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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-2章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
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203-1話 本ッ当に厄介な男達の訪問 智経の苦悩

203話は2部構成です。

203-1話からご覧ください。

【大和国/東大寺南大門 門前】


(この野郎ッ……!! って言えればどんなに楽か……!)


 智経は最大限の根性、精神力、修行で得た法力を駆使して、日本で最悪の2人の前に立った――が無駄だった。

 全身に鳥肌が立ったが最後。

 痙攣が治まらない。


 風邪でもない。

 かと言って、武者震いではない。

 純粋な恐怖だ。


(クソ~~ッ!!)


 鬼か閻魔か、魔王か妖魔か。

 何とも表現しにくい、人の形をした邪悪の化身2人が眼前に居た。

 もちろん邪悪の化身とは三好長慶と織田信長だ。


 その2人の前に単身物理的に立ちはだかったのは表彰物の勇気であろう。

 いや、単身ではない。

 智経の背後には仁王像の吽形と阿形が勇ましく構えている。

 人間の数では2対1だが、神仏を含めれば2対3だ。

 数の上では勝てる。

 勝てるが――


(興福寺の愚か者共が! 何故抵抗した!? 思う壺なのは仕方ないにしても我らを巻き込むな!!)


 数の上では勝っているが、背後に控える仁王像より、眼前の三好長慶と織田信長の方が、余程仁王像の代わりに相応しい。

 威風堂々、覇気溢れる2人を木像にして飾りたいと思う。


 それ程までに2人は悪辣で美しかった。


 余談だが、三好長慶と織田信長の2人同時を敵対、とまでは行かなくとも、不審感や疑念の目で晒されるのは智経が史上初であろうか。

 その胸中は計り知れない。


「三好様に織田様。ようこそおいで下さいました。東大寺別当智経にございます」


 智経はそう言って合掌しながら頭を下げた。

 下げて顔が見えなくなった所で、大きく息を吐いた。

 それに僧衣のお陰で、体のラインが隠れているので、痙攣は悟られていない。

 なお、声が裏返っているのには気が付いていない。


(大丈夫! 私は別に何もやましい事は無いのだから……!!)


 動揺も痙攣は悟られていない――と思うのは気のせいだ。

 そもそもが、三好長慶との面談でさえ、歴戦の武将が命がけなのだ。

 それが、長慶と信長のセットなど悪夢にも程がある。

 隠し事など通じないのだ。 


「智経殿。我々は東大寺攻撃が目的ではない。安心なされよ」


 信長が過剰に警戒する智経に言って聞かせた。

 その言葉の裏で、織田軍が東大寺を完全包囲しているのが、智経には気になって仕方ない。


(『嘘だ』と言ったら斬られるのかな? ずれ落ちる首から、私の体が見えるのだろうか?)


 智経は長慶と信長の来訪と、今の言葉と、織田軍の行動から思考がグチャグチャになりつつあった。

 斬られた時の事を考えている場合ではないが、そうなる未来が見えてしまったので仕方ない。


「興福寺は我が三好軍が落とした。まぁご近所だから見ていたであろうから、既知だとは思う」


「(既知も既知! 大既知ですぞ!!)も、勿論でございます……!」


 東大寺は、運悪く興福寺の風下になってしまい、まさに火の粉を払うのに懸命だったのだ。


「興福寺を焼いたのは、我らに歯向かったのもあるが、三好と織田共通の敵である畠山高政と連携し攻撃をしかけたから、止む無く撃破した」


「こ、心得ております。申し出通り、我々は決して歯向かう事はいたしませぬぞ!?」


 三好家の大和侵攻に際し、東大寺含め枝寺院も一切反抗せず静観した。


「そうかな?」


 信長が言葉で作った氷の刃で智経を叩き斬った。


「えっ」


 信長が作った氷の刃が、智経を一刀両断にしたのは気のせいだが、ここにいる者の全員が惨殺風景を見た、気がした。


「確かに東大寺の枝寺院はこの戦いに手出ししなかった。約束だからな。だからこちらも手出しはしなかった。だが、負傷した興福寺僧兵や、畠山兵を匿っておるのだろう?」


 怪我した敵兵が戦線復帰すれば、それは三好と織田に余計な手間が掛かる事になる。

 滅ぼすと決めた興福寺僧兵を匿うのは三好家の方針に対する妨害だ。


「あっ!? そ、それは、人道的救助でありまして、匿った兵を使って反乱を起こすつもりはありませぬ!! それに、三好、織田軍の負傷兵も救助いたしました! 敵味方関係なく、処置が終われば、帰ってもらうだけであります!」


 立場が中立の東大寺としては、と言うより、僧侶として当然の行動だった。

 逃げ込む兵を追い出すのも忍びない。

 仏心で助けたに過ぎないのだ。

 これは、どんな難癖をつけられても理解してほしい行為。


 戦場で倒れた兵の遺体を適切に処理するのは僧侶の役目。

 言わば、後片付けを担っているのだ。

 遺体を放置しておけば腐って蠅や烏、鼠が湧いてくる上に病気まで運んでくる。

 さらに最大の使命として、無念の心が怨霊へと変貌するのを防ぎ、キッチリその魂を冥途に送っているのだ。

 むしろ、褒めて欲しいぐらいのボランティアだ。

 その為に莫大なお布施を貰っているのだ。


「そうか。そうだな。助けを乞う者を見捨てては、東大寺の名折れよな。そこは追及しまい。匿っている興福寺の僧も畠山兵にも手出しはせん。三好長慶の名に於いて認めよう。しかし!」


「し、しかし?」


 長慶の言い方の強さから、嫌な予感がビシビジと肌に叩きつけられる。

 これなら拷問を受けた方がマシな気分になる。


「畠山高政の身柄だけは頂いていく。負傷していようと死体であろうと、何があってもだ」


 智経には関係ないのに、その言葉が処刑宣告に聞こえたのは気のせいでは無いだろう。

 何せお隣の興福寺は責任を取った。

 尋円が自らの居場所を(強制的に)焼却してまで。

 ならば次は畠山だ。

 領地を無防備にしてまで大和決戦に挑んだ心意気に免じて、切腹斬首にしてあげるのが慈悲であろう。


「あ、あの、畠山様が当寺院に逃げ込んだと言う話は拙僧も耳にしました。それで、境内を捜索したのですが、見つかりませんでした。決して噓ではありません!」


 智経も必至だ。

 畠山高政がキーポイントになるのは百も承知。

 だが見つからなかった。

 それこそ、床板まで剥がして捜索したのだから、本当に嘘では無い。

 敷地内の99%は間違いなく探したのだ。

 居るとすれば残り1%、盲点のどこかだ。


「ほう? ならば境内を検めさせてもらっても構わぬな? その上で見つからなかったら真実と誠意を認めよう」


 だが、そんな言い分は通用しない。

 発する言葉が嘘では無い事は十分察しながらも、本当に居ない事を三好も織田も確認していないのだ。

 そうである以上、三好と織田による家宅捜索が入るのは仕方の無い話。

 ヤクザに対する家宅捜索で『ウチに薬物なんてありません!』『そうかわかった』と引き下がる警察など居ない。

 それと同じだ。


 そして、それと同じであるならば―― 


「しかし、高政が見つかったら……」


「見つかったら?」


 智経の喉仏が上下する。

 この仏に法力は期待できそうにない。


「その先を言わせたいのかね?」


 長慶の言葉に乗って信長は南方から立ち上る煙を見た。

 興福寺が天に昇る神聖(?)な煙だ。

 また、今回も『その先』の為の準備として燃える瓦礫は持ち込んでいる。

 東大寺のウソが発覚した時の為と、脅しではない事の証明のために。


「……!!」


 長慶と信長の脅しの意図が分かった智経は顔を青くした。

 智経自身が確認した分けでもない。

 そもそも誰も顔を知らない。

 それっぽい出で立ちの武者を確認して回っただけで、『高政だ』と言った武者は居なかった。

 だが、噓だった可能性はある、と言うか居たなら嘘の可能性は極めて高い。

 高政は、東大寺が助かる為に、己を突き出す可能性を考えていたかもしれない。


 つまり、居る可能性はある。

 最低でも50%でいる。

 居るか居ないかの50%だ。

 勝ちを狙うギャンブルなら勝負してもいいが、絶対に負けてはならないギャンブルで50%の確率で負ける可能性を跳ね返すのは、余程の徳を積んでいないと不可能だ。 


(マズイ! 確認した限りでは居なかった。だが正直に言うわけが無い! それに、確認した後に寺内に救助されたかもしれぬ! 高確率で興福寺の二の舞か!? せっかくここまで中立に徹してきたのに!?)


 智経は苦渋に満ちた顔を隠さない。

 もう『実はいます』と取られても仕方のない顔だが、長慶も信長も、智経の苦しみは全て理解した上でここにいる。


 また、悪質な手段だが、強引に難癖を付ける事もできる。

 誰か適当な瀕死の負傷兵を『畠山高政だ』と言えば、それで終わりなのだ。

 それを理由に東大寺を燃やす事も出来てしまう。


 超絶悪質にも程がある、ヤクザの如く因縁の吹っ掛けだが、この時代は僧もヤクザ同然なら、武士もヤクザ同然だ。

 故に力の時代であり、戦国時代なのである。

 もっと言うなら、それが許され、かつ、正義の行いとして世間を黙らせる格を持つのが、三好長慶と織田信長という英傑なのだ。


「わ、分かりましたが、どうか当寺の僧を同行させてください。三好殿には拙僧が同行します。織田殿にはこちらの僧が同行します」


 ある程度の蛮行はもう止められないだろうが、それでも本当に壊されて困る物は、体を張っても止めねばならない。


 智経は覚悟を決めて両軍の一団を招き入れるのであった。

 こうして悪夢の家宅捜索が始まるのであった。

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