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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-2章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
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194-1話 因縁の本願寺 信樂院顕如

194話は2部構成です。

194-1話からご覧ください。



【お知らせ】

192-2話より、熊野古道について触れておりましたが、その名称にご指摘があり、調べてみたのですが、様々な名称があるも、歴史的証拠や使用時期が判明せず、当面の間、熊野古道を『紀伊熊野参詣道』と仮の名を付けました。

完全な造語ですが、この名称に対し都合が悪ければ変更もあり得ます。

『紀伊熊野参詣道』或いは、省略して『紀伊参詣道』や『参詣道』と出たら、『熊野古道を含めた周辺参詣道』だと思ってください。

よろしくお願いします。

【摂津国/石山本願寺門外 織田家訪問団】


 紀伊半島沿岸の攻略を、織田信広軍と北畠具教軍に任せ、一足先に目的地に到着した信長一行。

 その信長は石山本願寺を前にし、微妙な歴史変化を感じていた。


《少々歴史改変があるな。……まぁ、ある意味これも当たり前か》


《当たり前? 何か違うんですか? 至って普通に見えますが?》


 ファラージャが尋ねた。

 宗派総本山にして、最強寺院の一角だけあって、小綺麗で荘厳だが、それはどこの世界も時代も一緒だろう。


《いや違う。外側の様子だけでも、もう既に違う。堀が総石垣だ。完全にな。以前も石垣はあったが、今の時点で完全石垣は早い。まだどこの大名も総石垣などやっておらん。鉄砲戦術が発達した中央ならでは、だな》


 石垣は、巨大な天守閣を支える土台だけの役目では無い。

 鉄砲の貫通力に対する防御でもあるが、もう一つ、財力の目安でもある。

 無数の石を綺麗に並べ積み上げる。

 これは、今の時代では廃れたが、当時では最新技術でもある。

 その石垣が完璧に揃っているのは、城ならば見る者に威圧感、寺院ならば神秘性すら与える。


《しかもワシの知る記憶よりも、精密に積み上げられている様に感じるな。早期の長島壊滅が効いたのかも知れんが……まぁ良い。今は気にする事でも無い》


 この程度の歴史改変はもう想定内だ。

 もう、寺院が天守閣を建築しても驚かない。


 戦国時代、まだまだ天守閣など存在しないので石垣も必要ない中、どこの大名よりも、織田家よりも三好家よりも頑強に防御が整った、恐らく現時点で、日本で2番目の防御力を誇る平地に構える石山本願寺。


 1番目は勿論、延暦寺だ。

 あの比叡山の要害に匹敵しつつ、門前町の発展に寄与出来る土地は数少ない。

 本願寺の立地は山とは呼べぬ小丘で、これも延暦寺に比べ不利は否め無い。

 だから延暦寺の様に『防御に難のある場所』かと言うと、それは違う。


 願証寺同様に天然の川を利用した水堀と、増改築した水堀で守られたのが、石山本願寺である。

 しかし、激流の大河川で守られた願証寺と違い、水路や海は比較的穏やかだ。


 しかしそれでも、しっかり張り巡らされた天然の、或いは造成した水路は簡単な進軍を許さない。

 水路を使って侵略しようにも安宅船など喫水が深く通行不可能で簡単に座礁するし、関船もどこかで立ち往生し渋滞を引き起こすだろう。

 唯一の水路侵入手段は小早しか無いが、小早では大量の兵を輸送は出来ないし、当然、小早でも侵入出来ない水路もある。


 結局、攻めるなら、数多の水路を横断し陸路を進むしか無い。

 前々世の信長も、完全攻略は出来なかった要塞だ。 

 とにかく前々世でも尋常な防御力では無かったのが、石山本願寺である。


 また、延暦寺に無い最大の利点として、海運によって様々な地域と貿易や、物資の搬入が可能なのである。

 延暦寺は琵琶湖しか利用出来ないので、この差は大きい。

 信徒から集まる資金物資を元に、寺内町の信徒が莫大な利益を挙げて来る。

 暴利で稼ぐ延暦寺と違い、勝手に稼いでくれるのだ。

 お手軽成仏が可能な浄土真宗ならではの利点でもあろう。 


 歴史が変わって、延暦寺が超武装要塞として君臨しているので、防御規模としては2番目だが、この様に小丘でこの眩暈を覚える規模の防御はちゃんと理由がある。


 浄土真宗の先人達、即ち蓮如が迫害の末に追い出され、親鸞聖人の墓所でもある大谷廟堂は延暦寺に破壊され、山科本願寺も戦乱に巻き込まれ焼失した。

 戦国時代以前から、宗教は宗教と争うのが常識であり、本願寺は被害者側の立場なのだ。(但し、被害者になるのも仕方ない理由もある)

 流れ着いた石山での拠点が、防御特化の陣容になるのは当然の流れであろう。


 どこの世界でも、信じる物を破壊されれば対応を取るのが常識だ。

 報復か、備えるか?

 現在の本願寺はそのどちらも両立した厄介な勢力で、地方の系列寺院も強い。

 長島願証寺や吉崎御坊などその代表格だろう。


 そんな石山本願寺のとある門前で、坊主と武士が相対していた。


「来訪の事前連絡は受けておりましたが、本当にいらっしゃるとは……。噂に違わず破天荒な御方ですな。本願寺第11世宗主顕如に御座います」


 顕如が頭を下げた。

 下げたが、とても威圧的な礼で、敵対心を隠しもしない。


「織田弾正忠信長にござる。噂の期待に応えられて安心しております」


「細川右京大夫晴元に。お久しぶりでございます」


「足立藤次郎長輝に」


「明智十兵衛光秀にござる」


 織田側の4人は、その威圧感を流した。

 今回は別に侵略に来た訳でも無いし、かと言って、願証寺の件を謝罪しに来た訳でも無い。

 信長の中では、迷惑を掛けて来た願証寺を滅ぼした事で±0と考えている。

 (へりくだ)る事も、威圧感も必要無い。

 普通の来訪に過ぎないのだ。


「……織田殿はお初にお目に掛かるが、義兄上(晴元)は仲介役ですか?」


 細川晴元の妻は三条公頼の長女だから顕如にとって義兄となる。

 顕如の妻は三条公頼の三女、ついでに武田信玄の正妻も三条公頼の次女なので、この三人は義兄弟の間柄だ。

 もう一つ、三者共に、良好な関係の義兄弟では無い、と言う事か。


「その通りに。勿論、本願寺として某を手放しで歓迎出来る相手で無いのは理解しておる。だが、これから聞く話は決して損にはならぬハズ。どうか、弾正忠様と会談に臨んで頂きたい」


 そう言って晴元は地面に平伏した。


「あ、義兄上!? お止め下さい! 分かりました。聞くだけ聞きましょう! 例え地獄の悪鬼を連れて来ようとも、義兄上の要請を無視する程、傲慢ではありませぬ!」


 顕如は慌てるが、これは晴元のパフォーマンスである。

 中央政権で数々の陰謀に携わって来た身。

 役割から解放された今、土下座など何よりも価値の無いのに効果は抜群の手段としか見ていない。

 本人が気づいているかは分からないが、信長の価値観をモノにしつつある晴元であった。

 そんな晴元の演技を見ながら、価値観汚染の原因たる信長が呆れた。


(コイツは土下座など屁とも思わん性格だったのか? 演技なら大したモノよ)


 勿論、長輝も同じ事を思った。


(右京めは本当に嬉しそうだな。顕如にしても、こ奴(信長)より地獄の悪鬼の方がマシだろうに)


 信長と長輝は、そんなやり取りを見ながら思ったが、勿論口には出さなかった。

 これから相談される事を考えれば、確かに悪鬼の方がマシかも知れないのだ。


「それにしても、朽木での戦いで行方不明になったと聞いて心配しておりましたが、織田殿に保護されておったのですな。……ん? それでは……まさか!? そちらの足立殿は!?」


 細川晴元と足利義輝は常に一緒に行動して、一緒に行方不明となった。

 その晴元が現れ、身分的には低そうなのに気品を感じる側近が、顕如はどうしても気になる。

 ならば、可能性はある。


「いえ、某は先に名乗った通り『足立藤次郎長輝』にござる。良く13代将軍様に似ていると言われますが、ソックリさんで御座います。そんなに似ているなら影武者として仕官すれば良かったと思っておりますよ。……いや? 仕官していたら朽木の戦いで影武者としての仕事をしなければならなかった事を考えれば、織田家の家臣で幸運でした」


 長輝は笑顔で応えた。

 将軍だとバレても構わないが、ココに居ると言う事は、そんな事態も織り込み済み。

 追求するだけ時間の無駄である。

 どうせ本人とは認めない。

 顕如はそう考え納得した。


「……ソックリさん。そうですか。そう言う事にしておきましょう。本当に大変ソックリでしたので取り乱してしまいました。では。案内しますのでこちらへ」


「忝い」


 織田側で敷地内に入るのは、信長、晴元、長輝、光秀の4人で護衛は敷地外待機。

 本願寺側は物々しい警備体制だったが、信長は何を気にするでも無く、威風堂々、足下に蠢く亡者を踏み付けるが如く歩く信長と一行であった。



【石山本願寺門内/一室】


 門から入って一番近い一室に通された信長一行。

 これは当然、内部構造を把握されない為の配慮で、信長達が歩くべき場所以外には僧侶が並んで、徹底的に隠ぺいする姿勢を隠しもしない態勢だった。


《凄い警備ですね。嫌われたモノですねー》


 ファラージャが、まさに人海戦術の目隠しに驚くやら、未来も似たような物だったか、と呆れたりしていた。


《まぁ警備は煩わしいが、もう内部の地形は、凡そ把握しとるから無意味じゃのう。歴史変化があったとて、建物はともかく地形変化まではそう簡単に出来まい》


 史実の石山本願寺は、降伏し退去した後、謎の火災で全焼した。

 信長はその焼け跡を見分して、地形だけは把握していた。

 そのまま城の建設に着手できるか、ある程度整備すべきか。

 結局、本能寺の変で城の建設は頓挫し、本願寺焼け跡の利用は、羽柴秀吉が大坂城として継ぐ事になる。


《まぁ、今回の策が上手くいけば、内部構造など知る必要も無いがな》


《上手く行くと良いですねー》


 ファラージャはこれから信長が、何を提案し、成功すればどう政治や生活に影響するか把握しているので、楽しみで仕方ない。

 勿論、成功すれば、将来の『信長教』対策に、バタフライエフェクトが働くのは間違い無い。

 

 何故なら信長は本願寺に対し、大盤振る舞いと言える提案をするつもりでいる。


 前々世の信長は、本願寺と散々争った上で総赦免(無罪)としたが、今回は更にその上を行くつもりだ。 

 歴史変化の為にも、戦国時代の先にも必要な処置として、これは歴史に残る重要な交渉となるであろう。


《あぁ。そこだけが問題だ。これが成功すれば、歴史的有利と先々の宗教対策に先制攻撃が出来るじゃろう》


 信長は気合を入れなおす。

 前々世と違い、信長包囲網も無ければ、信長の天下でも無い。

 不安があるとすれば、現実に天下を差配している訳では無く、三好の同盟者と言えば聞こえは良いが、実態は手駒に過ぎない存在で、そんな存在が話して良い内容じゃ無い内容だ。

 だが、今だからこそ、将来の布石にもなると信長は判断した。

 むしろ、願証寺の件は±0、北陸一向一揆では貸しを作った分、まだ話は通じるだろう。

 僧侶による厳戒態勢だけが、完全な信頼を得ていない証拠だが、それは帰り道でどうなるか判断基準にもなろう。

 そんな話をファラージャとしている所に、顕如が入室した。


 やや緊張気味なのが伝わるが、流石は本願寺を11歳で継いだ身である。

 噂では、三好長慶とも対等な交渉をしたとも聞く。(106-2話参照)

 今の顕如に歴史改変が起きているかは不明だが、門前で見た顔に油断も隙も伺えない。

 信長を強敵として見ているのが伝わる。

 つまり三好長慶同様に、油断も隙もならないと、顕如は感じているのだ。


「お待たせしました。関白の近衛殿下、それと我らが派遣した下間頼廉の書状を確かに確認しました。特に、北陸一向一揆で吉崎御坊を守って下さった事には感謝の念に堪えませぬ」


 顕如は平伏した。

 門前での敵意むき出しの挨拶とは違う、真の意味で『御礼』であった。

 願証寺の損害よりも、吉崎御坊を守ってくれた方が、顕如にとっての理性の天秤が信長側に傾いたのだ。

 ほんの少しではあるが。

 

「こちらの思惑と、だいぶ違う形になって混迷を極めている中、拙僧の指示に固執せず最善を選んでくれた頼廉と、助力頂いた織田殿ら朝倉連合軍のお陰と言えましょう」


 本来、本願寺は武田に一向一揆の処理を任せたが、それが今や不可能となっていた。

 だが、下間頼廉、下間頼照に証恵は、それぞれ最善を考え武田から離脱し、独自に行動を取っている。

 ただ、頼廉以外の連絡が途絶えたのが不気味で、顕如にとっては『歎異抄がここに現存する』と言う返信を送って以降、進展があったのは朝倉連合軍に合流した頼廉だけであった。


「残念ながら、我らとしても想定通りとはなりませんでした。もう知っての通り、複数の七里頼周が才を発揮し北陸を守っております。その内、加賀守を名乗る七里とは利害の一致から協力に至りましたが、拙者だけが七里越中守とも会っております。他にも七里を名乗る者が本物以外に居るのかは把握しておりませぬ。が、間違い無く居るでしょうな」


「拙僧も驚いております。『複数人の七里』など意味不明でしたが、頼廉が丁寧に記述してくれました。あの者、七里頼周は確かに優秀で拙僧が抜擢した者ですが、ここまで行動を起こすとは。良くも悪くも才だけは間違い無かった訳ですか。しかも、一番難しい人を見る目も備わるとは」


《耳の痛い言葉ですね》


《……抜擢した者がワシを倒した、と言いたいのか?》


《そ、そうじゃありません、いや、それも少しありますけど、素質を見抜く眼力は何かコツがあるんですか?》


《『何?』と言われると答えづらいが、その者の生き様が一つの基準かのう? それが全てとも言わんが、ワシが抜擢した者は最終的に裏切ったとしても、纏った雰囲気が違う。直感で『欲しい』と思わせる何かを持っているモノじゃ》


《直感ですか。成程。分かる気がします》


 そんなやり取りが行われているなど、流石に見抜けぬ顕如は言葉を続けた。


「頼周はこの時代に生きるに相応しい人物に育ってしまった。本物に選ばれた偽七里も皆優秀とは恐れ入りました。その才を以てして北陸に安寧を広めて欲しかった。上手くいかぬモノですな」


 上手く行かぬ――

 顕如は残念に思っているのは間違い無いが、どこか嬉しそうな気配も見せた。

 自分が抜擢した者が、予想を超えて成長を果たしている。

 決して望んだ方向の成長では無いが、七里なりに思う所があって今に至っているのは理解出来る。


《若さが原因かのう? 面白い反応だ》


《本願寺の長としては困っている。でも個人的には嬉しい。そんな感情が見え隠れしますね》


《ああ。気持ちは理解出来る。ワシも配下の成長や成果は共に喜んだモノだ。失敗や逆境を跳ね返す底力や、意外な成長を見せる者。皆、愛しい。抜擢した者なら猶更じゃ。顕如も同じ気持ちじゃろう》


 手段はどうあれ、七里頼周は顕如の想像を超えて来たのだ。

 そこは認めねばならぬと顕如は思っていた。


「……取り合えず北陸の話は宜しいでしょう」


 北陸の情勢は引き続き要警戒だが、一定の道筋は見えた。

 援助した武田家には幻滅したが、求める結果が得られるなら良しとしなければ、贅沢と言うものだろう。

 武田への援助が無駄になったが、それならそれで貸し扱いでも良いし、本願寺の危機に貸し付け分は働いてもらう。

 

 それで、である。

 ここからが本番だ。

 顕如は居住まいを正した。

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