184-2話 立ちはだかる目的地 帰蝶の策
184話は3部構成です。
184-1話からご覧下さい。
【越後国/三国峠方面 北条迎撃斎藤朝信、柿崎景家軍】
三国峠に向けて進軍しつつ、適切な休息を取っている最中、この軍を預かる責任者である柿崎景家、斎藤朝信は一つの問題に直面していた。
「今回、北条家の目的は越後領地の切り取りでは無いと判断して良かろう」
「そうですな。領地を取られた所で関東と連携し兵員を配置しようにも、イチイチ三国峠を越えてなど無茶です。北条氏康がソレに気が付いていないハズがありますまい」
例え国境は隣接していても、死者数ギネス記録を持つ谷川岳と、通行は出来ても要害同然の三国峠がある以上、関東小田原本国との連携は容易ではない。
従って、今回の北条軍の侵略は以前の関東侵略に対する報復には違いないが、領地を荒らしまわっての略奪なり誘拐なりの嫌がらせが主目的だと朝信、景家は気が付いたのだ。
戦国時代は秩序が失せたドサクサに紛れて武力でモノを言わせる時代。
自国の民間人を無意味に苦しめては為政者失格だが、他国の民間人を苦しめるのは立派な戦略だ。
敵国に攻め込むに当たって、城や砦を攻撃するのは当然だが、村や町を攻撃するのも当然の行為であり、世間の評価で『義の人』と言われる上杉謙信でさえ関東征伐で町や村を攻撃し民間人の誘拐をした位に当然の行為。
もちろん、信長率いる織田家も例外では無く、必要なら村や町を焼き払う。
では、領主の救援が間に合わない村や町の住民は、黙って攻撃されるだけなのか?
反撃も手段の一つではあるが、数が違いすぎるので勝ち目はない。
そんな時に取る手段が、領主を見限って敵軍に村や町ごと寝返ってしまう事だ。
この時、高い『礼銭』を支払い『防御御礼』を発行してもらい、侵略軍からの略奪を見逃してもらう権利を得る。
悪質な軍だと、防御御礼を発行してもらったのに略奪の憂き目に合う悲惨な村もあったが、織田家は絶対に約束は守った良識ある勢力だったと言われる。
村や町にとって出費は痛いが、命には代えられないし、救助の間に合わない領主に従っても年貢の払い損。
現代で考えれば、税金払ってるのに『警察や自衛隊が機能してない』では激怒不可避だろう。
戦国時代では『家臣の忠誠は不要』とは言わないが『忠誠が全て』でも無い。
同じ用に、民間人も領主に対する忠誠は払った年貢に見合うかどうかだ。
勿論手厚い保護を受けている村や町は、村を潰されようと抵抗するし、支配者が変わっても以前の領主に年貢を納める、例外中の例外な村もある。
とにもかくにも全ては領主の治世次第だが、上杉政虎の治世はどうだったのか?
軍神と称えられ、戦ばかりやっているイメージだが、肥沃な越後の地と貿易で利益を上げ地域に還元していた。
その統治は、決して下手ではなく、むしろ上等の部類に類する統治だったと言われている。
この荒れた時代、平均点以上でも及第点と言っても差し支えないのだから並大抵の苦労ではない。
ただし、家臣の統率はイマイチで良く裏切られていたが、その殆どを許す度量はあるし、何よりこの時代で戦に強いと言うのは、現代で言う核抑止力と同じぐらい強力な防衛政策でもある。
少なくとも謙信健在時代、家臣の反乱以外で本国越後で大規模な戦を仕掛けられた事は無い。
だが歴史が変わった今、初めて外部勢力の侵略を受け、しかも、今回に限って、政虎の政治実績が景家、朝信の判断力に曇らせていた。
元々が、谷川岳と三国峠の強力な天然防壁が機能している越後である。
外部から越後を攻める勢力など記憶無いので、この異常事態に北条が目指す目標地点を絞り切れないのだ。
「十中八九、目的は領地ではなく略奪や破壊工作であろう」
平面な地図を上空から見れば、三国峠出口に近い拠点や村が攻略地点だが、先述の通り、三国峠を挟んでの連携は不可能に近い。
だから略奪や破壊工作しかありえないのだ。
「となると北条がどこをどう荒らすか予測ができませぬ。領地目的なら近場の樺沢周辺でしょうが、最初から領地以外が目的なら、一気に手広く荒らし短時間で引き上げる可能性もあります」
「引き上げてくれるならまだマシともいえるな。次々と場所を変えて暴れまわっては対応が後手後手になってしまう。笹沢か琵琶懸あたりも危険かもしれぬな」
「それでいて場当たり的な対応では、各個撃破されるのがオチでしょうな」
もし土地を奪うつもりなら三国峠を抜けた最初の拠点である樺沢城周辺が最も危ないが、略奪荒らしが目的なら色んな地点に分散して、嵐の様に動いてさっさと撤退する戦略を取るかもしれない。
その蛮行を食い止められなければ、上杉家の威信に関わる。
土地の守護者が土地を守れないのは、地域の民にとって許し難い失政だ。
これでは何の為に年貢を払っているのか分からない。
戦国時代では侵略した側より、された側が悪なのだ。
「樺沢を荒らされ、北上するか、道を分かれて琵琶懸城、笹沢城に向かうか……」
「こんな時、殿は即座に目的地点を看破し一番効果の高い所を抑えるのだろうが……」
政虎の勝負勘は神懸っている。
理屈や道理を無視して敵の目的を看破するなど朝飯前だ。
今回の場合も政虎が居たら的確な指示が飛んできただろうが、残念ながら不在である。
強力な谷川岳と三国峠の防壁による攻められ慣れていない越後。
北条の目的が領地では無い。
いつもなら政虎の指示に従っていれば間違いはなかった。
これらが弊害となって景家、朝信の判断力を奪っていたが、それ以前の問題もあった。
「……やはり間に合わん公算が高い。今頃は北条軍も三国峠を雪中行軍しているのだろう。雪と悪路が進軍速度を低下させているだろうが、侵入を防ぐのは叶わぬだろう」
景家軍と朝信軍がどれだけ急いでも、移動速度が速いのは騎馬だけで、結局は歩兵の到着を待たねば戦えない。
「斎藤、朝倉軍も間に合わないのは一緒でしょうね。順調なら到着しているかも知れませんが……厳しいと見るべきでしょう」
「そうだな。間に合う前提で動いては駄目だ。間に合ってたら運が良い程度の心構えでないと痛い目を見るのは我らぞ。留守居の兵も我らの合流をまっているだろう」
景家の言う通り留守居の兵も居るには居るが、越中攻略に大部分を割いた為、限界まで搔き集めて5000集まれば良い方だが、この数が仮に間に合った所で単独では一撃で粉砕されるのがオチ。
結局、北条軍20000に対し景家軍、朝信軍、斎藤軍、朝倉軍の合計17000弱が到着しなければ、留守居兵は動くに動けない。
「三国峠近隣の村には避難を指示してあるが、損害無しとは行かぬだろう。故に損害覚悟で追い払う事に集中し、被害からの復興を手厚くする事で民の不満を逸らすしかあるまい」
どう足掻いても間に合わないモノは間に合わない。
ならば間に合わないなりの戦法に切り替えなければならない。
「……そうか。そう言う事だったのですね」
朝信が何かに気が付いたのか、やや表情が明るくなった。
「何がじゃ? 何ぞ妙案でもあるのか?」
「いえ、妙案は浮かびませぬが、直江殿の言葉を思い出したのです。直江殿はこうなる事を理解していたのです。春日山城で別れる時、直江殿の檄に勢いで返事をしてしまいましたが、あの発言には何か引っかかりと言うか違和感を感じたままで晴れずモヤモヤとしてましたが、今それが晴れました! 追い返す事だけに集中すれば良いのです!」
景綱は『この戦、勝つ必要はない! 追い返せばそれで良い!』と言って2人を送り出していた。
時間が惜しいので事細かくは説明しなかったが、地形と上杉政虎の存在を考えれば、領地を削られる心配は最初から無いと景綱は見抜いていたのだ。
「成程。損害覚悟での戦いなら打てる手だな。勝利に拘って視野が狭まっておったわ。あの時に真意に気付けず悔しいが、流石長年あの面……殿の側近を勤め上げた御方よ。気が付かないまま北条に当たっては、見当違いで後手に回っていただろうな」
つい『あの面倒くさい殿』と危なく言いかけ訂正する景家。
政虎は政虎で家臣に面倒臭さを感じていたが、それはお互い様でもあり、ここが戦に強いのに謀反が多く中々一枚岩になれない上杉の弱点といえるだろう。
この2人は冗談めかしているのでまだマシだが、今まさに本気で心揺れ動いている家臣もきっといるだろう。
だがこれは上杉家に限った話ではなく、特に上杉は目立つが、大なり小なりどこの家も抱えている問題だ。
直近では武田家の様に。
これを上手く操ってこそ戦国大名であり、誤れば信長の様に本能寺となってしまう。
「だが我らが木っ端みじんに粉砕されれば話は別。そこは気をつけねばならぬ」
景家が別の懸念にも思い至った。
今回は勝たなくても良い。
追い返してしまえば良いのだ。
それは理解が及んだ。
しかし大敗でも喫しようモノなら領地中枢まで奪われる恐れがあり、その奪われた拠点だけで防衛が可能になってしまうと話は変わる。
谷川岳や三国峠の防壁が意味を成さなくなる。
故に勝たなくても良いが、絶対に負けてはならない戦いなのだ。
「勝利は不要、されど負けは許されぬ戦い。本来上杉の戦は攻撃が主ですから防衛は中々難しいですな」
朝信もどちらかと言うと攻めが得意な武将。
今回は守る為に攻める事も必要になるだろうが、いずれにしても慣れない戦には違いない。
「うむ。しかし任された以上、やり遂げる以外に道は無い」
「返す返すも殿がこの場に居ないのは痛いですな」
「居らぬ殿を考えても仕方あるまい。気持ちは理解できるがな。殿は殿でもっと面倒な武田を防ぐ役目を果たしているしな。……よし。勝たなくても良いならもう少し手を加えよう」
景家は数瞬考え決断を下した。
「それは一体?」
「別に大した手では無いが、斎藤朝倉軍に伝令を出そう。『樺沢城で落ち合う』とな。あちらは柏崎方面からこちらに来る。そうすれば襲撃の懸念のある拠点は全て通過できる。もしいずれかが襲撃現場に遭遇したら、残りの軍が全速で救援に向かう」
「成程……そうですな。これが現状打てる最良の手でありましょう」
「よし! 伝令は柏崎に向かい斎藤朝倉軍に合流し樺沢城まで案内せよ!」
「はッ!」
「さぁ、休息は終わりだ。出発するぞ!」
的確な目的地の炙り出しは出来ずとも、上杉にその名を轟かす柿崎景家、斎藤朝信である。
経験が無いからと無様に慌てふためく事などあり得ない。
出来る限り全方面に対応した方策を整え出発するのであった。
【越後国/柏崎港 斎藤帰蝶、朝倉延景(義景)軍】
一方、越前で船に乗り越後柏崎までやってきた斎藤朝倉軍。
政虎からの伝令が行き届いており、無用な混乱もなくスムーズに上陸を果たしていた。
信長からは援助物資が朝倉に届く手筈になっているが、まずは兵員が最優先であり、斎藤家の領地である若狭経由で送られる手筈になっている。
「では朝倉殿手筈通りに」
「うむ。兎にも角にも急ぐ事が肝要。今頃もう戦い始めていてもおかしくない」
本当はまだ上杉、北条両軍共に接触前で、上杉方は全速力で襲撃予想地に向かっている最中で、北条方は雪中行軍で厳しい三国峠踏破に挑んでいる最中だ。
「斎藤様、朝倉様とお見掛けするが相違ありませぬか?」
「えぇ。其方は上杉方の方ですね?」
「はッ! 拙者、長尾越前守(政景)と申す。此度は留守居役を任されております」
「同じく新発田源次郎(長敦)に。越前守殿と共に今回の留守居兵を預かっております」
声を掛けたのは留守居の武将、長尾政景と新発田長敦。
政景は上杉政虎の姉を正室に持つ、一族衆筆頭の立場にある重鎮だ。
今回は越中攻略の際の留守居を任されていたが、緊急事態を受けて留守居兵を指揮する将だ。
長敦は七手組大将の一人で、外交に優れ若輩ながら頭角を現し始めている若手武将だ。
「殿よりの早馬にて仔細は伺っております。此度の援軍、誠に忝く。本来なら船旅の疲れを癒してもらいたい所ですが……」
政景が申し訳なさそうに述べた。
ただこれは挨拶上の流れでの社交辞令とでも言うべきか。
ここで『ありがたい、では休息を』との言葉は政景も長敦も期待していない。
「えぇ。分かっています。休んでいては何の為の援軍かわかりませぬからね」
「うむ。急ごう。とは言え、我らは越後の地理に疎い。案内は越中守殿が?」
帰蝶が至極当然の判断をし、延景が道案内に対する確認を取った。
もし『休息を願う言葉が2人の口から出てきたらどうしよう』と少し心配していた政景。
正直上杉は家としての強さは兎も角、信頼を得ている勢力とは自信を持って言い切れない。
武田、北条を虚仮にし腐った第三次川中島の戦いなど、主君の行動ながら呆れてしまった。
そんな勢力を助ける為に、全力で動いてくれる勢力がある。
ありがたくて涙がでそうで、その言葉に頼もしさを覚える政景と長敦であった。
「(これは本気で窮地を救う覚悟が備わっておるな!)はっ。某が案内致しまする。北条が押し寄せる地は断定は出来ておりませぬが、しかし、ある程度の目星はついております。ここから南下した三国峠周辺です。北関東から越後に至る路で最初に遭遇する地。普通ならばここが一番可能性が高かろうと思います」
「そうですね。裏を掻く可能性はありましょうが、一番可能性の高い場所を無視するわけにもいきません」
「うむ。北条にしても越後の地理に詳しい訳ではあるまい。普通に近場を攻略するのが基本じゃろうて」
これが、ひねくれ者の政虎なら盤面の外側から攻撃する様なトンデモ戦法を取るかもしれないが、今回の行軍ルートや北条氏康の人間性を考えれば、基本に忠実な可能性は高い。
「その通りです。従って急ぎ南下して頂きます。詳細情報や明確な襲撃地点は騒乱の気配が近づけば、周辺地域からの救援や、当方の柿崎和泉守、斎藤下野守からの知らせがありましょう」
長敦が地図上で進軍ルートと北条軍のルートを示し、柿崎景家、斎藤朝信らの予測進路を駒を動かしながら説明した。
「分かった。異存ない。が、長尾殿の兵は? 馬廻衆しか見当たらぬが?」
延景が出迎えにしては少なすぎる人員に疑問を投げかけた。
長尾政景軍は50人程しか見当たらないのだ。
「既に南方に向けて出発しています。一日でたどり着ける距離ではありませんしな」
「わかりました。それは好都合」
帰蝶が『助かった』とばかりに喜ぶ。
「好都合? まぁ、備えとしては出来る限り尽くしましたが……」
好都合も言葉として意味は通じるが、どちらかと言うと、この場合『好判断』が相応しいと長尾政景は思った。
別に褒めて欲しい訳では無いが、何となくしっくりこない言葉使いだと感じたのだ。
「いえ、そう言う事ではなく……でもまずは急ぎましょう。道中で移動しながら説明します」
「はっ! 承知しました。(それにしても、この者達……!)」
政景は帰蝶と延景の応対をしつつ、自分より若い2人の大名としての風格に驚く。
あの朝倉宗滴に鍛え上げられた朝倉延景に、現実離れした戦果に加え女大名の斎藤帰蝶。
特に帰蝶の存在と冗談としか思えない噂は話半分以下で聞いていたが、即座に真実だと悟った。
(2人共に肝が据わっておる。だが朝倉は理解できるが、女の斎藤にこの様な感想を抱くとは。殿が熱を上げる気持ちが理解できるな……!)
政虎は、帰蝶に対して『不犯の禁を破っても良い』と言い切っている。
帰蝶は右目を失い、左頬には大きな傷が走っていると聞いていたので『さぞかし醜女なのだろう』と思って実物を見たら、傷は事実だったが決して醜女に見えない。
その傷に卑屈さを感じない所か、誇りにさえ思っている節が感じられる。
それが美貌と迫力の相反する気配を醸し出し、魅力として心を捉えて離さない。
それは、この中で一番若い長敦は特に顕著で、一種の魅了状態とでもいうべきか、恍惚とも驚愕とも見える顔であった。
(クックック。若いな。お主の気持ちが手に取るように分かるぞ)
そんな長敦を延景が無表情を徹しながら心の中で笑っていた。
こうして斎藤朝倉援軍は南下を開始した。
【越後国/三国峠方面 斎藤、朝倉、長尾軍】
既に先発している長尾軍に追いつくべく馬を走らせる小集団。
帰蝶も延景も騎馬兵だけ急がせ、歩兵は歩兵で出来る限りで後を追わせる選択をした。
これは道中で、帰蝶が政景に提案し、危険ではあるが可能性を感じる手段と思ったからだ。
ただし、これは賭けだ。
失敗もあり得るが、その中で許される失敗と許されない失敗がある。
それを政景の一存で決めるしか無い状況に困り果てたが、結局賭ける事にした。
(失敗したら切腹モノだな。だが他に妙案も無い!)
政景も命懸けになると覚悟した。
もうこうなれば一蓮托生だ。
もし許されない失敗をした場合、後世にも大汚点として残るだろう。
上杉は弱体化し、これ幸いと一向一揆や武田が越後に襲い掛かって来るだろう。
何もしない場合、こうなる公算が高い以上、賭けるしか無いのだ。
それに斎藤、朝倉としても上杉に倒れられては困る。
来年以降も一向一揆対策は続くのに、発案者がリタイアしては士気に関わる所の話ではない。
何人いるか不明な七里頼周も相当に厄介なのに、一向一揆相手するには、斎藤、朝倉だけでは無理だ。
だから何としても上杉の損害を軽微の内に、この戦いを終わらせなければならない。
その為に、全力で出来る事をしなければ共倒れとなるだろう。
失敗すれば、越前も若狭も近江も飛騨も、近い将来一向一揆の浸食を受ける未来は容易に想像できる。
ならばこの北条対策は一向一揆対策の延長だ。
帰蝶も延景も、上杉と北条の関係を頭に入れていなかったミスを認め、ミスを挽回すべく我武者羅に動く。
仮に何もかもが失敗した場合、北条軍と全面戦争になるが、そうなる前に足掻くのは当然だ。
(本当なら斎藤殿の策には反対したい所だが、その策に可能性を感じてしまった以上は仕方ない! 何故かやり遂げそうな気がしてならぬしな。伸るか反るか! 覚悟を決めねばならぬ!)
延景が覚悟を固め、馬を走らせながら帰蝶に問いかけた。
「斎藤殿!」
「はい、何でしょう?」
「成功する確率を聞いても良いか?」
「……正直、5割あれば万々歳ですけどね」
帰蝶は難しい顔で絞り出すように策の成功率を算出した。
5割と言ったは良いが自信がある策ではない。
何もしないよりはマシ程度であり、成功すれば確かに大きいが、失敗しても多少の時間稼ぎは出来るだろう。
「5割!?」
「そんなに!?」
「それは凄い!」
一方、延景と話が聞こえてしまった政景と長敦が驚きの声を上げる。
「随分と高確率ではないか!」
「そこまで自信がおありとは。恐ろしい御方ですな……!」
3人は帰蝶の策の成功率を良くて1割、甘めに見積もっても2割ぐらいと思っていた。
ただ、そんな低確率でも何もしないよりはマシだから了承したに過ぎない。
「無事成功した暁には、某、色々とお願いしたい事がありますが、まぁ今は良いでしょう。……むッ?」
長敦が何やら心に秘めたが、前方に何かが見えて警戒する。
「あれは……柿崎殿の旗印! 恐らく伝令でしょう!」
このタイミングで、景家が放った伝令が、帰蝶達を捕捉し何とか無事合流を果たした。
疲労困憊の伝令は、内容を伝えると落馬し気絶してしまった。
馬は乗り継いできたのか比較的元気だが、伝令は不眠不休で駆けてきて、今、役目を終えた。
「成程、柿崎和泉守軍、斎藤下野守軍の方針は分かりました。それぞれが危ない可能性がある場所を通過しつつ最終的に樺沢城を目指す。こちらの策の阻害となる方針では無いですし、このままその樺沢城を目指しましょう」
「到着した時の状況がどうなっているかだけが心配じゃな」
「えぇ。急ぎましょう。せめて損害軽微で収まっている内に!」
もし到着した時、北条軍の略奪に歯止めが利かない状態だったら、策がどうこうの話ではなくなる。
少人数では自分達の命も危ないので引き返し連れてきた軍の合流を待たねばならないが、その間、北条を止める術が無くなる。
これは想定する中でも最悪に相当する致命的状況。
これだけは何としても避けねばならない。
こうして帰蝶達は、先に南方に行軍させていた長尾軍すら追い抜き、大急ぎで樺沢城を目指すのであった。




