203-2話 本ッ当に厄介な男達の訪問 高政の愉悦
203話は2部構成です。
203-1話からご覧ください。
【大和国/東大寺 境内のとある場所】
境内の騒がしさが、水が侵食するが如く伝わる。
雑多過ぎる推測話が飛び交っている。
だが推測話なので荒唐無稽な物もあるが、中には偶然芯を捉えた推測話もあった。
だが、それでも所詮は推測話だ。
しかし、その推測話に反応する者がいた。
避難兵の雑多な『推測話』を『実話』と断定できる人物だからだ。
(尾張守様!(畠山高政) 三好と織田が、東大寺を検めに参った模様です!)
(そうか。命運尽きたと言う事か)
その人物は畠山高政その人と、最後までついてきた忠誠心のある馬廻衆だけだった。
今は豪奢な鎧は脱ぎ捨て、体を汚し、髷を乱し雑兵に化けている。
潔く散るつもりは無い。
何としても再起するつもりだ。
(い、いえ、別に尾張守様を探しに来たとは限りません! 別件やも! ……大仏の見物とか?)
主の悲観的な答えを否定すべく、思いつく限りの推測を述べるが、流石に無理があった。
(フッ……お主随分余裕があるな。大仏の見物て……ちょっと笑ってしまったぞ)
兵の冗談(?)から少し元気をもらった高政は、心の余裕が出来たのか冷静に指示をした。
(いいか。最悪を想定せよ。興福寺まで潰して、ワシを逃がす訳があるまい。だが逃げ切って見せる!)
醜態を晒してでも生き残る。
畠山高政もある意味真の戦国武将であった。
領地全てを犠牲にして総力戦を仕掛けた戦いに敗れた。
もう、もう文字通り裸一貫だ。
その上で高政は畠山尾州家。
管領を輩出してきた名門一族の現惣領。
そう簡単に捕まってやる道理は無い。
そうこうしている内に、ひと際威圧感ある声が遠くで聞こえた。
高政は即座に察した。
僧侶ではない、甲冑姿の威風堂々たる姿。
三好長慶と織田信長だ。
長慶が居るとは聞いていなかったが、それでも断定した。
信長もそうだが、あんな威圧感を撒き散らす人間が、そう何人も居てたまるものでは無い。
「この役目だけは某しか出来ぬ仕事と覚悟していただけに、驚いております」
信長は『邪魔をするな』と含みを持たせて言った。
「織田殿だけを地獄に落とす訳には行かぬよ。堕ちる時は一緒じゃて。はっはっは!」
長慶は『遠慮するな』と含みを持たせて言った。
「……?」
智経だけが、何の会話か分からず混乱する。
そもそも二手に分かれて畠山高政の捜索をし易いように配慮したのに、一緒に行動している。
訳が分からない。
まさか、2人が燃やすのに適しているポイントを探しているとは、夢にも思っていない。
だから適当に境内を回り、ときたま、横たわる兵の顔を一瞥しながらスイスイと歩いていく。
故に、高政を通り過ぎてしまった。
この超非常事態なのに、側近による大ボケ『大仏見物』が、高政達を自然体にして長慶、信長すら欺く気配を偽装できてしまったのだ。
(三好長慶と織田信長か。しかし……アレはワシを探している気配では無い?)
だから気が付いた。
(えっ? 尾張守様が目的ではないと?)
(いや、ワシの発見も目的には違いないだろうが最優先でもないと見た。なら目的は何だ? まさか本当に大仏の見物じゃあるまい?)
(某の予測が当たっていたのでは!?)
側近は生まれる時代を間違えた。
現代だったら、漫才師の才能があっただろう。
(そんな訳あるか!)
高政のツッコミも冴えわたる。
やはり生まれる時代を間違えていたかもしれない。
(……あ)
気持ちよくツッこんで高政は気が付いた。
(興福寺は枝寺院も含めて徹底的に燃やされた! ならば、次は東大寺だ! 不戦協定を結んだかもしれぬが、どうとでもなる! 今は粗捜しなのだ! 適当な理由で難癖付けて……難癖付けて……燃やす? 何を? 東大寺を見物と言ったら……大仏か!?)
大正解だ。
高政は正解に辿り着いた。
もう畠山家の威信は地に落ちた。
その上で、興福寺も同時に落ちた。
あと、大和国で威信を保っているのは、統治に邪魔な東大寺しかない。
(そうか! そう言う事か!)
どう言う事か?
高政は残酷な事実に気が付いた。
(……者共、付いて参れ。先回りするぞ)
(脱出ですか?)
(違う。そもそも封鎖されて逃げられぬわ。それよりも奴らを出し抜く、大事な役目を果たさねばならぬ。いくぞ!)
こうして高政一行は、移動を始めた。
途中途中で色々と手に入れながら。
【東大寺/大仏殿】
長慶、信長一行が大仏殿に入った。
抹香の香りや、独特の古めかしい匂いが時代を感じさせる。
「これが大仏か」
長慶が見上げて感嘆の息を漏らす。
「某も見るのは初めてです」
信長もTake1、Take2含め初めて見る大仏なだけに圧倒される。
2人の胸中は同じだ。
(これ、どうやって燃やそうか?)
燃やすのを決めて乗り込んだは良いが、多少の火種程度では、大仏は焦げるだけだろう。
そもそも外装が金属だ。
破壊はできても燃やすとなると話が変わる。
「待っていたぞ! 三好長慶に織田信長!」
「ッ!? 何奴だ!?」
声は頭上から聞こえた。
何ならちょうど大仏の口元だ。
「まさか大仏の言葉でもあるまい! 出てこい! 名を名乗れ!」
神仏の可能性を完全に排除できた信長だからこそ出てきたセリフだ。
「フフフ。お主等の思惑通りにはさせん! 畠山高政推参なり!」
「高政だと!? そんな所に隠れておったのか! どおりで見つからん訳よ!」
「もう貴様には要件は無いぞ。とっとと失せろ」
「どうやってあんな所に……あっ」
智経は痛恨の失言してしまった。
知っているからこその言葉だ。
弁明は許されないだろう。
「クックック! 失せろとは水臭い! 今から貴様らがやりたい事をこのワシがやってやろうと言うのだ! 感謝して欲しいな! 行くぞ!」
だが智経の失言を他所に、高政は話を続ける。
高政は弓を構え、矢もつがえた。
だがその矢先には、見逃せない物が付いていた。
火矢だ。
「畠山兵よ! 興福寺僧兵よ! 東大寺が我らを三好と織田に売った! この蛮行許してはおけん!」
そう言って高政が放った火矢は、信長達ではなく天井の梁に突き刺さった。
それと同時に、あちこちから火の手が上がる。
高政が、僅かの時間の間で調達した燃える物、藁や木片、紙に蝋燭、油に至るまで、燃えそうな所から一斉に火の手があがる。
さらに、東大寺境内の中で、畠山兵、興福寺兵と東大寺兵が衝突し暴れだした。
死なばもろともの畠山、興福寺と、何としても死守する東大寺。
境内の中の小規模な戦いながら、建物が破壊され、燃やされ、火の手が広がっていく。
「どうした? 早く逃げぬと争いに巻き込まれるぞ?」
高政は筵を体に巻き付けると、再度火矢を出鱈目に放つ。
「それとも火災に巻き込まれるのがお望みかな? 共に浄土へ参るかね?」
高政は油瓶を頭から被った。
筵、甲冑、衣類、頭髪が油でぬれる。
その上で、高政は最後の火矢を、これまた適当な所に放つと、火種を己の体に移した。
ガソリンや灯油では無いので、一気に燃え上がる性質の油ではないが、燃えやすい筵や衣類と合わされば中々消えない火達磨の完成だ。
「ハッハッハ! 最後ぐらいは恰好つけさせてもらうぞ! グッ!」
高政は炎上に耐え切れず、大仏の肩から落ち、膝までが火達磨になりながら信長達の前に転がり落ちた。
「これはイカン! 智経殿! 脱出なされよ! 一斉に火が立ったとなると、もう脱出する刻も惜しい! 豊前守(三好実休)よ、連れていけ! ワシらはやる事がある!」
長慶が緊急事態を察し、脱出命令を下した。
「ワシら!? やる事!? 兄上!?」
「説明している暇はない! さっさと行かぬか!」
「は、はッ!」
長慶は怒鳴って命令すると、実休は織田軍も含めて脱出していった。
それを確認して、長慶と信長は高政の元へ歩み寄った。
「まだ生きているかね?」
「グッ! 足が折れて生きているだけだがな……! 意外と火の回りが遅くて苦しいわ! 動ければ道連れにしてくれたモノを!」
火はジワジワと高政を包み始めるが、まだ顔近辺は無事であった。
「見事だ。ワシらが東大寺を燃やす役目だったのに。これでは、お主が焼身自殺したと記されてしまうな。のう織田殿」
「まったく、見上げた根性です。さすが畠山尾州家惣領です。この大和国侵攻、最後の最後で躓いてしまった。ここまで来て足元を掬われるとは」
「そうよな。ワシはこの為だけに大和に駆け付けたと言うのに、若干締まらぬ形になった。一瞬であれ、貴殿は我らを上回った。褒美に我らで介錯しようと思うがどうかな? 苦しかろう?」
「……そ、そうしてくれ。正直痛いし熱いし我慢の限界じゃ。おっと! わ、ワシの死は美しく記してくれよ? でないと……お、怨霊として彷徨い出るぞ?」
「約束しよう」
信長がそう言って刀を抜いた。
長慶もそれに倣い、2人で首を切断した。
「畠山高政天晴れなり。だが、ワシ等も既成事実を作らねばならんのでな。お主の体に少し燃える物を積み上げるが許してくれ」
長慶がそう言うと信長も頷き、火事場泥棒の如く忙しく動き回り、燃えそうな経典や板塔婆、法衣などを高政の遺体の上に焼べる。
2人とも大仏を燃やした男の事実と称号が欲しいのだ。
その手柄の殆どを高政に搔っ攫われたのは仕方ないので、既成事実だけでも作る。
「よし! 脱出だ!」
「まさに火事場の騒乱を2人で突っ切るのですな?」
「我らなら、脱出など訳は無い。違うかな?」
「フフフ。違いませぬ。行きますか!」
こうして長慶と信長は東大寺を無事脱出し、焼け落ちるまで見届けた。
後世には、畠山高政の焼身自殺説、三好長慶、織田信長の放火説、東大寺の失火説など様々な学説があり、紛糾の絶えない歴史問題となっている――
【東大寺/門前】
「さて、畠山兵に興福寺に東大寺関係者を京に逃がした。智経も高政の所在を隠した咎で追放とした。多少の計算違いはあったが、結果には満足じゃ。これで蠱毒は最終段階を迎えよう」
「そうですな。六角、将軍家他、最強の毒虫を最後に我らが踏みつぶす。予定通りですな」
「その毒が霧散したあと、我らは雌雄を決する事になるな?」
「そうですな」
三好と織田は三好包囲網を逆利用して、蠱毒計を作り出した不可侵同盟勢力。
毒虫を全て処分した後には、この世の支配者を決めなければならない。
その戦場は京であり、応仁の乱を上回る特大の暴威が暴れまわる死闘となるだろう。
「一応聞くが、我が配下に加わる気はないか? 織田殿を失うのは日ノ本にとって損失だ」
長慶が言った。
まるで『そこの居酒屋にでもいくか?』ぐらいの気楽さだ。
「過分な評価でありがたく思います。故にお答えしましょう。三好殿こそ我が配下に加わる気は有りませぬか? ワシの右腕として、王たるワシを補佐する日本の副王として、手腕を発揮する場を提供しましょう」
信長が言った。
こちらは、日本の副王に対し、上から目線の、ヘッドハンティングでもするかの言い回しだ。
「お主の右腕か。フフフ。楽しそうじゃがワシの理想では無いな。それでも右腕にしたいなら、ワシを倒して力を見せよ。嫌がり泣き叫ぶワシをブン殴って言い聞かせるがいい。さすれば『これは勝てぬ』と理解し従うであろうよ。勿論、ワシもお主を泣かせて見せるがな」
「お互い想像しにくい姿ですな」
「次に会う時は、蠱毒の虫を掃除した後だ。日ノ本の所有者をワシらで決める」
「お互い背後が怪しい中大変な事になりそうですな。其方は毛利に陶、こちらは一向一揆に武田らの勢力」
「そんな勢力、片手間であしらってこその日本の王であろうよ。それではまたいつか。行くぞ、豊前守(三好実休)、民部大夫(十河一存)。それから勝三郎(池田恒興)は長い間ご苦労であった。尾張に帰還するがよい」
「では、また近い将来の京で」
「うむ。さらばだ」
信長と長慶は将来の宣戦布告をして去った。
こうして紀伊半島の邪魔な勢力を一掃し、背後の処置をしながら京を賭ける戦いが、将来の予定として決められるのであった。
本年の投稿はこれまでとなります。
今年も多大な応援とご指摘ありがとうございます。
おかげさまで、コミカライズも順調に進行中です。
それでは、良いお年を!




