさえ、正直心が傾きかけていた位だ。
(人の気配は……。わからん。そこら中で気配を感じる。これは気のせいではないだろう)
夕刻とは言え陽が出ている時間帯である。
兵が巡回していても何ら不思議ではない。
ただ、非常にノイズが多かった。
いきなり目を失って、正確に気配を察知できるなど不可能だ。
人も鳥も風も全部同じ気配に感じてしまう。
(クッ!? どうする!? ここに留まっていても何も解決しない! 味方陣営に辿り着くまで、何回奇跡を起こせばいい? ……やるしか無い!)
頼周は拷問官を床に置き、せっかく立ったが、改めて自分はその下に潜り込んだ。
失った右足を見られる訳には行かないからだ。
そして精一杯叫んだ。
「七里が脱走したぞ!!」
頼周が自ら叫んで脱走をバラした。
その言葉を聞いた見回り兵が飛び込んできた。
頼周は目を抑え北の方角を指さしていった。
「奴は馬を奪って北に逃げた! 今ならまだ追いつける! 恐らく尾山御坊だ!」
「しかしお主の怪我は……」
顔面血だらけの頼周を心配する警備兵。
今はその優しさが煩わしい。
「オラの事なんてどうでもいい! 奴を捕まえてくれ! このままじゃ死んでも死にきれねぇ!」
「わ、分かった! 警備兵は集合! 北に逃げた奴を追うぞ」
尾山御坊は、ほぼ北に位置する吉崎御坊にならぶ浄土真宗の聖地。
頼周が何をする気か分からないが、何かあってでは遅い。
(何という幸運! 気配の殆どが消えた! 今の内に脱出だ!)
こうして七里頼周は脱出を図る事になるが、結果から言うと、後の活躍が未来で約束されているので当たり前だが見事に成功する事になる。
この逃避行は奇跡の連続と、目と足を失った七里頼周にとって大いなる財産となった。
初日の夜には獣の気配と人の気配を区別できた。
次の日には、風の匂いで川や木や茂みの高さを把握できるようになった。
そうすると、目が見えない危機感の成せる技なのか、だんだん出来る事が増えてきて、今度は反響音が位置関係を教えてくれる。
鼻が臭いを察知し、必要な水や果実、危険な匂いを教えてくれる。
耳が目の代わりとなり、野生動物並みの精度で気配を察知できる様になった。
足から伝わる振動が、出会ってしまった敵兵の位置を正確に教えてくれ、習得した五感の感覚が、敵の姿かたちを鮮明に脳に描く。
「人間、死ぬ気になれば不可能は無いな……」
罠を設置し、捉えた獲物を食べながら、太陽の日差しを体で浴びて方角を確認し、とにかく南西を目指す。
【大聖寺城/近隣】
「か、鏑木様!」
「どうした。また敵か?」
最前線を守護するのは、後の七里加賀守である鏑木頼信。
兵士の慌てた姿から、不吉な予感を思い起こしてしまう。
何せ、仲間であり、指揮官の七里頼周が囚われて、もう1か月は経過する。
生きている可能性は低い。
必要な情報を聞き出せば生かしておく意味はない。
だれもが七里頼周を諦めていた。
だが、その手の情報を聞いたであろう敵軍は、一向に押し寄せない。
不思議に思っていたさなかに、味方の伝令兵が飛び込んできたのだ。
やけに興奮している。
(悪い知らせでは無さそうだ? では何だ?)
「七里様が御帰還なされました!」
「何だと!? 七里!? 1人か!? 案内してくれ!」
「こちらへ! 今は城中で治療を受けている所です!」
「治療? 脱出したとは言え無傷とはいかんか! しかし行幸だ! 奴はいるだけで頼りになる!」
「……こちらです」
頼信の喜ぶ声を、なるべく聞かない様にして、兵は部屋まで案内した。
「鏑木……」
です、入りますぞ――という前に声が返ってきた。
「その足音は右衛門殿か(鏑木頼信)。入られよ」
名乗って入室しようとした所で、先に言い当てられてしまった。
(そんなに特徴的な足音だったかのう?)
「か、鏑木です。でははいりますぞ。……ッ!?」
頼信は予想外の光景に絶句してしまった。
両目には真新しいサラシ、右足首にも同じ様なサラシ。
その他、擦り傷だらけの体を女中達が丁寧に汚れを落とし治療する。
「そ、その目と足で、ここまでたどり着けたのですか……?」
「あぁ鳥越城から山々を越えてな。人間やる気になれば何でもできるな。ハッハッハ!」
「笑えませぬぞ!? ……しかし良くぞご無事で! その脱出劇は、我が軍の士気を十分に高めてくれましょう。(これを奇跡と言わずして何という!? 神仏に愛されし者だ!)」
「そうだと良いな。苦労してたどり着いたのだから、士気ぐらいはな。それでだ。右衛門殿、しばらくワシの影武者をやってくれんか? 逃げ延びた七里頼周がもう戦場に戻っているのだ。敵にとっては悪夢だろうよ」
「昨日今日思いついた策ではありませんな? 脱出に成功したら、そう考えておられましたか?」
「勿論だとも。右足と目を失ったワシが戦場にいて問題無く暴れるのだ。これ以上の悪夢は無かろうよ」
「わかりました。暫くは代理を務めましょう。その間、しっかりとご養生なされよ」
「あぁ。助かる。さすがに疲れたよ……!」
そう言って5日間程寝込んだ七里頼周は、さっそく自分専用の杖の作成に取り掛かり、同時に武芸の稽古に精をだし、奇跡の復活を遂げるのであった。
また今回の鏑木の七里影武者策が、後の量産型七里頼周を生み、頼周も恐ろしい才能を得て、その才能を爆発させてその名を轟かす事になるのはもう少し先の話である――




