外伝50話 斎藤『未来式超特訓』胡蝶
この話は、信長が一人で転生してしまった後の話である。(4話参照)
【5次元空間/時間樹】
信長がフライングし、取り残された帰蝶とファラージャは、途方に暮れてしまった。
「どうしましょう……?」
「どうしましょうかね……?」
とは言っても解決策が無い訳では無い。
この5次元空間は、時間の流れが平等では無い。
早めるも遅めるも、止める事、戻す事すら自由自在。
だから信長が、転生先で何らかの形で命を失う瞬間まで、時間を早める事も出来てしまう。
「そうだ! どうせ信長様は失敗して戻るでしょう。その時間を有効活用しましょう」
ファラージャは信長の帰還を待つより、この時間を帰蝶の身体能力向上に充てる事に決めた。
元々病気で運動とは無縁の人生だった。
体の動かし方など知らないも同然である。
勿論、指も手足も動くが、そう言う事では無い。
現在の治療された肉体なら、何も問題は無い。
どうせなら完璧を目指すのだ。
頭脳で思い描く動きと、体の動きを完全一致させる。
そうする事で、効率よく身体操作を行う事が出来る様になるのだ。
【5次元空間/研究室】
「じゃあ、まずは帰蝶さんを10歳に戻します」
「……え?」
ファラージャが理解出来ない言葉を口にする。
(今は20歳の肉体で、10歳も若返るって何―――)
などと思っている間に、衣服と共に帰蝶の肉体が縮み、10歳相当の肉体に変貌した。
「ッ!?」
「私の技術なら、年齢も肉体も自由自在なんですよ。10歳に戻したのには、勿論理由があります。女性の成長期は10歳からなんです。ここからの年代が一番体の鍛錬の効率が良い時期。この成長期の肉体に色々と叩き込みます」
「……ソ、ソウデスカ」
今の時代に20歳で復活したのも、時間樹や5次元空間、未来の街並み、信長教や奉られている破廉恥な自分達。
これも驚いたが、今の肉体の変化は一番の驚愕だった。
生きる過程で老いはしても、若返る事は絶対無い。
いつまでも若く見えても、それはあくまで見掛けだけであり、老いからは逃げられ無い。
その常識が、今、木っ端微塵に砕かれたのだから。
「さて、何はともあれ、まずは柔軟運動ですかね」
「柔軟?」
「フーティエ。帰蝶さんを拘束して。柔軟開始!」
《はい。拘束します。柔軟プログラムを開始します》
「え? 何この……アギャァァァッ!? 股が裂けるッ!?」
「割けたら治してあげますよ」
突如光輪が現れたと思ったら、四肢を拘束され、オマケに光が帰蝶の体全体を包み込んだ。
帰蝶は指一本自由に動かす事適わず、股は当然、ありとあらゆる場所を伸ばし反らし捻じ曲げられたが。
やり過ぎて靭帯が損傷し様とも、骨が折れ様とも、伸ばす痛みはともかく、怪我を伴う痛みは一瞬で即座に治療された。
精々、ちょっと針が刺されたの痛みにも届かぬ程度で、済むので全く遠慮が無い。
なお、これは直ぐに終わった。
具体的には1日だ。
体中をこねくり回され、もう軟体人間同然である。
「柔軟性はバカに出来ません。体が硬いと思わぬ怪我にも繋がりますからね。力を有効に使う為にも必須です」
「そう……。その柔軟で怪我したのですけどね……!」
「即座に完治したでしょう? さて次です。柔軟性を身に着けた上でコレをやって貰いましょう」
柔軟は、時間さえ掛ければ何も考えなくても習得出来る、と言うより、泣こうが叫ぼうが遠慮が無かったので、考える事すら出来なかった。
「フーティエ! パネルを出して」
《承知しました》
相変わらず声しか聞こえ無い謎の音声が応答し、床の一部が赤と青に輝いた。
「では、この色の付いたパネル……板に足を乗せて下さい。赤が左足、青を右足です」
「え、えぇ……」
また拘束でもされるかと思い、帰蝶がおっかなびっくり警戒しながら指定された色のパネルに足を乗せた。
すると、目の前の空間に赤色で41%。青色で59%との表示が浮かび上がる。
「こ、これは何ですか?」
「それぞれの足に掛かっている体重の割合です。帰蝶さんの体重全体を100%として、左右の足にどれ位の割合で体重がかかっているか数値化したものが、そこに見える数字です」
「わ、わりあい? ぱぁせんと?」
「難しい話は後で説明します。直立不動で体のバランスをコントロールして、左右のパネルを50%50%にして下さい。出来たらキープてす。そうですね。とりあえず10秒としておきましょうか」
未知の言葉がズラズラと並び、訳が分からない。
(何か良く分からない言葉だけど、とりあえず数字を『50』に合わせれば良いのね? 未来では『五十』を『50』と書くのかしら?)
帰蝶は理解出来ないなりに、何となく意味を察しつつ、自分なりの言葉に直してみる。
「は、はい……。天秤の様に均等にして維持するんですね? そのジュウビョウの間を」
「そうです(流石私! 理解力はあるわね!)」
この時の帰蝶は知る由も無いが、ファラージャは斎藤帰蝶の完全クローンたる胡蝶。
自画自賛しても同一人物なのだから問題無い(?)。
帰蝶は四苦八苦しながら体幹をコントロールして数字を合わせ様とするが、これが中々難しい。
一瞬は出来るが、キープが出来ない。
たった10秒が維持出来ない。
「頑張って下さいねー。次のステップに行くにはコレが出来る様になってからてすよー」
ファラージャの声援が空しく響くが、どう頑張っても維持出来ない。
しかも、立つ訓練はメチャクチャ難しいのに、達成する度に難易度は急上昇していく。
最初は50%ずつだった配分が、次は50.0%、更に次は50.00%、50.000%までバランスを維持させる、過酷な訓練となった。
ただ『立つ』だけなので、やる事は簡単だが、非常に繊細なバランスを求められる為、帰蝶の苛立ちもガンガン蓄積される。
この、立ち方だけは本当に苦戦した。
またヒントの類も一切与えられなかった。
この世界で生きるのならともかく、戦国の世に戻る予定なので、気付きは己で発見して試行錯誤して貰わねばならない。
それに時間はたっぷりある。
5次元空間は、時間の概念の外側なのだから。
帰蝶が『肝は脱力にある!』と気付いたのは、あえて時間換算するなら1ヵ月経過した後だったが、結局それでも、50.000%を10秒キープ出来るまで半年掛かった。
だが、その次は更に過酷さを増した。
今度は数字が表示されないのである。
その上で、帰蝶が50.000%のバランスだと思うタイミングから10秒。
その時、50.000%が出来ていなければ斬られた。
10秒維持出来なくても斬られた。
勿論、本当の刃物ではなく、未来技術で再現した人工殺気によるイメージ斬りだ。
一度死を経験した帰蝶は、殺気には反応出来る。
だからこそ、このイメージ斬りが本当にキツイ。
死にはしないが、脳が『死んだ』と錯覚させるのだから、気が狂いそうになる。
だからといって本当に狂って精神病には罹れ無い。
未来技術で即座に精神も治療してしまうからだ。
「ちょっとファラージャ殿?」
眉間にシワを深く刻みつつ、笑顔で帰蝶が尋ねた。
10歳とは思え無い迫力と器用な事を表現する顔だ。
「はい?」
「厳し過ぎやし無いかしら?」
笑顔の帰蝶のこめかみに青筋が脈打つ。
「何言ってるんです? この程度でへばっていては歴史改変なんて出来ないですよ~?」
間延びしたファラージャの言葉が帰蝶の癇に障る。
「へー……? じゃあ貴女はさぞかし上手いんでしょうねぇ……ッ!!」
そう言いつつ、帰蝶がファラージャに襲い掛かった。
「おっ!? 反逆ですか? 良いです、ねぇッ!」
が、あっさりねじ伏せられた。
帰蝶の掴み掛かる手を、ファラージャは指一本で手を絡めとり、力の流れを掴みつつ腕を一回転して帰蝶を床に叩き付けた。
「ぐぺぇ!?」
「力の流れをコントロール出来る様になれば、こんな事が出来る様になりますよー?」
「う、上様には簡単に投げられたのに……!?」(2話参照)
「あ、あれは完全に油断してたんです! 信長様の動きにも技の起こりが無かったので見切れなかったんですよ!」
「わ、技の起こり?」
「そんな高等技術は後です。それよりも、私を倒したいなら、この程度の訓練は出来る様にして下さいねー?」
「クッ! こ、この野郎……!!」
今はまだ敵わないと判断した帰蝶は、仕方なく訓練に戻った。
帰蝶は、この試練を突破するのに更に半年掛かった。
「良い調子ですね。じゃあ次です。フーティエ! 用意して!」
『ハイ。斎藤帰蝶、身体能力±0%、再現します』
ファラージャがフーティエに命じると、顔色こそ人間のソレでは無いが、帰蝶と寸分違わぬ物体が中空から舞い降りた。
右手には槍、左手に弓、腰には刀を佩いている。
それと同時に、帰蝶にも同じ武器が与えられた。
また同時に、今までの無機質な床が、土の床に変貌し、何となく馴染みのある荒野が再現された。
「これから戦って貰いますが、まずは己自身を倒して貰いましょう。手段は問いません。倒す毎に+1%強化した再現体を投入します。そうですね。+100%まで倒せるまでは頑張りましょうか。そこまで出来たら、今度は甲冑を身に着けたバージョンとの戦いです。これも+1%強化ずつ強化します。後、一戦毎に直立不動のバランスも計測します」
これも地獄の特訓だった。
どんなに己がカスみたいに弱くても、互角の実力では倒すのに苦労する。
それが1%ずつ、最終的には+100%の強さで襲い掛かって来る。
身体能力が同レベルから最終的には+100%なので、運動能力で勝つのは最初から不可能だ。
だから頭を使わなければ勝て無いし、倒したら倒したで、敵も今の手段を学習するので同じ手は何度も通用しない。
あの手この手を編み出さねば、簡単に防がれる。
また、技を見切られると、つまり『技の起こり』を察知されると、簡単に避けられて、逆に致命の一撃を入れられる。
しかも、今後は斬られたり貫かれたりすれば、本当に怪我をするが、仮に顔面や心臓を貫かれても、死ぬ前に即座に治療されてしまう。
痛みの記憶は一瞬だが、恐怖は頭にこびり付くも、やはり精神的治療も完璧なので病む事も出来ない。
但し、計測時は疲労感と致命傷以外はそのままだ。
その勝負に勝っても負けても、そのままで直立不動で50.000%でバランスをキープする。
出来なければ出来るまで殺気で斬られた。
治療は出来た後になる。
メチャクチャ厳しいが、未来の今はともかく、戦国時代の男は女の何倍も強い。
+100%など軽く突破出来ねば生きていけないだろう。
結局、+100%の自分を倒しつつ、50.000%のバランスを同時達成するのに、半年掛かった。
『こ、このクソファラージャ……ッ!! ヌガァァァッ! ぐぺぇッ!?』
なお、帰蝶はちょくちょくブチ切れてファラージャに襲い掛かったが、その都度跳ね返された。
余談だがファラージャの強さはどれだけ低く見積もっても、帰蝶の+5000%以上は強かった。
「お見事です。次は複数人を相手して貰いましょうか」
ファラージャは手をパンパンと手をはたいて、倒れている帰蝶に向かって言った。
研究室は完全防塵室なので埃が舞うなど有り得無いが、あえてそう振舞った。
帰蝶の闘志を沸き立たせる為に。
「最初は2人を+100%まで、次は3人を+100%まで最終的に4人を+100%まで同時に相手して倒して貰いましょう。勿論、倒す毎に直立不動を計測します」
これも突破するのに半年掛かった。
戦場で一対一など有り得無い。
複数同時に捌いて当然の世界が戦国時代なのだ。
また時々、ファラージャに襲い掛かっては返り討ちにあった。
ここまで来ると、ファラージャ相手にしてもそこそこ良い戦いが出来る様になっていたが、一瞬の隙を突かれて足払いから肉体を上下逆にされ、掴まれたと思ったら頭から叩き付けられた。
「ウゴゴゴ……ッ!?」
「お見事です。帰蝶さん、私との戦いで1分粘れる様になりましたね!」
嬉しくとも何とも無い祝いの言葉をファラージャが述べるが、帰蝶は腸が煮えくり返ってソレ所では無い。
「さて、次は戦場想定です。地形も千変万化し、敵も身長体重ランダムで10人程うじゃうじゃと出てきますが、合計100人あらゆる手段で倒して下さい。100人組手と言う奴です。今度は敵の強化最大値もランダムで行きます。0%もいれば500%もいるかも知れません。中には豪傑レベルの+2000%の敵も現れるので気を付けて下さいね。また10人倒す毎にバランスを計測します」
これは逆に3か月でクリアした。
地形を利用した奇襲を駆使して、なるべく同時に相手しない様に立ち回って戦った。
ここまで来ると帰蝶はキリングマシーンと化していた。
もう多少相手が強かろうが関係無い。
戦場も普通の地形から、沼地、屋根の上、断崖絶壁、高さ100m樹林の上など、有り得無い想定まで様々に訓練を課したが、帰蝶は置かれた地形を利用し、汚い戦いを覚えて突破して行った。
「おぉ! 素晴らしい! 次は環境を変化させましょうか」
実は、今までは快適な空間の中での訓練だった。
多少動いた程度では汗もかかない。
だが今度は違う。
高温、低温、豪雨、暴風、濃霧、豪雪、低酸素や、それら複合での条件だ。
流石にこの訓練はキツく、突破に7ヵ月の時間を要した。
「凄いですね。3年でここまで成長するとは」
「……そうね。まさか不眠不休だとは思いもよらなかったわ」
疲労の蓄積も、睡眠不足による障害も、生活バランスの崩れから来る精神的不調も、ファラージャの医療技術を駆使すれば、全ていつでも即座に完全健康体に戻せる。
つまりここは、休む必要など無い世界なのだ。
「じゃあ、そうですねー。そろそろ本格的に私を倒してみますか?」
「ッ!! 望む所よ!!」
言うや否や、帰蝶が刀を神速で抜くと、ファラージャの首を、胴を、手首を次々斬り付けるがカスリもしない。
それ所か、大上段からのヤケクソの攻撃だと見切られると、残像と錯覚する程の歩法で急接近し、真横から右ストレート一閃、帰蝶のアゴを捉え脳震盪で倒した。
「あ、あれ……ッ!?」
帰蝶は体の制御を失い、ペタンとその場に尻餅を付いた。
「帰蝶さん? あの訓練を突破してそんなザマですと、またいつ死んだのか不明で記録が残らない人生になりますよ?」
「……え? 私っていつ死んだか伝わって無いの? あんなに祀られてるのに!?」(3話、110話参照)
帰蝶は信長教で信長に次ぐ地位で祀られている。
曰く、覇神信長を支えた第一聖女として。
だが、その生涯は謎に包まれており、様々な学説が各宗派でぶつかり合い、戦争の火種にもなっている。
「えぇ。私は本能寺で死んだと知りましたが、この世界では、どこで何をしたのか一切不明の謎の人ですよ? まぁ病気のせいで表で活動出来なかったから仕方ない中で、色んな説がありますが、死んだ時期を確定出来る資料が無いんです。本能寺のどさくさで焼失したんでしょうね。それにあれから1億年。新資料なんて出てきませんしね」
「……。まぁ記録されたとて、特に何をした訳でも無いのだけど……」
帰蝶は殆ど病で寝て過ごしたのだから、特筆すべき事が無い。
たまに調子が良い時は、庭先を散歩しただけだが、大抵はすぐに息が切れた。
マルファン症候群の厄介な症状の一つである。
「……。たまには気分転換しますか。3年も頑張ったのですしね。フーティエ宇宙空間に戻って」
《承知しました》
己の分身でもある帰蝶の心情を汲み、ファラージャはフーティエに命じた。
気分さえもコントロールし様と思えば出来るが、そこまでコントロールするのは気が引けたので、それは止めておいた。
それに、見せておきたい風景もあったので丁度良い機会であった。
「ウチュー?」
帰蝶が、聞きなれない言葉を反芻した直後だった。
【宇宙空間/研究室】
「ッ!?!?!?」
ファラージャのその言葉とともに、黒く光る四方の壁が消え、ここまで逞しくなった帰蝶も流石に腰を抜かしてへたり込んだ
へたり込んで床を探すが、手触りはあった。
あったが、地面が全く見当たら無い。
見えるのは、視界全体を覆い尽くす渦巻状の光る物体だけだ。
「説明していなかったですね。ここは宇宙空間ですって、言っても分からないでしょう。床下に見えるのは天の川銀河(現在名:信長銀河)と呼ばれている星の集合体とでも言いましょうか。あの中に、帰蝶さん達が過ごして来た地球と呼ばれる星があります。以前、案内した時は瞬間移動でしたから気が付かなかいのも仕方ないですね」
ファラージャが説明するが、帰蝶の頭に全く入って来ない。
当然過ぎる反応だろう。
凄まじい光景だった。
無限の星々が上下左右あらゆる方向で煌めいている。
「ちなみに、上や横に見える光るのは星じゃありませんよ? あれは別の銀河です。例えばアンドロメダ銀河(現在名:帰蝶銀河)なんかは小さく似た様な形で見えるでしょう?」
ファラージャが指を指し示すと、親切にも帰蝶銀河にマーカーが付いてズームアップした。
小さな渦巻を形作るアンドロメダ銀河だが、その説明に帰蝶は首を上下にカクカク動かす事しか出来なかった。
「な、な、何で……こんな場所なの!?」
「地球では破壊神明智派は迫害の的ですしね。そもそも見るに堪えぬ世界ですし、技術的にも退化した世界です。定期的に観察してますが、学んで吸収するべきモノもありませんし、もう私一人ではどうにもならない世界でもあります。ならばもう、地球にこだわる必要はありません。宇宙に逃げて、思う存分研究して5次元空間を開くまでに至ったのです」
「仕方無いわね……」
帰蝶は『仕方無い』と言ったが、それ所では無い環境なので、言った瞬間から何を言ったか忘れた。
「じゃあ、地球近辺まで行ってみますか」
「えぇ……え?」
言うや否や、青い星が眼下に広がった。
瞬間移動したとしか表現のし様が無い、瞬間的景色の変化だった。
最初、地球の信長教関連施設を見た時は、研究室から出たら地球の大地だった。
だから帰蝶は、この研究室は地上にあるとずっと勘違いしてたのだ。
「あ、あれが私達が過ごしたチキュー? と言う事はアレが月……え?」
地球の様相には驚くしか無いが、月は昔見たままの姿であった―――と思いきや、ひとつ違和感があった。
月にでは無い。
星にだ。
「あ、あれ? あの四角の中に三連星の形の星の左上……モヤ掛かっていて星が見え無いんですけど……?」
「あぁ、オリオン座(現在名:北条綱成座)のベテルギウス(現在名:地黄八幡星雲)ですね。あれはずいぶん前に爆発して消失しました」
「爆発!? 消失!? 星が!?」
帰蝶はベテルギウスのあった場所と地球を交互に見つつ、恐ろしい光景を想像し、宇宙空間の方が安全なのだと納得した。
勿論、地球が爆発する事は無い。
生命の終焉はともかく、地球の終焉は太陽に飲み込まれる未来が確定している。
なお余談だが、この未来の時代、もうお察しの通り、皆様ご存じの星座はすでに存在しない。
オリオン座は北条綱成座と名を変え、槍をふるう姿として認知されている。
当然、黄道12星座は信長の覇業を支えた家臣や妻達で、13番目が信長本人の座として徹底教育されている。
もう蟹座や魚座で嘆く未来の人は居ないのだ。
「今の地球も価値が無いですし、将来地球が滅亡するのも確定していますしね。思えば、人類に絶望し、地球の未来に嫌気がさし、将来の未曽有の危機に備えた脱出路として宇宙を目指したのが避難の最初でしたね」
「そう……ん?」
懐かしそうにファラージャが話す。
その話っぷりから、何故か凄まじい年月の経過を感じるが、目の前にいるファラージャはどうみても少女だ。
そんな技術が数年で出来るハズが無いのは、何の科学技術も知らぬ帰蝶でも察する事が出来る。
出来るからこそ計算が合わない。
(私の肉体年齢を操作していたけど、そう言えばこの子、何歳なの? 最初に会った頃から全く成長していない……?)
「でも、地球は当然、宇宙もいずれは終焉を迎えます。そこから生き延びるのは宇宙からも脱出するしか無いのです。だから苦労の末に宇宙から脱出したら、そこが5次元空間だった事が発覚し、歴史改編の可能性に気が付いたのです」
「ヘー」
帰蝶は相槌を打つが、この『ヘー』は平仮名ではなくカタカナだ。
もう付いていけぬ話過ぎたのだった。
「さぁ、気分転換はもう良いでしょう」
ファラージャが言うや否や、また元の天の川銀河が眼下に広がる空間に戻った。
「時間樹も驚いたけど、ウチューも相当すごい場所ね……」
「宇宙は本当に面白いですよ。信長様が歴史改変に成功したら宇宙の探索するのも良いですね。まぁ……信長様は失敗して戻って来ると思いますけど。帰蝶さんは信長様が戻って来たら、今度は一緒に飛んで貰います」
「そうね……最初見た時は怖い場所と思ったけど、落ちついて見て見ればウチューは素敵な世界だわ」
「じゃあ、その時に備え特訓の続きです。私を倒して貰いましょう」
「そうね。……そうだったわねッ!! このクソ野郎ッ! ウオォォォッ! ……あッ!?」
感動的な光景で忘れていたが、特訓の鬱憤は1ミリも晴れていない。
それを思い出した帰蝶は、ファラージャに襲い掛かるが、やはりあっさりと投げ飛ばされた。
「ぐぺぇ!?」
「獣の様に襲い掛かるのが悪いとは言いませんが、弱い者が勝つには工夫や予測が重要ですよ? 前の訓練でどうやって+2000%の豪傑を倒しましたか? 今後はその辺を重点的に訓練しましょうかね」
帰蝶は残り2年間も特訓漬けだった。
なおこの2年間は、戦国時代の生活を思い出す為にも、研究室は戦国時代らしい部屋や光景が再現され、睡眠中の緊急事態、夜襲や暗殺に備える訓練が追加されつつ、隙を見てはファラージャに襲い掛かり返り討ちにあった。
だが、ある日―――
「なっ! グッ……!」
「そう来るのを待ってたのよ!!」
闇討ちを敢行したファラージャに対し、暫くの格闘戦の後、寝間着を投げ付け視界を奪い、上段回し蹴りを叩き込み、ついに打倒に成功した。
とうとう帰蝶は自分より+5000%強い、未だに身体能力では適わぬファラージャから一本取った。
「やった……ッ!!」
帰蝶は成し遂げたファラージャ打倒に、両手を挙げて喜びを体全体で表した―――と思ったら、腹から刀が貫通して刃の先端が顔を覗かせた。
「グフッ!?」
「甘いですねぇ」
ファラージャが刀を引き抜くと同時に、刀に付着した血が帰蝶の体に吸い込まれて治療が終わった。
ファラージャは、背中を見せた帰蝶を刺し貫いたのだ。
「相手の生死を確認せず油断するとは何事ですか。まぁ……仮に私の首を撥ねても即座に治療されてしまうので、確認した所で何にも異常は無い訳ですが、擬態だったらどうしますか? 戦国時代ではその油断は致命傷ですよ?」
「じゃあどうすれば良いのよ! すぐ治っちゃうし!」
ここでは、どんなに細切れにしたとしても、瞬間的に治療されてしまう。
確認しろと言われても無理なのだ。
「相手から目を切らぬ事です。『残心』と言いますが、油断防止の心得と思って下さい。戦国時代の乱戦だったら確認してる暇も無いので省くのも仕方無い場合もありましょう。でも確認出来るなら確認するべきであり、治ってしまうとしても、念入りに止めを刺す行動は取るべきでしたね」
「……はい」
せっかく一矢報いた所で、より課題が増えてしまった帰蝶であった。
「でもまぁ、あの一撃は戦国時代なら脳震盪で戦闘続行不可能だったでしょう。ここまで出来れば、多少相手が強かろうが何とかなるハズです。ならば、これで戦闘訓練からは卒業と言う事で、訓練と並行して、戦国時代の常識を身に着ける時間としましょう。茶道、舞踊とか楽器ですね。言葉使いも矯正しなければならないでしょう」
「えぇ。え? サドーって何?」
「え? お茶ですけど……」
「茶……」
帰蝶は、今までの過酷な訓練でも見せた事の無い、嫌そうな顔をした。
こうして、残りの時間、思う存分様々な事を過ごした帰蝶は、己の野望を持つに至るまでに成長したのであった。
「ありがとうファラージャ殿。何度殺意を抱いたか思い出せ無いけど、貴女の言う事は最もだったわ。これで上様が失敗して戻って来ても、今度はお供として役に立てそうだわ。本当にありがとう」
「どう致しまして」
ファラージャが差し出した手に帰蝶が応えた。
握手が何なのか知らないので、何らかの技が来ると警戒しながら握り返すが、特に何も無かった。
「良い警戒です。その調子ですよ」
もし油断して、ただ握手に応じたら投げ飛ばすつもりだったが、帰蝶の残心がソレを許さなかった。
「本当に卒業したのね……!」
「厳しい事も言いましたが良くぞ耐えてくれました。でも気を付けて下さいね。戦国時代では傷は即座に直せませんからね」
「そうだったわね。失えば戻らない。肝に銘じるわ」
すっかりココの常識に慣れてしまったが、ココでは死ねない。
しかし戦国時代では簡単に死ねてしまう。
「ありがとう。未来に蔓延る信長教は、私達で封じて見せるわ!」
帰蝶はファラージャを抱きしめて改めて礼を言った。
5年前、10歳に戻されファラージャを見上げる立場になったが、あれから5年でファラージャと同じ年齢となったので、背格好は完全同一だ。
「あ、ありがとうございます。さて、信長様を迎える準備をしましょうかね。同時に帰蝶さんも20歳に戻します」
ファラージャが照れ臭そうに言うと、時間樹が反応し、急に枝が伸びたと思ったら信長が帰還した。
研究室には燃え盛る本能寺が映し出されていた。
【5次元空間/研究室】
「はぁ~。死んでしまうとは情けない」
特大の溜息と共に心底ガッカリした様に帰蝶が言った。
「クッ……! 喧しいわ!」
青筋を立てながら信長が口答えした。
「『やり直せるんなら天下統一したも同然じゃ!』と言って勇ましく出て行ったのはどこの誰……おっと失礼を致しました」(1話参照)
信長に対し、こんな口を叩き付けるまで成長した帰蝶は、今度こそ信長と共に歴史改変に挑み、何故か信長より半年前の美濃国稲葉山城で転生を果たすのであった。(7話参照)




