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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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185-3話 停戦交渉 とは一体……?

185話は8~10部構成予定です。

185-1話からご覧下さい。


今回は185-7話までを投稿し、残りは12月15日までに投稿します。

【越後国/三国峠出口 北条軍本陣】


「さて、1日経って一息付けた所で話し合いを再開したいのですが、その前に一つ宜しいでしょうか?」


 話し合いを始める前に帰蝶が尋ねた。

 表情は極めて真剣で、深刻な雰囲気すらある。

 これで雑談でも飛び出そうならズッコケモノだが、発する気配が冗談の類では無いと教えてくれる。

 だがそれでも、この仲裁を差し置いて何を話すのかと北条、上杉共に訝しむ。


「今より13年前、桶狭間の戦いに北条軍は参戦していたと思います」


「じゅ、13年前の話?」


「お……桶狭間、ですか!?」


 帰蝶の話は、何と雑談だった。

 それぞれの陣営から、余りに予想外の話題が出てきたので、若干の戸惑いと騒めきが起こる。


「……確かに参加したが、それを非難しようと言うのかね?」


 氏康が認めた。

 別に隠し立てする必要も無いが、三国同盟に従い軍を派遣したに過ぎない。

 こんな話は履いて捨てる程存在するが、何年前の因縁であろうと喧嘩の燃料にするのが当然の時代だ。

 それが悪いとは氏康も思わないが、だが、今ここで、仲裁の使者が何を言い出すのかと氏康は訝しる。


「いえ、違います。その時、私の兄である斎藤義龍と戦った豪傑が北条軍に居たと聞き及んでおります。今回の遠征にその方は参陣しておりますか?」


「……左衛門」


 数舜考えた氏康が、該当人物の通称を呼んだ。


「はっ。某がその時、義龍公のお相手を致しました」


 返事をしたのは、当然ながら北条綱成だ。


「おや、貴殿でしたか。使い手だとお見受けしてましたが、成程、納得です」


 綱成は、最初に帰蝶達を出迎えた時は北条軍を名乗りはすれど、個人名は名乗らなかった。

 帰蝶や延景も、この現れた武将が並の武将ではないなと思っていたが、それが地黄八幡と称される北条綱成なら納得だ。


「あれ? ……どこかでお会いしましたか?」


「……いえ、先日ここに案内した時が初対面です」


 本当は飛騨、深志の戦いの裏で勃発した飛騨一向一揆に巻き込まれた斎藤家を救出した今川軍に紛れ込んで直々に救出したのは他ならぬ綱成だ。(外伝40話参照)

 当然、内密の話なので、初対面を装う。


「そうですか。失礼しました。もし宜しければ、あの時の話を聞かせて頂けませぬか?」


「それは構いませぬが、お望みとあらば。……あれは誠に良き戦いでした。双方死力を振り絞っても決着付けられず。その戦いの詳細をご希望と言う事ですか?」


「そうです。ですがまず、貴殿にはお伝えせねばなりませんね。その兄は病で没したのですが、その遺言として申しておりました。『倒してやれず申し訳ない』と」


 この遺言は、龍興が聞いた遺言である。(150-2話参照)

 龍興が当主を辞し、帰蝶の当主就任時に、その辺りの話は全部聞いたのであるが、それを今、伝えたのであった。


 善徳寺の会談で今川、武田、北条の当主が居る前で、帰蝶が斎藤家を継承した事を伝えたが、理由や義龍の死については一切話さず、継承した事実だけを伝えた。(164-2話参照)

 馬鹿正直に家の内情など話す必要は無い。

 事実を伝え、その裏付けは他家が勝手に行えば良いだけだ。


 だが、北条綱成だけは違う。

 遺言の対象だったので伝えない訳にはいかない。

 だから今、こうして話したのだ。


「そうですか……再戦の願い叶わず残念です」


「あまり驚きませんね?」


 綱成は特に動揺も見せず、平常心のまま理由を答え始めた。


「まぁ……。真実はともかく噂は流れてきますからな。特に斎藤家は女大名という特大の話題性。ならば先代がどうなったのかなど尾ひれがついて伝わるものです。そもそも何の理由もなく現美濃守様が家を継ぐハズも無し。ならば急逝と考えるのが自然です」


 綱成の言う通りで、女の帰蝶が継ぐ異常事態なのだから、その異常事態に匹敵する異常事態が起きて然るべきなのも当然の話。

 ならば、最低でも当主が政務に携われない程の何かがあったと考えるのが普通。

 そしてその理由で一番簡単な理由も没する以外に無いだろう。


「それもそうですね。では改めて、桶狭間の時の兄の事を教えて頂けませぬか?」


「某で良ければ。それにしても……ふっ……フフフ。ハッハッハ! いや失礼、あの戦いは本当に楽しかった―――」


 綱成は13年前の記憶を呼び起こしながら、語り始めた。

 当事者しか知らない情報満載で、まるで眼前で桶狭間の戦いが再現されているかの様な話ぶりに、皆が停戦交渉だった事も忘れて、上杉の人間すら綱成の話に聞き入る。


「―――お互い決定打を入れられず、軍勢を指揮しながら技を繰り出すも弾かれ防がれ、某も義龍公の豪槍を受け止め払い……結局、今川軍の退却の鐘が鳴りまして決着は付かずとなりましたが……そうですか。某との再戦を今際の際まで望んでおられましたか。武人として誠に光栄です」


 昨日はヒートアプしていた者達が、嘘の様にしんみりした空気となった。

 この話に全く関係ない上杉勢までもが、義龍の生き様と今際の際の無念を(おもんぱか)り、やむを得ない事情で死ぬにしても『武士とはこうありたい』と思わせるに十分な話だった。


「我ら上杉は直接義龍公を存じ上げませんでしたが、生前に会えなかった事が悔やまれる御人の様ですな。武人たるものかくあるべしとの言葉は正に義龍公の為にある言葉でしょう」


「そうじゃな。ワシも桶狭間に同行すれば良かったと、今更ながらに思うておるわ」


 政景が義龍を褒めたたえれば、氏康も桶狭間に自ら参加しなかった事を悔いる。


「そ、それは……今川駿河殿に太原雪斎公、武田勢に左衛門殿に加え左京殿(氏康)を同時に相手するのは骨が折れる所ではありませんので、またの機会に……」


 太原雪斎生存のパーフェクト今川家のみならず、武田家の馬場信春と北条家の北条綱成まで参加した、歴史改変の結果生み出された前代未聞の桶狭間の戦いは、薄氷を踏むが如くの勝利だった。

 そこに北条氏康まで加わるのは、流石の信長も発狂モノの陣容であろう。



【某国/某所】


《何か今、とんでもない悪夢の可能性が急に頭を過った》


《な、何がです?》


《桶狭間に北条氏康が居る可能性じゃ》


《へ、へ~……。ソレはキツイ状況ですね》


 信長の考えた悪夢の可能性は本当に偶然だが、ファラージャはタイミングが良過ぎてテレパシーの不具合かと疑った。


《まぁいい。もう桶狭間の戦いは終わったのじゃ。今は急がねばならんしな》


 信長は馬を駆け急ぐのであった。



【越後国/三国峠出口 北条軍本陣】


「さて、懐かしい思い出話はもう良かろう。斎藤殿、朝倉殿は1日休んでどう仲裁するのが妥当とお考えか?」


 氏康は茶番は終わりと言わんばかりに話題を切り替えた。


「そこです。正直困っておるのです。関東については正直我らが口出しする権利はありませぬ。将軍や公方の権力低下に関係無く、これは上杉と北条の問題です」


「ほう? しかし仲裁を買って出た以上、何かしらの仲裁案を出せねば失格じゃぞ? 失礼を承知で言うが、このままでは美濃殿は『所詮女よな』と言われよう。越前殿も評判を落とすのは避けられん。正直ワシは2人の事を買っておる。失望させないでもらいたいのう」


 これも偽らざる本心だ。

 仲裁を買って出た帰蝶と延景の行動は評価するが、努力が評価されるのは子供だけ。

 大人は結果の世界なのだ。


 長尾政景も口には出さないが同じ思いなのは顔を見れば分かった。


「承知しています。故に2人で考え決めました。一旦元に戻そうと。即ち去年の上杉による関東侵攻に対する損害を無かった事にします」


「な、無かった事……!? 無いと言うても事実は覆せぬぞ!?」


 流石の氏康も、意味不明すぎる提案に突っ込みを入れざるを得ないが、もちろん帰蝶には明確な理由がある。


「つまりですね、昨年、北条家が被った損害を補填します」


「補填? つまり上杉に非があると認めると?」


「違います。先に述べた通り関東管領と公方の決着は我らでは付けられません。非はどちらにも無いし、有る、とも考えます。ならばお互いがお互いの正当性を理由に決着をつけるしかありませぬ。これに異論はありませぬね?」


 どちらかの陣営が、全く縁も(ゆかり)もない人間を奉じているのならともかく、血筋的には互角の足利藤氏、義氏兄弟なのだ。

 長男が家督相続の決まりがある江戸時代でもない。

 優秀な者が後を継ぐのが戦国時代であるならば、当事者同士で優劣を付けるしか無いのだ。


「まぁ、理屈はわかる。だが……」


「異論はありませぬが……」


 異論は無いが納得もしていないし、では『何を仲裁するのだ?』と言いかけ思いとどまる。

 帰蝶と延景の話がまだ終わりの雰囲気ではなかったからだ。

 氏康は話の続きを促した。


「……色々と問い質したいが、とりあえず続きを聞こう。それで?」


「故に、一度損害と関係性を清算して手打ちとしてもらいます」


「清算? それが補填だと?」


「そうです」


 帰蝶の言葉を継いで延景が詳細を話す。


「北条家の今回の目的は報復ですな? その中には、上杉の関東侵略で受けた損害に見合う成果が最低でも欲しい。そうですな? そこでまず、昨年、上杉が誘拐した民は無条件で返還させましょう」


「ほう。しかし散った命、もう戻れぬ身柄もあるのでは無いか?」


 散った命は当然、売り飛ばされた身柄の捜索は不可能に近い。


「その賠償も上杉には負担して頂きます。具体的には兵糧10万石分(50億円)と1250貫(1.875億円)。それに加えて越前の名品を一品用意しておる。これで昨年の損害に十分足りますな?」


「ッ!!」


 延景の大盤振る舞いの提案に氏康は今日一番驚く顔をした。

 これは信長が朝倉に支援物資として渡す物資だ。

 延景はそれをこの為に使うと決め、提案したのだ。


 これは北条にとって今回の遠征で収穫無しだった場合、と言うより、何らかの略奪を成し遂げた場合でも、今の提示以上の成果を挙げる事は不可能だ。


「その代わり関東の決着は先送りとする。北条殿も上杉家も不服はあろう。しかし両家とも天下について語った。ならば天下に対する諸問題に優先順位を付ける。関東の一地域の覇権と、全国に問題を抱える一向一揆。順位付けに迷う理由はありませぬな?」


 延景がそう断言した。

 関東の覇権争いから、一向一揆、果ては天下についてまで昨日は語らった。

 ある意味言質は取ったのだ。

 ならば、優先されるは天下に影を落とす一向一揆だ。


「優先すべきは一向一揆です。しかし、これでは北条殿の顔が立ちませぬ。故に先の賠償品なのです」


 昨日の解散の後、帰蝶と延景は話し合い、どこにも落とし所は無いと悟った。

 ならば、全てを元に戻す。

 もちろん、金や物品では戻らぬ命や傷はあるが、そこは見合う以上の莫大な物資で納得してもらう。


「賠償は受けるが、隙を見逃さぬと言ったら?」


「いいえ。賠償を受けたなら、一向一揆討伐の邪魔は許しません。賠償と沈黙は二つで一つです。片方だけは受け付けません」


 帰蝶が断固として条件を譲らない。

 貰い得など許さない。

 破ったら斎藤と朝倉が敵に回ると暗にメッセージを叩きつける。


 帰蝶の言葉の後を延景が継ぐ。


「両家が一向一揆の為、あるいは、関東静謐の為と同じ事に対する主張だけなら落し所もどこかに必ずあろう。しかし今の双方の主張は一揆と報復と関東の権利についてから天下についてまで話が膨れ上がった。このままでは話は平行線。永遠に決着などつかぬ」


 延景が困った表情で語るが、妙に演技臭い。


「ま、そうじゃろうな(何だ?)」


 氏康には分かりきって居た事だ。

 自分でもこんな仲裁はやりたくないと思う。

 どこまで行っても平行線で交わる場所がない。

 だから最後の手段たる武力なのだ。


「故に、一向一揆対策を行う3年間、両者は停戦協定を結んで頂きたい。関東の支配を争うのはそれからです。その時は、斎藤も朝倉も止めはしないし支援もしませぬ。思う存分正統性を争い、支配を確立してください」


 関東の支配権を仲裁するのは不可能だ。

 どちらにも言い分がある。

 理がある。

 ならば、先延ばししかない。

 関東の覇権争いは、一向一揆が片付いた後で、斎藤、朝倉が(あずか)り知らぬ所で思う存分やってくれれば良い。


「天下を盾に出されては反論できぬが、旨すぎる話過ぎて怖いな」


 余裕で損害に対するお釣りが来る物資の量に、氏康は簡単に了承できない。


「それに、その物資では被害額に足りぬ」


 氏康は吹っ掛けた。

 実際の所は兵糧10万石分で余裕で釣りが来るのに、おまけに1250貫と越前の名品までくれるのだから、昨年の損害と今回の遠征の成果としても十分すぎる。

 だがそれでも吹っ掛けた。


『1250貫』


 この中途半端な数字に、引っかかったのだ。

 10万石はいい。

 キリの良い数字だ。

 だが銭の額は中途半端だ。

 明らかに2500貫の半分だけ、という気がしてならない。


(米も銭も、まだ引き出せる余地があるのではないか?)


 強欲でなくては戦国大名は務まらない。

 搾り取れるなら搾り取る。

 北条家は自国の民からは搾り取らないが、他国ならば関係ない。

 その手の匂いに敏感でなければ生き残れないのが乱世なのだ。


(ッ!?)


 その氏康の言葉に、帰蝶と延景の口角が上がった―――様に見えたのは気のせいだったのだろうか?

 氏康は何か失敗したのかと、この交渉で初めて焦るが、辛うじて表情には出さなかった。


「まだ足りませぬか。まだ欲しいと仰るなら出せなくも無いのですが、欲するのならば、こちらの要求を聞いて頂きたい」


 帰蝶が『待ってました』と言わんばかりに言った。

 計算通りの展開なのだろう。

 やけに言葉がスムーズだ。


「欲しいならば、先の倍は出しましょう。ただし条件があります」


「それが、そちらの要求とやらの事か?」


「そうです」


 氏康の問いに帰蝶は断言した。

 狙った展開が適っているのか非常に良い笑顔をしている。


「左衛門殿」


 不意に帰蝶が綱成を呼んだ。


「? はい、何でしょう?」


「私と一騎打ちをして頂きたい」


「……えっ。はッ!? 何を……!?」


「ッ!?」


 綱成は当然、氏康も予想外の言葉に驚く。


「左衛門殿が勝てば先に述べた額の倍を支払います。負けた場合は先ほどの額で約束を守ってもらいます《ファラちゃん、ちょっとお願い》」


《は、はい!》


 帰蝶が何事かファラージャに頼んだが、氏康には当然聞こえていない。


「なるほど。そうきたか。じゃが別に10万石も銭も拒んでも構わんのだかな? 上杉軍の集結にはまだ時が掛かろう? しかも揃った所で疲労困憊の軍じゃ。倒すのに造作も無い。提示額以上の成果が上げられるかも知れぬしな」


 綱成が負けるとは思っていないが、言われるまま要求を呑むのも面白くない。

 帰蝶と延景の思惑通りと言うのも気に入らない。


「そうですね。ですがその場合、必ずや三国峠で追撃を受ける事になりましょう」


「ッ!!」


 氏康は、ハッキリと苦い顔をした。


「北条軍もいつまでも越後に留まってはいられない。いつかは帰還しなければならない。その時を上杉軍は待てば良いのですから」


 いくら上杉家を蹂躙しても、いざ退却する時、攻撃を受けない保証はない。

 天然要害の三国峠を通過中に襲われては、陣形もクソも無い状態で背後からの追撃を受ける。

 今の上杉を蹴散らすのは造作もない。

 だが、勝利の後の一番気の緩む、しかも極めて危険な不慣れな場所を通過中に襲われてはたまらない。


「ワシは直接見ておらぬが、三国峠は大層な難所とか。退却しながら戦えば、損害は甚大となろう。ならば先の条件で手を打ってもらえれば、北条は最低でも10万石と1250貫、名品に加え、誘拐された民と安全な退却を保証いたそう。上杉家には我らの威信に掛けて手出しはさせぬ」


 延景がメリットを説く。

 言われるまでも無く、氏康には理解できているメリットだ。


「選択肢は三つです。一つ、10万石1250貫と人質を連れて帰り、3年は上杉との戦いを放棄してもらう。二つ、私と勝負して勝ったなら倍増された物資を持って帰り、3年は上杉との闘いを放棄してもらう。三つ、全てを無視して全面戦争に突入する。以上です。一応、四つ目として、今すぐ全軍撤退もありますが、この場合、何も手に入りません」


「父上、参りましたな」


 帰蝶が簡潔に条件を並べた所で、今まで黙っていた氏政が声を発した。

 皆忘れていたが、本当は氏政が当主なのだ。

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