211話 それぞれの事情
【越中国/一向一揆拠点 七里頼周】
「上杉武田連合軍が来る。迎撃準備だ」
「はいっ! ……え? 上杉と……何と? 杉田家???」
あまりにも突拍子のない家の名前がでてきたので『上杉武田家』を『上杉杉田家』と聞き間違えた頼周の側近。
「違う。武田だ」
「えぇッ?! た、武田!? 上杉と!? 連合軍!? 最悪の組み合わせじゃないですか!?」
側近は狼狽える。
当然の反応だ。
武田と聞いて、冷静な頼周の態度が異常なのだ。
「落ち着け。武田の再参戦は予想外だが、実際に見て確信した。あんな連合軍、瓦解させるのは容易だ。烏合の衆に過ぎぬ。これは例えではない。本当に烏合の衆だな」
自信たっぷりに頼周は言ってのけた。
もう頭の中には戦術が組み立てられているのだろう。
絶対的な自信が感じられた。
「そうですか! なら問題ありませんね!」
頼周の一言で、側近は正気を取り戻した。
それ程までに、越中守頼周の実績と実力が傑出しており、頼周が『大丈夫だ』と言ったなら『大丈夫』なのだ。
謎の指揮官が突然上官となって、こんなセリフを言ったら不安しか残らない。
仮に、超優秀だったとしてもだ。
実績と信頼感が全てなのが戦国時代。
そこは浄土真宗王国を作ろうとしている北陸一向一揆も変わらない。
そこを履き違えたのが、史実の七里頼周で、権力を盾に、虎の威を借りてやりたい放題やって失脚した。
だが、この歴史の七里頼周は複数人存在し、今の所、全員力を発揮し活躍している。
どこの歴史変化が、こんなバタフライエフェクトを起こしたのかは不明だが、信長にとっては喜ばしいのか、悪夢なのかはどちらだろうか?
全ての結果は北陸を統一して、初めて歴史変化の良し悪しが体感できるだろう。
どんな政治も戦争も偉業も、後の歴史と権力が評価を下すものだ。
ただし、信長と帰蝶だけは史実を知っているだけに、即座にある程度の判定ができるだろう。
『フザケんな!? なんじゃコレは!?』
優秀な七里頼周が複数人用意され、以前より難関として立ち塞がる一向一揆をそう評価するだろう。
今の上杉軍の時間軸では、朝倉斎藤軍と争う加賀の七里頼周はまだ敵対中なので、去年から心中穏やかでは無いのが本音だろう。
「だが、肝に銘じよ。烏合の衆とて、舐めて良い相手ではない。武田という異物が混入しておるが、上杉の実力は去年散々苦しめられた。越中の半分を瞬く間に強奪された。たまたま蟹寺城での配置関係と北条の越後侵略が間に合ったに過ぎぬ」
去年はタイミングと状況を完璧に利用して見せたが、今年は北条に頼れない。
自力で上杉とオマケの武田を撃退しなければならない。
織田と斎藤は飛騨から北上しない分、多方面を相手にしなくて済む分、正面衝突は避けられない。
「武田についても同様だ。去年は交渉で追い返したが、信濃の軍勢を揃えて再進撃されたら困った事になっただろう」
七里頼周は昨年の結果を、紙一重と思っている。
一旦追い返して再進撃も頭に入れていたが、そこの心配は空振りに終わった。
まさか武田でクーデターが起きているとは、流石に察知していない。
当主交代するも、会談には同席していた武田信玄が偽物とは見抜けなかった。
本物の信玄より優れているから当然の誤判断だが、劣っているならともかく、優れている者を偽物と断定するのは難しい。
「故に緊張感を持って配置に付く様に再度命じろ。烏合の衆とて不確定要素が紛れているのは事実。ワシの合図と行動を待て」
「はッ!」
「……さて。どうしたものかな?」
側近は駆け足で全軍への指示を通達するが、頼周は誰も居ない事を確認して呟いた。
異物、不確定要素、烏合の衆と断じた武田家への違和感が拭えなかったのだ。
(昨日は夜で場所も場所だから気の所為かと思ったが、アレは本当にあの武田信玄か?)
上杉謙信と武田義信が主な交渉相手で、武田信玄は居こそすれど、一言も発しなかった。
家督を譲った情報は入っているので、その態度も不審ではないが、去年見た武田信玄と雰囲気が何一つ一致しない。
(以前は飢えて怒り狂った虎だったからこそ、追い払うのも訳が無かったが……静と動、こうも人はこんなに切り替わるのか?)
頼親が疑問に思うほどの、スイッチ切り替えにも程がある変貌ぶり。
何なら、家督を譲っても傀儡政権を行ってこその武田家だ。
それが正しい姿な気がしてならないのに、昨日は全く口を開かなかった。
上杉武田連合軍で怖いのは上杉謙信と武田信玄だが、謙信は饒舌に、信玄は寡黙に。
正直、謙信と義信より圧力を感じた程だ。
(何かしらの強烈な反省があったのだろう。あるいは息子に可能性を感じたか?)
答えは偽物なのだからに他ならないが、真実を知らぬ以上『家督を譲り、息子への信頼感』がそう見せるのだろう――と驕り油断しないのが、この歴史の七里頼周だ。
(配下の手前、異物だの烏合の衆だのと言ったが、警戒は最大級に引き上げるべきであろう。兵には強気で居て貰わねば策が成立せぬからな)
武田の斬新過ぎる新戦法。
とは言っても、農民を使わない戦法は、織田家や尼子家が確立し、徐々にその戦法を取り入れる家も増えて来たが、他のどの家が導入したとて『武田家だけは絶対無理』と思っていただけにショックは大きい。
しかし『ショック』とは言っても、脅威を感じると言うよりは、越中の七里頼周をして予測が付かない。
たかだか2000程度だが、どれ程の活躍を見せるのか、はたまた、使い物にならないのか、予測ができない。
(だが、やる事は変わらぬ。ワシが命を賭ければ済む話だ)
もう作戦は決まった。
昨年が四方八方から敵が押し寄せた事を考えたら、一方向からの敵など楽勝だ――と驕り油断しないのが、この歴史の七里頼周だ。
やる作戦と行動は決まっているが、不確定要素が及ぼす様々な事を想定し、持ち場に行くのであった。
【越中国国境/上杉軍、武田軍】
「さてここからは一切油断ができぬ。ハッキリ言って秘境、いや魔境だ。去年、我は散々にやられてな。あの時、武田軍も翻弄されておったが貴殿らは知らぬ事。むしろ怒り心頭の信玄殿の帰還を驚いたであろう? のう信玄殿?」
「フフフ。あの時のワシは傑作じゃったのう!」
ややっこしい会話だが、今話しているのは上杉謙信と、信玄に成り代わった武田信廉。
「それに、先日は一言も口を開きませんでしたな? アレは良かった」
会談の場で、無言で黙っている武田信玄(偽)。
義信に家督を譲ったのだから、態度としては正しいかもしれないが、世間の信玄像はワガママ、山賊、厄介者の悪鬼。
それが不自然に黙っているのだから不気味だ。
本心としては、昨年、本物が七里頼周と会談しているので、内容を知らない偽物が下手に話すと、厄介な事になるから黙っていたに過ぎない。
だが、事情を知らない七里頼周には相当なプレッシャーを与えた。
不気味極まりないし、何より、戦国武将としての凄みが凄まじい。
また厄介な事に、七里頼周が感じた偽信玄への評価は間違っていない。
本当に厄介な事に、影武者信玄は、本物を模倣し続け、ついに本物を上回った猛者だ。
本物の信玄でさえ極めて厄介なのに、偽信玄がもっと厄介なのは事情を知る者としては、頼もしいが、今後の厄介さを考えれば手放しで喜べない。
とりあえず味方である内は、仲良くしておこうと決めた上杉謙信であった。
また、事情を知らない他国の者は、純粋に信玄のパワーアップであり不気味極まりない。
さらに偽物と知りつつ、進化した信玄を見た信長らは絶望した。
後の歴史ファンが『あと10年、信玄の寿命がつづけば』と思っていた事が実現した歴史となったのだ。
(この戦いが、新生武田家の初陣であり正念場か。味方で頼もしいと期待するが、弱点も晒してくれると助かるのだがな。懸念点は沢山あるが、義信も信玄もそれは当然把握しているだろう。どこまで弱点を克服したか、あるいは対応策を考えているか見せてもらおう)
今は味方でも、明日は敵なのが戦国時代。
たった2000で法外な援軍料を請求する、価値に見合う戦いをするのか、失敗するのかはある意味、見ものである。
「さて、そろそろ武田も準備をしてまいります。何か作戦指示があれば随時伝令兵を。それまでは激戦区で暴れて参ります」
「うむ。くれぐれも言うが、全滅するまで戦うでないぞ? 大名の傭兵と言う事で、扱いが特殊じゃ。正直、どう扱うのが正解か我も分からぬ。とりあえず、激戦区で戦うも早々に切り上げて、様々な戦線で援護をして欲しい。武田の数は誤認させたい」
「はい。首も討ち捨て、倒せる敵だけ倒し混乱を促します。隙を見せた敵を、少しずつ削り取って、七里の手足となる一向宗を破壊して参ります」
「うむ。善戦を祈っておるぞ。(役割を理解して居るようじゃ。無茶はしまい。……心配があるとすれば配下の者じゃな)」
武田家は2000程度で、普段は主力の農兵が不在だ。
農兵の生きる力が武田の強さの秘訣だったが、今回はリニューアルの初戦となる。
猛将と名高い武将たちは、その武力を存分に発揮できるか?
智将と名高い武将たちは、その策謀を存分に発揮できるか?
もちろん上杉家としても、昨年の雪辱を果たさなくてはならない。
一向宗も今年が正念場だが、何せ、加賀側の敗退の未来が確定しているので、越中側は絶対に勝たねばならない。
そんな、それぞれの思いを秘めた戦が始まるのであった。
思う所あって、最近は文字数少なめです。
これが良いのか悪いのか、判断が難しいですが、試行錯誤して改善していきたいと思います。




