185-7話 停戦交渉 死闘の交渉
185話は8~10部構成予定です。
185-1話からご覧下さい。
今回は185-7話までを投稿し、残りは12月15日までに投稿します。
「行け! お主が望むまま戦うがいい!」
「はッ!」
氏康の激励に、綱成が応える。
「話は終わった?」
「あぁ。待たせたな! 行くぞ!」
言うや否や綱成は駆け出し、槍の射程に入ると左下段からの槍による左逆袈裟斬りを繰り出す。
帰蝶の見えぬ右目の死角を利用した斬撃だが、これは帰蝶も何度も狙われた攻撃の上、殺気でも軌道が読めるので避けるのに造作はない。
「ッ!?」
だが、槍による逆袈裟は飛んでこなかった。
綱成は確かに己の左下段に槍を置いたが、そこから繰り出したのは殺気と闘気によるイメージ斬撃。
綱成は槍を正眼に構えると、避けて態勢の崩れた帰蝶目掛けて突きを繰り出した。
先ほどと同じ連続突き―――
そう表現すると全然大した事の無い技に聞こえてしまうが、極限まで無駄を省いた、一瞬で5突き繰り出す必殺の槍、のハズだった。
(1―――2―――3―――4―――5―――6ッ!―――7ッ!?)
今度は一息で同時7発の突きが繰り出される。
人間の限界を優に超える驚異の7連撃。
だが、この驚異的な攻撃すら帰蝶は避けた。
ただし、先ほどは体捌きと薙刀で弾いたりしたが、今は小手や肩の袖も活用せねば避けきれなかった。
一部拳法着も切り裂かれたが、内部の鎖帷子が防いでくれた。
だが、安心するのも束の間。
「ッ!?」
驚くべき事に綱成の攻撃はまだ終わっていなかった。
7発目の突きを繰り出すと同時に、その勢いのまま槍を手放す。
7発目をしゃがんで避ける帰蝶を狙った為に、槍は地面に突き刺さった。
今、綱成の態勢は、左足を前、右足を後ろに構えている。
その態勢のまま槍を手放したが、既に手放した腕は突き出したままにせず、左手は鞘、右手は刀の柄を握っている。
(刀―――斬撃―――マズイ―――!)
左足を前に、右手で左腰に佩く刀を抜く。
さらに左足を後ろに下げながらの、居合に置ける腰切動作と一体化した、最速の斬撃。
先ほどは金属同士の嫌な音が響いたが、今回は金属と木材がぶつかる音。
帰蝶が薙刀を差し込み、居合切りを防いだのだ。
「これも! 防ぐか!!」
「グッ!!」
そのまま、刀と薙刀による鍔迫り合いが始まった。
増設した鍔付き管が機能して綱成の刃を受け止めるが、こうなると帰蝶は極めて不利。
単純な腕力では成人男性に勝てないのだ。
だが今は、辛うじて互角の鍔迫り合いを披露している。
(互角―――何故―――刀―――右手だけ―――?)
帰蝶が両手と体全身で綱成を押し返すのに対し、綱成は刀を握った右手一本と、刀の棟(峰打ち部分)を左肩で押して帰蝶に対抗している。
両手を使っていないから互角なのは理解した。
しかし、何故両手を使わないのか理解できない。
(左手は?―――ッ!?―――これは―――何―――!?)
綱成は右手で刀、左肩で刀の棟を押し付けつつ、左手に見慣れぬ妙な物を持っていた。
(鉄砲―――?―――弓―――?―――横倒し―――?)
帰蝶はどこかで見た事ある様な無い様な、しかし、異様に危険な匂いを感じる物体を左目の端で捉える。
この場に持ち込んだのだから武器に決まっているが、何なのかは分からない。
だが危険なのは分かる。
しかし、鍔迫り合いを解く訳にも行かない。
この迷いが、帰蝶の判断力を鈍らせた。
「あぐッ!?」
帰蝶の右太腿に激痛が走る。
まるで鉄の棒を突っ込まれ、そのまま貫通したかの様な痛みが走る。
帰蝶は鍔迫り合いを続行しながらも、しかし、激痛の走った右足から血が流れ落ち膝を突く。
地面には金属の棒が突き刺さっていた。
まるで鉄の棒が突き刺さって貫通したかの様な痛みだったが、実際、鉄の棒が貫通していた。
「あれは……!? 弩か!?」
武器を使用した北条勢以外で、何をしたのか理解したのは上杉政虎であった。
かつて、武田北条対上杉による内紛にて政虎はワザと『弩』を敵軍に流出させた。(124、126-1話参照)
とある狙いをもってして、ワザと流出させた弩だったが、その判断が、この場では裏目に出てしまっていた。
武田家は、その複雑な機構を再現する財力も余裕も無く、拾った弩をいつか再現するとしてそのままだったが、財力に余裕のある北条は量産ではなく改良に時間を費やした。
超大型から簡略化など様々試し、その中で風魔の知恵者が暗器としての超小型弩を完成させた。
横倒しの弓の部分は金属板で、弦も鎖に麻紐を巻き付け膠で固めた特注品。
矢も総金属の鋭く重く、鎖帷子など無意味な矢。
一発しか放てぬが、至近距離なら鎧すら貫通する初速と破壊力を持つ必殺暗器。
そのサイズは太腿を守る佩楯の裏に悠々隠せるサイズである。
綱成はその弩を、発射可能な状態のまま佩楯の裏に隠し、いざと言う時に備えたのだ。
だが、水平発射はできない。
闘技場は柵と搔盾で囲われている。
柵の下半分は盾で囲われているが、上半分は柵なので水平発射して避けられたらギャラリーの誰かに当たるかもしれない。
場所取りによっては北条家の誰かに当たるかもしれない。
だから鍔迫り合いの至近距離かつ、本当は腹に打ち込むつもりだったが、帰蝶が異変に気が付いたので、身を躱す余裕を与える前に太腿に打ち込んだのだ。
その上で鍔迫り合いは継続中。
貫かれ地面に膝をついた帰蝶の足から、血があふれ出す。
傷つこうとも力を緩められないから流血量も夥しい。
「悪く思うな……! だが、卑怯とは言うまいな……!!」
「いいえ……! 油断した私が悪いのですからお気になさらずに……!!」
2人の言う通り卑怯でも何でもない。
武器防具は自由との取り決めで合意がなされている。
持ち込めるなら、鉄砲だろうが焙烙玉だろうが、何を持ち込んでも自由だ。
「降伏しろ! このまま地面に縫い付けるぞ!?」
「誰が……降伏など!! ウグッ!?」
今度は左足に激痛が走った。
佩楯は両足を守る装備。
ならば弩も二丁隠せる。
今度の矢も帰蝶の太腿を貫通し地面に突き刺さった。
「これで両足を封じた!」
綱成は鍔迫り合いを自ら飛び退いて解くと同時に、地面に突き刺さっていた槍を引き抜いた。
やはり槍を正眼に構え、突きの態勢を取る。
一方、帰蝶は急に押し返される力が消えうせ、両足の負傷で踏ん張りも効かず、前方に倒れこみ四つん這いの状態になる。
「最後の警告だ! 降伏せよ! 何なら遠藤殿でも上杉殿でも構わぬぞ!?」
負けを認める権利は、帰蝶と遠藤直経と上杉政虎だけが持つ。
「駄目よ! 鐘を鳴らしたら貴方達を殺すわよ!?」
一方帰蝶は、膝を突いたまま、綱成を燃える瞳で睨みつけながら、背後にいる直経と政虎に警告する。
戦闘開始当初よりも濃密な、危機に陥れば陥るほど、悪寒を伴う殺気を放出させる帰蝶。
その殺気は今や闘技場全体を上空まで覆っており、霊感の強い人なら卒倒する光景となっている。
その衰えぬ闘志と殺気は、両足を貫かれてなお、まだ勝つ気で居るのは明白だった。
「何という闘争心よ。鐘を鳴らそうものなら本当に殺されるな!」
「はい。我が殿ながら、一度火が付けば業火の如くです」
帰蝶の闘争心と殺気は実力に不釣り合いに強烈だが、そのアンバランスさが、何かを引き起こしそうな期待を抱かせてしまう。
上杉家当主と斎藤家側近の立場なら、後に殺されようとも鐘は鳴らすべきだと理解している。
だが、まだこの先を見せてくれるのかと期待が勝る。
「左衛門殿。我らは絶対に鐘を鳴らさぬ! それは殿が勝つと信じているからだ! 遠慮なく勝負を続行されるが良い!」
直経が堂々と言い放った。
これで帰蝶が討ち取られ様モノなら、織田家と斎藤家の追求の元、処刑されてもおかしくない判断だが、一度命を捨てて帰蝶に仕えている身。
直経も覚悟を決めた。
「馬鹿な……!」
「左衛門! 仕方ない! 警告はしたのだ。堂々と討ち取るが良い!」
氏康が背後から声を掛ける。
余りの見事な戦いぶりに氏康も殺すのが本当に惜しいと思っているが、一方で、この時代は殺すのも礼儀だ。
戦いの継続を望む以上、望まなくなるまで、物言わぬ骸となるまで付き合うのが礼儀。
「グッググ……ッ! ガァッ!!」
帰蝶が呻き声を挙げながらも、薙刀を杖にしつつ立ち上がり構える。
弩の貫通力が強すぎて、矢は綺麗に抜けた。
血は滴り落ちるが、動脈を傷つる様な出血ではない。
見た目程にはダメージは少なそうではあった。
「少し凄く痛いけど!? 私はまだ戦える! まだ全てを見せていない!」
少し痛いのか、凄く痛いのか言葉からは判別できないが、とにかく帰蝶は薙刀を構えた。
「残念だ。本当にな!」
綱成は槍を構えつつ闘技場の中央に戻っていく。
一方、帰蝶も、一歩一歩足から血を流しつつ、綱成に向かい、薙刀の射程の3歩外まで近づいた。
「グッ! アァァッ!」
帰蝶は最初の攻防と同じく、前に出した左足を抜き、前傾に倒れこみつつ、左足で大地を掴んだ瞬間、再度左足を抜く。
これは縮地と称される前方移動方法。
やはり重力によって倒れる慣性を利用した最速ダッシュ方法だ。
2回抜いた左足で、今度は大地をしっかりと掴む。
矢傷の入口と出口から血が噴き出すが、お構いなしだ。
帰蝶は綱成を薙刀の射程に捕らえると、連続突きを放った。
(先制だと―――1―――2―――3―――4!?―――5!!―――6ッ!?)
綱成の突きと遜色ない6発同時突きと錯覚する攻撃が繰り出される。
4発目は綱成の槍の持ち手を叩き、槍が弾き飛ばされた。
(その傷で同時6発だと!? 成程! あの持ち手の工夫故か!)
摩擦を無視できる管が可能にした連続突き。
ただ、管の有無はともかく、同時突きに見える技量は女のソレではない。
(だが、力強かったのは4発目まで! 5発目以降は威力も無い! これでは肉も貫けぬ!)
綱成は残った刀を駆使して帰蝶の突きを捌くと、技の終わり際に合わせ刀を両手に持ち太刀を振り上げた。
止めの一撃だ。
(大きな傷は残るだろうが運が良ければ生き残るだろう!)
槍で串刺しにするよりは生き残る可能性はあるだろう。
綱成の慈悲であり、帰蝶の健闘を称えると共に、今回で終わりではない、再戦に望みを託した全力の袈裟斬り。
しかし『これで死んだら仕方ない』とも思う。
全ては運次第。
だが―――
(ッ!? 7発目だとぉッ!?)
その時、帰蝶の少し遅れた7発目の突きがカウンター気味に綱成に襲い掛かる。
運に頼らず必死に藻掻く一撃だ。
7発同時は疲労も相まって無理だったが、それが功を奏し、偶然カウンターになる。
(まだ反撃するか! だが、その力では……!?)
綱成は左方を突き出し、肩袖で薙刀を受け止め弾く態勢に入る。
(……今よ! 貫けぇぇぇッ!)
「なにッ!?」
帰蝶の7発目の突きが突如蛇の様にうねり、綱成の肩防具の袖をすり抜け、鎖骨付近に突き刺さる。
「グッ!」
竹の棒や木の枝じゃあるまいし、武器の長物がうねるなど有り得ない。
だが、綱成にはうねった様に見えた。
うねった理由はわからない。
一方、ギャラリーは、綱成が目測を誤って攻撃を受けてしまった位にしか見えていない。
それほどまでに、ほんの僅かな動きだったのだ。
「だがッ! これで終わりだ!」
左肩に強い衝撃を感じつつも、綱成は薙刀が突き刺さったまま大上段から刀を振りぬいた。
綱成の刃の切っ先が帰蝶の鉢巻を削り―――
眼帯の紐を切断し―――
眉間を切り裂く―――
次に拳法着を内に仕込んだ鎖帷子ごと胸部が切り裂かれるが、帷子が致命傷を避け、胸に巻いたサラシが晒された程度で済んだ。
綱成の止めの一撃は不発に終わった。
薙刀で突かれた分、間合いが遠かったのだ。
一方で帰蝶の眉間から鮮血が飛び散る。
「グッ!?」
その血を眼球に浴びた綱成は、血を拭いながらも首目掛けて横薙ぎに刀を振るう。
だが、手応えが無い。
(空振り!? どこに……!?)
帰蝶の姿は消えていた。
偶然血の目潰しが働いたのだが、帰蝶もそんな事は気が付かない程に必死で、上段から振り下ろされた刀の力に逆らわない様に、前足を抜き倒れこみつつ前転で綱成の懐に潜り込む。
胴体の鎖帷子まで切断されているので、回避としては全然間に合っていない。
だが、この間に合わなかった結果が流血による目潰しと、綱成の視界外への移動に繋がった。
「ガァッ!!」
そのまま首跳ね起きの要領で、綱成の顎めがけて左足で蹴りを浴びせる帰蝶。
これは偶然の産物であるが、中国拳法で言う所の穿弓腿という、地面を手について頭部を狙う蹴り技の亜種。
足のダメージは甚大だが、上半身は何とか動く。
無我夢中で一連の流れに沿って体が動いたに過ぎない。
だが、足には満足に力が入らないので、蹴りとしての威力は弱い。
「ゴッ!?」
蹴りは綱成の顎に命中した。
威力はイマイチでも、予想外の下からの突き上げには、怯ませるには十分だった。
帰蝶はそのまま右足を首に巻き付け蹴り足の左足も同じく首に掛け、上体を起こし綱成の甲冑の肩上を掴んで肩に乗り、更に体を反転させる。
まるで蛇が樹木に絡みつくかの様な動きだった。
肩上とは甲冑の肩に当たる部位で、現代で例えるならタンクトップの肩部分と言えば伝わるだろうか。
この肩上は胴の正面と背中を橋渡しする役目があるが、実は肩と密着していない。
肩とは常に浮いている状態なのだ。
では甲冑は何で支えられているかと言えば、胴と草摺を繋げる紐部分の上から帯で結んで腹や腰骨で支えるのだ。
この帯は臍や丹田に位置し、肩上は浮かせる。
甲冑の重さを肩で支えるのは大変な疲労に繋がるからこその工夫なのだが、それが今、仇となり掴めてしまった。
一方、帰蝶と綱成は、傍から見れば肩車をしている様にも見える微笑ましい姿だ。
だが、両者は真剣そのものである。
帰蝶は脇差を抜き、まず邪魔な兜の紐を切り綱成の顔面に突き立てようとするが、そうはさせじと綱成は何とか振り落とそうとする。
帰蝶も本当は首に刃を突き立てたいが、綱成の首は己の足が巻き付いており、首を刺すなら己の足諸共刺し貫かなければならない。
だから顔面しか狙えない。
ならば狙うは目か口だ。
兜が無い頭頂部も狙えるが、頭蓋骨を貫通する一撃を、この不安定な態勢では行えない。
無理やり突き立てようものなら、バランスが崩れた拍子に、うっかり自分の腹でも刺してしまうだろう。
綱成もそれは理解しているのか、脇差で顔を防ぎつつ、逆に首に巻き付いた帰蝶の足を狙う。
どこか動脈を切り裂けば決着は付くだろう。
だが、両者とも経験した事の無い態勢での攻防に、そもそもまともな攻撃が繰り出せない。
肩の上で暴れる成人女性がいるお陰で、綱成も立っているのがやっとだ。
帰蝶も帰蝶で、全力で足で締め上げるので、流血が止まらない。
綱成は足で踏ん張るもふらつき、しかし、とうとうバランスを崩し後ろに倒れる―――勢いを利用して帰蝶は足を首に巻き付けたまま後ろに加速して倒れこむ。
脇差を放り投げ、後方倒立回転跳びの要領で綱成を地面から引っこ抜く。
帰蝶は無我夢中で、そのまま一回転して綱成を地面に叩きつけた。
「ウグッ!」
「ゴハァ!?」
帰蝶は痛めた両足を自ら地面に叩きつける格好になったが、綱成はもっと酷い状態で、背後から逆さに頭を地面に叩きつけられた。
完全に偶然だ。
そのまま倒れれば二人とも背中を打つだけで済んだが、無我夢中で投げ技となってしまったのだ。
ただ、技としては不完全だったのか、完全に決まらなかった。
また地面の状態も枯草の上だったのが不幸だったのか幸運だったのか、帰蝶は膝が、綱成も頭部が守られた。
他にも、綱成は綱成で危機を察知し、自ら跳躍して加速し、頭部が激突する前に手足を地面に付き、可能な限り受け身を取ったのが幸いしたのだ。
だが、2人の態勢は、足を首に絡めたまま、立ちから寝た状態に移行した。
しばらく2人は地面を転がりつつ、帰蝶は残された最後の武器流星圏を取り出し、綱成も脇差で帰蝶の足を刺し貫こうとしては、圏に阻まれる。
そんな寝技の様な何かな攻防が続くと、不意に2人の動きが止まった。
帰蝶はノソノソと膝に手をついて立ち上がり、一方綱成はピクリとも動かなかった。
勝負ありであった。
決まり手は、足による首絞めによる血流遮断による気絶落ちである。
無我夢中で動き回った結果、偶然締め技が成立したのであった。
「勝負あり! 勝者斎藤帰蝶殿!!」
朝倉延景が勝者を宣言し、壮絶な一騎打ちは幕を閉じたのであった。
第11回ネット小説大賞の最終選考まで、前回から連続で残れました!
これも皆様の応援のお陰であります!
今度こそ! 今度こそ! 突破して……突破出来たらいいな!




