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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-3章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
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210話 前哨戦の会談終了 危険な人たち

【越中越後国境近辺の廃寺/昼】


 武田家全体の専門兵士兼傭兵化。

 雑賀や根来の様な地侍の様な地元密着型ではなく、大名による『いつでも、どこでも、だれとでも』の思い切った方針転換。

 武田信虎は、次男の信繁に武田家の未来と改革を託したかったが、足掻いた結果、長男晴信の息子、即ち孫による武田家の抜本的改革がなされた。


 この方針に、信虎が満足するのか、仰天するのか、卒倒するのかは不明だが、確かに武田家は変化した。


「なっ……そんな事……大名が……!?」


 そんな説明を聞いた七里越中守頼周は、見事な『唖然』としか形容できない表情であった。


「あっ……だ、大名としての信念は!? 志は!? 野望は!? まさか無いのですか!? ただ単に考え無く戦うですと!? 武田家は地侍では無いのですぞ!? 貴方がたには理解してもらえないが、我らにだって信念も志もあるのですぞ!? それなのに――」


 戦う目的を問う頼周。

 彼らは宗教上の理由がある。

 浄土真宗として世間の評価と善悪はともかく、確固たる信念を持つ頼周は、異議を唱えまくった。

 その姿は『武田家の為の諫言』にさえ聞こえるが、義信が言葉を遮って一括した。


「信念? 志? そんな物で飯が食えるか!」


「ッ!!」


 義信は、戦国時代の『真理』でもって答えた。

 むしろ戦国時代、崇高な志や信念で戦っている大名の方が希少だ。

 食い物の為、領地を広げる為、これらを咎める権力が失せた為――

 ある意味『欲望』と言う信念に忠実だが、逆に『日本の為に』と、信念や志を持っている方が『異端』であり、だからこそ戦国時代と呼ばれ荒れているのだ。


 この歴史でいえば、三好家と織田家が圧倒的な異端児の化身。

 あとは三好家や織田家に感化され異端になった者だけだ。


 では武田家は異端児ではないのか?

 実は異端児の領域に片足を突っ込んだが、まだ異端になる資格がない。

 異端になるには、キチンと国を運営できてからの話。

 要するに飯が食えてからの話なので『(信念、志)そんな物で飯が食えるか!』であり『野望』は否定しなかった。


(志や信念が必要な戦いになったら、ソレはその時! だが今は単なる戦国大名でいい! まずは野望を吐ける立場にならねば話にもならぬ!)


 武田家は言うなれば、今はバイト、副業の時間だ。

 この援軍行為は、正社員になる為の就職活動。

 とりあえず、これで急場をしのぎ、機を待つのだ。


(命を捨てなければ強くなれない、そんな武田家では駄目なのだ!)


 今までの武田家を見て辿り着いた義信なりの真理だ。

 もちろん戦は命懸けだが、背水の陣で人の力を引き出して戦うより、戦は策略を張り巡らし、止めの一撃を刺しに行く程度で収めなければならないと、義信は思っている。

 その点は真の父信玄も、そうあるべきと考えており、そこは義信も認めていたが、少し考えが違い、その少しが決定的な決裂になった。


(人は城、石垣、堀にもなる。しかしその『人』とは領民ではない! まずは武家なのだ)


 その上で変化すべきはまず自分達。

 領民を兵に仕立て『自分で自分の食い扶持を奪ってこい』ではダメなのだ。

 功績と褒賞で生計を立ててこそ武士。

 しかし、その褒賞を与える立場に武田家は立っていないのだ。

 まずはココを是正する。


「そう言う訳で七里殿」


「……何でしょう?」


 上杉謙信が頼周に尋ねた。

 一方頼周は、話の通じぬ邪教徒と接してしまったかの如く呆然としている。


「身の振り方を考えられよ。真剣にな」


「身の振り方? 真剣? 何を……」


 似非(えせ)坊主の癖に、問答の如く七里に問う謙信。

 知らぬ人が見たら、謙信はさぞ高僧に見えたであろう。


「貴殿が七里頼周の名を名乗る事を許された人物だと言うのは知っている。また、去年の見事な謀略には我も舌を巻かざるを得ない」


「……話の要点が見えません」


 今、このタイミングで褒める意図が分からない――事もない。


「分らぬか? 『こちらに付け』と言っているのだよ」


「……(やはり懐柔か)」


 頼周は『話の要点が分からない』と言いつつ『そういう展開になるだろうな』との確信はあった。

 自分という人材の価値。

 越中の一揆。

 自分が上杉側に付けば、全て一瞬で片が付く。

 越中の七里頼周の命令と作戦を、正確に遂行できる手足はあるが、頭たる頼周が居てこその越中だ。

 それがそっくりそのまま上杉に移ったら、どうなるかは火を見るより明らかである。


「せっかくのお誘いですが、某がそちらに付けば一揆勢が皆殺しになる。ソレだけは許す訳には参りません。もう、何十何百人と、某の命令で命を捨てさせた。全ては浄土真宗の王国を作る為に!」


「宗教王国か……」


 この時代、と言うか今でも日本は当然、地球上の国家は何らかの宗教国家だ。

 その宗教が何なのかで世界中が割れており、現在にも響く問題でもある。


「天皇という神道が存在するのに、それに加えて様々な仏教が乱立していえるのに、それら全てを省いて浄土真宗だけの国を作ると?」


「そうです。北陸に真の浄土真宗の国を作る! 日本各地で迫害を受ける信徒を受け入れる! 安息の地を作る! しかし、他の宗教も否定はしない。領地外では! これで一向一揆問題は無くなりましょう! 故に再三申している様に、国として認め付き合いをしたいなら応じますし、交易も致しましょう!」


(コイツ……! 素晴らしい! 是非武田に欲しいな!)


 義信は初対面だが、すっかり七里越中守頼周の魅力に取り憑かれた。

 さすがは七里頼周の名乗りを許された者なのだろう。


(だが、無理な相談だ。不可能だ! 日ノ本でソレは出来ん!)


 日本は現在に至るまで神道が基本の宗教国家だ。

 その神道と同等の勢力を持つのが仏教だ。


 これは、普通の宗教国家ではありえない。


 そのありえないを、ありえさせるのが日本人であり、『八百万の神々』と言う言葉の通り、どんな神でも受け入れるし、巨石や奇石、巨木にも神を見出す、悪く言えば浮気性で無節操、よく言えば人が好いにも程がある寛容性だ。

 聖徳太子らが仏教を導入したが、その時代でも古来よりの日本神話が存在しているのを承知で、仏教を取り入れた。

 この時から、ほかの国ではありえない、2頭宗教勢力の融和が始まった。


 現代でもキリストの墓が青森にもある。

 ヤハウェとアッラーの区別がつかなくとも関係ない。

 ゼウスもオーディンも拒否をしないのが日本だ。

 良くも悪くも無節操であり、寛容性が異常なのだ。

 宗教過激派は困るが、隣人が押し付けない限り嫌な顔はしない。

 12月24日~1月3日ぐらいまでは、その極地の期間であるのは皆さん知っての通りだ。


「逆に問いたい。我らは武力で北陸一帯を切り取った。力の無い武家は邪魔なだけ。群雄割拠の時代、ほかの大名と同じ様に、下剋上を果たしたのだ!」


 蓮如の起こした北陸一向一揆を下剋上と言うなら、日本史上初の下剋上とも言える。


「織田や斎藤、朝倉、そして上杉に武田。我らを国として認めてくれれば、争う必要など無いのです。今の支配地域で真の七里頼周を頂点とした国として認めてくれればそれで済む話。決して布教の為に隣国を荒らさないと約束しましょう。いや、他国への布教も禁じましょう」


「それが出来たとしても、認められんな」


 義信も思った事を、謙信が断定した。


「ッ!! 何故です!? 飛騨も斎藤家に渡し、もう手出しはしていない! 越中、加賀、能登の三国で我らは平穏に暮らしていける! それなのに、上杉の領地拡大の為に我らを犠牲にすると!?」


「はい、と、いいえ、の半分半分だな」


 謙信が腕組みを解いて説明をする。


「まず勘違いをしているから訂正するが、別に我らに従ってくれれば皆殺しなどしない。どんな仏を敬おうが勝手じゃ。元々、本来の目的は、我ら上杉に能登越中を取り戻してくれと頼んだ畠山の依頼で動いておるだけじゃ。越中も能登も元の持ち主に返してもらうだけじゃ。その支配下で浄土真宗を全うすれば良かろう」


 これこそが、上杉が北陸一向一揆に関わる大部分の理由。

 その中に、宗教一揆を捨て置けない、謙信なりの理由があるのだが、それは伏せた。

 だが、そんな話の中に捨て置けない言葉に頼周が反応した。


「ッ!? 畠山!? 今更畠山ですと!? もう中央の争いにも碌に介入できぬ畠山に我らが従う理由はない!」


 この時点では未来の話だが、大和国で畠山総領家が三好と織田によって木っ端微塵にされる。

 本当に今更な話である。(19-2章参照)


「畠山の政治が混乱しているから、能登越中より退場してもらっただけ! 役に立たぬ武家は邪魔なだけ! コレに関しては宗教も関係ない! 弱肉強食! 戦国時代の掟だッ!!」


 本家畠山の混乱が北陸にも伝播してしまったのは事実。

 能登や越中に残された畠山の分家は、それでもやるべき事をやっていたが、浄土真宗の力が強すぎた。

 何せ、下々の民の為の宗教なのだから、畠山が号令をかけても兵士が集まらない。

 畠山にできる事は亡命だけだった。


 正に弱肉強食の戦国時代。

 その鉄の掟に畠山は裁かれたのだ。

 それなのに、裁かれたクセに、上杉を頼って再起を図ろうとしている。

 主家への忠誠なのかはもはや理解できない。


 北陸は火中の栗だと散々見せしめてきたのに、上杉も武田も、それから織田も斎藤も朝倉も、次々と来襲してくる。


(上杉や武田が盆暗大名で無い事は認めるが、それにしたって人が良すぎるにも程がある! その人の良さを何故我ら浄土真宗に向けてくれぬのだ!?)


 頼周には彼らの行動が全く理解できなかった。


「そうか。では、その掟に従い奪うしかないな」


「ッ!? (言質を取られた!? のか!?)」


 頼周は失態を悟った。


「言っておくが、今度は謀略を挟む余地もなく、粉微塵に打ち砕くのでそのつもりでな?」


 謙信は背後に控える武田軍を手で示した。

 農民では無い、純然たる武士の集団が戦う。

 略奪も誘拐も無いが、破壊力に特化した完全な殺人集団と化す。


 武田家の勢いを利用し、上杉も縦横無尽に動くだろう。

 謀略の挟む余地もない大暴れで越中を粉砕するだろう。

 

「クッ!!」


「降伏する人間を殺しはせんが、抵抗する人間はその限りではない。いいか? よく考えよ。我らや畠山の支配になっても、浄土真宗を迫害しないと約束しよう。これ程度の共存も出来なくては、浄土真宗、いや、北陸一向一揆に未来は無いと言っておく」


「そうですぞ。宗教と国家の支配は本来干渉しないハズ。富樫家の様に干渉するから今がある。我らは蓮如聖人の『王法為本』を認める。非の打ち所もない。蓮如聖人は『宗教で国を運営するな』と言っておるのですぞ?」


 義信が最後の説得を試みる。

 だが、七里頼周は別の事を考えていた。


(こ奴ら? ……ひょっとして? 賭ける価値はあるか!?)


 何かに気が付いた頼周は、覚悟を決めて賭けた。


「降伏はいつでも受け付けてくれるのですな?」


「あぁ。約束しよう」


 謙信の言質を取った頼周は言い放った。


「ならば! 我らに降伏させてみせよ! 話は以上だ!」


 そう言って頼周は意味深な目を向け、席を立ち廃寺から去っていった。

 残された謙信と義信は顔を見合わせ、困った顔をした。


「……最後の言葉『自分を倒して証明しろ!』と言っている様にしか聞こえませんでしたが、越後殿は如何に?」


「同じだ。同じだが……引っ掛かりを感じるな」


「某もです。……まさかもう七里の術中にハマっているのでしょうか?」


「否定できぬのが奴の恐ろしさであり、人材として欲する魅力だな。奴を倒すなら今すぐ全軍で襲い掛かって首を取る事だが、ソレをしたら永久に浄土真宗の説得機会を失う。越中を手に入れても、対立が続いたままでは困る。それを知っていて悠々と去っていきおった。それに急襲の可能性をしていないハズがない」


「そうでしょうな。一旦時を掛けて安全を確認した方が良さそうですな」


 こうして即座の急襲を選択せず、安全確認をする上杉武田軍。

 その確認作業で、七里頼周を改めて思い知り、すでに術中にハマっている事に気づく。


 七里頼周は、安全の為の、一切の伏兵を配置していなかった。

 己の知恵と気迫と七里頼周の名前だけで、上杉と武田の出鼻を挫かせたのだ。


「……信じられませぬ! ある意味、我らは信頼されていたのですか!?」


「あぁそうだろう!? こんな事普通やるかね!? アレが七里頼周だ! 凄いだろう!?」


 義信は唖然とし、謙信は嬉しそうに呆れたのだった――

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