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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-3.5章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
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214話 龍虎乱舞

【越中国/元明石城の丘】


「な、何で奴ら引き返してくるのだ!? もう宮崎城を落としたのか!? くそッ! 応戦しろ!」


 一揆軍の伏兵大将が叫ぶ。

 叫ぶが、こんなに空しい叫びもそうそう無いだろう。

 指示の前に伏兵の大半は逃げ出していたのだから。


 なぜ逃げたのかは『もう城を落としたのか!?』だ。


 大将がそんな判断をして口にすれば、逃げるに決まっている。

 しかもその場合、七里越中守頼周を倒した事になってしまう。

 大失言である。


「逃げるな! 戦え! 固まって応戦ガフッ……ッ!!」


 そんな伏兵大将を、自らの槍で葬る上杉謙信。


「ハッハーッ!! アーハッハッハッ!! 何者か知らんが討ち取ったり! さぁ手柄はそこら中に転がっておるぞ!」


 上杉謙信の笑い声が木霊する。

 その様子をドン引きで見る武田義信と武田信玄(信廉)


 宮崎城に立てこもる七里越中守頼周の策を見破り、縦横無尽に暴れまわる越後の龍。

 七里頼周の策の全容を見破り、大暴れの最中だ。


「……狂人こそが強さの秘訣かな?」


 義信が呆れるやら、尊敬するやら、どう称えて良いか困り、言葉としては相応しくないが、しかし、どうしても相応しいと感じる『狂人』と評した。

 その感性に信玄(信廉)も同意するが、それは信玄(信廉)も義信に対し思った事。


「そうじゃな。そもそも2人で、殺意渦巻く敵の籠る城門まで出向くなど、正に狂人の所業。上杉とは一応同盟したが、そこまで信用するお主をワシは冷や冷やして見ていたぞ? そういう意味ではお主も資格ありじゃろう」


 信玄(信廉)信玄(信廉)で、義信のクソ度胸には驚いていた。

 何せ、何年も苦しめられた宿敵との2人だけだったのだ。

 武田家の目線では、サイコパス殺人鬼と散歩している様なものだ。


「ははッ。ならば狂わねばなりませぬな! そもそも今こそ傭兵たる我らの稼ぎ時! よし! 者ども! 我らも働くぞ! 斉唱! 侵掠如火!」


 武田軍は2000人。

 これを武田義信が全軍指揮するのではない。

 2000人は少ないので機敏に動けるが、義信はそれを良しとしなかった。


 義信の号令である『侵掠如火』の元に、100人20組の部隊が作られる。


 それを指揮するのは、義信、信玄(信廉)含めた、武田軍の猛将達。

 馬場信春、内藤昌豊、飯富虎昌、昌景兄弟、秋山信友、高坂昌信、真田幸隆ら歴戦の一軍メンバーから、若手の武藤昌幸、土屋昌続、諏訪勝頼、今川里嶺まで様々に参加している。

 なお山本晴幸は上杉軍との連携係兼、目付として預けられている。

 

 これら老若男女が、それぞれ100人を指揮して戦う。

 2000の塊を20分割するのは、1頭の虎を20頭の小虎にする様な物だ――ではない。

 1頭の虎の爪を20本自由自在に動かす戦闘形態だ。


 これで想定外の遭遇をしてしまった一揆伏兵を叩く。

 戦う準備も出来ていない、散り散りになる敵を効率よく追いかける、超少数精鋭分割策である。


「掛かれ!!」


 義信の号令で、解き放たれた爪が一揆軍に襲い掛かった。

 天空から見れば、この戦いは一本の長い胴の龍から、無数の詰めが射出されて敵を粉砕している様だった。

 四方八方から襲い来る、無線誘導兵器の如く。


「見殺しにするか、救出に来るか? どちらでも構わんぞ!? これぞ王手飛車角取り策なり!」


 七里頼周が『王』なら、伏兵は『飛車』だ。

 あとの宮崎城は『角』だが兵は『歩』だ。

 しかも『成金』にも慣れない『歩』に過ぎない兵。


 とりあえず飛車取りは確定だ。

 この策の恐ろしいのは、普通の将棋だったら『王手飛車角取り』は『王か飛車か角』のどれかを取る事が出来るが、この策は『王飛車角全詰み』状態だ。


 飛車を片付けてから、ゆっくりと王と歩と角を蹴散らせばいいのだから。



【宮崎城からの救援部隊】


「ダメです! これはもうどうにもなりません!」


「クソッ! たった一手の失敗が、こんな結果を生む! 十分理解していたハズだったのに何たる不覚!  ……引き上げて次の拠点を目指せ!」


 頼周は断腸の思いで、伏兵を見捨てた。

 もう救出は不可能だ。

 逃げ延びて、ほとぼりが冷めるまで、静かにしてくれる事を願うのみ。

 再集結して『戦え』などと言える状態ではない。


 これは非情ではあるが、失敗した策に縋りつかない最低限のファインプレーである。

 やはり七里頼周の名乗りを許された者の判断だ。


 七里頼周の策の全貌はこうだった。


 丘で撤退戦を仕掛ける。

 丘の両側の伏兵を気づかせる。

 伏兵を追い払って宮崎城に来る間に、丘に配置した伏兵を再配置させた。

 最初から撤退戦だったから被害は最小限。

 ここまでは成功した。


 真の目的は、通過させた後に、宮崎城を攻略する上杉武田軍の背後を突く事だった。

 城と真の伏兵に挟まれて撃滅するはずが、たった一つの失策で全て暴かれた。


 それが城門前での会談。

 扉が開く瞬間が勝負だったのだ。

 内側に見える兵士の老若男女の比率が、どれ程か確認できれば良かったのだ。

 会話が上の空だったのはコレが原因だ。


 故に、宮崎城の攻防は、城門を開けた時点で勝負がついていた。

 総大将を守る七里頼周の護衛に、屈強な男がいない。

 ならば高確率で伏兵がいるのは確実。


 だから宮崎城から引き返した上杉武田軍と一揆軍伏兵がぶつかるのは必定。

 しかもこれは悪意満載の接触事故。

 自動車テロの如く、横断歩道を渡る一揆軍にトラックで突っ込む急襲。


 今度は撤退もできない本当の正面衝突だ。

 まさか急襲するはずの自分達が、急襲を受けるなど微塵も予測できない。


 背後を襲うつもりで息をひそめて様子を伺っていたら、上杉武田軍と正面衝突してしまった伏兵は、本当に散り散りなった――のならまだマシ。

 逃げる場所のない戦場で、伏兵であり、戦力の中心たる青年男衆は殆ど一掃された。


 この戦果は大きい。

 恐らくこの男衆は、近隣の地域から搔き集めた男たちだ。

 と言うことは、当分先までの地域に戦力の中心となる男は少ない。

 越中国の西側から、かき集めても良いだろうが、急編成すぎて、対応もできないだろう。

 おそらく、その拠点ずつで、何らかの策をやるつもりだっだのだ。


 宮崎城の一戦で勝負を決するのではなく、侵攻させつつ力尽きるのを狙っていたのだ。

 上杉謙信を一度の戦で倒せると思うほどに七里頼周は愚かではない。

 徐々に徐々に削って、撤退に持ち込むハズだった。 


 その大事な初戦を失敗してしまったのだ。

 唇を噛みしめ、逃げ帰る七里頼周であった。



【上杉武田軍】


 戦いという名の狩りと殺戮が終わった。

 当然、狩る者は上杉武田軍。

 獲物は一揆の中核だった男たち。


 それを粗方討ち果たし、再度終結したとて、たいした戦力にならない程度にまで蹴散らした後。


「凄いな。2000がここまで効果的に動けるのか!」


 謙信は素直に驚いた。


 武田軍は驚くべき事に、たった2000で上杉軍10000の戦果に迫る結果を叩き出した。

 統率の取れていない敵など、大群で衝突するより、小回りの利く少数がモノを言ったのだ。


 宮崎城から救援が飛び出してきても問題ない。

 老若男女ならぬ、老若女で『男』が抜けた軍勢になる。

 その男を倒した後なのだ。

 籠城戦ならともかく、野戦で負ける事など万一にも無い。


「上杉殿の先制攻撃が功を奏したのですよ。我らはおこぼれを叩いただけ」


「謙遜し過ぎは逆に嫌味ですぞ?」


「そ、そうですか? 傭兵軍の立場ですので、出過ぎた真似は控えようと思いまして……」


 謙遜し過ぎは本当だが、出過ぎた真似と言ったのは雇用主を立てているに過ぎない。

 義信は国主であるが、援軍を国の産業と定めた。

 雇用主の意向には逆らえないし、出しゃばっては契約を切られる。

 その上で、結果をも残さないといけないので、かなり難しい中間管理職を演じていた。


「気持ちは分かるがな。我との時だけは、そう遜らなくても良い。無礼講とは言わぬが、一国の領主同士なのだからな」


「はッ!」


 ここで本当に無礼講をやってしまっては本物の馬鹿だ。

 そう言われたら、ほんの少しだけ気を緩め、別の心をギュッと縛るのが社会人の生きるコツだ。

 

「さて。宮崎城は……放棄していると助かるがな。奴なら宮崎城で戦えぬと理解しているだろう」


 謙信はそう読んでいる。

 伏兵ありきでの籠城策だったのだ。

 伏兵や援軍が無ければ、籠城戦は無意味。

 頼りの男衆は滅ぼした。


 これは『王飛車角全詰み』策なのだ。

 宮崎城から当分先までは、碌な戦力は居ないだろう。


 唯一の回避策は、『王』が盤外へと逃亡する事だ。

 別に玉砕戦法でも構わないが、王と歩で何ができるか見ものだ。


 結局、七里頼周は、宮崎城をも放棄して撤退した。


「ふむ。それが正しかろう。それに最低限の仕事はしていったか」


 伏兵を片付けて、宮崎城に進軍する際中、前方に煙が立ち上るのが見えた。

 規模からして焚火ではありえない。

 巨大な建築物が燃えているのだ。


 この先に見える距離で巨大な建築物は宮崎城しかありえない。

 拠点を利用されぬよう、自ら破城していったのだ。


「ま、良しとしよう。ここで玉砕を選ぶ様では話にならん。女子供老人を無駄に死なせるだけだ」


 女子供老人が戦いを挑むなら容赦はしないが、あまり気持ちの良いものではない。

 自慢できる手柄でもないので、『玉砕を選ぶ様では話にならん』と言いつつ、それを選ばれるのは一番上杉武田軍にとっては嫌な戦法だった。


「さぁ、今回は宮崎城周辺で、休息としよう。拠点は燃やされたが、今回はなるべく再利用していく」


 謙信の命令で消火活動が行われ、再利用できそうな建物を本陣としつつ、休息に入るのであった。



【武田軍/武田信玄(信廉)


 武田軍に割り当てられた休息地で信玄(信廉)は一人思い(ふけ)っていた。


(それにしても本当に乱戦が好きじゃな、あ奴は。兄上(信玄)も全ての戦いで本陣突入を許しておったな。……コレは弱点でもあるんじゃないか?)


 この歴史でも起きた通称『川中島の戦い』では、信玄は全ての戦いで、上杉謙信の本陣突入を許してしまっている。


 これは本当に謙信の弱点なのだろうか。


 もちろん弱点に決まっている。


 総大将が、乗り込んできて、不利な訳が無い。

 無いのに、いつもしてやられている。

 つまり武田が下手な証拠でもあった。


(相性なのか、虚を突かれ過ぎているのか? 分からん御仁だ。今回の遠征も武田に全幅の信頼を寄せている様に見える。裏切る可能性を考慮しておらんのか? そりゃ2000では裏切ってもどうにもならんが、それにしても隙だらけだ)


 真の信玄に成り変わった偽信玄たる武田信廉。


(ひょっとしたら千載一遇の好機なのか? ワシだけが犠牲になる方法があれば? ……無いか。流石に連帯責任よな。だが、何か糸口が見えた気がする。いや、それは奴が垂らした糸じゃないか?)


 信玄(信廉)は、将来の対上杉の可能性を考慮し、眠りにつくのであった。

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