219話 相打ちの協議
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【越中国/黒部川岸 上杉武田軍/一向一揆軍】
両者相打ちで決まった一騎討ち。
両陣営から同時に『負け』を認める声が掛かった。
故に引き分けであり結果は結果だ。
望んだ結果では無いが、お互い死なせたくない総大将と信頼する側近の戦いだったのだ。
大した後遺症も無く生き残ったのは喜ばしい。
だが両陣営の顔は曇っていた。
勝利した場合の条件しか決めておらず、引き分けはお互い想定していなかったからだ。
いや『想定はするべきだ』とは頭で理解しているが、言霊の魔力がソレを許さない。
何故なら『引き分けの想定』それ即ち『勝てない』と言っていると同義だ。
故に両軍とも困っていた。
なお、この頃には、戦っていた両者ともダメージは残るも、動くに、話すに不自由は無い。
ただし、顎を鈍器で蹴られた小島貞興の方が、見た目的にはダメージ大だが、七里能登守頼周は未だ腕の痺れと戦っていた。
故にあのまま戦いを継続していれば、貞興が勝った可能性が高い。
先に奥の手を見せて、未だに腕の痺れが抜けない頼周では勝負は見えている。
ただし、それは相手の内面まで完璧に把握している場合だけで、見ただけでは判別つかない。
それ故に両陣営から同時に『参った』が宣告された。
だから困ってしまっている。
この一騎討の後始末をどうつけるか?
負けや引き分けを想定してはいけない、日本人特有の言霊魔力による契約下手が、面倒な形で現れた結果となった。
「お互いの要求は、上杉殿が勝てば黒部川以西の譲渡に畠山親子の領地復帰、能登守様が勝てば越中からの上杉軍完全撤退。でしたな」
越中守頼周が再確認する。
「それで……どうしましょう?」
冷静に確認を終えた越中守頼周が、今度は極めて戸惑った表情で遠慮がちに問うた。
「……うむ」
「……そうだな」
能登守頼周と上杉謙信も『どうしましょう?』と言われても困った。
こっちそ『どうしよう』という思いだ。
お互いが負けを認めてしまった。
つまりどちらも勝利報酬を放棄したのだ。
じゃあ、決着がつくまで戦うという方法もある。
お互いの個人技最強者はもう戦えないが、越中守も謀略だけではないし、上杉軍にも武田軍にも猛者は揃っている。
ただ、一騎討を継続する場合、次に出てくるのは七里越中守頼周であろう。
謀略は超一級品。
だが武芸は不明だ。
謀略を駆使して戦うのか、実は武芸も達者なのか一切不明だ。
または船橋を渡って来ていない他の武芸特化型の量産型七里頼周が来るかもしれない。
対して、上杉武田軍に小島貞興に匹敵する人材が、居るには居る。
武田の飯富昌景(山県昌景)や、上杉の柿崎景家などの小島貞興に匹敵する猛将も控えている。
一騎討は望む所だが、小島貞興に『もう一戦』と言うのは厳しい。
一方、能登守頼周は、時間さえ経てば体は元に戻る。
時間が経過すればするほど、能登守頼周と小島貞興のダメージ差は広がっていくのだ。
だが真の原因はソコでは無かった。
上記も原因の一つではあるが、困るのは仕切り直しで『決戦』を挑まれた場合だ。
『このまま船橋を生きて撤退出来るとお思いで?』
と一騎討ち前に釘を刺したが、正直なところ、盲目で小島貞興と引き分けた七里頼周の神秘性に飲まれかけている。
盲目、右足喪失で引き分けた。
感動すら覚える一騎討ちだった。
降参を認めたのは、小島貞興を失う恐れもあったが、七里頼周を失う恐れもあった。
早い話が、惚れこんでしまった。
一揆は潰さねばならないが、人材としての七里頼周は、失うには惜しすぎるし、何より殺したら、そちらの方こそ一揆が厄介になる気さえする。
何せ敵にも神秘性を感じさせるカリスマの持ち主だ。
(あぁ、成程。斎藤朝倉も勝負を通じて、こ奴を認めたのかも知れんな)
今は確認する術は無いが、ずっと疑問に思っていた事だ。
『負けたから和睦を結んだ』
確かに情報としての価値は高い情報だが、この情報は上杉武田連合軍の士気を下げる情報だ。
朝倉斎藤軍を食い止め、斎藤帰蝶を倒した者だ。
よく書状をみれば『斎藤帰蝶敗れ』の所だけ若干筆が太い。
最大限警戒しろとの事だったのだ。
(今更気が付いたとは言えんが、そうでなくても出来うる限りの警戒はした。それでこの結果なのだ。認めるしかあるまい。認めた上で勝負を賭ける! 舌戦でな!)
だからこそ、ここからは知恵比べだ。
どちらが先に双方納得した上で、自陣に効果的再提案をするかが勝負だ。
「よし、こうしよう。まず現状を維持しよう。引き分けだからな。黒部川から東側は我らが武力で解放した。一騎打ちの前の状態だ。これは認めてもらう。その上で提案する事があるのだが?」
「ッ!?」
越中守頼周が明らかに困った顔をした。
急所を突かれたのだ。
「成程成程。良いでしょう。これは守れなかった我らの落ち度。返して欲しくば掛かってこい来いというのでしょう? ……せっかく黒部川に敷いた防御陣を台無しにしてまで」
「フフフ。そう言う事だ。何日から何年でも、そちらが渡河するまで待ちましょうぞ」
能登守頼周も越中守頼周も、現状維持が最悪だと認識して、しきりに挑発したりしたが、この布陣である限り現状維持が一番困るのだ。
待ち構えられたら、必殺の防御陣の解除どころか、完全に渡河を狙われる側になる。
これではアベコベにも程がある。
さらに、兵糧潤沢な上杉武田軍と違い、一向一揆軍には限界がある。
いつかは黒部川から撤退しないとダメな時期が来てしまう。
そうなれば、領土は削られ放題だ。
「だが、今から提案する事を飲んでくれれば、我らは七里家と和睦し撤退する。これ以上の侵略も無しだ」
「ほう? 七里家ときましたか。我らに武家になれと?」
「ッ!?」
今度は武田義信は当然、上杉謙信も驚いた。
まさにその通りの提案をするつもりだったのだ。
「驚いた。これぞ正に『1を知って10を知る』か。(マズイな……導けるか!? 10じゃなく8か9位であると助かるのだが……)」
一向一揆の武家化、即ち七里家の誕生。
これは即座に見破られたが、いずれ説明する事だったので、そこまで問題はない。
能登守頼周真が『真の10』まで気が付かなければ何とかなる。
「そうだ。一向一揆を無くすには、今の領地で一向一揆ではなく七里家の領土としてしまえばいい。そもそも本願寺本家からの要請を無視し拒否しているのだろう? ならばもうこれは七里家という武家ではないか? そうすれば我らの目的も自然と解決する。一向一揆ではなく七里家の軍なのだからな。領民と共に歎異抄通りに暮らせばいい。ならば攻撃対象ではない上に領民も落ち着き万事解決。違うかな?」
謙信は衝撃の提案を述べた。
この時の能登守頼周の眼は、閉じているのに見開いているかの様だった。
無茶苦茶な提案だ。
「ふ~。ちょっとこれは参りましたな。しかし詭弁にも程がありますなぁ? こんなに酷い詭弁は聞いた事が無い」
これは本当に滅茶苦茶な詭弁である。
七里家と名を改めた所で、それは一向一揆の浄土真宗が七里教となったも同然。
呼び方が変わっただけで中身がそのままだ。
それで『一向一揆鎮静化の任務完了』とは、政治家の屁理屈よりも酷い。
「誉め言葉ですな?」
謙信が探りを入れた。
「勿論! で? 他の要求があるのでしょう?」
「(ッ! ダメか!?)当然! まずは通商を結んでもらいたい。上杉家と武田家相手にな。そして受付窓口を畠山親子に一任する! 奪った越中の東部を領地としてな。これで両者全ての要求が達成される!」
朝倉、斎藤、上杉共同による一向一揆の解体。
武田家の海利用。
畠山親子の越中帰還。
全ての課題が一発でクリアできる提案だ。
ただ、その提案が七里家への信頼で成り立つ、極めて不安定な提案。
結果を求める余り、リスクを取りすぎているのだ。
(あの上杉が、こんな茶番極まりない提案をするとは思えません!)
越中守頼周が何とも表現し辛い苦渋の表情で注意を促した。
(ワシもそう思う。しかし魅力的な提案をしておるしなぁ。困ったな。これで万事解決と喜ぶ輩が居るとは思えんのだが、それが分からぬ上杉武田ではあるまい。まさか全員武力だけの盆暗か?)
能登守頼周もソレは分かっている。
ただ、支配者としては、どんなに馬鹿な提案でも考えなくてはならない。
逆利用が可能かも知れないからだ。
(そう信じないと出てこない提案であるのは間違いありますまい。ただ、信じられないのが本音です)
能登守と越中守が必死に考える。
朝倉斎藤とも不可侵条約を結んだ。
あとは上杉の提案を飲めば現状以上の領地は得られないが、逆に現状は守られ、真の浄土真宗国家を作る事が可能だ。
朝倉、斎藤、上杉が約束を守る限り、もう争う必要もなくなる。
各家が、それぞれ強力な防壁となって守ってくれる。
能登守頼周は、一騎討ちでも見せなかった表情を見せている。
上杉謙信の真意を測り切れないのだ。
こんなのは絶対に裏に隠された真意があるはずなのだ。
それがどうしても分からない。
(2人とも役者が違いすぎる。なんと学びになる交渉か! だが今わかった! 七里頼周! 貴様は頑張りすぎたのだ!)
武田義信が正直な感想を思った。
ほぼノーリスクの罠を上杉謙信は仕掛けたのだが、七里頼周には絶対に見抜けない罠を。
「例えば一寸でも侵略したら、今回の提案は破棄ですぞ?」
「勿論。と言うより、もはや我々が侵略する理由もないがな。お主は全力で北陸の領地を繁栄させれば良いだけだ。それを邪魔をしないし、何かあれば援軍として邪魔者も排除する。その時はタダで請け負おう」
「上杉殿。正直、話が旨すぎて極めて怪しいですぞ? もっと上杉殿の欲を見せてくれなければ信じられませんなぁ」
ここまで露骨過ぎては、能登守だけでなくても童でさえ裏を疑うだろう。
「(ッ!)欲か。確かにそれはそうなのだがな。本心を怪しまれるのは戦国時代だからかのう? 悲しい時代だ。お主の努力と武力と苦労に感動したのだよ。これは偽らざる事実。今の環境に慣れたお主には当たり前かもしれんが、我らかすれば、お主の一挙手一投足が称賛するに値するのだ」
盲目右足喪失でここまで戦ってきた上に、個人技でも最強格だ。
一騎射ちを見届けた武将が感動したのも事実だ。
人の可能性に胸を打たれたのだ。
「成程……。慣れて当たり前の感覚でしたので失念していました。そうじゃ。オレは苦労してこの境地に辿り着いたんだった……」
目が見えない。
歩けない。
しかし、指導者の立場である。
想像を絶する不都合を、工夫と努力で乗り越え乗り越え乗り越え、ついに障害を抱えたまま最強にして支配者となった。
「斎藤朝倉軍には片目の斎藤殿、全盲の富田殿がおられるが、貴殿は全盲に加えて足も不自由。それでその勇姿はな。もう敵ながら天晴と言うしかない」
「……そうですか。誉め言葉は素直に受け取っておきましょう」
能登守はそう言いながら悪い気はしなかった。
人は褒められると弱い。
驚かれると、とても嬉しい。
尊敬されると気持ちがいい。
とある二刀流の選手の様に、感動を与える存在にまでなったなら、絶頂してもおかしくない。
人は褒められたい、と言うよりは認められたいのだ。
それが敵対者であれば猶更だ。
能登守の頭からは快楽物質が洪水を起こしているだろう。
どんなに言葉では称賛を遠慮しても、心は受け入れる。
それが言葉が言霊たる所以であり、残酷な時代でもある。
そして謙信渾身の策でもあった。
「分かった。その条件で良かろう」
(掛かった!!)
「ただし、詳細はこの越中守と詰めて貰いますがな」
能登守も馬鹿ではない。
褒められて『うれしい』では終わらない。
契約の穴の確認は絶対に防がねばならない。
「構いません。それでは今後は良き隣人である事を願いますぞ」
「うむ。ついに民の流血が無くなる時代が来るのだな……」
感無量の七里能登守頼周であった。
【引上げ中の上杉武田軍】
「策は成ったと見て良いですか?」
武田義信が聞いた。
「あぁ。どんなに遅くとも数年以内に救援依頼が来るだろう。その時が真の北陸開放になる」
謙信は自信たっぷりに言った。
「そうですね。到底無理……割れるのは時間の問題でしょう」
含みを持たせて義信が答えた。
その含みが、七里家の最大の癌であり、弱点であった。
「七里は残念でしたな」
「うむ。七里は本当に惜しい。最初から有力武家に生まれていれば、浄土真宗なんかに関わっていなければ、絶対に北陸程度で収まる器では無いだろう。まぁ、顕如に見出されたのが切っ掛けなのだからもしもを話しても意味は無いがな」
上杉謙信は『もしも』の世界で七里頼周を評した。
顕如と七里頼周の出会いは、信長のバタフライエフェクトでは消し去れなかったので、これはもうある意味運命だ。
こうなると、言霊のお陰で引き分けを想定しなくて良かった事にもなる。
決めなかった事で、今回の提案を考え付き、一向宗に対し完全勝利の楔を打ち込んだ。
事実、北陸は一旦の静寂を得る事になる。
それは次の地獄への歩みと知らずに。




