202-1話 厄介な男 織田信長
202話は2部構成です。
202-1話からご覧ください。
【大和国/三好、織田連合軍】
「すっかり焼けましたな」
「こんな事なら、佐保川で魚でも釣って焼けば良かったですな」
三好実休と織田信長が、3日間燃え続けた興福寺の焼け跡を闊歩する。
まだ火を噴いている建物もあるが、燃え残りは念入りに燃やし、燃え残ってなお価値がありそうな金属や回収忘れの宝物と銭も根こそぎ奪う。
これは勝者の権利。
だが、単なる村や町を襲う略奪や、刈田戦略とは意味が違う。
奪った土地や建物を、どうしようと支配者の勝手だ――と言うのは普通の国の場合。
この大和国は超特殊なお国柄。
かつての首都平城京があり、宗教勢力も超強力で、国家機関の最高位たる天皇や将軍が口出し不可能な程に権力が絶大破格。
もはや特別自治区域とでも言うべきで、そんな大和国を支配するのが興福寺だ。
その国を数百年ぶりに武士が覆した。
僧侶にとっては屈辱、武士にとっては快挙と言っても良い歴史的瞬間である。
ならば前支配者の痕跡は徹底的に破壊する。
日本では馴染み無いが、世界の常識では極めて普通の、旧勢力の象徴たる興福寺の滅却。
しかも悪質な事に、別当たる尋円自らの手でだ。
これで『興福寺の終焉』を、全国に喧伝できる。
「豊前守殿(三好実休)は眠れましたかな?」
信長の意地が悪い質問だ。
別の歴史でも寺院に対して散々暴れ、この歴史でも願証寺を破壊した、対寺院仏閣の第一人者信長。
燃やし始めの日からグッスリ快適睡眠である。
だから聞いてみたい。
常人の、しかし、長慶の面談を突破した人間の感想を。
「フッ。隠しても通じない顔をしていらっしゃる」
実休は信長の笑顔が、いたずらっ子同然の顔過ぎて、笑ってしまった。
「昨日はやっと寝られたな。しかし燃やした初日は眠れん。『もし目覚めて地獄だったら?』と思っていた」
一方、実休は違った。
正直な感想だった。
やはり、初日は興奮から罪悪感、様々な感情でグチャグチャになり眠れなかった。
昨日寝たのは、眠気が罪悪感に勝ったからだ。
「安心しました。某も似た様なモノ。配下に見せる姿はともかく、某ぐらいは豊前守殿の苦悩を知っている者として接せねばと思ったまで。お節介でしたかな?」
虚実入り混じった労いだった。
別の歴史では信長とて、やはり心の奥底では祟りや仏罰を恐れた。
大丈夫だと確信したのは、復活した後の話。
「弾正忠殿(織田信長)のお陰で動揺は最低限。礼を言いますぞ」
「それは何より。修理太夫殿(三好長慶)に続いて豊前守殿まで病んでは、大変ですからな」
「それはッ…!」
信長の突然の言葉に、実休は殺気を露わにする。
だが信長は挑発侮辱をしたかった訳では無い。
「侮辱ではありませぬ。正直、計りかねています。だからこそ、一番近い立場で実弟の豊前守殿に聞いてみたい。無礼は承知。某の勝手な想像故、否定しても構いませぬ」
長慶の精神の状態は、もう推測だけでは判断できない。
なら実弟ならば、と思ったのだ。
三好と織田の関係性にヒビが入る覚悟で。
聞けたら儲けモノ。
それに蠱毒後を考えれば当然の質問だ。
「……某も迷っております」
実休は話すか迷ったが、迷っている事を正直に話した。
「危うい気配を感じたと思えば、神算鬼謀で結果を出す。思えば貴殿が出現してから、兄上は呼応する如く成長し、『折れそうで折れぬ極太の柳の枝』とでも言えばいいのか。曖昧で申し訳ない」
問題を晒す様だが、蠱毒後にやる天皇家簒奪を考えれば、危うくて当然。
見抜かれているなら正直に話してしまえばいい。
そもそも、信長も面接を突破した人間だ。
見抜いて当然とも言える。
実休は『兄を倒せるなら、やってみろ』との念を込めて『申し訳ない』と言った。
「『極太の柳の枝』ですか。言い得て妙だと思いますぞ」
信長も同じ様に感じていた。
病んではいるのだ。
だから折れそうに見える。
何か異常があるのだ。
しかし、柳の如くいなす。
結局、長慶の精神に関わらず、前世含めて最強の敵として、信長の前に立つに足る人物だ。
(日本に王は3人もいらぬ)
3人とは、天皇、将軍、三好長慶だ。
これを全部倒して王になる。
それが信長の野望。
もう将軍は手中に収めた。
しかし天皇は、タブー中のタブーで細心の注意を払う必要がある。
だが最後の人物、最大の敵は、将軍でも天皇でもなく間違いなく三好長慶だ。
3回目の人生でようやく理解した。
自分の前に偉大な王が居たのだ。
その三好を実力で屈服させれば、真に天下奪取は成せる。
しかし倒す順番を間違えてはいけない。
その上で、次は天下統一になり、即ち天下布武なのだ。
「さて、三好軍には興福寺の焼け跡確認をしてもらい、我らは東大寺に参りましょうか。今度は豊前守殿の兵は1000だけで構いませぬぞ」
以前の大和全域侵攻で、織田軍は二手に分かれた。
信長率いる1000と、それ以外の織田軍だ。(199-1話参照)
寺院を屁とも思わぬ織田は、居るだけで効果的だ。
その上で次の東大寺は、もう三好軍が必要無い。
三好実休さえいれば良いのだ。
織田軍たっぷりの混成軍の方が、東大寺にとって絶望的だ。
「承知した。備前守(松永長頼)、興福寺の焼け跡調査と全軍の指揮を任せる。ワシ、孫六郎(十河一存)、弾正(松永久秀)は同行せよ」
「はッ!」
こうして一行は興福寺のお隣さんたる東大寺に向かうのだった。
そこには驚愕の光景が待っているとも知らずに。
【大和国/東大寺近辺】
「そろそろ来る頃かと思っていたよ」
「兄上!?」
「修理大夫殿!? どうしてここへ!? 尼子との争いは!?」
そこに居たのは三好長慶その人であった。
手ごろな石に腰掛け、のんびりとした挨拶だった。
居るはずの無い人間の出現に全員が驚いた。
「尼子程度ワシ抜きでも何とでもなる……と言うのは冗談だ。尼子で内乱が起きた様でな」
「ッ!!」
尼子の内乱――
即ち、尼子家に吸収された毛利家と陶家が反旗を翻したのだ。
若狭湾の戦いから2年。(17章参照)
毛利元就が死を賭して託した策の、実行時期と判断したのだろう。
急に尼子からの圧力が無くなったと思ったら、反乱が起きた訳だ。
「状況は変った。尼子は実に短い中国の覇者で、また戦国に逆戻りよ。ならば敵の敵は味方として、尼子とは講和し摂津守(安宅冬康)、宇喜多(直家)に任せた。もうワシの出番はあそこには無い」
(反乱! 可能性は十分あると思っていたが今か! それにしても、それに乗じて毛利と陶ではなく、尼子と組むとは毛利と陶の防波堤にしたか! やりおる! ……いや違う。元々毛利、陶は捨てていたのだったな)
信長も史実では徳川家を、今は今川家を東の防波堤にして中央に注力している。
何を優先順位に考えれば、憎い尼子であろうと即座に手を結ぶ機転。
長慶が毛利元就を殺害したのだから、もう毛利と結ぶのは不可能だが、この状況を望んだかの様な対応の速さだ。
これは元就の失策だ。
元就は死の間際、余計な事を喋った。
『これで三好は毛利の仇……。これで心置きなく膝を折る理由が出来た……』(137話参照)
元就は毛利を尼子に組み込む為に、長慶に殺されに行った。
ならば、必ず反乱の機会が訪れる。
その機を長慶は何の保証もないのに『今』と察知し、尼子と適当に戦い、講和の準備を同時に進めていたのだ。
「造反を読んだので?」
実休は信じられない思いで聞く。
「まぁ、やるならココしかないじゃろう。尼子が東に本気で目を向けた。即ち毛利、陶には絶好の機会よな」
「ッ!」
この言葉には、信長含め全員絶句するしかなかった。
この事実は、長慶が謀神元就を超越した事になる。
「尼子が泥沼になった以上、もう西は後回しで良かろう。ならば次の最優先はこの東大寺。興福寺の始末が終わった所の様だし、ちょうど良く鉢合わせて良かったわ」
長慶の中では、やるべき事の順番が完全に余裕をもって組まれている。
長慶にとって毛利、陶の造反はアクシデントではなく想定内。
尼子対応が不要なら、天下の覇者として必要なのは、東大寺の滅却と定めここに来たのだ。
何百年と大和国を支配してきた興福寺を潰した。
次は日本の顔を潰す。
日本の顔を潰すのは、日本の副王の役目。
即ち東大寺の大仏だ。
「いかに寺院仏閣潰しの達人たる織田殿とは言え、東大寺滅却の咎を1人で背負わす訳にはいかんよ。ハハハ!」
そう言って笑った。
『お前の狙いは分かっているぞ? そう簡単に達成はさせん』
その笑い声が信長にはそう聞こえたのは幻聴だが、決して勘違いとも言えない幻聴であった。
「心遣い感謝いたします。そこまでのお覚悟と、配慮を頂けるなら断る理由はありません。東大寺滅却の理由と手順は整っておりますので、共に参りましょう」
信長はそう言ったが、顔が引き攣っていないかは自信が無かった――




