外伝51話 太原『信長教1』雪斎
コミカライズ記念……と言う訳でも無いですが、今回の話は信長Take3の第1章に入れようとして断念した物を再構築したものです。
断念した理由は、『未来設定はさっさと駆け抜けて戦国時代に行きたかった』からです。
それを改めて再構築して投稿します。
戦国時代から1億年までに至る間に何があったのか?
全てを明かせる訳では無いですが、ある程度の流れがあって信長Take2、信長Take3が始まっていると思って頂けたら幸いです。
【宇宙/ファラージャ研究室】
「ふ~~~む? う~~~ん?」
先程から一人唸っているのは太原雪斎。
雪斎は1億年後に復活し、宗教の限界を知った今、元僧侶としての視点から宗教と歴史を研究していた。
1億年後の今に至る、宗教の暴走の極致。
戦国時代から1億年に至る宗教と戦争史を調べれば調べる程、頭痛が激しくなる問題と歴史だったが、特に『とある問題』が雪斎には納得出来なかった。
『信長教の成立は、信長が本能寺で討ち死にした事が原因である』(3話参照)
1億年後の今現在、この学説が支配的であるが、雪斎はこの学説に疑いを持っていた。
「例えば、織田殿の天下布武が完遂し、その偉業を称えたり、思想を改めて受け継ぎ信長教が勃興したのなら理解出来る。しかし本能寺で討ち死にしたから勃興したとはどう言う事だ? 織田殿には悪いが失敗した人間を手本や神とする宗教が成立するものなのか?」
この疑問が、雪斎はどうしても納得出来なかった。
ただ、疑問に思い納得出来ずとも、成立してしまった事実は覆らない。
教義も信長教の基本思想に対し、家臣の名を関した宗派の柴田派、丹羽派、滝川派などが争っているが、別に信長は当然、柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益らの思想には1ミリも関係無い宗派の教えで争っている。
ついでに『信長教』に記載されている信長の思想も、直接信長と関わりがあった雪斎からしたら、全く意味不明な内容だ。
何せ、『信長こそが絶対神』として崇められている。
それなのに、何についての神なのかも、イマイチ分からない。
これは宗派の主張が違い過ぎて、共通項が少ないのが原因だ。
教義も各宗派で要約すれば『慈愛』『再生』『規律』『闘争』『慈悲』『調和』などなどなど……。
これらが宗派によって単体であったり複合したり、相反したりで、解釈が難し過ぎる。
雪斎もどこから調べたら良いのか分からなかったが、時間は無限にあるので地道に取り掛かった。
雪斎はファラージャ特製の、埃以下サイズのマシンを操作して各地の宗派の説法に潜入したが、その説法も、例えば信長が、慈悲なら慈悲の神であるのは良いとして(?)何故、どんな功績で、どんな奇跡で、どう言う理屈や悟りで慈悲なのか、全く理解出来ない。
『信長神は慈悲の神! 慈悲の神なのです!』
例えば、『慈悲』を信長教の教義としているならば、多少言葉は違えど、説法はこの繰り返しだ。
まるで現代の選挙カーの如く、重要な事が抜けている。
選挙カーは移動しているから名前の連呼も仕方ない部分があるが、説法で『信長は慈悲』を連呼されても何も心に響かない。
何故『慈悲』なのか全く説明が無いからだ。
何もかも異常事態だが、この時代の人間は、ファラージャ以外、誰も異常事態を異常に思っていない。
だが信者の信心は熱狂的だ。
戦国時代の一向宗に勝るとも劣らない。
まるでコンサート会場の如くだ。
(これなら一向宗の説法の方がマシ所の話では無い! 何だこれは!?)
そんな勢いのまま、宗派争いしている。
こんなザマでは、あちこちで宗派争いが起きて被害甚大なのだけは納得出来た。
雪斎はマシンを操作し、説法会場を後にした。
収穫が無い事が収穫で次の場所に向かう時、あちこちで墓標だらけの広場を見付け、映像越しではあるが手を合わせて祈った。
この世界ではとうに滅んだ邪教認定の念仏だが、雪斎は念仏を済ませると、次の場所へ向かうのであった。
【地球/小等教育養成所】
(どうやら元服前の教育らしいが……これが教育……か……!?)
雪斎がマシン越しに除いているのは、現在で例えるなら小学校低学年向けの教育現場だ。
その教育は徹底されていた。
例えば、語学、科学、算術、身体強化から軍事教育もあるが、そんな普通の科目にもそこはかとなく、宗教の教えを混ぜ、或いは他宗派を貶めている。
『柴田派の太郎君は100織をもって買い物に行きましたが、50織足りず恥をかきました。柴田派のうつけな太郎君が欲しかった物の値段は幾らでしょうか?』(織=通貨単位)
教育のレベルは低学年向けとしては妥当だが、とにかく幼い頃から徹底的に他宗派を蔑む教育が紛れ込んでいる。
『150織です!』
『ハイ正解! 実はこの問題のエピソードは信長神の由来から作られた問題なんですよ。柴田勝家が50織足りず泣いていた所に信長神が通りかかり、慈悲の心で50織、自らの懐から出して差し上げたのです』
(成程? 理解力の低い幼少期から、こうやって刷り込んでおるのか)
これが年齢を重ねて高レベルの教育となると、信長の歴史と教義について学ぶ機会が設けられるが、信長の人生を知っている雪斎が、首を傾げて一回転する程に、意味不明な内容だった。
【地球/中等教育養成所】
「信長公はここで敵を一網打尽に出来ると気が付いた訳です」
空間に映し出された桶狭間―――らしき場所。
山の谷間で雨の中ドンチャン騒ぎをする今川軍。
その中で、ひと際デップリと太り、短足で過剰にも程がある白化粧の男が、酒を飲みながら大笑いしている。
そんな男の周囲の重臣らしき者達も、酒に酔って遊び惚けている。
格好は中々に酷いが、こんなド派手な甲冑で動けるのかどうか、しかも防御に穴がある鎧としての機能が疑わしいデザインの甲冑だ。
ともかく、そんな眩暈のする甲冑だが、今川軍の将兵はほぼ全員甲冑を脱ぎ捨てて、これから戦なのに、戦勝後の様な乱痴気騒ぎだ。
(あ……あの白塗りの者が、殿……!?)
戦国時代における白塗りお歯黒は、一種のステータス。
輿にしても乗るのを許された家格である証拠。
当時の信長では乗りたくても乗れない。
現代で例えれば、信長が原付バイクしか乗れないのに対し、義元は超高級車に乗っているイメージだ。
これは当時の最新の流行にして、身分と実力を兼ね備えた者しか許されない証拠。
ただ、化粧に関しては戦場で雨や汗で化粧が崩れては面倒なので、戦場では当然ノーメイクだし、駿河に居る時でも、公家との会談がある時のみ。
常に白塗りで居た訳ではないし、Take3の現在では信長に負けた時以来、輿も化粧も辞めた。
ただ、雪斎が見学している世界の歴史はTake3ではなく、Take1の歴史の延長なので義元が敗者として貶められるのはある意味仕方ない。
仕方ないが、コレはひど過ぎる。
(もう、怨霊の概念は無くなったのであろうか?)
そう感じざるを得ない、義元に対する度を越した辱めであった。
一方、山の頂上で、今川義元軍を睨み付ける、異常に美化された信長が刀を抜き放ち天に掲げた後に、落雷が刀に落ちた。
普通なら落雷による感電死だが、何故か雷は刀だけに帯電する。
まるで信長が雷を操ったが如くだ。
そんな信長がそのまま振り下ろした。
(一網打尽って、ま、まさか……!?)
一方、講師はここが山場と理解している様で、唾をとばし血管を浮き上がらせ、絶叫実況が如く説明する。
『信長公が刀を掲げ前方に向けて振るッ! すると刀から放たれた雷撃が地割れを引き起こし、今川の大軍が飲み込まれ全滅したのですッ!!』
映像には、一瞬の義元の顔のアップが映し出され、生徒達がクスクスと笑う。
その嘲笑の対象たる義元は、手足を平泳ぎの如く懸命に動かしながら地割れに飲み込まれていった。
(雷を操る!? 諸葛亮の風操作のオマージュか!?)
三国志の諸葛亮は赤壁の戦にて、祈祷で風を操り魏軍撃退に貢献した。
たかだか現代から2000年前の歴史でこの有様なのだから、1億年経過すれば偉人や神は天候など操れて当然だ。
『哀れ、無法にも織田領に不法観光に向かった今川軍は、雷を操った信長神に一夜にして消滅させられたのですッ!!』
(一網打尽とはそう言う意味なのか!? 今のが桶狭間の戦いの教育か!?)
何もかも酷い有様だが、生徒も講師も真剣だ。
鬼気迫る講義と言うか説法と言うか、マインドコントロールも併用しているのだろう。
居眠りする生徒など居ないし、講義についていけない生徒もいない。
雪斎は偵察マシンで抗議の内容を聞いて吐き気を催した。
雪斎も、史実の桶狭間の前には既に死んでいるので、真実の桶狭間は知らない。
だが、これは無い。
雪斎の最高傑作たる今川義元が、谷間の狭間と言う圧倒的に不利な場所で陣を構えるのは自殺行為だと理解出来ぬハズが無い。
敵の急襲や、雨なら土砂崩れに巻き込まれる恐れもあるから、通過はともかく、留まる場所では無いと口酸っぱく、耳にタコが出来るまで教育してきた。
そんな当たり前のセオリーを完全無視した行軍で、他国に侵略仕掛けて酒盛りするのもあり得ないし、行軍中にこんな油断もあり得ないし、甲冑脱ぎ捨てて乱痴気騒ぎとは間抜けにも程がある。
(それに信長殿の攻撃! モーゼとやらのエピソードが混ざっとらんか!?)
モーゼのエピソード。
言うまでもなく、追い詰められ絶体絶命のモーゼ率いる民が、モーゼの奇跡で海を割り逃走に成功したエピソードだ。
仏教も、日本古来の神と融合して来た歴史がある。
他の神話も大なり小なり、様々な神話が融合して現在に至っている。
これは仕方ない事象でもある。
口伝や書物で伝わる内に、時々の時世や権力者の意向が反映されてしまうものだ。
或いは学者の新説はともかく珍説が支持されたり、酷いと功績がすり替わったりもする。
ならば一億年も経過すれば、真実など捻じ曲がり過ぎて訳が分からないのも仕方ないが、それにしても酷過ぎる桶狭間の戦いだ。
信長一人で今川軍を倒した事になってしまっている。
まさしく『あいつ一人で良いんじゃないかな?』状態だ。
(殿は、不人気殿堂入りだったと聞いたが、この有様では、そりゃ仕方ない……哀れな……)
雪斎は目頭を押さえ涙を拭った。
「所で、何故一撃で今川軍を葬ったのか、もう分ってますね?」
「はい! 慈悲の心です! 無用な戦が長引けば周囲にも兵にも被害が及びます。慈悲の心で一撃で葬ったのです!」
「その通り! よく勉強していますね! 君は将来丹羽派に必要な人材になれるでしょう!」
講師のその言葉に、答えを言った生徒は顔を輝かし、他の生徒は『次は負けてなるものか』と異常なまでの執念を燃やす。
勉強をサボると言う概念も無いのだろう。
あるのは『いかに誰よりも信長神を理解するか』だけだ。
(氏真様や元康殿は、よくワシの講義をサボったり逃げ出したりしていたが、アレの方が人として正しい……い、いや、正しくは無いのだろうが、それにしても、この光景は不気味すぎる……!)
脱落者もいない。
居眠りする者もいない。
サボる者もいない。
皆が皆従順で熱心だ。
雪斎には、この光景が猛烈に気持ち悪くて仕方ない。
礼儀正しく、ちゃんと勉強しているのにだ。
雪斎がそう感じるのには、勿論理由がある。
生徒たちに、肝心の個性が無いのだ。
人間には色んな意見があって然るべき。
しかし、ここの生徒達は、同じ個性を共有しているかの様な、不気味で人間性がまるで感じられないからだ。
(……そうか。皆同じ教育とマインドコントロールを受けているから、説法会場で『慈愛』『慈愛』で済む訳か。説明は教育で済んでいる。後は、皆でその熱意を共有するだけ、と言う事か)
塵も積もれば山となる。
雪斎は経験を重ねた人生があるから疑問を挟む余地があるが、経験のない幼児、児童の内から『これが常識』と植え付けられては、疑う余地のない人間など簡単に量産できる。
(歪んだ教育の賜物と言う事か……。だが、これはもう仕方ない)
狂いに狂った教えだが、もうこれはどうでも良い。
仕方ない。
もう、教える人間も真実を知らないのは間違いない。
だから間違いが間違いを呼び、真実を知らない所か、勝手に歩き出している始末で、止める人は存在しない。
教育委員会に相当する機関も宗派の幹部だ。
是正など期待出来ない。
ある意味徹底した教育の神髄を見た雪斎は、マシンを操作し住宅街へ向かった。
【地球/兵卒集団生活所】
(これが生活か!? 政治が狂っているお陰か!)
ここは末端兵士の家族が生活するエリアにして、高等教育時代の適性検査で体力を高く評価された者が集まるエリア。
家と土地は均等に割り振られ、戦国時代よりは遥かに優れた建物に住んでおり、オートメーション化のお陰か、戦国時代で育った雪斎の目からすれば、生活水準は一見高い様に見える。
だが、エリアの中心部には血生臭い、マシンの画面越しにも腐臭が漂ってきそうなエリアがある。
これは処刑場だ。
異端宗派認定された家族が惨殺される場所。
この殺害方法だけは非常に古典的で、とにかく、苦痛を与え続けつつ、同時に晒し者として異端者の末路を示す。
救いは子供は強制教化施設への収監で済む事か。
だが異端者の大人は容赦無く痛めつけられ殺される。
戦国時代にも苦しめて殺す拷問や戦略もある。
兵糧攻めなどその最たる物だろう。
だが、これは敵だから仕方ない部分もある。
『わ、私は……丹羽派を……裏切っていない……!』
今まさに処刑執行中の者は、朦朧とした意識でそう呟いている。
雪斎にも、これまでの教育現場の査察から、そう簡単に裏切るものが出るとは思えないが、実際にはこうして裏切り者として処刑中の者がいる。
これは一体どういう事か?
雪斎は一つの仮説を立てた。
(……無実の者を定期的に裁いている!?)
雪斎はその様に推測した。
この広場の惨状は年一回の執行程度で出来上がる汚染では無い。
月一回か、下手したらもっと短いスパンで誰かが殺されている。
(この世界の教育で、そんなに異端者が出るものなのか!? そうか! 見せしめと言う事か! あの墓標の数はそう言う事か!?)
この予測は30%程当たっていた。
教育はマインドコントロールそのもの。
あの教育を受けて自派閥を糾弾したり、別派閥に移籍する者など、そうそう現れないだろう。
この処刑には、ある条件がある。
まず働きの悪い者は強制労働施設に送られるが、そこでも成績の悪い者は、その命で宗派の団結力を増す為の生贄になってもらう。
他宗派の人間を捕えれば、これ幸いと処刑執行となるが、処刑期間が長く開けば、使い物にならない人間が生贄になっているのだ。
今、処刑されている人間は、無実だが、労働成績の評価が一番悪かった者。
劣った遺伝子を排除しつつ、宗派の結束も促す一石二鳥の処刑だ。
これが残りの70%の処刑理由だ。
だから墓標に対する判断も違う。
墓標は処刑されず寿命を全うしたか、戦闘で死んだ者。
処刑された者はゴミとして処分され墓標など立たない。
それも間違っていた。
処刑は人権の剥奪も兼ねているのだ。
ペットでも墓標は立つのに、人権を剥奪され処刑された人は、処刑場に打ち捨てられ、定期的に強制労働者が回収に向かい、ゴミと一緒に焼却される。
遺灰も骨も、ゴミと一緒に混ぜられて、リサイクルに回される。
なお、各宗派の人間は『こうなりたくないと』死に物狂いで手柄を挙げようとする、という考えの者はあまり居ない。
あるのは『当然の報い』との蔑む事だけだ。
宗派の役に立たないのだから当然なのだ。
『こうなりたくない』
そう思うのは、自分の首筋が寒い者。
つまり、強制労働施設にいる『処刑対象かも知れない』と考える者だけだ。
そこに入って初めて危機感を覚えるのだ。
それまでは、異端者の捕獲、異端施設の襲撃や無差別攻撃に精を出す。
体力しか取り柄の無い者は、こうやって兵卒卒業を目指し頑張るのである。
一方、科学的知識の才能を持つ者、生産力に優れる者など、いわゆる内政的仕事に関わる者も必死だ。
成果を挙げられなければ、学の無い者と同等の兵卒へと格下げとなり、或いは、余りにも成果、生産成績が悪い者は処刑場送りだ。
頭脳で働く者はは裏を返せば体力が無い者。
適材適所で仕事を振られているだけであって、適材場所から外されたら、遠くない未来死ぬ定めだ。
なお、言うまでも無いが、力も頭脳にも見込みが無い者は、最初から強制労働施設で処刑の順番待ちとなる。
また上層部の政治判断も当たり前の様に狂っている。
自宗派によって得られた繁栄は自宗派の手柄。
これは良い。
だが、他宗派の技術によって得られた繁栄も、宗派上の起源を主張し、争いの火種とする。
これでもまだマシな方で、何なら、わざわざ争いの火種を探し、或いは自ら作り出す。
ちなみに、他宗派との争いの発端となった者は特別手当が支給される。
だから皆、争いのチャンスを伺っている。
なお、当然すぎて言うまでも無いが、宗派に疑問を感じてもアウトだ。
そんな思想がバレたら命があるだけ御の字。
大抵は一族諸共処罰の対象で、強制教化施設に収監される。
ある意味仕方ない部分かも知れないが、これはまだラッキーだ。
何故なら、密告されてもアウトなのだ。
この密告された場合の生還率は20%と低い。
密告が無実であっても、密告される者は何か問題がある者と判断される。
集団生活が出来ない者、他人に迷惑を掛ける者は当然、普段の行動が変なだけでも危険だ。
とにかく不審な行動をしたらアウト。
良くも悪くも和を乱してはならないのだ。
(和を乱してはならない。ここだけは日ノ本の面影がかんじられるな……)
『和を以て貴しとなす』
聖徳太子が残した日本人の基本精神。
要約すれば、『みんな仲良く、争いを避けよう』だ。
この精神が、未来の今は、味方の監視として機能している様に雪斎は感じた。
なお、『和を乱した罪』の判断は宗派の教祖や幹部であり、権威ある歴史学者でもある。
だから最悪、収監施設でも矯正不可能と判断されれば、破壊神明智派として処刑されてしまう。
この時の処刑は異端者の処刑よりも残酷な扱いだ。
この世界で明智派と烙印を押されるのは当然、疑われても一発アウトで救い道は無い。
ある意味、恐怖政治が徹底されて秩序があるとも言える。
だがこれは住宅地や、働く場所での話。
一方、宗派の支配地域が隣接する地域は、地獄そのモノだ。
兵器が発達しすぎて雪斎には理解できない攻撃が繰り広げられているが、射殺や斬殺、爆殺などは戦いの規模に反して、その手の死因が原因の犠牲者は少ない。
この時代、戦いは殺し合いでは無く、捕獲し合いである。
捕獲した人間を異端者として、後で指揮高揚と宗派の戦果として惨たらしく殺すのだ。
(武器の類は意味不明で理解が及ばぬが、処刑の類は1億年経過しても変わらんのだな)
捕獲攻撃は雪斎もまるで理解できないテクノロジーだが、処刑方法は理解できる。
磔、串刺し、火刑、牛引きなど見た事あるモノばかり。
(処刑場があんなに凄惨な現場なのは、捕虜の処刑もあの場だからか。成程な。正義の執行こそが、人の最も残酷な瞬間か……。これだけは1億経過しても不変か……)
この世界は、血で血を洗う世界。
処刑場は、役立たずと捕獲した異端者の血で出出来上がった醜悪な歪み。
生活は高水準なのに、処刑がなまじ原始的な分、余計に流血が際立っているのだ。
これは信長リスペクト(?)でもある。
5000万年前、1億年前から続く伝統として伝わる由緒正しい処刑方法なのだ。
確かに処刑方法は1億年前にも存在した。
だがリスペクトは大間違いにも程がある。
誰が好んで捕らえた者を処刑にするのか?
そんな事をするのは戦略的に有効な場合だけか、余程の重犯罪者だけだ。
(これはもう、誰もが閲覧出来る所に真実はあるまい。ならば……やはり安土神殿か。しかしこれは拙僧だけではどうにもならんな。ファラージャ殿の手を借りるしかあるまい)
【宇宙/研究室】
マシンを研究所に帰還させた雪斎は、気分が悪くなったのかイスを倒して横になった。
椅子といってもソファーや事務椅子でも、パワードスーツ系の椅子でも無い。
姿勢に合わせて空気を丁度良い加減で固める、自動で個人の背格好に合わさる究極の椅子だ。
「このイスの技術を地球に持ち込んだら、幹部待遇か、嫉まれ処刑かどちらだろうな?」
「まぁ……処刑でしょうね」
「ファラージャ殿!」
今のこの世界と、ファラージャ個人の技術力は、比べるのもおこがましい技術レベルの差がある。
1億年後の世界とは言え、地球は紛争ばかりで技術の衰退が著しい。
著しいが、戦国時代や2000年代に生きる我々では足元にも及ばない技術が1億年後にはあるが、ファラージャは個人で1億年後も圧倒してしまっている。
ファラージャがやろうと思えば、地球を統一征服する事も出来る。
出来るがやらない。
例えば人類に配慮すれば必ず宗教にも配慮しなければならず、遠からず二の舞を演じてしまうし、別の方法として配慮を完全排除した徹底管理も出来るが、もうそれは生物として死んだも同然の世界だ。
「色々見分なさった様ですね」
「はい。驚くやら呆れるやら、眩暈も通り越して感心してしまいました。ただ、何故こうなったのかが全く分かりません。そこで、これは予想ですが、歎異抄が本願寺に秘匿されていた様に、安土神殿に秘匿された何かがあるのでは?」
雪斎は己の感想と推理を披露した。
もう歴史は繰り返すのは何となく察している。
ならば、真実は安土神殿にしか無いと看破したのだ。
「お察しの通り、安土神殿には『信長教』の真実が書かれた書物があります。即ち『信長公記』の原本の写しや、この世界の成り立ちなどが記されていますが、これは一切データ化されていないので、直接目で見る以外の手段で確認は出来ません。それに今は柴田派が安土神殿を占拠しており、内部に侵入するのは不可能です」
「そうですか。と言う事は、やはり都合の悪い事が書かれているのですな?」
「そうです。でも私の技術であればその秘文は閲覧可能ですので一緒に行きましょうか」
「あの警備を破る!? どうやって……!?」
安土神殿は世界最大派閥の柴田派が占拠して以来、どの他宗派の突破も許していない。
軍の警備が行き届いており、人の視線から機械によるセンサーまで、様々な方法で厳重に警備されており、どんな些細な異変でも、例えば埃がセンサーに引っ掛かっても『信長の間』は完全に外界から隔離される。
しかもセンサーは『線』では無く『面』なので、避ける事は不可能だ。
また、真空状態でもあるので、人は当然、空気を利用して舞う偵察機器も通れないし、真空状態に異常があれば即座に、隔壁が閉ざされる。
こればかりはファラージャが開発した埃より遥かに小さい偵察機器でもどうにもならない。
勿論、この時代の兵器で爆撃でもすれば警備の排除は可能だが、まず安土神殿に攻撃など不敬の極みであるし、信長の間も世界最強の防壁で作られており、仮にコレを破壊する兵器を使えば真実も灰になる。
強行突破も、侵入も不可能な要塞同然なのだ。
史実の安土城はザル防御なのに、安土神殿は厳重堅牢過ぎた。
「こうやってです。フーティエお願いね。私と雪斎殿の魂を肉体から抜いて頂戴。肉体の保管もお願いね」
『承知しました。魂を肉体から分離します』
肉体から魂が抜け、崩れ落ちる肉体を掬い上げるようにカプセルベッドが出現した。
《えっ……あッ!? な、成程? 霊体なら障害物など関係無いと言う事ですか!》
ファラージャの研究室内では、5次元空間に移動する際、研究室ごと、肉体だけ、魂だけと様々な条件で移動出来る。
その技術を応用し魂を肉体から抜くが、5次元には行かず、現実次元たる3次元に留まる事も出来る。
ここで戻る肉体を失うと、霊として彷徨う事になるが、それは安土神殿などとは比較にならない世界最高のガードシステムを持つファラージャ研究室で守られているので心配は無い。
《さ、行きましょう》
ファラージャは雪斎を伴って、安土神殿に堂々と正面から潜入すると、最奥の『信長の間』に辿り着いた。
【地球/安土神殿 信長の間】
《霊体ですので手で触れてページを捲る事は出来ませんが、体を縮小すれば、本の隙間に入り込んで読む事も出来るでしょう》
《しゅ、縮小? ど、どうやるので?》
《念じて下さい》
《念じる……!》
元々念じる事が職業だった雪斎だ。
正確に念じるなど朝飯前だ。
ミクロな霊体になった雪斎は、信長教の真実が書かれた書物や、世界の歴史を読んで帰還した。
《じゃあ、研究室に帰りますか》
《……そうですね》
色々衝撃の事実を知った雪斎は、霊体なのに青い顔をして帰還するのであった。
2月下旬に続きを投稿します。




