外伝55話 安息の4月1日
4月1日ですね!
1年経過するのが早い!
外伝55~57話の3部作です。
外伝55話からご覧ください。
【1563年 4月1日 岐阜城(史実名:安土城) 織田家】
4月とは言え、まだ肌寒いこの時期。
城の大広間で、2人の男女が訝しんでいた。
「さて、ついに年に一度のこの日が来た訳じゃが……。何かおかしいな」
「そうですね……。この日は何か恒例行事があった気がしてなりません」
男の呟きに、女が相槌を打った。
男の名前は織田信長。
女の名前は斎藤帰蝶。
2人は、何が起きても対応出来る様に、甲冑も兜以外は身に付け臨戦態勢だ。
武器もありったけ取り揃え、刀100振、長巻100振、槍100本、薙刀100本、弓20張に矢は1000本。
ついでに焙烙玉も昨日、つまり3月31日に思い出した様に作成し、100発分を揃えた。
おまけに、発射準備が完了した火縄銃は100丁を超え、お陰で広間は火縄の延焼で発する煙が充満している。
この煙のお陰で、小姓も側近も虫すら近寄れない。
ただ、近寄れないのは煙だけが原因ではなく、信長の『近寄るな』との厳命があったからだ。
『明日、つまり4月1日じゃが、いかなる用事も非常事態であっても、ワシ等の居る広間に侵入する事を禁ずる。入ったら誰であろうと討ち取る。良いな?』
ここまで武装して、乱入して来るなら、自殺志願者として処理すると家臣には厳命した。
だが、そこまで準備したのに何も起き無い。
「何故何も起きん!? 何故か……何故か、今日は絶対良く無い事が起きる気がしてならんのに! その理由を上手く説明出来んのがもどかしいが……」
「私も同じです。今日だけは何が起きても不思議では無い気がしてならないのです。何故だか分かりませんが……」
「う〜む?」
「う〜ん?」
2人は理由も根拠も断定出来ないが、何らかの危機に身構えずにはいられない。
『4月1日だけは、どう言う訳か猛烈に縁起が悪い――気がしてならない』
宗教が絶対の世界であって、転生したお陰で信仰は当然、縁起やら意味不明の仕来りなどからは解放された2人なのに、この日だけは不安感が拭えない。
「……笑わずに聞けよ? 今日が4月1日だけでも不吉じゃが、もし『4月1日が天正10年6月2日だった場合』最悪な事が起きている気がするのじゃ。いや? よくよく考えると、ワシら以外が何かおかしな事になっとる場合もあった様な……?」
信長は極めて意味不明な事を言う。
その中でも、4月1日で天正10年6月2日が重なると最悪だと。
日付が重なる瞬間などあり得ない。
一応、日付が変わる瞬間、例えば右足を昨日の位置、左足を今日の位置にすれば、2日同時に存在する瞬間を作る事は出来るが、出来た所で『だから何だ』な話である。
しかも今問題にしているのは、2ヵ月近く離れた日が、同日に訪れる場合の想定だ。
そんなのは絶対にあり得ない。
宇宙の法則が乱れたとしてもあり得ない。
こんな事を口に出したら『ボケた』か『乱心』かのどちらかの扱いだ。
そんなのは信長とて百も承知だが、帰蝶は否定しなかった。
「笑いません。実は私も同じ事を感じていました。この日は何故か、動く鋼鉄の巨人に乗って戦ったり(外伝9話)、異世界転生者が大挙して押し寄せたり(外伝10話)、漢字違いの別人が居たり(外伝20話)、凄まじい兵器で大軍を相手にしたり(外伝25話)、殿と死闘を演じたり(外伝26話)、玉を投げ込んで棒を持つ者を討ち取ったり(外伝33話)、生物汚染災害に直面したり(外伝47話)、はたまた三好長慶殿の家臣として天下を統一した(外伝49話)気がするんです……」
「於濃もか!? ワシも全く同じ経験をした……気がしてならん! なら何故、今日は何も起きぬ? いや、起きぬに越した事は無いのじゃが……!」
「もどかしいですね……! 昨日、急に思い出したこの記憶は一体何なんでしょう?」
「分からん。本当に分からんが、我らは転生者。これが良からぬ効果を発揮しとるのかも知れぬな……」
「そうですね。他人との違いは、もうソコしかありません……」
結局2人は日付が変わる深夜まで警戒を続け、結局眠気に負けて、武器を握り甲冑を着込んだまま寝てしまった。
特に何か異変が起きる事も無く杞憂に終わり、家臣達に少々不審がられただけで済んだ。
そんな訳で、今年のエイプリルフールは不発に終わったのであった。
めでたしめでたし――
――などと言う事は無く、信長達も知らぬ所で大変な事が起きていた。
【5次元空間/時間樹】
今、5次元空間は大変な事になっていた。
ファラージャが5次元空間に到達して以来、信長、帰蝶を始め、織田信秀、斎藤道三、太原雪斎、朝倉宗滴、斎藤義龍、稲葉深芳野を復活させて来た。
人類の5次元空間到達も、そこを利用した魂の召喚も、時間を無視した活動も、この場で行う事は大きな事から小さな事まで史上初のオンパレードである。
だが、ファラージャも5次元空間の全てを解き明かしていない。
それが誤算だった。
とりあえず使える機能だけを使っていた機械に、とんでもないバグが潜んでいたかの如く、予想外の事故ならぬ事象が発生した。
≪ファファファ! 貴様ら大層面白い事をしているそうじゃないか?≫
大量の雷を鳴り響かせる魂が、愉快そうに話す。
≪何と歴史を作り変えるとはな。大胆な発想よ! 流石にその発想は無かったわ!≫
周囲に飛び交う生首を従える武者が、感心した様に話す。
≪ホホホ。私にもその発想と技術があればのう。後白河や鳥羽にもっと直接的に裁きが起こせたであろうにのう≫
愉悦に笑いながらも、血の涙を流しつつ、流した血涙が足元に落ちる前に竜巻の如く巻き上げる男が呪詛の籠った声で空間を震わせながら話す。
「貴方達は誰!?」
≪誰とな? フフフ。散々『信長Take3』の中でも登場して来たのに酷い言い草じゃのう?≫
「登場!? そう言われても見た事がありません!」
血涙の竜巻、放電の嵐、生首の乱舞。
この小説のジャンルは異世界ファンタジーでは無い。
ファラージャもこんな人物や怪異は、未来にも戦国時代にも見た事は無いのも当然だ。
≪崇徳帝。それは仕方あるまいて。あくまで我らの登場は主に地の文≫
≪そうですぞ。直接名前がセリフとして出たのは、精々73話と外伝49話位ですかな?≫
(何か妙な事を口走っているけど……ストクテー? 得体は知れないけど……でも本物の迫力だわ!)
訳の分からない言葉を並び立てる怪現象の主達。
思考や言動に不明瞭で意味不明な言葉が散らばるが、醸し出す迫力だけは本物なので、全く無視出来る存在では無い事をファラージャは理解した。
≪ホホホ。余とした事がこれは失敬。まぁ良かろう。怨霊となっても名乗るのは礼儀よな≫
(怨霊!? まさか!?)
ファラージャは眼前の怨霊と名乗る魂に、思い当たる節があった。
以前信長達と怨霊について話した事がある。(73話参照)
≪余の諱は顕仁。諡は、忌々しくも『崇』に『徳』を授けられた崇徳じゃ≫
(やっぱり……!!)
古来より、『諡』に『徳』を付けられるのは屈辱の証。
諡とは『この様な人だった』と死者に贈る名前。
そんな中『徳』を与えられた皇族は、碌な死に方や人生を送っていない。
つまり、不幸な死に方をしたら『徳』を付けて、『貴方は徳あふれる人でした』と慰霊をしている証拠なのだ。
怨霊化を防ぐ為に。
しかし、事情を知っている人からすれば、『徳』の字は極めて屈辱なのである。
そんな中、極めて不幸な人生を送ったのに『徳』の字を回避した例外もいる。
それは後醍醐天皇で、鎌倉武家政権を倒すも建武の新政に失敗し、足利尊氏にボコボコにやられ三種の神器も没収され(偽物とされる)吉野に逃げた後、朝廷を開設し南北朝時代の始まりとなる。
これだけの不幸、不運、不遇なのに『徳』は授けられなかった。
諡に『徳』を付けるべきではないかと議論もされたが、結局『後醍醐』となった。
これは自ら諡には『醍醐天皇の様に逆境を跳ね返したいから後醍醐』と願った例外だからだ。
その願いを叶える事が後醍醐天皇に対する怨霊化阻止の方法だと判断された。
≪まぁ、今ではこの『崇徳』は気に入っておる。恨みを晴らすにこれ程相応しい名は無かろうて! ファハハハハッ!≫
≪ワシは平将門。崇徳帝よりはマシじゃが、腐った朝廷を潰し政治を正す野望が潰えた恨みは忘れておらぬ! 朝廷の人間をこの生首の仲間に加えるまで我が恨みは晴れぬ!≫
武家の待遇改善を目指し、天皇家に対抗し新皇を名乗った平将門。
朝敵となり反乱に敗れ、資料上に残る史上初の『獄門』、いわゆる『さらし首』の刑に処された。
その首塚は現代でも丁重に祀られ、移動を計画すれば不審な事故が多発する程に強力な怨霊となった。
≪我は藤原にハメられ無実の罪で大宰府に流された菅原道真。雷神の化身として有名らしいのう。民衆の恐怖心のお陰で雷を操れる様になったわ。ククク!≫
優秀な政治家で歌人だったが、藤原氏の政治的謀略で大宰府に流された菅原道真。
配流先では衣食住もままならず、最大限に苦しみを与える死刑同然の流罪の果てに雷の化身となった。
その死後に敵を次々と葬り、極め付けには天皇の住まう清涼殿に雷撃を見舞わせ、大量の死傷者を作り出した。
ちなみに、その道真の怨霊鎮魂に取り掛かったのが、先に出た醍醐天皇だが、結局心労が祟って病死した。
つまり現れたのは、暗黒方面に輝かしい経歴を持つ菅原道真、平将門、崇徳天皇の三名、いや、日本最強の三大怨霊の魂だった。
「崇徳天皇! 平将門! 菅原道真! 日本最強の三大怨霊!? 呼び出しても居ないのに何で……!? 一体何の用なの!?」
ファラージャが果敢にも訪ねつつ、この異常事態に頭をフル回転させていた。
(魂を呼び出すには肉体が必要! 今まで復活させた人達は、全員遺伝子情報を得たから復活出来た訳であって、幾ら有名でも遺伝子情報が無い人間の魂を呼び出す事は出来ない……ハズ! だって、肉体を用意して、初めて5次元に揺蕩う魂とリンクし呼び出す事が出来るのだから!)
それなのに、崇徳天皇、平将門、菅原道真は肉体が無いまま、平然と5次元空間に顕現している。
こんな事はあり得ない。
しかも、よりによってこの3人。
厄介極まりない魂の筆頭格だ。
≪フッ。理解出来ぬのも仕方ない≫
≪そうですな。我らとて伊達に『日本三大怨霊』などとは呼ばれておらぬと言う事よ≫
≪そう! 全ては恨みの力なのだよ!≫
崇徳天皇達はファラージャの思考でも読み取ったのか、顕現した理由を答えた。
やはり、強烈な恨みな余り、自力で5次元空間に復活したのだ。
但し、復活出来たのはある意味ファラージャのお陰でもある。
これはファラージャ達が、5次元空間や時間樹に干渉した事も原因だからだ。
この空間で何人かの魂を呼び出した結果を、ここにいる魂達は見ていた。
揺蕩う魂が急速に意思を宿し始めるのを見た。
あり得ない例外をファラージャが作ったお陰で、ある意味、『魂の目覚めへの道』が作られたのだ。
だが、それでも大多数の魂はそのまま眠りについた。
未練が無い魂は当然、多少の未練であっても魂の安息には逆らえない。
肉体からの解放と言う快感に抗えない。
これは俗な言い方をするなら、大多数の魂は睡眠欲に逆らえない状態と同じ。
肉体を用意して思う存分寝た後でも無ければ、起きる事など不可能だ。
しかし、僅か少数の魂は、己の使命を思い出した。
思い出してしまった。
即ち、憎悪の余り安らかに眠れぬ魂が、自力で顕現を果たしたのだ。
但し、自力と言っても並大抵の魂では5次元空間で活動など出来ない。
三大怨霊の力を以てして、ようやくこじ開けた扉なのだ。
「な、何を企んでいるの!?」
そんな驚愕の異常事態に、ファラージャはあらゆる手立てを計算しつつ、怨霊に向かって問い返した。
≪そう警戒せずとも良いぞ? なぁに、其方等に恨みは無い。むしろ朝廷を潰そうとしている三好某や織田某には密かに応援している位じゃ。そのさぽぉとをするお主等を恨んでも何ら益は無い。ホホホ!≫
崇徳帝が愉快そうに笑って言った。
笑い声に限った話では無いが、彼らの声は反射する物体など無い5次元空間で乱反射し、異常に不気味で聞き取り辛い。
「では、危害を加えるつもりは無いと?」
≪無い。むしろ、力を貸して欲しいと思っておる位じゃて≫
「力? 貸すとは一体……?」
確かに三好長慶も織田信長も、手法はともかく朝廷を滅ぼす為に動いている。
そこに力添えをしてくれるのなら有難いかも知れないが、何か有難迷惑になりそうな気がしてならないとファラージャは思ってしまった。
だが彼らの要求はそんな事では無かった。
≪この時間樹、強く念じればその時代に転生出来るのだろう?≫
≪じゃが、何度試しても転生出来なくてな?≫
≪何か魂を跳ね返す防壁が張られておるのじゃ。これを突破したい≫
「防壁……!」
ファラージャはこの『防壁』に心当たりがあった。
この5次元空間で強く自分が存在した時代を思えば、簡単に転生出来てしまう。
かつて信長が、一人で勝手にフライングして転生してしまった事故がある。(4話参照)
そんなヒヤリハットを防ぐ為に、ファラージャは即座に対策を取った。
『フーティエ! ソウルシールド展開準備! 目標は時間樹よ!』
『はい。時間樹にソウルシールドを展開します。ダークマターアクシオンエネルギーを抽出。シールドに変換します』
フーティエが機能をフル稼働し、膨大な時間樹の端から端までシールドを張る。
これで、ここに何れ復活させる予定の歴史の人物による、うっかり転生事故は発生しない。
『ソウルシールド展開ヨシ!』
ファラージャは古来より伝わるポーズで伝説の指差呼称を行い、安全確認をする。
勿論、古のポーズとは、例のヘルメットを被った猫なのは言うまでも無い。
このシールドのお陰で信秀や道三達が、5次元空間で各々が生きた時代に思いを馳せても、時間樹に吸い込まれたりはしないで済んでいる。
ただ、シールドを限定的に解除して転生させられない事も無いが、そもそも現状では、信長達のサポートで手一杯なのだ。
せっかくなら全員の人生をやり直させてあげたくもあるが、まずは彼らの経験と叡智で信長達のサポートに専念して欲しい。
その上で、未来改編達成した後のご褒美としての転生だったら、何とかなるだろう。
その時には、信長と帰蝶にもサポートを手伝ってもらえる。
それまでは、転生事故を発生させない為のシールドなのだが、そのシールドが崇徳天皇達には邪魔らしい。
「……結論から言うと、防壁を取り除く事は出来ます。でも出来ません。私の管理も手一杯ですし、何より記録係にして作者松岡の執筆時間も足りません! 良いのですか!? 転生を果たし、仮に結果を残したとしても、それを表現記録する者が居なければ、貴方達の活躍は後世に伝わりませんよ!?」
≪ぬぅ。それは困るな≫
≪確かに。後世に結果が伝わってこそ恨みが晴らせると言うもの。現世に残る資料など信頼出来んしな≫
≪では提案じゃ。我等はこの怨霊の力を持ったまま転生出来る。ならば、朝廷、天皇の血筋と藤原一族を滅ぼすのは一瞬じゃて。翻ってみよ。現状、本編185話、外伝54話に、エピソード数では366も投稿し、文字数はこの話投稿前の時点で約222万字書いて、まだ全体の半分も到達していない『信長Take3』なぞさっさと打ち切って、我らの物語の執筆をすれば良いのではないか?≫
≪それは良き考え。これはファラージャ殿にとっても良い話じゃそ? 信長が生まれる遥か前から朝廷を潰すのじゃ≫
≪これがどう言う事か理解出来るかな? 未来において絶対に『信長教』など発生しないのだよ≫
≪おまけに、我らの霊力は行使すれば、この物語は最早歴史ジャンルに非ず。人気ジャンル異世界ファンタジーに該当するじゃろう。ワシらを主人公にすれば、ちっともランキング入りしない『信長Take3』より、絶対にヒットする可能性は高かろうて! どうじゃ?≫
「ウグ……ッ!! た、確かに……!」
そんな誘惑の言葉に、ファラージャは心が動いてしまった。
外伝56話に続きます。




