190-2話 屍山血河の上に立つ国 決着
190話は2部構成です。
190-1話からご覧ください。
【吉崎御坊/敷地内 点検隊】
帰蝶達が戦っている最中、散歩でもしているかの様な2人組が居た。
梯子を担いで、所々に立て掛けては塀の外側を観察し、侵入危険個所を探っていた。
歎異抄を探すのも任務だが、これも立派な任務。
歎異抄を見付けても、吉崎御坊が占拠陥落されては意味が無い。
「吉乃様」
風魔忍者の狐蕾が声を掛けた。
「様付けは無用ですよ~」
吉乃がのんびりと返答をする。
とても重要な任務に携わっているとは思え無い、完璧過ぎる偽装感を醸し出していた。
「で、では、吉乃さ、さん……」
「……」
「うっ……き、吉乃ち、ちゃん……」
「は~い!」
忍者の身分の低さと、それでも北条氏康に見初められ側室としての身分もある風魔狐蕾。
今は、北条から斎藤家に遣わされた半ば公認スパイが、何の因果か北陸にまで同行し、忍者の力を期待されている。
今のやり取りは忍者失格の戸惑いが隠しきれていない演技だが、信長の側室を『様』も『さん』も禁じ、よりによって『ちゃん』付けで呼ぶのには、流石に抵抗があった。
何度も言うが忍者は身分が低い。
有能な忍者は主君の側仕えもあるが、基本的に人間扱いされぬ程の過酷な忍耐を強いられる場合もある。
わざわざ奴隷になりすましたり、体を売ったり、下水や汚物の中に潜むのも仕事だ。
何日も動かず潜み、水も食事も最低限で潜み、糞尿すら垂れ流しで監視したりする。
何らかの理由で捕まったとしても、自害に躊躇も無い。
それが忍者に課された使命なのだ。
それを思えば狐蕾は恵まれた忍者だ。
北条氏康に見初められたのもあるが、風魔の血筋と狐蕾の才能を北条の血に組み込みたかったが故の側室でもあった。
忍者故に、命令に逆らえ無い。
だが、何の不自由も無い。
北条家内で、身分を理由に謗られても耐えれば済む話。
耐える事こそ優秀な忍者の真骨頂だ。
だが、何の運命か、北条家時代でも何の不自由も無いのに、そこから解き放たれ、更に自由な世界に放り出された狐蕾は、吉乃の気遣いに逆に苦しんだ。
忍者の悲しい性とでも言うべきか。
命令には逆らえ無いが、忍者の常識外の命令には戸惑いしか無い。
それが『ちゃん』呼びである。
恐れ多いにも程があり任務と割り切れなかったが、今、根性で無理やり割り切った。
「え、えーと、ここの樹木は、出来れば切り倒して置くべきですね」
忍者の力といっても、そう便利なモノなどでも無く、たかが知れている。
講談で語られる様な、妖を操ったり、口から火を吹いたり、天変地異を起こす事など出来ない。
むしろ、そんな噂は逆手にとって威圧として使う位だ。
だが、今は忍者としての進入路や逃走経路の確保方法を利用し、敵侵入の可能性がありそうな場所を潰している。
「塀を越えるのは梯子でも良いのですが、木に登られれば塀を飛び越えて侵入可能ですし、何より高所を許してしまいます」
「こちらは湖側ですけど……と言う心の隙が危ないんですね~」
「そうです。絶対の防御を誇る場所こそ一番隙が生まれます。一番厳しい場所こそ楽な場合があるのです。私ならそうします」
「勉強になります~」
吉乃は本気で感心している。
己の身体能力で、この急斜面を這い上がり、木まで登るのは絶対無理だ。
だが、侵入は無理でも逆は出来る。
逃走経路としては、ずり落ちて行って湖に飛び込めば良いだけだ。
吉乃は今回の吉崎防衛戦、万が一の逃走経路として候補に入れて損は無いと判断した。
(まぁ~、七里頼周までコチラ側に付いて、まもなく朝倉本体が到着する現状、逃げ出す場面があるのかは甚だ疑問ですけどね~)
吉乃は、天然隠形使いだが、だからこそ泳ぎも達者だ。
活かす場面に出くわした事が無いので、誰も知らない特技である。
そんな事を考えていたら、狐蕾が今までに無い真剣な表情で話し始めた。
「もう一両日中には朝倉連合軍が到着するでしょうが、門前町はとても大軍が展開出来る地形ではありません。焼き払えば別ですが、朝倉様はそう為さる御つもりは無さそうです」
「そうですね~」
吉乃が周囲を点検しながら返事をする。
「……つまり、この吉崎御坊は裏を返せば首脳陣しか居ない場所が出来ます。……もし私が暗殺や命を顧みない任務を命じられたなら、絶好の機会となるでしょう」
「……あっ!?」
吉乃が今まで見せた事の無い真剣な表情になった。
誰も、それこそ信長すら失念しているが、首脳陣が吉崎御坊に集まると言う事は、これから本能寺の変と似た様なシチュエーションとなるのだ。
七里頼周、朝倉延景、織田信長、斎藤帰蝶、今川義元、浅井長政の各陣営指導者達。
大軍で襲撃されたら一網打尽だ。
「まぁ、朝倉軍が吉崎の近隣で待機していますし、無人となった周辺施設も利用するでしょう。なので吉崎を狙われる心配は限り無く低いハズ。点検もしている事ですしね」
「な、成程……。あっ!? 点検は念入りに、ですね~」
だが、別次元の本能寺の変をなど知る由も無い吉乃。
そもそも、本能寺の変の前には死んでいる吉乃は別の考えに辿り着いた。
「そうです。念入りに内部も見る必要がありますね?」
「では、建物の中も点検しなければなりませんね~!」
「そうです」
吉乃は狐蕾が言いたい事を理解した。
一網打尽の襲撃を防ぐ為、これを理由に、歎異抄奪取の絶好機の理由が出来たのだ。
「秘文書を探すのも忍者の仕事ですが、大抵の場合は内部の者を買収したり、長期間潜伏して割り出すんですが、今回はそうも行きません。襲撃の恐れを理由として、内部調査を最大限させて貰いましょう」
こうして吉乃と狐蕾は堂々と内部に入り、点検と称して危険個所を予め把握しつつ、歎異抄を探すのであった。
「こんにちは~」
「うむ。こんにちはって……えっ?」
そんな2人が『こんにちは~』と言いながら、下間頼廉のいる座敷牢までいる場所までやってきて、頼廉を驚かすのは完全な余談である。
【吉崎御坊/敷地外】
一方、帰蝶らは富田勢源らと合流し、話しながら任務に勤しんでいた。
「援軍ありがとうございます。まさか、いらっしゃるとは思いませんでした」
「いやぁ、朝倉が関わらずして共同作戦は成り立ちませんからな」
一応、この戦の主役は朝倉軍だ。
その朝倉軍が、斎藤家と織田家に任せっぱなしでは体裁が悪い。
「……あっ!? こ、これは出過ぎた真似をしてしまいました! 申し訳ございませぬ……!」
帰蝶は、自分達がフライングして朝倉の面目を潰してしまったと気が付いたのだ。
信長の命令ではあったが、主役朝倉家の頭を飛び越えた越権行為。
だが、勢源は別に咎めはしなかった。
「大丈夫ですよ。織田殿からは事前に連絡を貰っていました。何も越権行為はありませぬよ」
「そ、そうでしたか……。いずれにしても以後気を付けます……!」
信長がちゃんと事前に筋を通していたお陰で穏便に済んでいたが、一歩間違えれば連合軍の連携が危うくなる。
帰蝶は大名として、うかつだったと猛省した。
「そう畏まらずとも宜しいですぞ。某はまた組む事が出来て満足しておりますしな。ハッハッハ」
「ハハハ……」
かつて帰蝶とタッグを組んだ勢源ならば適任。
二人で堀江館に潜入し、二対一で七里頼周とも戦った仲。
何の問題も無いと延景は判断した。
勢源は武士であって忍者では無いが、盲目になった事で、忍者顔負けの気配察知能力を有するのだから、活かすならココしか無い。
また一応、朝倉家も昨年、信長の許可を得ず帰蝶を潜入に行かし(延景は必死に止めたが)、何の因果か、北陸での戦いが越後へと移動し、北条綱成と一騎打ちまでさせてしまった負い目もあったので、仮に越権だったとしても、これで相殺だ。(185-6、7話参照)
「我が殿にも七里殿を『絶対に死なせるな』と厳命されております」
「フフフ。嘗ては命を狙った対象なのに、奇縁ですね」
「全くです。ただ少々手違いと言うか揉め事があって遅れたのは、謝罪致します」
「揉め事? こちらも助けられた形ですし、むしろ丁度良い連携援護だったと思いますよ? 何に揉めたのです?」
記憶に無い『揉め事』との言葉に帰蝶は訝しむ。
「あー……人選と言いますか……権利と言いますか……」
「人選? 権利?」
帰蝶が疑問を口にすると同時に、多数の怒りの気配が立ち上る。
「えっ……!? あ、貴方達も来たの?」
「『来たの?』 ではありませぬ! お姉様!」
最初に怒声を発したのは北条涼春であった。
その言葉を合図に、怒りに満ちた表情の男女数名が現れる。
今川氏真、織田於市、今川瀬名、斎藤於龍だ。
帰蝶の武を信奉している筆頭格の人間だった。
その後ろから、申し訳なさそうに、松平元康、浅井長政、朝比奈泰朝が現れた。
彼らは怒ってはいない。
命令に従い派遣されただけだ。
帰蝶の武にはそれぞれ恐れを抱いており、元康などはその筆頭だが、帰蝶と一緒に行動出来ない事を不服に思わない常識は弁えて居る。
怒った5人が異常なのだ。
富田勢源を派遣する時、盲目の勢源のサポートとして、朝倉の誰かを出そうとした時である。
【越前国/朝倉軍本陣】
(ふむ。新九郎(浅井長政)と於市殿が適任か)
延景は決断した。
『では新九郎と於市殿、堀江館の時の様に……』
延景が、朝倉の従属大名にして、両者とも武術の使い手として申し分無い、浅井長政と織田於市に命令を下そうとした時だった。
延景が、命令の全てを言う前に、内容を察知した者が割り込んだ。
『お待ちをッ!! 勢源殿の補佐と案内ですな!? その役目、是非某に!』
偶々居合わせた氏真が立候補したのだ。
『織田殿、斎藤殿が動き、今、朝倉家も動いて今川だけが傍観する訳には行きませぬッ!!』
『お、おぉ!? そ、それもそうか……?』
余りの剣幕に延景が押される。
確かに氏真の言う事は尤もで、思わず『流石は今川の跡取りよ』と感心し、居合わせた義元に顔を向けたが、勿論勘違いだ。
帰蝶と共に行動出来る機会は限られている。
氏真はその少ない機会を逃したく無いのだ。
なお義元は手で目を覆い、顔は天を仰いでいた。
『御前様が行かれるなら、当然私もお供しなければなりませんねぇ?』
『涼春!』
今川氏真が忌々し気な顔で妻の名を言った。
念の為に記載するが、普段の夫婦仲は良好である。
ただ、帰蝶が絡むと暴走するのが、この夫婦の欠点であった。
『ならば、義兄上を助けるのも義妹の役目ですわねぇ?』
『せ、瀬名殿……!?』
松平元康が驚愕の表情で妻の名を言った。
念の為に記載するが、普段の夫婦仲は良好である。
ただ、帰蝶が絡むと妻が暴走し夫が恐慌するのが、この夫婦の欠点であった。
『お待ちを! 姉上であり主君を助けるのは妹の役目! 是非私に御命じを!』
『於龍!』
朝比奈泰朝が普通に名を呼んだ。
念の為に記載するが、普段の夫婦仲は良好である。
ただ、帰蝶が絡むと実妹が暴走し夫が仕方なく付き合うのが夫婦の欠点(?)であった。
だが、潜入が任務なので、大人数を引き連れる必要は無い。
勢源をサポートする人間が2人程居れば事足りる。
『きゅ、9人か……多過ぎる気もするが……駿河殿は宜しいのですか?』
浅井長政と織田於市以外は、全員今川家所属だから、この2人への命令は義元が許せば問題無い。
異議が飛び込んで来たので、ややっこしい事になっているだけだ。
斎藤於龍だけが斎藤家出身なので、唯一問題理由になりそうな位か。
『……止めても無駄か。まぁ、朝倉領からの集団脱出としては適当な人数とも言えましょう』
話を振られた義元が痛む額を抑えつつ、仕方なく賛同した。
だが、次の言葉は『街道一の弓取り』に相応しい覇気が乗っていた。
『お主達、勢源殿と帰蝶殿に絶対に迷惑を掛けるなよ? 今川の者が足を引っ張ったと報告を受けたら、彦五郎(氏真)は廃嫡! 他の者も厳罰を与える! その覚悟があるなら行くが良い!』
義元の厳しい条件に思わず怯む一同だが、氏真だけ一瞬『ん? 廃嫡した場合は、織田の人質になっている弟とワシの人質変更になる可能性が!?』と計算が働き、頭を振って邪念を追い出した。
なお史実の一月長得は、今川氏元として元服し、出向の名目で織田家の織田信広の下で、若くして頭角を現しているのは余談である。
『この程度出来ずして今川の跡目が継げましょうや!? 必ずやり遂げて見せましょう』
(上総介様!!(今川氏真) 断って下さいよ!!)
唯一元康だけが嫌がったが、主が行く以上、選択肢は無い。
泣く泣く了承した。
勿論、他の者は文句など無く厳罰覚悟の任務を了承した。
『はぁ……朝倉殿、勢源殿、そう言う訳です。小僧、小娘の面倒をお願いします』
『某は問題ありませぬ。少々若者が多いですがギリギリ避難民として行動出来ましょう。ただ織田殿の淫靡策がありますからな。襲われる事を前提で行きます。宜しいですね?』
『はッ! 問題ありません!』
声が大きいのは何故か女だったのは聞き間違いでは無いだろう。
そんな様子に呆れるやら頼もしいやらで延景が言葉を掛けた。
『勢源が言うなら任せよう。……まぁ確かに、貴殿ら若者の気持ちも分かる。斎藤殿は不思議な魅力をお持ちだ。しっかり勉強させて頂きなさい』
『はッ! ありがとうございます!』
元気の良いお礼の言葉が響く。(1名だけ絶望の声を発していたが)
こうして勢源一行は吉崎に向かった訳である。
『今川の次代は安泰ですな?』
彼らを見送った延景が義元に聞いた。
『……そう思う時もあれば、不安に感じる時がありますな』
義元は頭を抱えたかったが、確かに帰蝶と共に戦場を経験させるメリットも大きいし、今川だけが吉崎に行かないのも体裁が悪いのも理解しているので、この判断は間違っていない。
間違っていないはずだ。
絶対正しい――
義元の苦悩に、延景も同調するべきか、悩むべきか迷ったが、もう送り出した後だ。
結果が伴う事を祈るのであった。
こうして朝倉本陣から旅立つ一行。
結局、勢源一行が吉崎に辿り着くまでに、3回襲撃があったが、全て場当たり的、稚拙、欲望丸出しで、男達が手助けせずとも、問題無く処理して辿り着き、吉崎御坊での帰蝶と一揆勢の小競り合いを察知し、背後から奇襲を掛けて到着したのである。
【越前国/吉崎御坊】
勢源ら合流後も、七里頼周暗殺を狙った襲撃や、性欲に狂った者が何度か押し寄せたが。保護している民の援護も必要無い楽な籠城戦となった。
葵率いる射撃部隊(茜、小平太、新介、涼春、於市、元康)。
帰蝶率いる近接部隊(勢源、直子、長政、氏真、泰朝、於龍、瀬名)。
偵察部隊(吉乃、狐蕾)
以上の布陣で一揆衆を迎え撃ち、朝倉軍の到着を待つ。
ただ、基本的に楽な籠城戦だった。
統率の取れていない一揆衆など、吉崎御坊の特性も併せて17人で十分迎え撃てた。
何なら勢源と帰蝶は、タッグを組んで夜間の『溝』を潰しに行ったついでに訓練までしていた。
勢源は中条流を帰蝶に見せ、稽古のついでに賊を片付けていたのだ。
もう賊は敵として認識されてすら居ない。
殺しても構わぬ、実践として誠に便利な実験台だ。
そんな充実した時が過ぎた頃、一両日中には朝倉軍が到着するとの報が届く。
そんな報告を帰蝶は『えぇ……これからって時に』などと発言し、織田側の文書で『濃姫様は、朝倉軍の到来に安堵した』と記録を改竄させられたのは余談だ。
「いや、別に修業がしたい分けだけじゃ無いのよ!?」
「……そうですね。当然、その通りだと思っておりますよ?」
小平太が大仰に頷く。
「減らせる戦力は減らしておくべきでしょう?」
「……そうですね。当然、その通りだと思っておりますよ?」
新介が大仰に頷く。
「ッ!! (コイツら! 本当にそのつもりなのに!! そりゃまぁ、ついでに修練を積んでも仕方ないでしょう!? 殿の言葉を思えば出撃は当然よ!?)」
帰蝶は心中で文句を垂れながら、信長達を出迎えた。
【越前国/吉崎御坊】
「出迎えご苦労……で良いのかな?」
延景が、妙な様子の出迎えに戸惑う。
何か異様に充実感に満たされた帰蝶達を見て、出迎えに並ぶ面々が、(元康を除いて)艶やかな顔をしている。
「よ、良いと思います。誰も欠けていませんしな」
義元も同意する。
「そうですな《まさか『もっと遅くても良かったのに』とか言わんだろうな!?》」
信長も同意するが、帰蝶には念の為に聞いてみた。
「お待ちしておりました。こちらは無事、七里殿と下間殿を守りきり任務達成でございます《……言いませんよ~ハハハ~》」
完璧な嘘の返答が帰ってきて信長も一安心だ。
「《まぁ良い。結果を残したのは見事と言っておこう》さて、吉崎御坊の内部に通される前に言わねばならぬ事がある。まずはそれを聞いて欲しい。これは朝倉殿、今川殿も同意していらっしゃる事だ」
その内容は、ある意味、予感があった事なので殊更驚く事は無かったが、それでも強烈な意思が籠った言葉だった。
「以前から『北陸は無駄な血を流し過ぎた』と皆が言う。ワシもどこかで言ったかも知れんが、本心は違う。皆、根本的に間違っておる。流れる血に無駄なモノなど無いのだ」
信長は断固として言った。
3回目に悟ったのか、最初からその様な認識なのかは分からないが、物騒な事を断言する。
「血を流し続けた先に道が開かれるのだ。80年だろうが100年だろうが、自ら気付くまで血を流すしか無い。何なら心底後悔するまで血は流してもらう」
信長の狙いは、究極のショック療法とでも言うべきか。
基本的な特徴として、日本人は、何でもかんでも『やり過ぎる』のが特徴だ。
刀剣類から食料や調理、テクノロジー、ゲームやアニメなど変態的な発展で我が道を行く。
その『やり過ぎる』日本人は、強烈なショックに対しても、極端な反応を示す民族だ。
破滅するまで突き進み大失敗した後の反省は、極端でやり過ぎな反省が多い。
例えば、第二次世界大戦の反省から、軍を放棄した。
バブルの崩壊から景気の恐ろしさを学び、景気が回復する事を願いつつも、決して実現はしない。
史実の信長が徹底的に宗教と戦い、日本人は宗教アレルギーを植え付けられ(一部大問題もあるが)世界有数の宗教鈍感国となった。
他にも様々に、そんな現象が見て取れる。
この歴史でも、宗教に対する信長の方針は変わらない。
宗教が、分別を弁えるまで戦うだけだ。
その時、流れる血など全く考慮しない。
「無論、流す血が少ないに越した事は無いし、無駄に無辜の民を殺す必要も無い。だが、この未曾有の戦乱期、北陸だけが特別血を流している訳でも無い。日ノ本全員が血反吐を吐いた後悔の先に平和は作り上げられるのだ。だが、流血はワシの天下統一をもって終わらせる」
日本人は言霊に呪われたせいか、祈りで平和を願うのが伝統民族でもある。
だが戦時は当然、平時であっても、やるべき事は行動であって祈りでは無い。
宗教が絶対の世界でそれを理解しているのは、信長を含めごく数人。
力を持たざる者が平和を祈るのは、ある意味仕方ないが、力を持つ者、持つべき者は行動こそが使命だ。
決して祈りでは無いのだ。
この戦国時代は、過去の力がある者、力を持つべき者が、力を放棄し連綿と祈って来た末の戦国時代。
だが、この戦国時代は、この祈りを破壊し是正する絶好の機会にして最後の機会、かも知れないのだ。
だから、真に力の使い方を知る者が、正しく力を行使し、血の平和を作り上げるのだ。
力の加護無くして平和無し。
それが信長の方針である。
「その上でワシは屍山血河の上に国を作る! 戦って勝ち取った平和の下に、大量の血が流れた後悔の歴史を忘れてはならぬのだ!」
戦いは北陸だが、見ているのは日ノ本全体の信長の覚悟だった。
大量出血のショック療法で平和に転じさせる。
「……だから誰であろうと遠慮するな。淫靡策に掛かった者の流す血は貴重な土台となるのだ」
信長は、それが己に与えられた使命だと言わんばかりに断言した。
(第六天魔王とか過激な性格だったとか未来で聞いたけど、あながち間違ってはいない様で、やっぱり違うわね。覚悟の話なんだわ)
犠牲を厭わない。
帰蝶は信長の言葉をそう読み取った。
犠牲に躊躇する段階は、とうに過ぎ去った時代なのだ
(『喉元過ぎれば熱さを忘れる』とも言うし、流れる血から目を背けてはダメ。飲み込むつもりでないと!)
帰蝶も為政者となった身だ。
夫の信長の壮絶な覚悟に触発されつつ、これからも己が手で出血させる者達を背負う覚悟を持つのであった。




