199-1話 興福寺の運命 日本の副王のNo.2の脅迫
199話は2部構成です。
199-1話からご覧ください。
【大和国/三好軍 三好実休本陣】
田原城からと背後からの織田軍で興福寺を撃退した三好、織田合同軍。
これからの方針を話し合っていた。
「さて、これで第一段階は終わりましたな。畠山は霧散し、興福寺兵力の相当な数は京に追いやった」
「えぇ。これから第二段階の興福寺の枝寺院他、協力を拒む寺院の討伐ですな。三好殿の予定通りです」
「うむ。そして第三段階で興福寺を落とす。これにて大和の制圧は完了となろう」
三好軍の本陣にて諸将が集合した中、三好実休と織田信長、それぞれの家臣と、肩身の狭そうな筒井家、越智家、十市家、箸尾家ら大和四家の当主も出席していた。
そんな諸将に対し、実休は優しく語りかけた。
「大和の諸将よ。そう畏まらなくても良いですぞ。大和国にあって興福寺の意向に逆らえぬは仕方の無い話。兄上には某から取り成し致しますぞ」
これを聞いて『あぁ、良かった』と安心する馬鹿もいないだろう。
「ハッ! ありがたきお言葉! 興福寺攻めには是非我らに先陣の任を……ッ!」
彼らは実休の笑顔が恐ろしくて仕方が無かった。
何なら不機嫌でいてくれた方が安心できる位だ。
「うむ。期待しておりますぞ」
諸将が感じた通り、これは実休による脅迫である。
長慶に対する取り成しは今後の活躍次第で、役に立たねば滅ぼされるは必定。
なお、これは実休が嫌な性格をしているからではなく、信長でも同じ扱いをする。(27話参照)
これが戦国時代の常識。
大和四家は、今からが正念場なのだ。
降伏した勢力は、今後の戦いで命を削って矢面に立って役に立たねば存在価値はない。
「織田殿は、可能なら兵1000程で某の軍に同行して頂けますか? 勿論こちらからも兵1000預けます」
「可能なら? 某は織田軍とは別行動、と言う意味ですか? 構いませぬぞ? 伊勢守(北畠具教)に指揮を任せて別行動を取る事は可能です」
「それはありがたい。枝寺院の討伐に織田軍は不可欠でしてな」
「成程? 意地の悪い事をお考えの様ですな?」
「フフフ。某は敵であっても命は大切にしたいのですよ」
実休の言葉は勿論嘘である。
一応、命を大切にしたい本音もあるだろうが、今から一番必要なのは『織田軍の存在』である。
一番効率よく大和国の寺院を制圧するには、『願証寺を地獄に変えた織田軍』の存在が最大級の圧力になる。
何なら旗だけ借りても良い。
飛騨北陸一向一揆でも『織田軍』の存在をアピールして脅したのと同じ理屈だ。
『いいよ? 降伏しないなら、それはそれで構わないよ? ねぇ? 信長君?』
『そうだね、実休君? ウフフ……!』
目の前でこんな会話をされては、生きた心地がしないのは当然の判断。
しかも、彼らは絶対に脅しで終わらない。
決めたら絶対に『やる』のだ。
それでも抵抗する根性を見せるなら、見せしめになるだけだ。
特に『鬼十河』改め『閻羅人十河』が、鬼の戦闘力で狂犬の如く暴れ回った事も知れ渡っている。
寺院にとって、信長に加え一存の存在は、最悪の組み合わせだ。
大和の寺院は以下の3択しかない。
そんな悪魔と閻羅人相手に根性を見せて教えに準じるか、京に逃げて蠱毒と化すか、完全降伏して真っ当に生きるか。
一応4択目として『戦って勝つ』もあるが、ここで勝てるなら、そもそも先の戦いで負けていないだろう。
あと、真っ当に生きるのも無理だろう。
興福寺は政治をも左右する、宗教の頂点勢力の一つにして仏の代弁者。
武家に従う理由など無いのだ。
政治に不満があれば、強訴で意見を押し通すのが強力な寺院の権利だ。
従って、寺院は会社に例えれば、会長枠とも言える。
信長は実休と話しつつ、これから起こる惨劇に、内心笑いつつ、大和国の趨勢に目途が付いた事に安堵するも、自分の存在で成り立つ作戦には少々複雑な気分だった。
《実休のやりたい策は理解できるが、我ながら凄まじい悪評よな。自業自得なんだろうが……》
《願証寺を滅ぼしたのは、もう9年前、圧力をかけ始めたのは10年以上前なのに、未だに『信長さんがいるぞ』って策が効果的なのは、ある意味凄いですね?》
《フフフ。褒め言葉として受け取っておこう。まぁ、並みの手段で信仰心は簡単に砕けぬのだろう。良くも悪くも楽が出来て助かるな》
もう大和国の戦況は決定的だ。
その上で『三好軍with織田軍』は日本最悪で悪夢の組み合わせだ。
北陸での織田軍も居るだけで存在感を放ったが、その比では無いだろう。
事実、もう本当に、あっと言う間に枝寺院の討伐は片付いた。
降伏、抵抗問わず、次々と落とし、最後の最後に興福寺を残し、交渉開始となったのだった。
【三好実休本陣】
興福寺を支える門前町が、徹底的に焼き討ちされた跡地。
残骸が多く煙も充満している事から、当面の本陣は興福寺から離れた場所に構えられた。
そこには、三好家と織田家の諸将と降伏した大和四家が居並び、対面する形で興福寺の使者が座っている。
「こちらからの要求は、僧兵の京への追放。これからの興福寺及び大和国は我ら三好が守護致します故に、貴僧らは安心して仏門の修行に励むが良い」
「ッ! ……要求に従えぬ場合は?」
焼き討ちを許した以上、興福寺の信用はガタ落ちだ。
攻め込んだ勢力が悪なのではない。
防衛できなかった勢力が悪なのが戦国時代の常識。
実質的な大和守護たる興福寺は、その役割を果たせなかった。
もはや存在意義は無い。
少なくとも、信仰的な存在意義はあっても、守護としては失格なのだ。
それでも異議を唱えるのは、意地なのか、現実が見えないのかどちらかなのだろう。
「ふむ。別にそれならそれで構いませぬ。ただ、どこかで不幸な事が起きねば良いですな? 例えば……火災が起きたり?」
「なっ……!」
実休の言葉の刃で僧達は貫かれた。
実休の脅しは、即ち日本の副王のNo.2の脅迫だ。
その重みは洒落で済むものではないので、誰に対しても効果的だろうが、こと興福寺に対し『火』は致命的なトラウマだ。
何故なら、とにかく火に呪われているのが興福寺なのだ。
その種類も様々で、失火、戦乱、落雷と『コントか!?』と思う程に様々な理由での火災記録を持っており、未来の江戸時代でも大火災を起こし、完全復興を断念せざるをえなかった。
もはや、(ちゃんと調べた訳ではないが)火災日本記録保持団体かもしれない。
こんなに焼けて火災の歴史がちゃんと残るのが凄いのか、天罰と囁かれなかったのが凄いのか。
信仰心の低下に繋がっても良さそうだが、それでも持ち堪えたのが、宗教最強勢力の一角、奇跡の興福寺だ。
だが『火』だけは駄目だ。
最悪の弱点であり、それを証明してきた歴史がある。
その上で『躊躇がない信長』と『閻羅人一存』の存在だ。
《良い交渉だ。ワシでもそうするな》
《……良い『脅し』ですよね?》
戦で足場を削り、焼き討ちで信頼を削り、交渉で心を削る。
完璧な流れであった。
《脅しも交渉。悪質なのは良い交渉でもある。散々見てきたであろう?》
《まぁ……。勉強させてもらってます》
信長と同じ思考で、実休は悪質にそこを突いた。
もはや勝負は決しているのだ。
ならば徹底的に詰め寄るのみ。
その上で選ばせる。
降伏して建物を残すか、攻め入られて焼き討ちに合うか、謎の失火で燃えるかの3択だ。
力が無いのは罪であり、故に戦国時代なのだ。
「……一つお尋ねしたい!」
興福寺の使者は、実休に顔を向けながら、目線は信長に向け尋ねた。
「何かな?」
実休は僧侶の態度を内心ほくそ笑みつつ聞き返した。
「豊前守様の(実休)兄君である修理大夫様(長慶)は、かつて、そちらに居る織田殿の蛮行に激怒なさったハズ!」
「蛮行?」
実休は完全にすっとぼけている。
これは実休自身も気が付いていないが、生きていた弟の一存に振り回された鬱憤を転嫁しているだけだ。
興福寺にとっては、完全にトバッチリである。
「あの蛮行をお忘れなのですか!? 願証寺の件です! それなのに、今こうして足並み揃えて寺院に攻撃するのは如何なる事なのですか!?」
僧侶の抗議。
即ち、三好長慶の一貫しない態度についてである。
信長が願証寺を落とした報告を受けた時、長慶は激怒し声明を出している。(105話参照)
それなのに、今回の侵攻は当時の声明と食い違う事ばかり。
興福寺としては当然の抗議である。
「あぁ。その件か。兄上が激怒したのは事実。織田殿に対し斬りかからん程の大激怒でしたな」
実休は信長に顔を向けつつ答えた。
信長もその悪い演技に乗っかった。
「えぇ。某も必死に弁明しました。今でもあの恐ろしさには肝を冷やしております」
実休と信長はにべもなく答える。
一応、織田家の公式的スタンスは、長慶の怒りに対し、必死に弁明した事になっている。
その書状も後世に残っており、歴史学者の意見が紛糾する原因なのは余談である――
「な、ならば、此度の蛮行を修理大夫様にどう説明なさるのです?」
それが事実なら、なおさら今回の行動は見過ごせない。
ちぐはぐにも程がある。
僧侶の怒気を孕んだ詰問に、実休は不敵な笑みを浮かべた。




