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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-2章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
396/447

197-1話 大和攻防戦 畠山尚誠

197話は2部構成です。

197-1話からご覧ください。


【お詫び】

8/15よりの体調不良により、8月後半の投稿が出来ませんでした。

申し訳ありません。

まだ完全完治ではありませんが、執筆には問題ない程度まで回復しましたので再開します。

【大和国/平地 織田軍】


「遠くに砂煙が見えるな。支城の類を全部無視してココまで来られてしまったか。ここまで間者の報告と何ら齟齬が無い。空城の計でも無い……いや、ある意味空城計か。これは畠山云々と言うより、紀伊、大和の合同での総力戦か。それに耐えている三好実休と松永久秀も大したモノだ。少々待たせてしまったが貸しの一つ位にはなるだろう。ゆくぞ!」


 織田信長が号令する。

 この軍の総大将は足立長輝(足利義輝)だが、それは信長が命じただけで『実質の総大将織田信長が号令するのは当然だ』と言う事では無い。


 偃月陣を組んだ織田軍の陣編成は以下である。


挿絵(By みてみん)


 見てわかる通り、異常な陣立てである。


 何と!

 九鬼定隆が外れ息子の嘉隆を指揮官として居るのだ!


 その理由は、嘉隆も成長し陸戦能力も特に問題無しと判断したのと、乗って来た船団の管理を定隆に任せた上で、一つ策を託したからである。


『そっちじゃ無い!』


 そう言われた気がしたので、改めて異常点を述べる。

 良く見ると偃月陣の先頭が信長隊である。

 幾らこの戦の総大将が長輝だからと言って『当主が最前線へ飛び出すなど常識外にも程がある』と言うのは、時と場合による。 

 少なくとも織田信長にとっては、そんな常識は存在し無い。


 史実でも信長は総大将の身でありながら、先陣切って切り込む事もある超アグレッシブ戦国大名。

 己がどんな身分であろうと、必要なら飛び出す。

 それが合理的なら、命を惜しまぬのが信長の戦法である。

 勿論、危険な行動には違い無い。

 この歴史で信秀が戦死した様に、流れ矢一本で織田家が消滅する可能性もある危険な行動。


 だが、信長は必要と判断したら躊躇わない。

 池に大蛇が住み被害が出ると聞けば、短刀一本咥えて池に飛び込むし、戦局判断の為には雨でぬかるんだ地面にも平気で耳を付けるし、勝つ為に単身飛び出す事もある。


 それが必要な行動であれば、例え下水でも飛び込むのが信長だ。

 だから危ないと思って逃げると決めたら、それも躊躇わない。

 幾ら嘲笑されようが、命あっての物種だとも知っているからだ。


 今回の動機と狙いは、現状最弱の織田軍を自ら先頭を走る事で最弱の軍を鼓舞しつつ、畠山の本気度を自らの体で確かめる。

 それと共に、敵視点にとって織田軍総大将が最前線にいる情報を与え、三好に向かっている圧力の分散を図る狙いもある。

 また、あわよくば後方で指揮しているであろう畠山高政を、さっさと討ち取るか捕縛する意図もある。


 捕縛まで上手く行ったら出来過ぎの成果だが、以上の様に信長が先頭切るのには、信長の中では極めて論理的、冷徹に計算し必要と判断したからに過ぎない。


 その代わり、部下の武将にも同じレベルの危険な命令を下す場合もある。

 史実の金ヶ崎の退口にて、極めて討死する可能性の高い殿を、当時の木下秀吉に命じた。

 当時の秀吉が一番成功の可能性を感じつつ、かつ、死んでも困らぬ絶妙な立場の武将だったからだ。


 そう言う意味では、信長は冷徹だ。

 しかしそれは、適任者が自分であれば自分が殿を務める事もある。

 この歴史では武田軍の猛追を、朝倉宗滴、武田信虎と共に殿を務めた。

 それが最適だったからだ。


 命の軽視、鼎の軽重の無視とはまた違う、信長独特、勝つ為に必要な冷徹な計算なのだ。


 故に先の号令は『総大将長輝の命令で、信長が進軍号令を掛ける様に命じた』に過ぎず、信長はその策を実行しているに過ぎない。

 こうして織田軍の奇襲が始まった。



【大和国/平地 畠山軍 畠山高政】


「殿! 来ました! 織田軍です!」


 畠山軍の伝令が顔を紅潮させ報告する。

 主の予言が当たったからだ。


「来たか! そりゃ来るよな! 全てを犠牲にして背後から来る様に仕向けたのだから! 全て計画通りだ! 狼煙を上げて伝令に伝えよ!」


 高政は配下に発破をかける。

 驚くべき事に、畠山軍は三好軍に背を向けて居た。

 三好を攻めていたのは大和諸勢力と興福寺で、織田軍が到着するまで畠山家は適度な援護に留めていた。

 何も知らずに背後を取られたら誰でも慌てるが、想定済みの奇襲は最早奇襲では無い。

 罠に掛かる獲物と何ら変わらない。


 畠山高政が領地の全てを犠牲にした、必勝の策である。

 西の三好に対し、東の織田同盟国。

 両者が成り立って成立する蠱毒計なのだから、三好が危機なら織田は嫌でも動かねばならない。

 問題はどこから織田軍が来るかだが、それも容易に想像が付く。

 京を通過して六角を蹴散らしている暇は無いし、伊勢から紀伊熊野参詣道を使う事も出来るが、それこそ畠山の庭でもあり、迎撃を警戒するはずなので、紀伊半島を回って大坂湾から上陸するしかルートは無い。


 その上で三好を援護する為に畠山領地を荒らすのも容易に想像が付く。

 だから下手に兵を置いて合戦など起きれば負けるのは当然、後々奪い返しても復旧が大変な事になる。

 それならば、全兵と全物資を注ぎ込んで大和国へ向かった方が合理的だ。


(一世一代の大博打! これさえ成れば領地など失って釣りが来るわ!)


 そんな決死の覚悟で三好と適度に戦いつつ織田を待って、ついに織田が予想通りの背後から現れた。

 全てを投げ擲ってまで、織田軍をコントロールした畠山高政の計算勝ちである。


「奴らはワシの仕掛けた罠に掛かった! 狼狽えず、予定通り迎撃せよ! 逆茂木に柵の準備は万全だな!? まずは防御に徹し弓矢を馳走せよ!」


 命令に従い、織田軍先頭に向かって猛烈な矢の雨が襲い掛かった。



【織田軍/織田信長隊】


 畠山高政は後方で指揮を執っていなかった。

 三好と織田の両方に対応する為に、中央で構えて居た。

 信長の読みは外れた――が、さしたる問題では無い。


 散々に不審過ぎる空城計を見た後なのだ。

 計算違いや罠があって当然の心構えは出来ている。


「盾持ち前へ! 怯むな! アレだけ露骨な空城計をやって来たのだ! 奴らは今、こう考えておる! 『奇襲を掛けたと勘違いした織田軍など楽勝だ』とな! しかし此度は違う! 罠など想定内! これは奇襲では無い! 通常の合戦に則った正面からのぶつかり合いに過ぎぬ! ならば我らが勝つ! 弓隊構え!」


 信長が盾隊と弓隊を指揮しつつ、己も馬上から弓を構える。

 ここは平地。

 相手の弓が届くなら、こちらの弓も届く距離。

 後は、防御と攻撃の応酬で、どちらが先に怯むかが勝負。


 怯んだらそのまま突撃で乱戦に持ち込み、敵の統制を突き破れば勝ちだ。

 高政を捕縛か討ち取ればなお良しだが、それは二の次だ。

 とにかく畠山を散り散りにする事が、最大の任務である。


 それを成す為には、流れの見極めが必要だ。

 怯むと言っても、そう簡単に総崩れの様な現象は起こせない。

 この場合は、ほんの僅かな綻びを感じ取れるかが勝負である。


 それ即ち、朝倉宗滴や太原雪斎の様に、長年戦場で生死を感じ取り続けた末に辿り着ける境地が必要だ。

 この勝負を、転生して本来の年齢以上の経験を積んだ信長と、中央政権に関わり謀略で戦い、大胆な戦略で迎え撃つ畠山高政のどちらが掴むか?


 怯んだのを確認してからでは遅い。

 予兆を掴むでも遅い。

 予期してこそ戦巧者であり、朝倉宗滴、太原雪斎レベルである。


 この予期だが、戦場全体を注視すれば見える者には見える。


 では畠山高政はどうだろうか?

 史実ではお世辞にも戦巧者とは言い難い高政。


 ならばこの歴史ではどうか?

 こんな大胆な戦略を打ち、失敗したら後世の笑いモノ確定の戦略を考え出したのだから、その分、史実より、強かになっているのは間違い無い。

 この一戦に賭けているのだから、集中力は限界まで研ぎ澄まされている。

 故に、今この一瞬だけは、高政は知らず知らずの内に宗滴、雪斎レベルまで己を高めた。


 一族存続を賭けた大博打である。

 高政が大化けするのは当然の結果とも言えた――


 ――と言う感覚を信長は掴んだ。

 この先に居るのは、己の知る畠山高政とは別人だと。


《クックック。あの高政如きがこの戦意! 窮鼠猫を噛む、いや違うな? 別に今の我らは強大な猫でも窮鼠でも無い。何か上手い例えはあるか?》


《そ、そんな事どうでも良いでしょう!? どうするんです!? 奇襲を読まれているなら待ち構えている分、あちらが有利なのでは!? そもそも、この陣形さえ奇襲前提だったのでは!?》


 畠山軍に奇襲突撃突入する為の偃月陣である。

 それが誘いであると見破ったとしても、これでは意味が無いし、上手い例えを考えている場合でも無い。


《そうだ。加えて我が軍は最弱の状態。だからこうするのさッ!》



【畠山軍/畠山高政】


「……ッ!? 敵が怯むぞ! 先陣だ! 攻撃を集中させよ!!」


 何故分かったのか己でも説明出来ないが、そう感じた高政は配下の伝令に伝えた。


「えっ? ひ、怯む?」


 伝令が思わず聞き返した。

 見える光景にそんな予兆は見られない。

 互角の弓矢合わせの真っ最中だ。


「たわけ! 説明する刻など無い!」


「えっ……しかし……」


「早く伝えよ!」


「は、ハッ!」


 これは高政にとって誤算だった。

 確かに高政は一時的に化けた状態だが、軍全体が化けた訳では無い。

 宗滴、雪斎の配下の様に、伝令が予言のような命令を何度も受けた経験も無い。

 その経験と練度の低さが仇となってしまった。


 だが、この遅れは致命的では無い。

 多少のタイムロスはあっても命令は伝われば実行される。


 致命的だったのは、高政が感知した敵の動きは、信長が意図的に出した気配だったのだ。

 これは信長が殺気を高政の所まで飛ばして気が付かせた、と言う訳では無い。

 本当に織田軍の信長隊が怯んだのである。



【織田軍/織田信長隊】


 怯んだのを確認してからでは遅い。

 予兆を掴むでも遅い。

 予期してこそ戦巧者であり、宗滴、雪斎レベルである。

 ならば、その予期を封じるには、自分のタイミングで怯むに限る。

 そうすればジャンケンのあいこか、やや有利にまで持っていける目算が信長にはあったのだ。


 信長の先駆け突撃に驚いた側近達は、目が飛び出そうな程に驚いて、慌てつつ怯んで指示を出す。


「ちょっ、殿ぉッ!? も、者供! 殿を1人にさせるな! 我らも出るぞ!」


 今回信長隊として付き従っていた、蜂屋頼隆、水野信元、水野忠重、坂井政尚が、全く同じセリフを吐いて大慌てで信長の後を追う。


 これが信長の出した答えだった。


 織田軍は確かに怯んだ。

 高政は一生に一度の奇跡的予期をした。

 だが、織田軍の怯みは半ば演出。

 怯んだのは畠山の攻撃の結果では無く、信長が単身突撃を敢行した味方の驚愕による怯み。

 高政はこの怯みの予期まで成功したが、怯みの理由を間違えた。


 本来なら怯んだ所に集中攻撃を浴びせ、敵の第一陣を撃破するのがセオリー。

 だが、怯んだ理由が違うので、集中攻撃を浴びせても効果無しとまでは言わないが、狙い通りの結果にならなかった。


 遠くで声が聞こえる。

 甲高く、それでいて地獄の悪鬼を思わせる、臓物を引き裂かれたと錯覚させられる声が戦場に響く。


『一番槍は、この織田弾正忠が貰ったァッ!!』



【畠山軍/畠山高政】


「何だとォッ!?」


 高政は床几を飛ばして立ち上がる。

 高政の耳にもしっかり届いた、本来届くはずの無い声。

 勿論、距離の意味では無い。

 信長の存在がありえ無いのだ。

 しかも一番槍とは意味不明にも程がある。


 だが、異様に説得力ある声が、間違い無く本人だと認識させる。

 畠山軍の先頭から、ありえ無い殺気の暴風が巻き上がっている。

 何なら暴風と共に幾度も雷光まで見える――のは勿論錯覚だ。


 信長が殺気全開で大暴れしているのだから当然の幻覚だ。



【織田軍/織田信長隊の信長個人】


 信長が馬の勢いを利用して槍を投げ付ける。

 前線の足軽槍襖隊の顔面を2人貫く投擲力だが、吹っ飛ばされたのは2人だけでは無かった。

 信長の放つ殺気を浴びせられた、今の攻撃に関係無い両隣の列の2人も同じ様に後方に飛ばされた。

 槍の攻撃が衝撃波を放った訳では無い。

 左右の4人も自分が貫かれたと錯覚し一緒に倒されたのだ。

 勿論、中央の2人は即死だが、追加で4人は気絶である。

 ついでに周囲に居た10人ぐらいは腰を抜かしてへたり込んだ。


 だが畠山軍の先鋒でこの光景を見た者は恐慌状態に陥った。

 一撃で6人倒され10人戦意喪失させたのだから、当然と言えば当然だ。


 だが信長の攻撃はまだ終わらない。

 下馬し落ちている槍を拾って、身近に居た運の悪い足軽の肩口に槍を突き刺した。

 痛みに我に返った足軽は、その槍を引き抜こうと両手で槍を掴み返し、そのまま投げ飛ばされ、何人かが巻き込まれ将棋倒しに倒される。


 信長がやったのは、槍から伝わる敵の動きを感知し、引き抜く動きに合わせて槍を引き、足軽がバランスを崩した方向に逆らわず槍を操って投げ飛ばしたのだ。

 合気道の如く、相手の力を利用した投げ技だった。


 その信長と目が合った別の足軽が後ずさる。

 だが、それ以上逃げられない。

 信長の底無しに(くら)い目が『次はお前だ』と死を宣告し、足軽の脳と体が死を受け入れたのだ。

 信長の殺気が呪縛となり動けない――


「落ち着けぃッ!」


 大気を切り裂く裂帛の怒声が響く。

 その一言で信長の呪縛が霧散し、足軽は飛び退いて距離を取り構えた。


「取り乱すな! 織田軍が雪崩れ込んで来るぞ! 迎撃用意、持ち場で応戦しろ!」


「と、殿!」


 兵達は『殿』の声に我に返る。


「やるな? 何者だ?」


 信長が、落ちていた雑兵用の槍を広い、投擲しながら問う。

 殿と呼ばれた男はその攻撃を避けつつ答えた。

 避けた先では足軽が倒されている。

 今の問い掛けと同時の攻撃は虚を突いたはずなのに、『殿』と呼ばれた男は避けた。


「畠山次郎尚誠」


「畠山? 畠山の者がこんな最前線に? ……そうか尾州家に吸収された総州家の者だな?」


「フフフ。そうだ。その通り。その吸収されてしまった尾州家最後の当主にして使い捨ての駒よ。それで貴殿は本当にあの織田信長かね?」


 尚誠は一応の確認を取った。

 真偽は不明だが、自ら『織田弾正忠』と名乗ったからには、尾張のうつけ織田信長本人か、信長に化けた名のある豪傑だ。

 真偽どちらだとしても、この惨状を作り出したのだから放置する訳には行かない。

 そう判断している尚誠は、尋ねながらも槍を構え視線を切らさない。


「……愚問であったか。流石は日ノ本に名を轟かすうつけ殿よ」


 嫌な脂汗が止まらない。

 暖かい時期なのに汗が冷たい。

 先程から幻覚と痛みを伴う殺気を浴びせられっぱなしだ。


(織田信長……とんでもない使い手だ……! こんな人間がこの世に存在するとは! まさか他にも居たりするのか? ……フフフ。悪夢よな!)



【北陸地方/斎藤軍】


「へッくしょーい!」



【播磨国/三好軍】


「ハックチュン!」



【大和国/信長vs尚誠】


「一応聞くが、織田に下る気はないか? 畠山の家格は利用価値がある」


 無手の信長が腕を組んで仁王立ちで問う。

 矢が飛び交う戦場で仁王立ちして、一発も当たらないのが当然の雰囲気だ。


「畠山が欲しいなら、別にワシじゃ無くても良いな?」


 尚誠が自虐的に答えた。


「そうだな。必要なのは畠山の血筋。……分かるぞ? 血では無く人を見ろと言いたいのだろう?」


「分かっているなら……ここで討たれて死ね!」


 尚誠は疲れていた。

 戦にでは無い。

 永遠に終わらぬ謀略合戦と畠山の血筋にだ。

 幸か不幸か尾州家に吸収され、畠山と言う家格の呪いから解放されたのに、眼前の化け物は畠山が欲しいと言う。


 ここでまた家格を利用される為だけに下るのは屈辱であり、己にとっては自殺同然の選択。

 到底受け入れられない。

 尚誠は駆け出すと、信長の脳天めがけて大身槍を振り下ろす。

 防御も兜も粉砕する一撃だ――ったが、腕組みの信長は、腕組みを緩め左腕で右腕を抑え込み――左腕の力を緩め――右腕を左腕から発射させるが如く――右手の小手で横から槍を叩き払い弾き飛ばした。


「うぉッ!?」


 当たれば必殺の攻撃を片手で軽く捌かれた。

 この槍で数々の危機を切り抜けて来た自慢の槍なのに、片手で弾かれるのは予想外にも程がある。


「やるな。今の一撃は、織田軍でも上位に届くぞ?」


 信長は腕に感じた衝撃を確かめる様に言う。

 腕を振っているのは、余裕なのか、衝撃を和らげているのか分からない。


「クッ!」


 尚誠は再度猛然と駆け出し――超高速で槍を左右に払い叩き突き出し――その槍を前に出つつ避けた信長は――尚誠の槍を掴む。

 槍の横移動があるので、攻撃回数こそ少ないが、帰蝶や北条綱成の同時7段突きに匹敵する豪槍だ。

 そんな槍を、信長は前進しながら避けて掴んだのだ。 


(な、何だ今の身のこなしは!? 槍が体をすり抜けた!?)


 それは勿論あり得ないが、必要最小限の動きで前進しながら避けたら残像と錯覚するのも仕方の無い話。

 それに信長は帰蝶以上に殺気に対し敏感だ。

 槍の軌道を読み、狙いを見抜くなど造作も無い。

 だが『それを当たり前』と披露されては、尚誠にとってはたまった物では無い。

 そんな尚誠の驚愕を『何を驚く?』と信長は余裕の佇まいだが、腕の痺れを隠す演技でもある。

 尚誠はその演技を見抜けず動揺するが、信長はその動揺を見逃さず、掴んだ槍に力を籠める。


「……ッ!! クッ!! おぉ!? なっ!?」


 突然、尚誠の体が右に左に揺さぶられる。

 左に揺さぶられ足を踏ん張る反発力を利用され、今度は右に揺さぶられる。

 信長が、尚誠の槍から感じる力の流れを感じ取り、逆用しているのだ。


「グッ! このッ……」


 尚誠は槍を奪い返そうと引っ張る――動きに合わせて信長も槍を押し込み――尚誠はたたらを踏んで体が崩され――槍ごと引っ張り立たされ――槍を手元に移動させる動きに合わせ――石突が己の甲冑の胴先緒(どうさきのお)に押し付けられ――押し返そうと力を込めた瞬間――「ハァッ!」と信長の気合一閃――槍と一緒に信長の後方に投げ捨てられた。


「ゲハァッ!?」


 信長の槍一本背負い(?)が炸裂する。

 普通の一本背負いと違い、尚誠の大身槍の頑丈さとリーチを活かした背負い投げなので、超高高度から落下したに等しい衝撃で、地響きと共に尚誠の内臓が痙攣し呼吸不全に陥る。

 

「捕縛して細川晴元の陣に移送しろ! 中々の使い手だ。死なせるのは惜しい。丁重にな!」


「は、はい……!」


 この頃には追い付いていた織田軍の兵に命じると、大きく息を吐いた。


《どうしました?》


《我ながら勝つ為とは言え、何と危険な事をしたのやら。冷汗が止まらんわ。於濃はこんな事を嬉々としてやっとるのか!? 今更ながら武者震いが止まらんわ!》


《良い線いっていると思いますよ? 特訓もしてないのに凄いですねー!》


《良い線!? 於濃はワシを倒す可能性があるのか!?》


《十分可能性は感じられますねー》


「《!!》……行くぞ! 者供、続けぃッ!!」


 信長は尚誠の槍を持って、悪夢を振り払うかの様に駆け出すのであった。

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