213話 宮崎城攻防前哨戦
面倒くさい風邪に罹ってしまい長期間お休み致しました。
申し訳ありません。
今日より再開します!
【越中国/宮崎城 手前】
元明石城の丘を突破した上杉武田軍。
そのまま、引き続き宮崎城の攻防戦となった。
丘と森で対峙した一向一揆軍は、宮崎城に撤退した。
宮崎城までは近所でもあり、撤退も進軍も阻む物は無かった。
ただし、追撃する上杉武田軍の歩みは慎重だった。
『あの七里越中守がこの程度のハズがない』
との合言葉を胸に、急襲を警戒しながらの進軍であったので、非常に疲れる進軍であった。
「何も無しか……! この程度(?)だったのか!!」
勿論侮っての『この程度だったか』ではない。
結局、最大級の警戒をして、何も奇襲は起きなかった。
無駄な努力をさせられ疲労感が大きいが、警戒が効いたのか、最初から奇襲部隊など居なかったのかは分からないので、結局疲れただけだ。
「何かいるハズと思わせる策……と勝手に勘違いしたかもしれませぬな」
「可能性はある、と言うか正にソレよ。同じ展開で相手が凡将なら、遠慮なく追撃するが、奴に対し迂闊な事はできぬ」
故意か偶然かわからないが、この肩透かしも策なのではと勘ぐってしまった。
「いくらでも、奇襲をかける場所はありましたのに……。普通は、多少でも敵戦力を削るべきだとは思いますが……」
「それだけ宮崎城を防衛に集中したいのであろう。……と言うより、武士の常識は通じない相手だからな」
上杉謙信と武田義信が肩透かしにあった行軍を訝しむ。
「まぁ、宮崎城は目と鼻の先だ。中途半端に兵を伏せるのは非効率と断定したのだろう。結果はどうあれコチラは兵を損耗しなかったのだ! 良しとしよう! ……やり難くて仕方ないがな!」
戦を勉強と実践で磨いた上杉謙信の言葉だ。
説得力が段違いのはずだが、その上杉謙信をして、七里頼周は何をしてくるか分からない。
実戦だけで『七里頼周の地位』まで上り詰めた、いわゆる『叩き上げの軍人』なのだ。
非常識な戦略を取ってくると丘での戦いで再認識したばかり。
昨年の七里越中守頼周は謀略のみの戦術だった。
南から織田と武田、東から上杉と、越中国非常事態だったが故の、渾身の謀略だった。
今年初めて干戈を交えた丘での初戦。
勝ったはいいが、全く喜べない勝利。
何せ、前代未聞の、『撤退戦を仕掛けられた』のだ。
将兵の落ち込み具合に、義信の妻である里嶺が、全武将に叱責するぐらいの落ち込みだった。
そこで辛うじて闘志を取り戻したが、今回の安全な行軍が蘇った闘志を削り取る。
「それにしても、どこからでも湧いて来そうな一揆軍が、こうまで大人しいのは……」
これが戦略なら、どこまでも嫌らしい、そして、勉強になる戦略だ。
義信は、地面から湧き出る一向一揆兵を思い浮かべる。
ゾンビの概念は無いので、動く死体を思い浮かべた訳ではないが、それでも悍ましい光景だ。
「うむ。越中に攻め寄せた七里頼周は武闘派だったと聞く。あの斎藤帰蝶と富田勢源を同時に相手にして無傷の猛者だともな。この先いろんな『七里頼周』が出てくるのだろうが、こうも性質性格が違う存在を揃えるとは。戦乱になれば才能は湧いてくると言うが、北陸は人材の宝庫か?」
ある意味北陸は蠱毒の壺だ。
才能を持った者が、実戦で才能を磨いている。
その中から優秀な毒虫が『七里頼周』として活動している。
一筋縄ではいかないのは当然だし、性質が千差万別なのも当然だ。
「で、本当に何も起きなく宮崎城到着、か……!?」
ため息と共にでたセリフを打ち消す声が響いた。
【宮崎城】
「ようこそ! 上杉殿に武田殿!」
「ッ!! 七里か!」
丘で聞いた忌々しい名乗りと同じ声が聞こえた――と思ったら、今度は城全体を揺るがす声が響いた。
「ようこそ!! 上杉殿に武田殿!!」
声が山彦ことなり『よよううここそそ!! 上上杉殿殿に武武田田殿!! よようここそ……』と木霊する。
「これはッ!?」
突如の大音量による歓迎。
七里の言葉に続いて、場内の兵が呼応して声を発している。
越中の空に響き渡る大音量。
声の規模からして、相当の人数が城中にて戦闘準備万全で待ち構えているのだろう。
「山彦が邪魔じゃが……声の規模からして『万』に届きそうだな……」
「厄介ですね(山彦が無かったら、もっと数を絞れると!?)」
声だけで兵力を推測した謙信。
義信にはまだ経験不足なので、そこまでの能力は無い。
こればかりは経験でしか養えない能力であり、敵が声を発してくれないと勉強もできないので、これは貴重な経験であった。
攻城戦には相手の3倍の兵力が居るのが戦の常識。
正面からぶつかれば自然とそうなってしまう。
12000の上杉武田軍と、予想10000の一揆軍。
これでは上杉武田軍に勝ち目はない。
「ふむ。これは……行けるか? もう少し確定情報が欲しいが……段蔵」
「はっ」
「ッ!?」
呼べばどこからでも現れる加藤段蔵。
今回は最初から隣に居ただけだが、余りにも気配が無かったので、視界に入れてさえ認識ができていなかった。
(加藤段蔵か!? 千代女に勝るとも劣らぬ使い手か!)
義信が驚いている間に、段蔵への指示は終わり、もう姿も消していた。
「よし! やるか!」
勝ち目が無いのに、知恵を働かせて、あっさり攻略したり、隙を見つけて少人数で攻略したりするのが知将の腕の見せ所でもあるが、上杉謙信は何かに引っかかっていた。
それを今から確認するのだ。
「甲斐殿、ワシに合わせ名乗って下され。行きますぞ。……我こそは上杉謙信也! 大勢での歓迎、礼をいたしますぞ!」
「同じく、武田甲斐守義信也! 此度の歓迎も楽しそうですな!」
こちらは、たった2人の声だったが、その分、声の通りが良く、これも戦場全体に響いた。
「歓迎に喜んでもらえて何より!」
「歓迎に喜んでもらえて何より!!」
やはり七里と同じように全兵で呼応し同じ言葉で反応する。
(ッ! やはり!)
謙信は何かに反応し、確信した。
「先の丘での戦い前にも話し合ったが。今一度確認したいことがある」(208話参照)
上杉政虎が剃髪して上杉謙信となったドッキリから始まった会談。
結局両者共に歩み寄る事は出来ず、物別れとなった。
その後の元明石城の丘での撤退戦。
まんまと出し抜かれた。
その上で何を話したいのか?
「我らは一旦兵を下げる。その上で、ワシと武田殿と七里殿で会談を行いたい。如何かな!?」
「応じても良いが、別に話す事も無いのだがな? 言いたい事はお互い全部言ったはず。何か聞き忘れたのかね?」
今度は七里頼周1人だけの反応だった。
「ある! あるが、このままでは喉がお互い潰れてしまう。お主に手を掛けない証に、我らは兵を下げた上で、場所も門前で構わぬから、どうか願いを聞き入れて頂きたい!」
謙信が頭を下げて願った。
義信もそれに倣う。
「……分かった。何を聞かせて頂けるかは分らぬが、兵が引いたら出向こうではないか!」
「(よしッ!)承知した。しばし待たれよ! 全軍下がれ!」
謙信は心の中で拳を握った。
そして、小声で義信に話した。
「甲斐殿。では門前まで参ろうか。その時が勝負ですぞ」
「勝負? ……あっ成程! 確かに勝負ですな!」
こうして謙信と義信は床几を持って門前まで行き、その間、兵を下げるのにしばらく時間を使った後、安全を確認した七里頼周が門を開け放ち、堂々と登場した。
頼周の背後には弓兵がズラリと並び、上杉家と武田家の信用の無さが伺える。
「……」
「……」
一方、頼周が登場したのに、謙信と義信は無反応だ。
「……?」
何かしら反応が当然あると思っていただけに頼周も拍子抜けだ、と思ったら謙信が反応した。
何か間合いを外した気持ち悪い空気間が漂う。
「こちらの提案に応じてくださり誠に忝い。改めての名乗りは必要ありませんな?」
門前に床几たて腰掛けながら謙信が言った。
それに倣い、義信も頼周も床几に座る。
「えぇ。一体何を聞かせてくれるので?」
異常に怪しさ満点なので、頼周は警戒感を最大まで引き上げる。
「今一度、七里殿の目的目標理想を教えてもらいたい」
「また!? そんな事を聞きに!? 先日話したばかりでしょう!?」
「そう。話は聞いた。だが、其方ではなく、聞きたいのは真の七里殿の思想だ」
「うん? どういう意味で?」
もう本物では無い事はバレている。
バレた上で、本物の七里の思想も、完璧には伝えていないが、上杉謙信、武田義信程の武将なら1を聞いて10を知るだろう。
(……なんだコレは? 想像力が欠如しているのか? ワシの買いかぶりすぎだったのか?)
「貴殿は七里殿の代理でもあり、影武者でもあり、本人認定された者でもあるのだろう? 『七里頼周』という存在が何人もいるのは割れている。恐らくは真の七里殿の思惑で動いているであろうが、伝え聞くと尾ひれがつくのが当たり前。そこで、お主の思想を除いた混じりけ無しの思想が聞きたい」
「能登守様の思想ですか」
「あぁ。お主の口からな。恐らくだが、そう多くは無いのではないかな?」
「……」
越中守頼周は困った。
伝えるのは簡単だ。
謙信の推測通り、単純明快で多くは無い。
本物の七里頼周たる能登守は、歎異抄を基にした、真の浄土真宗の国を北陸に作りたいだけ。
謙信と義信には、写本歎異抄も見せて内容を丘での会談で、かいつまんで話した。
本願寺本家とは袂を分かち、蓮如と蓮崇が悟った国を体現したいだけだ。
その大目標を達成する為に、各地の七里頼周が、各々の達成方法を模索しているのだ。
その模索法方法が、加賀の七里や越中の七里で微妙に違う。
違うが、そこまで方策が逸れた行動は取っていない。
敵対する相手も違えば、支配する民も違う。
やり方を統一する気はない。
一番効率的な自由裁量が与えられている。
まるで、将来の織田方面軍の様な体制であった。
「どんな尾ひれが付いたかは存じ上げませぬが、北陸を歎異抄に基づいた国にする。そこを浄土真宗の安息の地とする。上杉殿や越前朝倉殿は、隣国として付き合ってくれれば、いくらでも発展に手を貸そう。それだけの話だ。言いませんでしたかな? いや、言ってなくとも、推測はして欲しいのですがな?」
「……」
「……やはり変わりませぬな」
黙っている謙信に、やや間を外して答える義信。
妙な空気が流れた。
3人向き合って話しているのに、誰が誰に向かって話しているのか分からない。
少なくとも頼周は謙信と義信に向かって話しているが、2人はその会話のボールをキャッチしていない。
殆ど上の空だ。
「もう宜しいですな?」
頼周は立ち上がった。
「……あっ。えぇ。大丈夫ですぞ」
「それでは。……あッ!?」
頼周が振り返り城門に顔を向けた時、もう時すでに遅かった。
頼周は死ぬほど後悔した。
「一応、降伏勧告は致そう。どうするかね?」
まだ座っていた謙信が、邪悪な笑みを浮かべで問うた。
「……まだ最初の衝突で後れを取っただけ! この越中守頼周を見くびって貰っては困る!」
振り返って喋る頼周は怒りの表情だった。
今回の会談の罠を見破ったのだ。
見破ったが手遅れだったのだ。
弓隊、槍隊、城壁から顔を出している一揆軍のそこかしこに女性や老人がいるのを確認されたのだ。
この時代女性も戦うが、特に一向一揆はその傾向が顕著だ。
女性でも老人でも槍を持てば突き殺せるし、弓を射られる。
立派な戦力だ。
(10000人の内情が知れたとて問題ではない! 無策だと思っているなら後悔してもらおう!)
頼周が場内に消えると共に、弓の斉射が始まった。
大急ぎで逃げる謙信と義信。
「内情も知れたし、弄した策も見破った! 宮崎城、落として見せよう! 確実にな!」
上杉謙信はそう断言し、勝利を確信し逃げ帰るのであった。




