183-2話 謀反征伐 村上義清
183話は4部構成です。
183-1話からご覧下さい。
【信濃国/葛尾城 村上義清軍】
葛尾城にて信濃南部の動向を見張る村上義清。
義清は辛抱強く機会を待っていた。
群雄割拠の信濃で着実に勢力を伸ばすも、武田家の侵攻に阻まれ、今や南信濃の6割を奪われ、同じ信州侍の真田も武田に下ってしまった。
尤も真田と仲睦まじい関係ではないし、何なら争った間柄。
戦国の世に習い領土拡張争いを繰り広げたが、だからと言って特別憎い相手ではない。
そんな真田をやっとの事で倒したのは良いが、逃げられ武田に亡命してしまった。
(幸隆め! 負けて配下に下るなら、何も山賊同然の武田に下らなくても良いではないか! この村上と武田を両天秤に掛けて武田を選ぶとは何事か!?)
長年争っただけに真田幸隆の手練手管は評価している。
手を取り合って武田を倒す未来も見据える程評価していたが、フラれたのは自分だった。
真田がどこの誰に仕え様とそれは当人の自由。
戦国時代は忠誠の時代では無い。
己が仕えるに相応しいと見定めた相手に仕えるのが当然の時代で、主君が無能なら簡単に裏切るし、何なら己が取って代わるのも当然の選択肢。
だから下剋上であり戦国時代なのだ。
(なのに幸隆は何をトチ狂ったのか領主としては最低の部類の武田に仕えるとは! 案の定謀反を起こされておるではないか!! その選択が間違いであった事、この戦で証明してみせん!)
最早自分が信濃では武田信玄に対抗できる最後の一人。
武田信玄とは何度も争い、買って負けてを繰り返した実力者だが、形振り構わない山賊集団の凶暴さに信玄の卓越した頭脳に、徐々に押され戦線を維持できなくなり当時の長尾家に助けを求め臣従した。
そこで信濃は膠着状態となった。
長尾の力を借りてどうにか挽回を狙うも、義清には知る由もないが、歴史が変化し信玄は飛騨守を授けられたからだ。(85話参照)
おかげで武田は飛騨を目指す様になったが、上杉に臣従した村上では上杉の都合を無視してまで仕掛けることはできない。
攻めて来てくれれば自衛として戦えるが、そんな機会はとうとう訪れなかった。
今日までは。
そんな悶々とした日々の中、突然の前触れが、しかも信じ難い内容の前触れで、その通りに上杉政虎が現れたので、義清は驚くのを通り越して上気さえしている。
極度の興奮状態だ。
「と、殿!? 伝令の報告を聞いた時はまさかと思いましたが、まさか信濃を突っ切って葛尾までいらっしゃるとは!! 何と言う無茶を!」
政虎が来るのは状況次第ではあり得ると、義清も想定していた。
だがそれは、越後側から来るのであって、まさか南側から到達してくるとは思っていなかった。
南信濃は武田の影響力が強い地域なのだ。
それを上杉軍が突っ切ってくるのは予想外にも程がある。
全滅すらあり得る無茶な進路なのに、それを兵の損失無しで到達するなど本来ありえない。
しかし上杉政虎はその無茶をやり遂げてしまった。
何が何だかまるで分らない。
「一体どういうカラクリなのですか!?」
どれだけ考えても義清には不可能としか思えない。
一つ恐らく理由に繋がる何かがあるとすれば、政虎の後方に控える甲冑無しで控える縛られた者達が、何かしら関係している位しか思いつかない。
ならば聞くしかない。
「この者達に何か関係が!?」
「鋭いな。いや、当然の疑問か。正にこ奴等のお陰で快適な乗馬旅同然よ」
「縛られているからには協力者、と言う訳ではありますまい? それにしても……貴様ら、どこかで会った事があるか?」
義清はバツが悪そうに同席する2人に目を向ける。
政虎が連れてきた捕虜(?)だが、何故か歓迎する気に慣れないのは気のせいでは無いだろう。
何となくある種の予感が過るが、しかし決して答えには辿り着かない。
まるで、今調べようとしていた事だったのに忘れてしまい思い出せない時の如く、義清にはもどかしく猛烈に気持ち悪い。
「分らんか? フフフ。聞いて驚け! こ奴等は武田信玄、信繁兄弟だ!」
そんな義清の苦悶の表情を楽しんだ政虎は、まるでショーの司会者の如く手を広げて盛大に紹介した。
「そうでしたか。それは遠路遥々……何ですと!?」
自分の信濃領地を侵食する憎き武田兄弟が目の前にいる。
夢に魘される程に八つ裂きにしてやりたい相手が、葛尾城で着座している。
思わず刀に手を掛けそうになるも、自制心で何とか殺意を封じる。
主君である政虎の前で抜く訳にはいかないし、何か理由があって連れてきたのは明白だ。
それを己の一存で斬るなど言語道断だ―――と、頭では理解するも、肉体は溢れる殺意が制御を奪おうと暴れている。
お陰で、義清の指は電撃を浴びて痙攣したかの様に、本来自力では動かせない場所にまで指が異様な方向に曲がる。
「カァッ!!」
義清は、そんな指で無理やり拳を作り、物凄い皺を眉間に刻みつつ己の太ももに叩きつけた。
お陰で太腿を守る佩楯の一部が反り返った。
鉄芯で補強されている佩楯をひん曲げる怒りと殺意をこの一撃で発散させたのか、スッキリニッコリ笑顔で最初の何も知らない状態の時の雰囲気に戻った―――のが余計に恐ろしさを醸し出すが、政虎も信玄も信繁も、余計な事を言うのは控えるに限ると悟った。
「そうでしたか。それは遠路遥々ようこそ武田殿」
極めて慇懃無礼に義清は挨拶する。
優越感は無い。
恨みの方が遥かに勝るからだ。
「して、この御二方がここに居ると言う事は、只ならぬ事態が進行中ですな? てっきり武田とは上田とここで睨み合いをしていたと思っていたのに。しかし、上田の様子に異常はありませぬ。異常が無い事か異常です。考えられる可能性は……信玄殿が別動隊として動いていたが捕縛された事を上田の武田軍が知らない、又は……謀反」
義清が極めて正解に近い予測を立てる、と言うかもう正解で良いだろう。
信玄が別動隊であったのも正解だし、その別動隊が越中に向かっていたのを知らなかっただけで、何が起きてこうなったのか知らないだけだ。
「うむ。ほぼその通りだ。武田では謀反がおきておる。今の上田にいる『武田信玄』は影武者で、恐らく子の義信あたりが首魁であろうよ」
「親子2代に渡って謀反による家督簒奪ですか。家督簒奪はあり触れた話ですが2代連続は余り聞きませぬな」
家督争いは戦国時代が特に有名だが、昔からよくある話だ。
ただ、2代連続となると大分限られた話になる。
ちなみに最長不倒記録は不鮮明な部分も多いが4代続いた伊達家ではなかろうか。
稙宗と天文の乱にて争い勝利し、家督を手に入れた晴宗。
晴宗は隠居後も実権を手放さず、輝宗に元亀の変にて実権を奪われた。
輝宗は畠山義継に拉致された際、子の政宗に己ごと射殺させたが、一説にこれは政宗の陰謀で、邪魔な父をこれ幸いと義継ごと射殺し、後年には家督争いのライバルである弟をその手で暗殺し伊達家の実権を手に入れた。
探せばもっと陰惨で連続した家督簒奪記録はあるかもしれないが、ともかく義清の記憶の中では2代連続謀反は聞き馴染みが無く、珍しさと信玄の不幸に顔が綻ぶ。
傷跡の如く刻まれていた眉間の皺もいつの間にか消え失せている。
いわゆる『他人の不幸は蜜の味』という奴だ。
それが、八つ裂きにしたい程に憎い相手なら、それはもう『極上の蜜の味』なのだろう。
「まぁそこの武田の御仁は後で良いでしょう。先触れにて凡その状況は把握しました。今回の戦で北信濃が狙われる可能性は常に考慮してまいりましたが、まさか一向宗が北条を焚き付けて、しかも越後が狙われていたとは……!」
政虎すら当初は武田の北進は無いと、警戒する家臣の意見を一蹴した。(169-3話参照)
この戦が終わった時、面倒臭い家臣が面倒臭い事を言うのは容易に予想できるので、政虎にとっても痛恨の読み違えだが、それもこれも想定外の事が立て続けに起きてしまったからだ。
1つ目の想定外は武田家の謀反。
今の方針は義信の方針で会って、信玄は北信濃を攻略するつもりが無かったので、本来は政虎の読み通りだったのだ。
「うむ。武田は北信濃から越後へ、北条は上野国から越後へと連携しておる。今大急ぎで越中に向かわせた兵を越後に戻しておるが、こちら側はともかく、越後北部を狙う北条の侵略に間に合うかは難しいところだ」
政虎も本来の帰還ルートを使っていたら、この信濃の防衛線には間に合わなかっただろう。
それを見越しての飛騨信濃強行突破であり、最初に攻略した城に信玄と信繁が居た超幸運にも助けられ、誰にも邪魔されず最速で北信濃にたどり着いた。
「越中を攻める際のガラ空きの越後の隙を突くと言うのは理にかなっておるが、それを恐らく無学、無教養の七里頼周が画策し見事盤面を作り上げたのは見事と言う外ない」
そして2つ目の想定外が、今褒めた七里頼周だ。
「奴は我等の様な人に育てられた武将ではなく、乱世に育てられた、極めて純粋な戦人だな。今回は見事にやられたと褒めねばなるまい。別に我も侮っておった訳では無いが、奴は強さの質が違う。一向一揆ではあるが、武家よりも厄介だと認識を改めねばなるまい」
政虎の言葉に、義清は頷き、ついでに信玄も信繁も追従した。
恐らく頼周は『兵法』など何一つ知らぬだろう。
だが、その用兵術は見事としか言い様が無い。
つまり自力で気が付き習得してきたのだ。
格言の一つに『習うより慣れろ』との言葉があるが、まさに七里頼周はソレを地でいく傑物だった。
「だが、その厄介な七里も斎藤と織田がとりあえず封じた。1年もつかどうか怪しい約定だが、越中を気にする必要が無くなったのはありがたい。そこでだ。まず我は北信濃を一気に決着をつけ、武田を追い払える算段が付いた時点で越後北部に向かい北条を相手する。中々忙しいがここの戦いを如何に短期間で最低でも膠着状態まで持っていけるかが勝負だ」
「何か策がおありで?」
「そうだな。例えば、こ奴等を武田本陣に連れて行くだけでも効果抜群だろうな」
こ奴らこと信玄と信繁は体を一瞬反応させつつ平静を装う。
だが連れて行かれてどうなるかは未知数だ。
ただ死ぬ事は確定しているだろう。
どんな死に方をするのかが未知数なだけだ。
「だが、こ奴等は切り札でもあるし、ここで死なせる使い方は勿体ない」
(!!)
「日ノ本の為に何の利にもならん」
(!?)
最初の言葉には死を免れる可能性に喜ぶ信玄と信繁であった。
その為に、足搔いているのだから。
だが『日ノ本に為にならない』とは意味が分からない。
「クッ! 殺せ! 恥を晒す位なら……」
「フフフ。信繁殿ならいざ知らず、そんな心にも思っていない一瞬でバレる嘘をお主が言うでないわ」
「な……!?」
恥辱を許さぬプライドを演じた信玄は、あっさり見破られてしまった。
弟の信繁でさえ『今のはちょっと……』と思う程の白々しさだった。
ちなみに演技は抜群に上手かった。
何がダメだったかと言うならば、ただ単に『武田信玄が絶対に言う訳が無い言葉』だっただけだ。
「お主程、生に執着する人間は恐らく居るまいて。生きたいから甲斐を懸命に変えようと努力したのだろう?」
自分の命も大事だが、領民の命も(一応)大事にする。
支持は得られなかった結果が今であるが、それでも今まさに何かしらの悪足掻きをしている信玄が死にたがりな訳が無い。
「お主等兄弟には役目がある。簡単には死なせぬぞ?」
「何をさせる気だ?」
「どうせ武田に居場所は無かろう。なら、最後ぐらい挨拶をして行くがいい」
「あ、挨拶?」
何をさせたいのかイマイチ分からず信玄も困惑するしかないが、とりあえず死なないで済むのはありがたい。
生かすと言うなら、流れに身を任せつつ、悪足掻きが実る時間は稼ぐだけだ。
「よし。具体的な南信濃対応策を述べる。周辺各城の兵を終結させよ! 我ら葛尾兵7000が戦い始めれば、機を見計らい宇佐美兵2500、甘粕兵2500も周囲から突撃し攻撃を始める。そして最後に越後からの直江兵5000による波状挟撃。キツツキ計改め、嬲りキツツキ計とでも名付けようか!」
当初は、越後から回り込んでくる直江兵5000、村上兵7000と政虎の兵5000でのキツツキ計が最初の策であったが、信玄の悪足掻きや、上田の武田兵の数からして直接ぶつかり合うのは得策ではない。
せっかく様々な方向から進軍できるルートがあるのだから利用しない手は無い。
故に、単なる挟み撃ちのキツツキ計ではない。
これはキツツキはキツツキでも、一匹の潜む虫に対し四方八方からキツツキまくって嬲る、イジメに等しい挟み撃ちだ。
政虎率いる村上軍、宇佐美軍、甘粕軍でつつきまくり、直江軍で止めを刺す。
おまけ武田兄弟までツッツキに加わる。
普通、戦力の逐次投入は愚策とされる。
損失を惜しむあまり小刻みに戦力を投入し、その戦力が敗戦を繰り返し、結局最後まで小刻みに負け続け全滅する事に繋がる事から例えられる。
最初に全軍投入しておけば、損害はあるかもしれないが勝つ事は出来る。
だが、まだ武田家を完全掌握していない相手なら、幾らでもやり様はある。
「直江軍もまもなくの頃合いだろう。ここからは時間との勝負!」
だが時間との勝負だ。
武田軍は上田と佐久に軍を分けているが、上田を狙われたならば飯富虎政は必ず救出に来る。
武田義信と飯富虎政でそれぞれ15000人。
合計30000人は流石にキツイ。
そうなる前に、偽の武田信玄と本物の武田信玄を鉢合わせ軍の統制を崩壊させる。
だが、その前に武田信玄が偽物と波及させれば、30000人の軍ではなく、30000人の烏合の衆とさせる事もできる。
そうなれば一気に南信濃奪取すらも見えてくる。
とにかく、この『嬲りキツツキの計』の肝は『武田信玄が偽物』と広める事だ。
「佐久の軍がたどり着く前に、武田信玄が偽物であると喧伝しつつ攻撃せよ! ゆくぞ!」




