191-1話 吉崎御坊攻防戦後始末 越前統一
191話は2部構成です。
191-1話からご覧ください。
【越前国/吉崎御坊 門前町 朝倉軍】
吉崎御坊に入る前、首脳陣は各々の考えと決意新たに吉崎御坊の支配地に入る。
朝倉家、織田家、斎藤家、今川家の共同吉崎御坊防衛戦。
結果は一揆軍の突破を許す事無く、被害も無い。
文句の付け所の無い戦果だ。
だが、延景は喜びよりも違う感情が先に出てしまった。
「『お見事!』と言うべきなのか『呆れて物も言えぬ』と言うべきか? ……後者かな? 自分で許可し、派遣しておいて言うのも何だが……」
朝倉延景が、信長等、援軍大将級を引き連れて吉崎御坊の支配地に入って目にしたのは、民が何ら疲弊していない姿だった。
先程までは、吉崎御坊敷地内に避難した民は、急遽建造された粗末な建屋に雑魚寝で過ごしていたが、争いが決着した今、各々が家に戻っていた。
見た所、負傷した人間は居ないし、決して飢えもせず、帰還に辺り兵糧も分け与えられたのか、この先に不安を感じている人間はいない様である。
自分が籠城する側だとしたら、気が滅入り過ぎる環境で、どう叱咤激励した所で苦労するだろう。
淫靡策と分断が効いているとは言え、一体、どんなカラクリで守り切ったのか、しかも、たった17人で任務を完遂したのか俄然興味が湧いて来た。
そもそもの戦力の内訳は、女大名1人、男大名1人、男武将6人、女武将7人、女忍者1人に、偵察専門の女1人で半分は女の内容にも驚くが、真の驚愕内容は、朝倉軍到着までに、吉崎御坊は当然、敷地外の設備や民家の安全をも確保してしまった事だ。
「七里殿にも手伝って頂きましたから18人、いえ、保護している民にも援護を頼みましたからそれなりの数は動きましたよ」
帰蝶が事も無げに言う。
肩が動く民には、予め持ち込んでおいた石を、適当に投げてもらった。
吉崎御坊の塀が邪魔で、最初から狙いなど付けらぬので、出鱈目な投石なのだが、威嚇には十分だった。
その投石に紛れて、必殺の矢が飛んで来る。
更に混乱の隙をついて、吉崎御坊の外で潜んでいた奇襲部隊が背後から襲い掛かる。
何度かあった襲撃は、全てこの繰り返しで撃退した。
信長の淫靡策と吉崎御坊の降伏が、敵に連携を取らせなかった。
そもそも、その連携を操る鏑木頼信が味方側なのだから、稚拙な動きしか出来ない。
こんな練度の低い戦力を率いて、今まで結果を出し続けて来た鏑木頼信の化け物ぶりを改めて感じるべきなのか、たった18人で結果を出せる帰蝶ら最精鋭兵が凄いのか。
或いは、この吉崎御坊の地形が特殊なのか。
その全部が合わさった結果なのだろうが、それでも信じられない思いだった。
「それでもじゃよ! 主要人数は18人であろう? しかも半分は女! (男以上の女も居るが!?) かの楠木正成公だって、もう少し籠城戦の人数は多かっただろうに、これは籠城戦力の過去最低記録を更新したのでは無いか?」
楠木正成の籠城戦。
鎌倉末期から南北朝時代の英雄で、延景の言う戦いは、千早城の戦いでの籠城戦の事を指すのだが、1000人程で敵軍25000人(一説には200万人)を翻弄したと言われる。
天才軍略家の楠木正成が手練手管を遺憾無く発揮し、また、常識に捕らわれない戦いを披露したのが結果に繋がった。
吉崎御坊の戦いは、千早城の戦いと比べられる部分が無さ過ぎるので比較は難しい。
ただ、帰蝶達は少人数を不利と考えず、積極的に罠を仕掛け手玉にとった。
相手の統率力と戦力の無さも手伝っての戦果だが、結果だけ見れば、延景が驚愕するのも無理は無い話だ。
「何か成長した様に見えるのは気のせいでは無さそうだな……。送り出して正解だったのか……?」
自慢気な帰蝶に対して、夫として、同盟者として、転生者として、どんな顔をすれば良いのか迷う信長。
失敗しても困るが、かと言って、こうまで鮮やかに戦果を挙げられては、今後は制御不能になるかも知れない。
配下の者が成長するのを何よりの楽しみとしている信長が、唯一の例外として扱わざるを得ないのも腹立たしいが、別に帰蝶の成長を本気で不満に思っている訳でも無い。
ただただ表す言葉が見つからない、モヤモヤとした感情が信長を支配していた。
「正解ですよ。少ない事は決して不利では無いと知っていましたからね。私独自の戦法では無いのですけど、それを今度は自ら証明したに過ぎませんしね」
「ん? それは誰かの真似、と言う事か? まさか本当に正成公じゃあるまいな? 『太平記』でも読んだか?」
楠木正成の事を、帰蝶が知っている人物なのかは微妙なラインだ。
前世の寝たきりの時に、暇潰しに武勇伝を聞いた可能性もあるが、少なくとも信長から読み物として『太平記』を与えた覚えは無い。
女が読んで面白いとは思えなかったからだ。
だが、信長の知らない所で読んでいて、それを応用したなら、戦国大名としても上から数えた方が早い強さと認めざるを得い。
だが、帰って来た答えは違った。
「いえ、これは朝倉宗滴殿の策を参考にしました」
「宗滴公!?」
《ワシ!?》
思わぬ名前の登場に、信長と一緒に延景と、5次元の宗滴が驚いた。
「はい。かつて兄上が浅井領に攻める時、宗滴殿から散々散発的な夜襲を受けたのですが、これが実に効果的でした。進行を遅らせられ、休むに休めず苦労しました。これを真似して夜間の集会所を襲撃して敵を散らしていきました」
「成程。実体験か。そりゃ運用はお手の物か《正成公よりも厄介……かどうかは分らぬが、いずれにしても厄介な爺の真似をしおったか!》」
《フフフ。照れるのう!》
かつて斎藤義龍が美濃から近江へ入った頃、宗滴による夜間のゲリラ的襲撃に悩まされた。
兵力に劣る浅井を助ける為に朝倉宗滴の策で実行した、休憩時間を与えぬ進行妨害作戦だった。(66話参照)
義龍もこれには参ってしまい、姉川砦を建築して対抗したのだが、この吉崎では敵兵力的にそんな物を建築する余裕も資金も資材も場所も無い。
攻撃側が一方的に嬲られるだけの、楽勝過ぎた籠城戦であった。
「まぁ相手も相手だから通じたのか、こちらの仕掛ける罠や、夜間襲撃に悉く引っ掛かってくれましたからね。それに、ちょっと弱った女のフリをしたら簡単に引っ掛かってくれましたよ。殿の淫靡策が効いたお陰ですね! 敵の拠点まで案内してくれるのですから内心笑いが止まりませんでした」
以前、性教育を施したのだから、一歩間違えば大惨事なのを理解していないはずが無い。(90-3話参照)
だが、帰蝶は自分が乗り越えた危機を知ってか知らずか、嬉しそうに話す。
(こ奴……! ……まぁ雑兵に今更遅れを取る訳も無いか)
吉崎を守れたのが嬉しいのか、己の美貌で男を引っ掛けたのが嬉しいのか、イマイチ判別付かなかったが、信長は考えない事にした。
「一揆軍は七里頼周ありき、だと言うのは分かっておった。だが、朝倉軍の侵攻で止めとなるハズが、それ以前に殆ど決着が付いておったとはな。良くやった。じゃが、夜間襲撃を繰り返したのなら睡眠不足じゃろう? とりあえずは寝ていても構わんぞ?」
「まさか! これから七里殿と下間殿との会談なのでしょう? 寝ている内に置いて行かれてはたまりませんわ!」
帰蝶は、信長が今回の作戦に難色を示していた事から、寝ている隙に置き去りにされるかと警戒したがそうではなかった。
「そんな事するか! 斎藤家は対一向一揆の中心戦力の一つだろうに! ……仕方ない。いや、丁度良いのか? 分かった。そこまで言うなら睡眠は会談後まで我慢してもらうぞ。全員だ」
「全員? 他の者は寝ていても構いませんが……」
「いや、最後の任を与えねばならぬからな」
「最後の任……?」
「これ以上は会談の場で話す。楽しみにしておけ」
そんな話を付けた所で、一行は吉崎御坊の門を通過するのであった。
【越前国/吉崎御坊 門】
会談場へと向かう前である。
「やっとか……長かったな……終わってみれば呆気無い。戦いも呆気無かった様だし『今迄が何じゃった!?』って思うのは失礼かのう……?」
帰蝶達の報告を聞き終え、門を潜った朝倉延景が感慨深く呟いた。
まるで誰かに聞いて欲しいかの様な、絶妙な声の加減だった。
「どうされた? 朝倉殿?」
そんな延景を不審に思ったのか、それとも、聞いてやるのが優しさと判断したのか、今川義元が空気を読んで尋ねた。
「うむ。実はこれにて、朝倉家悲願の越前統一完遂なのじゃよ。歴代の父祖が願ってやまぬ統一が成ったのだ。80年掛かったのだよ」
吉崎御坊は越前と加賀の国境線に建設されており、一応、越前国内の施設である。
だが、最重要拠点が最前線故に、攻略も出来ず、抵抗も激しく、歴代の朝倉当主には悩みの種だった。
それを、ついに延景が解決したのだ。
優秀な歴代朝倉当主と、朝倉の至宝たる朝倉宗滴でも成しえなかったのだ。
感慨深いのも当然だろうし、聞かせたいのも納得の成果だ。
「何と!?」
「そう言えば!」
義元と信長が同時に驚いた。
朝倉家は決して弱く無いし、相当の実力を有し、文化的発展も国内随一。
なのに、一国の統一も出来ていない状況だった。
史実の朝倉家もついに越前統一は果たせなかった。
加賀一向一揆とは和解した事もあったが、吉崎御坊を完全に管理下に置いた事は無い。
だから義元は驚いた。
今川家は駿河、遠江、三河を有す大大名。
織田家も尾張、伊勢、志摩、南近江を有する大大名。
そんな大勢力と、越前国を統一出来ていない朝倉家が、互角の規模で戦力を有しているのである。
越前国の発展性は『目を見張る』所では無い、強烈な底力を持つ国なのだ。
信長も同じ理由で驚くが、歴史改変と言う別の驚きもあった。
《そうか。越前完全支配は前々世では出来ておらんかったか。北陸一向一揆が暴れまわっていた歴史を思えば。朝倉が吉崎御坊を完全管理下に置けたのは歴史改変的にも大きいな》
史実で北陸の完全支配に成功したのは織田家である。
それが、まだ越前一国とは言え、朝倉が北陸の一国を統一した。
小さくとも大きい歴史変化である。
《そうですねー。史実を思えば凄い成長なんでしょうね。でも、統一の立役者になれなかったのは不満じゃ無いですかねー? どうなんでしょう?》
ファラージャが訪ねた。
戦国大名たる者、欲望に忠実なイメージを持っており、武功を独占したがる傾向があるのではと思っていた。
今までも様々な大名を信長と帰蝶を通じて見て来たが、概ねその考えに変化は無い。
《これで延景が若武者ならそうかも知れんが、奴も最初から富田勢源しか派遣しておらんからな。形には拘らんかったのだろう。一番人員を出したのは織田と今川だしな。今回、朝倉は勢源一人の出動で統一を果たしたのだ。成果が同じなら費用対効果を考えれば、これ以上は無い完璧な成果だな》
《成程~。ほぼノーリスクハイリターンの結果ですものね。やはり史実と違い逞しく強かに成長しているのでしょうねー》
《あぁ。史実を知る身としては、凄まじい成長と変化にしか見えんわ。頼もしいが、敵にならん事を祈らねばならんのう》
《え? い、祈るって誰に?》
宗教から完全開放された信長の口からでるとは思えない言葉に、ファラージャが突っ込んだ。
信長もついつい口にしてしまった『祈る』の言葉。
別に特別意味を込めた言葉では無く、本気で祈りたい訳では無い。
話の流れから、自然と出てしまっただけだ。
《う~む。……じゃあ信長教の神にでも祈っとくか》
《そんな雑な祈りが届きますかね? それに別次元の神本人が、別次元の自分に祈るんですか? パラドックスが起きていますねぇ。流石は歴史改変ならではのコメントですね》
延景の感慨と、歴史改編の感慨が混ざり合う一行は、七里頼周と下間頼廉の待つ、御坊の本殿へ向うのであった。




