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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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185-2話 停戦交渉 論点と平行線

185話は8~10部構成予定です。

185-1話からご覧下さい。


今回は185-7話までを投稿し、残りは12月15日までに投稿します。

 古河公方は元々は鎌倉公方として政務に携わっていた。

 なので正式には鎌倉公方()()()

 その権力は絶大で、関東10国及び東北の支配権を得ていたが、一方で京の将軍家との関係は芳しくなく、度々衝突したり企みを企てたりで、最後の鎌倉公方たる足利成氏が将軍家と対立し古河に本拠を移して古河公方として公方の座を子孫が継承していく。


 この関東足利公方一族は、中央の将軍家と対立を繰り返し、その公方の補佐たる関東管領山内上杉家は、分家の扇谷上杉家との内紛があったりで、機能不全に陥っていた。

 そんな隙を北条早雲、氏綱、氏康が見逃すハズが無いのも当然と言えば当然であろう。

 さらに現古河公方たる足利義氏は北条の手の内にある。

 関東管領の座を振りかざした所で、さらに上位の存在を抑えているので上杉の言い分など何の正当性もない。


「それは先代の意向を強引に曲げた北条に原因があるのでは!?」


「仕方あるまい。先代晴氏は、我らを討伐しようとして返り討ちにあったのだからな」


 これは河越夜戦の事で、氏康は10倍の戦力を誇る晴氏軍を打ち破った。


「そうかもしれぬ! だが、それは北条が足利家を圧迫した事が原因では?!」


「何を馬鹿な。晴氏が我らに難癖つけてきたのだ」


《あー……。これはもはや、どちらに原因があるか永遠に分からないパターンですね。卵が先か鶏が先か問題と一緒です》


《何それ?》


《あぁ。えーと、鶏は卵から生まれますが、その卵は鶏が生む。では、この世界に最初に現れたのはどちらか? 卵、鶏どちらが先であっても、じゃあその卵か鶏を作り出したのは何なのか? となってしまう問題です》


 この問題は進化論から生物学、統計学、果ては宗教も絡んでくる、意外と重く面倒な問題でもある。


《へー。面白い問題ね。答えはどっちなの?》


《……あっ。い、一応未来知識なので答えは控えさせて頂きます……》


《えぇ……すっごい気になる……って、そんな事より、関東公方と関東管領の問題はどこが起点か私も知らないし、どうにもならないわ》


 帰蝶が知らないのも無理はない。

 恐らく上杉政虎も北条氏康すらも知らないだろう。

 何せ、鎌倉公方たる関東足利家は、見方によっては最初から躓いているとも言えるからだ。


 当初は足利尊氏3男の義詮(後の2代将軍)が関東を統治していたが、1349年に尊氏と弟の直義が対立した際、直義の代わりに政務を担当すべく上京したので、入れ替えで鎌倉に下向した尊氏4男基氏が鎌倉公方初代とされる。

 2代将軍をよく補佐するも、死因は自殺とも言われ、非常にキナ臭い。


 第2代鎌倉公方足利基氏は関東足利家の地盤を強固にする為、積極的に打って出たが、勢い余ったのか3代将軍足利義満に対し挙兵する寸前まで行動を起こしかけ思いとどまるも、義満にバレてしまい監視が厳しくなる中、周辺勢力を討伐し権力の強化に努めたが、この将軍家との対立が後々まで尾を引く事になる。


 第3代鎌倉公方足利満兼は、父親の足利本家に対する因縁を引き継ぎ、大内義弘が義満に対して挙兵した時、それに呼応するも、大内義弘敗死の報を受け、関東を支配する足利家が足利将軍本家に恭順の意を示す屈辱を味わう。

 その後、満兼は狂ったと言われ、義満から調伏(狂った人間を元に戻す事)されたり確執が続いた。


 第4代鎌倉公方足利持氏は管領上杉家の上杉氏憲と対立し、クーデターを起こされ駿河に追放されてしまう。

 その後は駿河今川氏が上杉氏憲を討伐し、鎌倉に戻るも、今度は将軍家と対立するなど不安定な時を過ごす。

 後に5代将軍足利義量が病死し、前将軍の義持も病没し将軍位が空席になった時、持氏は将軍の座を欲した。

 鎌倉公方家は将軍継承権を持った由緒ある家柄なのだ。


 だが、クジ引きで負けてしまい6代将軍は僧侶から還俗した足利義教と決まる。

 よほど悔しかったのか持氏は新将軍を徹底的に無視し、敵対し遂には反乱を起こす(永享の乱)。

 だが義教は『クジは神の意志。ワシは神に選ばれたのだ。ならばワシの行動は神の行動なのだ』との態度で『万人恐怖』と称される存在となり、ついには比叡山延暦寺焼き討ち初代実行犯となる程の過激な将軍であった。

 そんな将軍に逆らえば、反乱軍として攻撃を受けるのは当然の結果で、味方も裏切り遂には自害して果てた。

 ここで鎌倉公方は一旦途絶える事となる。


 その後は持氏の生き残りの子である足利成氏が古河へ逃げ込み、初代古河公方として今まで続く古河公方の始祖となるが、この成氏は関東管領とも足利将軍本家とも争い、ついには関東の戦国時代の切っ掛けを作った人物と評される。

 その後の歴代古河公方は関東管領家の扇谷上杉家や山内上杉家と対立したり、或いはどちらかの陣営に肩入れし、争乱を繰り返しつつ、ついに4代目足利晴氏が北条家と争う事になる。


 晴氏は北条氏綱を関東管領に補任する程に北条家を信頼していた。

 だが、氏綱の子である氏康も管領に任ずるも次第に対立を深め、ついには河越夜戦で氏康に大敗を喫し北条家によって幽閉され生殺与奪のの権を握られた状態で、現古河公方は足利晴氏の次男足利義氏となる。


 ちなみに長男の足利藤氏は健在なのに次男の義氏が継いだ理由は、この義氏の母が北条氏綱の娘で兄の藤氏とは異母兄弟。

 だから、北条の血筋に連なる義氏を公方に据え北条家の正当性としているのだ。

 当然、上杉政虎はそれを認めず、長男足利藤氏こそが正統であると主張する。


 つまり簡素に説明すると以下になる。

 兄の足利藤氏を正当と奉ずる関東管領が上杉政虎。

 弟の足利義氏が正当と奉ずる関東管領が北条氏康。

 これが現状ある。


 一応、歴史的評価としては、義氏が5代目古河公方と認識され、藤氏は歴代には数えられていない。

 だが後世の評価など今を生きる上杉や北条にとっては全く関係ない話で、自分が正統だと両者とも信じて疑わない。


 これは帰蝶や延景にとっても仲裁のしようが無い問題だ。

 この手の問題は、何とかした方が正統と認められるか、共倒れとなるかが繰り返される歴史である。


 余談だが、本来の歴史では当時の長尾景虎が足利藤氏を擁し、義氏を放逐して古河御所の奪還に成功した功績をもって上杉憲政から関東管領と上杉家を譲られたが、この歴史では将軍家の威信そのものが揺らいでいるのが原因か、成果が上がる前に長尾景虎に全てを譲った。

 歴史変化による時代の変化に対応できず、早々に対応できる人間に譲ったのだろう。

 自分への見切りに優れる、ある意味では理想の権力者とも言えよう。


 更なる余談だが、謙信が奪回したのに、歴史的には義氏が正統と評されている理由は、北条家に再奪回されてしまったからで、藤氏も消息不明(暗殺?)となり、神輿を失った上杉謙信は関東統治の正当性を失った。


 なお、歴史が変わった現在では、藤氏は古河から叩き出されたが上杉家に保護された状態だ。

 だが北条家が古河と義氏を確保している分、上杉家よりは一歩リードした状態だ。


「―――平行線、まさに溝だな」


 延景が少々疲れた様に呟いた。 

 帰蝶がテレパシーの最中も散々正統性を両者が主張するも、当然ながら決定打は生まれなかった。


「上杉、北条両家にお尋ねしたい」


 延景がうんざりした表情で割って入った。


「関東管領の役職。本気で重要な権威だとは両者とも思っておりませぬよな?」


「ッ!?」


「ほう?」


 突然のブッコミ発言に政景と氏康は驚いた。


「こんな役職は飾りと思っておりますよな? 中央では、もはや将軍でさえ何の為に存在しているのか分からぬのに、その将軍より格下の古河公方が任じた関東管領? 名ばかりにも程がありましょう?」


「え、越前殿(延景)……!?」


 帰蝶は余りのぶっちゃけ発言に戸惑う。

 帰蝶も権威を軽んじているタイプで、利用できるなら利用する程度の扱いだが、延景のこの発言には驚いた。


「どうせ足利武家政権は、三好か織田の手によってまもなく終わる。ならば関東管領の役目は老い先短い寿命が見えている役目。ただ、とりあえず関東の覇権を取るに都合の良い役職に過ぎぬから利用しているだけ。そうでありましょう?」


「……」


 政景は沈黙した。

 まさに『沈黙は同意』と認めるも同然の沈黙だった。


「クックック! 若いのに言うではないか。皆ソレだけは言わない様に気を使っていたのに。ハッハッハ!」


 一方氏康は認めた。


「良かろう。そこまで言うならワシの真意を聞かせよう。ワシは三好包囲網時に中立を表明したが、後に三好と会って中立のお墨付きを得た。好きにやって良いとな。だが、ここで本気で好きにやるのは愚か者。中央で足利を滅ぼすのが三好か織田ならば、関東で足利を滅ぼすのは北条なのだよ! 次に打ち立てられる世の為にな! これは天下の為でもある!」


 氏康の言葉に政景や長敦は言葉を失い、帰蝶も延景も思わず納得してしまった。

 現関東管領たる上杉や北条の立場はともかく、斎藤も朝倉も将軍家は見限った勢力なのだ。

 北条の言い分は理解できて当然の話過ぎて、まったく反論できないし、反論などしようモノなら今までの行動がブレブレになってしまう。


 足利武家政権に協力しない立場としては、北条の言い分に納得せざるを得ないし、上杉には関東管領を理由にした関東侵攻は諦めてもらいたいのが正直な所だ。

 だが、斎藤、朝倉、上杉は将軍家に対するスタンスはともかく、一向宗に対するスタンスは主義主張を超えて一致団結している、いわゆる超党派の状態だ。


「そもそもだな、上杉殿は将軍家支持から中立に立場を変えたのだぞ? それなのに関東管領に拘るなど二重規範にも程があろう?」


「なっ……!?」


「えっ!?」


「……ほう?」


 二重規範、いわゆるダブルスタンダード。

 確かに政虎は中立派に鞍替えした。

 織田と武田の戦いをブチ壊しにした深志の戦いで。(124話参照)

 それなのにも関わらず、足利将軍家に連なる関東管領となって北条と争うなど、ダブルスタンダードにも程がある。

 延景のブッコミに対抗したのかどうかはともかく、氏康は上杉家の矛盾を指摘した。

 だが、その事実をこの場にいる上杉、斎藤、朝倉の人間は誰も知らなかった。


「う、嘘だ!」


 長敦が絶叫して否定するが、氏康には馬耳東風なのか、薄ら笑いである。


「家として共通の認識でないのか? と思っておったがやはりか。まぁそりゃそうか。知っていたら、こうも公方の兄に忠節を果たすなどするまいな」


 ここで政虎がいたならば、また違った意見が聞けただろう。

 氏康はその意見が聞けぬのが残念で仕方がない。

 あの時、深志で当時の晴信だった信玄が、当時の長尾だった上杉政虎の勝手な行動に激高していた時、氏康は政虎に問うた。


『貴殿は将軍派なのであろう!?』


『将軍派? あぁ、そうじゃったな。ではそれも破棄し北条殿と同じく中立を取らせてもらおう』


『何故!?』


『今の貴殿らでは分かるまいよ。ワシの理想と野望が。貴殿らにはワシは蝙蝠の如くフラフラと身を翻して居る様に見えよう。しかしそれは違う。ワシは最初から何もブレておらぬ。いつか真に理解し合える時が来れば分かるだろう。その時は手を携え共に歩もうぞ。ではな』


(真に理解しあえる? この現状でか!? 早く姿を見せろ政虎!)


 北条がのんびりしている理由の一つは、氏康個人的な考えに過ぎない。

 一体、何を考えて関東管領の任務を律義に遂行しているのか。

 胸倉掴んででも答えを聞き出したいのが本心だが、焦る姿は見せられない。


 悠然と構え、北条の立場と強さと余裕を見せねばならぬのが辛い所だが、この中で一番もどかしい思いをしているのは間違いなく氏康であった。


「北条殿。其方の言い分は理解した。世は弱肉強食。戦国乱世なのだ。弱い勢力が幅を利かせていては迷惑極まりないのは同意致そう。だが、次の世の為と言うなら、それこそ我らの邪魔をしないで頂きたい! 一向一揆は日本全国共通の問題! 北陸は今一番、危険な地域! それを何とか是正しようとする我らを攻撃して、どんな新しい世が生まれるのだ?」


「ほう。そうきたか……ッ!」


 政景もやられっぱなしではない。

 氏康の本音に釣られ、意見にも熱が入る。

 政景は上杉代表として、政虎の名代としてこの場にいるのだ。

 関東管領の立場は関東限定だが、一向一揆は日本全国の脅威だ。

 その最大勢力の北陸を、斎藤、朝倉、上杉が率先して何とか是正すべく動いている。

 この作戦が成功すれば、日本全国で恩恵が受けられる。

 関東だとか、報復だとか、そんなスケールの小さな話ではないのだ。


《あー……。タダでさえ複雑に絡み合う公方と管領の話が平行線だったのに、違うテーマが混ざりましたね。別々のテーマを同じ視線で語っても答えなんて出ませんよ》


《そうね。関東覇権と一向一揆に加え、天下についてでわね。話なんか纏まらないわ》


「よろしいか?」


 場が荒れ始め、方向性を見失った所で朝倉延景が切り出した。


「一旦、休憩を入れませぬか? お互いの言い分があるのは良く分かりました。幸い朝倉も斎藤もどちらの言い分も理解できる立場。少し状況を整理しつつ、要点をまとめましょう」


 ブッコミ発言元凶の延景が、熱くなりすぎた場を冷ます為、間を取った。


「そうだな。少々熱くなりすぎたわ」


「こちらも異存はありませぬ」


 妥協点も落とし所もない。

 また、関東の支配権利についても、どちらの言い分にも理も無理もある。

 面倒なのは上杉憲正が弱いまま滅んでくれれば良かったのだが、よりによって長尾景虎に上杉の権利の何もかも譲ってしまった点だ。

 元長尾家の現上杉家は強力な勢力で、上杉()の皮を被った龍なのだ。


 理屈も戦力も拮抗している以上、全員納得はありえない。

 だが、独り勝ちも出来ない。

 余りにも我を通しすぎると全員を敵に回す。

 これが弱い勢力なら良いが、斎藤、朝倉、上杉、北条と誰も弱くない。


「では今日はもう遅い。明日また再開でよかろう」


 ここで氏康が提案した。


「……宜しいので?」


 もちろん『上杉援軍が間に合う可能性が増大するが良いか?』との確認だ。


「構わぬよ」


 政虎本人の登場を願っている本心を隠しているので、他者には理解不能の自信の表れにしか見えないが、とにかく『構わぬ』と断言する氏康に、斎藤朝倉は疑問が拭えず、上杉勢も不安に駆られるが、氏康が良いと言うなら断る理由もない。


「わかりました。では明日に持ち越すと言う事で今日はこれまでに。我らは仲裁の使者である以上、中立を保つ為、両陣営から離れた場所で一旦相談をします。……これだけは両陣営に警告しますが、刃傷沙汰になった場合、いかなる場合も先に手を出した陣営に我らは敵対しますのでお気を付けください」


「フフフ。よかろう。安心されよ。そんな姑息な事はせぬよ」


「北条殿さえ大人しければ絶対安心ですな」


「……」


 こうして一端の休憩を挟む事になった。

 だが、本当に休憩できるのは北条と上杉だけで、朝倉と斎藤は議論をしなければならない。

 本当に休憩などしていては話は永遠に終わらない。



【越後国/三国峠 斎藤、朝倉控え陣】


「さて、本当に面倒な仲裁よな」


「えぇ。やはりアノ手で行くしかありません」


「そうか。そうなってしまうか。まぁ仕方あるまい。ここが勝負所となるだろう」


 延景と帰蝶は大きく息を吐いて覚悟を決めた。

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