185-11話 停戦交渉 4回目の善徳寺会盟と最悪の歴史変化
185話は12部構成です。
185-1話からご覧下さい。
【駿河国/善徳寺 今川家】
北陸一向一揆から越後信濃の戦いに移行し、それら全てが終結して1ヶ月後。
残雪だらけだった地域の雪も粗方溶け、帰蝶の足の矢傷も完治した頃、信長からの要請があった当主会談が今川家領内の善徳寺で行われる事となった。
今川家、武田家、北条家に加え、斎藤家、織田家まで加わる、天下統一後や間近ならともかく、まだまだ群雄割拠の時代でありながら、それぞれが強大な力を持つ家なのに、当主が一堂に会するなど稀も稀だろう。
「この会談、こうも回数が続くとはのう。だが、それぞれの家同士が何らかの繋がりを持つ同盟者同士。なんなら年一回開催するか?」
今回も北条氏政と共に参加した氏康が、軽口を叩く。
今回の会談は北条家にとっては、重要かつ楽しみな会談なのだ、
軽口も飛び出そうと言うものだ。
「年一回か。そんな暇な時代が来ればよいがのう」
今川義元がそんな未来を望みつつ、武田の内情を知るだけに、遠く可能性の薄い未来の光景として想像した。
「……」
その遠い未来の後継の元凶たる信玄を、義元が見る。
極めて普通だ。
(わからん! 本当に偽物なのか!?)
武田信繁、信廉謀反は信濃の現場で武田義信より聞いたが、その後の信長からの情報共有で、この信玄こそが信廉である可能性が、極めて高い事を知っているだけに、北条程に楽観的にはなれなかった。
「さて。初対面の方もおるので紹介しよう。こちらは織田弾正忠殿じゃ」
そんな疑問を振り払った義元は、とりあえず領地の主として、会談の進行始め信長を紹介した。
「織田弾正忠信長に。何らかの形で接触したり関係があった家ばかりですが、こうして顔を合わせる機会が得られた事、誠に嬉しく思いますぞ」
「そうか貴殿があの。いや、顔を見た時から確信しておったが、やはり『尾張のうつけ』とは擬態だったか」
武田信玄が初めて口を開き、素直な感想を述べた。
《どうじゃ? 何か異変は感じたか?》
《い、いえ。私の目には本物にしか見えません! 覇気も迫力も遜色ありません! 本当に影武者なのですか!?》
信長が唯一信玄と面識のある帰蝶に尋ねるが、帰ってきた答えは『偽物と断定できない』だった。
《……そうらしいな。ワシも本人じゃないかと思うぞ。信虎の反応は……判断に困っている様じゃな》
背後に控える信虎の気配は、明らかに戸惑いを発していた。
信玄も信廉も己の子だ。
だが最近会った信玄はともかく、信廉とは信廉が9歳の時に己が追放されて以来だ。
成人後の姿など知らないが、影武者を務める位だからそっくりなのだろうとは予測していた。
だが、眼前の『信玄』は木曽福島城で見た『信玄』と何ら遜色ない外見から内面の覇気まで備えており『自分が見た信玄こそが信廉だったのか!?』と不安になっていた。
「それで、此度は織田家から色々提案があるそうな。我ら三国同盟にも関わる事らしいのでこの場を用意した訳じゃが、聞かせてもらえるかな?」
義元が信長に促す。
主従関係である事がバレぬ様、威圧感たっぷりだ。
「はい。ではまずは皆の共通話題である一向一揆についてです。現在、朝倉家、斎藤家、上杉家が北陸の一向一揆に対処しており、織田家はその三家を援助しております。不幸な行き違いがあり、上杉は撤退に追い込まれましたが、それについては解決済みですな?」
信長が氏政を見ながら尋ねた。
信長の発した『不幸な行き違い』とは最大限配慮した言葉だ。
まさか『一向一揆対策を邪魔した北条』とは言えない。
故に『アレは仕方なかった。不幸な事故』と勘違いしてあげるのが、大人の、大名の交渉だ。
「はっ。誠に不幸な事故でした。ですが、その事故も無事解決し、今では禍根も残っておりません」
氏政がハッキリと詭弁を堂々と述べた。
失笑物の詭弁であろうとも『だからどうした』と胸を張って言えるのも大名の資質。
氏政は確実に成長していた。
覇気を隠しもしない信長に対して、これだけ堂々と言葉を叩きつけるだけでも大したものだのだ。
「それはよかった。一方、武田殿も信濃制圧は真に目出度き事。しかも独自に一向一揆対策に、本願寺からの使者を用意して説得して下さっていたとは。大変助かりましたぞ」
信長は、心にも思っていない事を、ペラペラと述べ謝意を伝えた。
まったく伝える気のない謝意なのは間違いないのは、この場にいる全員が感じ取った。
「いやいや。そちらも対策に動くと知っていれば良かったが、独自に動いてしまい足並みを揃えられなかったのは痛恨の極み。幸い、ワシは本願寺の顕如殿とは義兄弟の間柄。その縁を頼っただけに過ぎませぬ」
武田信玄が堂々と言い放った。
飛騨の制圧競争など、最初から無かった言い草だ。
こんな性根の腐った言い訳を堂々と言い放つ者が、武田信廉だとは信じられない信長と帰蝶。
「所で、噂として流れてきましたが、典厩殿が影武者を仕立て上げ謀反を起こしたとは誠ですか?」
信長は更に突っ込んだ質問をした。
もうこの頃には周辺諸国に『武田信繁による内乱』は伝わっている。
「うむ。身内の愚行を晒す様で恥ずかしい限りじゃが、我が弟にして右腕と信じた奴だったのじゃがな。見抜けぬ己が愚かであったわ。じゃが、逃がしはしたが、謀反は失敗に終わった。これからはより盤石な体制を築く所存じゃて」
《本物にしか見えん……》
《同じく……》
「これまた不幸な出来事でしたが徳栄軒殿(信玄)がご無事で何よりです。ではまず武田家に提案がございます。現在、徳栄軒殿が飛騨守に任じられておりますが、これによって不幸な事故が起きてしまっています」
不幸な事故。
武田の2度に渡る飛騨侵略。
1度目は斎藤道三や織田信秀が討死し、帰蝶が右目を失った時。(122-2話~125話参照)
2度目は今回の一向一揆に関わる話だ。
「現在、斎藤家が飛騨の一向一揆を収めました。同時に武田家も信濃の大部分を手に入れました。そこに朝廷から通達があったのです。斎藤殿を飛騨守に、武田殿を信濃守に任じ変えると」
信長は懐から書状を取り出した。
そこには関白近衛前久の署名で、その内容が記載されていた。
これは織田や斎藤からの提案だと断れれる可能性があるからだ。
不幸な事故で争った間柄。
その原因を取り除く意図があるのは明白だが、それを同格の織田や斎藤に促されてはプライドに関わるし、意固地になるかもしれない。
しかし、本音である『一向一揆対策の邪魔をするな』と馬鹿正直に言う訳にもいかない。
だから前久の書状が信長には必要だったのだ。
『朝廷からの命令なら仕方ない』
そんな理由を作ってやったのだ。
決して飛騨の争奪戦に敗れたからではない。
命令なのだ。
「よかろう。朝廷の命に背くわけにもいかんしな。では今後、信濃守は太郎(義信)に名乗ってもらおう」
武田信玄はあっさりと、その要請を受諾した。
《ゴネるかとも思ったがあっさりじゃな》
《そうですね。朝廷の言葉が効いたんでしょうか?》
《そうだとしても、拘りが感じられん。偽物だからか?》
「ありがとうございます。これで朝廷も安心できるでしょう。以後、飛騨の一向一揆は我が斎藤家が抑えて見せます」
「うむ。そうしてくれ。それとついでと言っては何だが、ワシは此度の弟達の謀反の責任を取る。ワシは隠居し、今後この信濃守義信が武田当主となるのでよろしく頼む」
「えっ」
声を上げたのは帰蝶だけだったが、皆一様に驚いた。
この武田信玄の真贋はともかく、武田義信が武田当主となる。
「北条家も代替わりしたしな。ワシもいつまでも当主にしがみついてもな」
「父、信玄に倣い善政を心掛け、民を守っていく所存です。よろしくお願いいたします」
義信は皆に頭を下げ、当主としての挨拶とした。
これは信廉と義信が当初から決めていた予定調和だ。
本物の信玄は信廉として追放したが、これではまだ責任を果たせていない。
晴信が信虎の悪政を代替わりによって清算した様に、今回も信玄を隠居させ悪政の清算とし、あらたな当主に義信が就任する。
宗教が絶対の世界においても、極めて普通の当主交代だ。
圧政者には徳が無いのだ。
徳が無い者は最悪殺されて当然の世界。
この徳の無い前当主に代わり新当主が就任するのは良くある話で、武田家においては信虎から続く伝統行事。
《なるほど、信玄の真贋はともかく、こんな歴史変化となったか。今川を理由とした仲違いは起きぬが、やはり暴政を理由とした仲違いが起きたのだ。ワザとらしい含みを持たせよったわ。理由の変化は些細な事じゃが、こんなに鮮やかな謀反を成功させたのは特大変化よな。武田義信、決して侮れぬか》
《喜ぶべき歴史変化なのですかね?》
《さすがに今は断定できんな。そもそも隠居といっても、北条と一緒であの信玄も現場には出るだろうしな。もはや真偽どちらであろうと、あの覇気は本物だし武田信玄の名前は効果的だ》
「《なるほど……》突然の事で驚きましたが、当主就任、おめでとうございます」
とりあえず、帰蝶が丁寧にあいさつをし、他の者も追従した。
「ありがとうございます。若輩なれど精一杯地域をまとめて見せます」
「頼もしい言葉が聞けて良かったです。武田家が傾いては、織田殿の子と松姫殿の婚姻が出来なくなってしまいますからね」
「その件ならご心配なく。わが妹ながら、元気一杯に育っておりますよ。兄として嫁入りは楽しみにしております」
《信玄時代の約束も履行すると言う事か》
《まぁ、知らないハズが無いですね》
もし、この話が信玄の心中だけに留められていたら、今の話には対応できず、結果、偽物と断ずる事が出来たが、これも躱されてしまった。
「ところで斎藤殿といえば、あの地黄八幡と一騎打ちをしたとか?」
質問攻めではボロが出ると判断したのだろうか?
義信が話題を変えた。
「そうそう。ワシも聞いたぞ? しかも多数のケガを負いながらも勝ったとか?」
その話には信玄も乗っかった。
「ッ!?」
《むっ?》
《えっ。これは!?》
義信と信玄の言葉に信長と帰蝶、信虎も反応した。
《信虎殿は『信玄は一騎打ちを見た』と言ってましたね? しかしこの信玄殿は知らない様子。やはり偽物?》
《そうだと断定したいがな……。知らぬ素振りを装っているのかもしれん。それに、あの迫力が断定を許してくれん》
隠居を宣言した信玄だが、その覇気は全く衰えていない所か、瑞々しさすら感じる。
だが一方で、やはり信玄と信繁が逃げた後の消息を、掴めていないのだろう。
信玄は報告とは矛盾する言葉を吐いた。
「はい。御本人の居る前で、勝利をひけらかすのも申し訳ありませぬが、何とか勝たせて頂きました」
帰蝶の言う通り、今回の北条家は氏政、氏康と共に綱成も同行している。
その本人が居る前で自慢するのもどうかと思い控えめだ。
「斎藤様。遠慮は要りませぬぞ。斎藤様は某に勝ったのです。事実なのですから堂々としなされ。某は負けて悔い無しなのですから」
綱成がフォローをする。
綱成は今回、無理行って動向を願い出た。
全ては帰蝶のケガの回復具合を確認する為だ。
「眉間の傷は僅かに残ってしまいましたな。足の具合は如何ですか?」
「はい、もう全く問題ありません。以前と何ら変わりなく動けます」
「それは本当に良かった。今後の活躍が聞けるのを、特に豪傑を倒す噂が聞けるのを楽しみにしておりますぞ」
「ありがとうございます! がんばります!」
《……もう好きにせい》
綱成の激励に、喜ぶ帰蝶と頭痛を覚える信長であった。
「それで斎藤殿……? あの件はどうじゃな?」
氏康が探る様に『あの件』を切り出す。
「あっ! はい! 養子縁組の話ですね。織田殿や家臣と相談した結果、受け入れる事と致しました」
「おぉ! それは良い報告じゃ」
帰蝶の血筋断絶を恐れる氏康が、殊更喜ぶ。
「それで北条家からは、どなたが来られるのかお決まりですか?」
「うむ。我が六男と五女を出そうと思う。男は竹王丸、女は浄依と言う。それぞれ8歳と2歳じゃが、共に今日連れてきておる。このまま連れ帰っても良い準備はできておるがどうするかね?」
「今日!? それに竹王丸殿はともかく2歳の娘は流石に親離れするには早すぎませぬか?」
「問題ない。浄依の母も育児として同行させる」
氏康の用意周到さには驚くが、信長は聞き馴染みの無い名前に疑問を持ちファラージャに尋ねた。
《竹王丸と浄依とは誰だ?》
《えぇと、竹王丸の方は将来の北条三郎、上杉家に養子に出された上杉景虎ですね》
《なんじゃと!? では御館で敗れたあの景虎か!》
《そうなの!?》
帰蝶は当然、信長も、竹王丸が北条三郎だとは知らなかった。
だが北条三郎が後の、上杉景虎だとは知っている。
史実の上杉謙信は実子はおらず、子は全て養子であった。
その中で、上杉謙信の姉(仙桃院)を妻にした、長尾政景の子である『上杉景勝』と、北条氏康の六男にして、長尾政景の娘を娶り、なおかつ上杉謙信が法号を名乗る前の名前を与えられた『上杉景虎』が家督を巡って争った。
上杉謙信の血は誰にも一滴すら及んでいないが、全員が上杉家一族筆頭の長尾政景と親子であったり、娘を与えられたりで、実子が居ない謙信の後継者たる資格は十分だ。
さらに、宗教が絶対の世界において、名前には極めて意味がある時代に謙信が使用した諱を与えられた北条三郎こと上杉景虎。
戦の対立構図は、上杉景勝対上杉景虎だが、景虎側には景勝の母と妹も与した上、景虎には当然ながら北条家の援護もあった。
だが結果は景勝は勝ち、景虎と妹は自害、母だけは景勝の元に戻るも、戦国時代らしい親兄弟での後継者争いであった。
これは天正6年の出来事で『御館の乱』と称される。
《浄依は氏康さんと妻の誰かとの間に生まれた娘の本名なのでしょうが……あえて関連しそうな名前に浄光院がいますが……本人ですかね?》
浄依はファラージャの予測通り、史実における足利義氏正室の浄光院であるが、この歴史では北条の血筋である足利義氏も、もう間もなく利用価値がなくなる見込みだ。
その時は足利姓を破棄させ北条姓を与える事にするつもりだが、もはや北条血縁者を宛がうメリットは無い存在。
また、母も同行させるのも理由があり、側室の一人であり身分も低い為、北条家を空けても問題ない。
「そ、そうですか。そこまで準備が整っているなら受け入れるのに不都合はありませぬ」
「それは良かった。あとこれは前にも伝えたが、斎藤殿の判断で見込み無しと思ったなら、遠慮なく送り返してもらって構わんからのう。これは本気で願っておる事じゃ」
血筋の断絶も恐れるが、凡夫の血が混じるのをも恐れる氏康。
己の子であろうとも本気で、返品を受け付ける気でいた。
ただし、こうして送り出すのだから、何かしらの可能性は感じる人材を選んだのだろう。
それにまだ2人とも若い。
教育でどうとでも変化するだろう。
「そうならぬ様、責任もって育てます」
「竹王丸にも期待して居るが、出来れば浄依も斎藤殿と同じくらいに鍛えて欲しいモノだ」
「ぜ、善処します……」
こうしてトントン拍子に、信長が通したかった案件が拍子抜けするぐらいアッサリと全部片付いてしまった。
「思いの外、全ての議題がすんなり片付いてしまったか? 他に何かある者はおるかな?」
義元が場の雰囲気からもう議題が無さそうだと察し、最終確認を取った。
「では一つだけ」
義信が発言をした。
「何かあるかと思って最後まで黙っておりましたが、このまま会談が終わってしまうと二度と機会が無いかもしれないので聞いておきます」
義信は、ある人物に視線を向け話し始めた。
「御爺様、もし武田に戻るつもりがあるなら受け入れますが、如何しますか?」
「ッ!?」
御爺様―――
義信の御爺様と言ったら武田信虎しかいない。
信虎はまさか呼ばれるとは思わず、動揺が隠せない。
「かつて父上には民の為とは言え、申し訳無いことをした。某もこうして責任をとって隠居した今、父上の気持ちは理解できます。ならば『恩赦』との形として甲斐にお戻りになりませぬか?」
信玄も義信の申し出に追従し、帰還を促す。
「……ッ!!」
信虎は激しく動揺した。
今回、善徳寺に同行したのは『武田信玄』の真贋を見極める為。
会談が終わったら美濃に帰るつもりだっただけに、完全に想定外の提案だった。
(甲斐に戻れだと!? それは我が悲願には違いないが……!? ここでソレを言うのか!?)
「い、いや、申し出は嬉しいが、ワシも各所に世話になっておってな。甲斐に帰るはその恩を返してからにしたい」
信虎は短い間に様々な可能性を考え、提案を断る事にした。
殺される可能性があると判断したからだ。
「そうですか。残念ですが恩を返さねばならぬのであれば、仕方ありますまい。しかし、もう、いつでもお戻りいただいても大丈夫ですぞ。いつかその時が来るのを待っております」
義信が残念そうに言った。
その眼からは誰も何も読み取れなかった。
「では、他に何かある者は……居ない様ですな。では、これにて此度の会談は仕舞と言う事で解散と致そう」
義元の宣言を持って、それぞれが帰路についた。
皆、己の都合が通ってそこそこ満足気だ。
北条家は養子を送り出せたし、武田家も偽信玄がバレる事無く家督相続も告げられた。
織田と斎藤の信濃守と飛騨守の交換も受け入れられた。
どの家にとっても今回の交渉はまずまずの成果だ。
とくに武田家は満点に近い。
何せ、とうとう誰も確信をもって、信玄を信廉を見破れなかったのだから。
事情を知る他の家にとっては、武田信玄の真贋だけが結局判別つかなかった事が懸念だろう。
実の親であり、真実を知っている信虎ですら判別つかない完成度だったのだから、ある意味仕方ないのかもしれない。
義信が帰還を促したのは『信玄を見破る事ができる存在』を自分の目に届く所に置いておきたかっただけ。
結局、信虎を帰還させられなかったが、義信が武田当主となった以上、断られたとて計算内だ。
「左京、やはり区別はつかぬか?」
「はっ……。誠に申し訳ありませぬが、某が上杉殿と共に救出したのは間違いなく、信玄と信繁。しかし今の会談に現れた信玄も間違いなく信玄でした……!」
「救出した方が本物だとしたら、凄まじい完成度の影武者よな。家督を譲ったとて油断はならんな」
信長をもってしても見破れななかった、武田信廉扮する武田信玄。
その悔しさ、もどかしさからか、信長は絶対に気が付かなければいけない、超重大にして最悪の事態を失念していた。
武田信玄がもし偽物だった場合、ある事が現実となる。
『武田信玄は、あと10年長生きしていれば天下を取っていた』
当時も現在も根強く支持されている仮説だ。
今回誰もが見破れなかった、武田信玄こと武田信廉は信玄よりも11歳若い。
その上、歴史の変化から、武田信玄と遜色ない実力を秘めている。
つまり、信玄は『あと10年』を手にしたのだ。
一応、正確には手にした『可能性が高い』とするのが正確な表現。
史実の武田信廉は、甲州征伐にて殺害された。
従って実際の寿命は分からないが、信玄没後、武田滅亡の年までは生き残っている。
そんな信廉が、最低でも信玄と同等の実力をもってして、義信に協力するのだから、非常に危険な存在だ。
危険な存在と言えば武田義信も、鮮やかにクーデターを成し遂げた手腕から、最低でも武田信繁級、成長次第で信玄も超える可能性がある。
後々、この事実に気が付いた信長は武田アレルギーを重症化させるのであった。




