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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-3章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
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208話 会談 七里越中守頼周vs上杉謙信、武田義信、武田信玄



【越中越後国境近辺の廃寺/夜】


 急遽の会談要請だったので、準備の時間を貰うとし、すっかり日も落ちた廃寺。

 明かりが不気味に揺らめき、何か居そうな気配を醸し出す。


「七里越中守頼周にござる。こうして要望を聞き届けて頂き()()()()にございます」


「上杉越後守政虎に。昨年の見事な手腕をお見せした七里殿に会えて光栄にござる」


「武田甲斐守義信に。父を手玉にとった七里殿と会えるのを楽しみにしておりました」


「武田徳栄軒信玄(信廉)に。家督はこの甲斐守に譲っておりますゆえ、今は補佐の身分にございます」


 4人が挨拶するが、堂々としているのは政虎だけで、頼周と義信、信玄(信廉)は少々困惑気味だった。

 頼周は『恐悦至極』などと定型文で挨拶したが、少なくとも『至極』の部分だけは本当だ。

 恐悦至極の意味は、『恐悦』恐れながらも喜び、『至極』はこの上ない事を言う。 

 従って断じて『恐悦』ではない。

 もちろん、『至極』も、今回は『戸惑いの極致』という意味である。


「おや? 下間殿と証恵殿もおられると聞きましたが?」


 政虎が尋ねる。


「あぁ、あの2人は会談が夜間になったので、一揆衆が暴走しないように管理してもらっています」


 頼周がそう返答しながら、心はここに無かった。

 その原因は政虎だ。


 何と政虎は剃髪し、白い頭巾を被っていた。

 要するに、読者の皆様お馴染みの『これぞ上杉謙信』の姿となっていた。

 だが『これぞ上杉謙信』の姿は、世の中に浸透しすぎて違和感が無いが、違和感の塊と言われた時期もあった。


 これは『行人包(ぎょうにんづつみ)』と呼ばれるもので、現代では尼僧に多いが別に女性限定ではなく、かの武蔵坊弁慶の姿も想像して頂ければ白頭巾を被っている。

 この『行人』は修行者の意味であり、その人が、頭を包んでいるので『行人包』である。

 時代によっては、身分も武士で言う足軽程度の一段下と見なされ、僧兵の多くがこの行人包だったとされる。


 尼僧は優雅に、男の僧侶はガッチリ包んでいるが、戦に赴くのに優雅に包んでいては邪魔で仕方ないので、男の行人包はガッチリ包む、と言うより、ハチマキの如く結んでいる。


 女性は頭髪を落とした姿を隠す為に利用した、かどうか定かではないが、だが現代では、主に尼僧、つまり女性のイメージが強く、現代の男僧侶では見かけない。

 これが上杉謙信女性説の証拠の一つとなっていたりする。


 だが、この通り男性も使用する。

 むしろ宗教が荒れていた戦国時代、圧倒的に男僧侶の行人包姿が多かったはずだ。


 この時代のイメージでは恐らくだが、女性が纏うと神秘性と優雅さが、男性が纏うと荒くれ坊主、そんなイメージを持たれるのではないだろうか?


 ただし、戦場で武士がこの姿で戦うのは違和感を通り過ぎて、あと上杉謙信の実績が凄すぎて、唯一無二のシンボルとなっているのも事実。

 史実の戦場で上杉謙信を見た兵士は、さぞ動揺するだろう。


 とあるロボットアニメで例えるなら『白いV字アンテナロボ』やら『赤い角付きロボ』発見してしまった兵士の如くだ。


 そんな政虎が、突っ込み待ちの如く、挨拶だけ済まして目を輝かせて『早く突っ込め!』との雰囲気を隠しもしない。

 義信も信玄も当然事前に知っているはずなので、突っ込めるのは頼周だけだ。


(戦の達人と聞いてはいたが、こんなに面倒臭いヤツだったのか!? あぁもう! 仕方ない……!)


 その空気に負けた頼周が仕方なく聞いた。


「そのお姿。剃髪なされたのですか?」


「えぇ! そうです!」


 政虎は『待っていました』と言わんばかりに応えた。


「一向一揆は宗教一揆。ならばソレを理解するには、帰依するのも手段の一つかと思いましてな」


 そう言いながら政虎は頭巾を取った。

 綺麗に剃り上げられた頭だけに、神々しく見えるのは、『上杉政虎』の名前の力もあるだろう。


「こうして剃り上げると、コレが結構便利快適でしてな。悪くないと思っておりますよ」


 政虎がペチンと頭を叩いた。

 その漫才の突っ込みの様な絶妙なタイミングに、義信と信玄(信廉)は必死に奥歯を噛みしめる。


「ならば法名もあるのですか?」


「えぇ。謙信と名乗っております」


 これは事前に、適当につけた名前だが史実通りの名前となった。

 実はこんなやり取りがあった。



【会談前夜】


『甲斐守殿』


『これは……ん? 越後殿です……か……え?』


 夜間になったので行軍をやめ、兵達が一晩過ごす仮寝所を作る中、上杉政虎が武田陣を訪問してきた。

 その姿に義信と信玄(信廉)は驚いた。


『え、越後殿ですか!? その頭は一体!?』


 信玄の影武者から、本物の信玄に成りすましている信廉も、オリジナルに倣い剃髪しているが、今、突如姿を現した政虎の姿には唖然とするしかなかった。


『相手は謀略の達人じゃからな。こう、何か武力を伴わない先制攻撃ができぬか考えた結果じゃ』


『き、休息に入る前までは総髪を靡かせておりましたな!? ならば、たった今、剃り落としたのですか!? あ!? だから会談を夜に!?』


『あぁ。お主らの反応を見て確信した。この姿で一瞬でも動揺を引き出せるな!』


 政虎は新鮮な感覚に出会えたのか、非常に楽しそうだ。


『あ、まぁ確かに。しかし……それは、我らが、総髪だった越後殿の姿を知っていたから驚きましたが、越中の七里とは顔を合わせた事は無いのですよね? あ、あの、その策は悪くないのです。悪くないのですが、何と言うかその、非常に言いにくいのですが……最初からそういう姿と思われるだけでは?』


『あっ』


 義信は、苦しそうに現実を叩きつけた。

 前の姿を知っているから義信達は驚いたが、初対面では意味が無い。

 そもそも、七里と面会を申し出たのは『顔も知らない謎の相手だから』という理由。

 剃るなら、驚かすなら、一度会ってからが正しい順番では無いだろうか?


 政虎は非常に気まずい顔をした。

 義信達もフォローできず困っている。


 戦場では神懸り的な勘の鋭さで暴れまわる上杉政虎。

 義信も信玄(信廉)も、信濃の戦いで、一度は手合わせしたし、信玄(信廉)は政虎必殺の一撃を受け止め、義信は政虎を負傷させたが、紙一重の攻防だったのを身に染みて覚えている。


『上杉政虎、恐るべき者也』


 真の父、信玄が何度も煮え湯を飲まされたのも良く分かる相手だった。

 それが、こんなポンコツな部分を晒すとは、2人には予想外すぎて、ある意味動揺を引き出された。


『上杉政虎、腹筋(おもしろい)な者也』


 2人の認識が書き換わる衝撃のポンコツぶりであった。


 何せ急な会談要請に対して思いついた策だけに、帰依も何も、勝手に頭を剃って、勝手に法名を名乗ったに過ぎない。

 上杉家は家臣も家臣なら、君主も君主な、よく言えば自由奔放、悪く言えば自分勝手である。


 また、この様な突拍子のない行動は帰蝶に通じる所であり、政虎が信長の妻の身分であるのを承知で婚姻を申し込みたいと思う程に、よく似た性格だった。

 何せ、帰蝶も山籠もりする前にフライングして眉を全剃りしてしまい、眉が生え揃うまで、『目の怪我の影響で寝込んでいる』とやらかした事がある。(外伝34話参照)

 仮に似た者同士、馬が合うか、反発するか?

 一つ言えるのは、史実の信長と光秀は非常に馬が合ったらしいが、結果はご存じの通り、とだけ付け加えておく。


『ま、まぁ我が僧になった情報は、流石に掴んで居らぬはず。効果半減でもこの際構わぬよ。謀略に富んだ七里相手に口を開かす前に先制攻撃を与えられれば良いだけじゃ』


 順序が逆だが、今後はこれで行こうとも決めている政虎改め、謙信であった。

 なお、史実の『上杉不識庵謙信』が出現するのは元亀元年(1570年)。

 武神毘沙門天の熱心な信徒であったのも理由だが、この歴史では、実に雑な理由により7年前倒しで『上杉不識庵謙信』となった。

 毘沙門天の信徒であるのは間違いないが、その割合が毘沙門天8割、残り2割が斎藤帰蝶であるのは内緒の話だ。

 


【越中越後国境近辺の廃寺】


 話は戻って、会談の挨拶後。


「宗教を理解なさろうとするその姿勢は感服いたします。しかし……浄土真宗ではありませぬよな?」


 頼周にとって理解してほしいのは浄土真宗の考え方と存在。

 他宗派などどうでも良い。

 武士で浄土真宗に属するのは、下級武家だけだ。

 史実の徳川家康が三河一向一揆で、家臣の多数が一揆に付いてしまった様に。

 上杉政虎改め、上杉謙信が浄土真宗に改宗するはずが無い。


「えぇ。我は元々臨済宗の寺に預けられていた身。また毘沙門天を仰いでいるが、これは信仰と言うよりは心構え。また領内には様々な宗派の寺院がある。当然浄土真宗もな。何せ越後は、親鸞聖人が滞在した地なのだから。だから理解できる事もあるのですよ」


「ほう。何を理解したのですか?」


 親鸞の流刑地だった越後。

 しかも親鸞は越後で妻帯した説もある。

 これが事実なら、浄土真宗発祥の地とも言える。

 故に謙信が『理解できる』との言葉は重みがある。


「信仰は強制できぬ、とですよ。勿論、ナニナニ宗に鞍替えしろと命じる事は出来る。領民も渋々でも従うだろう。しかし心中までは縛れぬ。お主らでさえ本願寺の浄土真宗本家の意向さえ無視しているのだからな」


「……そうですな。心は縛れない。否定はしませぬ(加賀の鏑木も危ないらしいしな)」


 加賀の七里頼周の行動が怪しいのは既に内々に知られている。

 じきに加賀の七里頼周が朝倉斎藤連合軍に屈するのも近かろう事も。

 上杉が武田との問題終息に時間が掛ったお陰で、もう淫靡策は炸裂した後で、事実、まもなくそうなる未来は確定している。(19-1章参照)

 

 それが下々に知られるのも時間の問題だろう。


「それで? この会談の趣旨はいかなる事で? 流血を避ける為の事前交渉だけですか?」


 まだ『上杉謙信』の話題がほとんどで、肝心の本題がぼやけている。


「我々は真の浄土真宗の姿を知っている。それを説明しよう。これは織田からの情報じゃが――」


 謙信は、沢彦宗恩の浄土真宗に対する疑問と真実の推測を纏めた書状を受け取っていた。

 読めば読む程に、そうとしか思えない記述ばかりだ。

 全てが正しいとは思わないが、恐らく大部分は正しいであろう沢彦の推測。


「成程。歎異抄ですか。その内容が漏れているのは伝え聞いております。また、その推測が、ほぼ正しい事を。もう漏れているから隠しても仕方ありますまい。これがその写本」


 頼周は懐から一冊の本を取り出した。

 これは越中の七里頼周が自分で写し書いた、歎異抄蓮崇本。

 七里頼周を名乗る事を許された証の本でもある。


「答えはこの中に全てあります。まぁ、だいたい上杉殿が仰る事が書いてあります」


 既に知っていた七里頼周と上杉謙信は当然の表情だが、武田親子は驚いていた。

 余りにも今の浄土真宗と違いすぎるのだ。

 甲斐にも信濃にも浄土真宗の信徒はいる。

 ただ、一揆には参加していないので特に害は無い。

 それに最貧国の甲斐で一向一揆なぞ起こしたら、武田家共々、共倒れ確実だ。


(いや、案外、武田家が駆逐され、北陸同様一向一揆と同じ道を辿ったかもしれぬな)


父上(信廉)もそう思われますか。武家と政治への反発が起点であるならば、甲斐こそ一向一揆が起きなければならない国ですからな。武田家は富樫家とは性質は違えど、民を圧迫してきた事実は同じ。ただ、親父(信玄)は宗教勢力を戦力として利用しなかった。コレだけは賢かったのでしょうな)


信廉(信玄)は、宗教勢力に対し、()()()寄進し積極的に保護してきたからな)


 武田の暴政は散々説明してきたが、宗教に対する寄進は、現代人からすれば暴挙だが、宗教が絶対の世界の戦国時代では当たり前。

 現代でさえ、合格祈願、安産祈願、健康祈願の為に祈るのだ。

 筆者でさえ、『信長Take3』の成功を、よりによって延暦寺や興福寺に祈願してきた位だ。

 戦勝祈願など当然の行為だ。


「我々の要求はただ一つ。そのタンニショーに書かれている事を実践しなされ。浄土真宗に要求するのはそれだけだ。それと畠山家に越中統治権を返上する事。あと……」


「一つ以上要求していますぞ? それはともかく、簡単な事を言ってくれますな。この歎異抄。何故北陸一向一揆の祖である蓮如聖人と蓮崇が開祖親鸞の教えを捻じ曲げた解釈を押し通しながら、事実を写本したのか理解しておいでか?」


 蓮如も蓮崇も、開祖親鸞の思想は痛い程に理解していた。

 だが、その『信じるだけで死後の極楽確定』は、『今を苦しんで良い理由にならない』と蓮如と蓮崇は気が付いたのだ。

 だから歎異抄は禁書として本願寺に厳重に保管し、いつか来るべき公開の時の為に、浄土真宗は未来を探らねばならないのだ。


「武家に問題があったのは理解しておる。今回、その問題を解決する証拠を持ってきた。今日はもう暗いから見せられないが、明日の昼、もう一度面会を希望したい。ソレを見た上で、今後の話をしようではないか」


「見せられない? 暗いから?」


「えぇ。楽しみにしていなされ。驚かせる自信はありますぞ?」


「……わかりました。ではまた明日」


 こうして上杉武田連合軍による越中攻略は、静かに幕を開けたのであった。

行人包についてですが、どれだけ調べてもハッキリ確定した情報が得られなかったので、松岡が調べた限りの推測です。

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