181-3話 七里越中守頼周 暗躍 ―見えた底と破る底―
181話は3部構成です。
181-1話からご覧下さい。
「…………。……そうか。北条だな?」
そして答えに辿り着いた。
「ッ!!」
「なっ!」
「ほ、北条!?」
「武田が撤退するかは未知数だったハズ。だが別の確実な保証があるとすれば? しかも越後を攻められる勢力にして攻める理由がある勢力! それは昨年、上杉に領内を荒らされた北条しかおるまい!」
その通りであった。
信長は頼周の失言から、一向宗の戦略を看破するが、当然看破だけで終わりではない。
これからの戦況変化も脳をフル回転させて予測する。
「成程。色々暗躍してこの盤面を作り上げたのだな。大したモノだ。その苦労、手に取るように理解できるぞ」
信長包囲網で散々、根回し、裏取引など散々動き回ってきた信長である。
その苦労への共感は出来る。
出来るが―――
好評価を下す事は出来なかった。
「と言いたい所だが……これは一向宗にとって数ある想定の中でも最悪なのではないか?」
「さ、最悪?」
武田は弁舌で追い返し、北条を利用し上杉も追い返す。
こうなれば、斎藤、織田だけでは戦力不足となり越中は守られる。
頼周渾身の策であり、信徒を守る為に作り上げた盤面だ。
最悪どころか最高のハズだ。
「考えてもみよ。上杉が隙を晒したのを機に北条が越後に食い込みでもすれば良いかもしれんが、武田も食い込む可能性があるぞ? 奴らは三国同盟にて連携を結んでおる。越後の東西で同時に侵略を仕掛ける策ぐらい北条も武田も取ると思わんか?」
「ッ! まぁ……取る……でしょうな……ッ!?」
頼周は、この状況を考えていなかったのか、今、頭をフル回転させて状況を整理する。
すると、ある不都合が見えてくる。
「その上でだ。北条は東側だから良いとして、武田は北条の西側。これが最悪だ」
北条は三国同盟の東側、関東の覇者。
武田は三国同盟の北側、信州を制すれば地域の覇者。
それが同時に越後を攻めたら越後の東が北条、西が武田の攻略目標となる。
「つまり、仮に上杉が滅んだら、武田は越後の西から越中へ侵入し放題だな?」
「ッ!!」
謀略で武田、上杉を撤退に追い込んだ頼周。
その場を凌ぐ策と戦術は良かったが、その後の経過と変化を含めた戦略までは考えが及んでいなかった。
これが現状の七里頼周の限界であり、北陸の混乱の原因であった。
10年揉まれ続け、鍛え上げられた傑物だが、大局を見通す目がまだまだ甘かったのだ。
色んな工夫で北陸を支配しているが、内部も決して平和で落ち着いている訳では無いので、どうしても外部に対する備えは甘くなる。
やはり七里頼周とは、良くも悪くも北陸の混乱の象徴なのだ。
「理解したな? ならば最初の話に戻ろう。撤退する上杉軍に手を出すな。手を出せばお主等を守る防壁が上杉から武田に切り替わる。それでも上杉を追撃するというのなら、その背後を我等が狙う」
「は……ハッハッハ!」
「ん? どうした?」
「いや、織田殿の提案が我等を守ろうとしている様に聞こえてしまいましてな」
確かに、上杉を妨害すれば、将来の侵略者は武田に確定する。
それを妨害したい織田。
暴政の武田の支配を知る頼周としては、織田が一向一揆を守りに来た構図にも見えてしまう。
あと、今この場で笑っておかないと『七里頼周』の名に傷が付くとの判断でもある。
複数人の七里頼周が存在するが、いずれも優秀でなければならない。
もちろん100戦100勝の無敵ならば言う事は無いが、こうして遅れを取る事も残念ながらある。
その時、慌てふためいて醜態を晒しては一揆は瓦解する。
七里頼周は神懸っていなければならないのだ。
「良いでしょう。ですがこちらも提案です。ならば上杉軍の撤退を見逃しましょう。その代わり斎藤、織田は越中に攻め込まない事を約束して頂きたい」
「他には?」
まるで『まだ提案があるだろ?』とでも言いたげな信長の問いに、頼周が肝が凍り付く思いを懸命に誤魔化して提案した。
「越前と越中の侵攻も止めて貰いたい。それを今すぐ書状にして越前にいる斎藤殿と朝倉殿に知らせ、今の膠着状態のまま矛を収めてもらいたい」
「よかろう。約束が守られる限り、ワシらはこれ以上の侵攻を止めようではないか」
これは信長達にとって想定通りの提案であり、できれば一向一揆側から言わせたかったセリフでもある。
どうせ越中は上杉家が支配する予定地であり、斎藤家は元々これ以上進めない。
それをバカ正直に告げる必要は無いが、告げずに利用する思惑に見事に踊らされ、まんまと言わされてしまった七里頼周の未熟さの表れでもあった。
だが頼周もこれで終わりでは無かった。
「もう一つ」
「まだ何かあるのか? 欲張りだな?」
ここまで言わせられれば十分だと思っていた所に、上乗せした頼周。
歴史の変化の中で生きる人間らしく、信長の予測を意地と執念で上回ってきた。
場の空気が温かみを通り越して熱を持つ。
頼周の維持と執念と信念の賜物か、冷気を浴びせた信長に対抗したのだろうか。
(無意識か? 譲れない芯がある者は、やはり厄介であり魅力的に見えるモノだ)
信長は組んだ手に顎を乗せつつ、値踏みする様に頼周に対し頭から足まで視線を動かし確かめる。
「やられっぱなしでは沽券に関わりますからな。飛騨は斎藤殿にお返ししましょう。その代わり、2度と一歩たりとも武田の侵入を許さないでもらいたい。飛騨から越中に逃げてきた民は、武田が来ると知って皆恐慌状態でしたからな」
「ッ!!」
この提案は予想外だった。
飛騨の返却が、ではない。
武田の侵入を2度と許すな、についてである。
《信虎さんの流言が効き過ぎたんですかねー? 頼周本人にも手段と手法に色々問題はあるんでしょうけど、それでも民を守りたい気持ちは本物なんでしょうねー》
《その様だ。確かに色々諸問題を抱えておるが、気持ちだけは本物か。……まぁだからと言って、気持ちだけでは許されない世の中ではあるがな。美徳として覚えておいてやるぐらいはしてやるか。だが……》
ここで信長は悩んだ。
頼周の人間性はともかく、要求の難度が中々に高い。
今回の戦の後で『一度は支配下にした地域を横取りされた』位は平気な顔をしてクレームをつけるのが信玄だ。
それをどう捌くか、腕の見せ所、というか頭の悩ませ所となろう。
「……難題を言ってくれるではないか。奴は飛騨守なのに、その侵入を許すなと来たか。だが、今の言葉『一揆の為』と言うよりは『武田の恐怖から民を守れ』と感じたが?」
「どう感じたかはご想像にお任せします。どうせ、このあと武田が撤退した飛騨の跡地を巡るのでしょう? ならば責任もって守り切ってもらいたい」
表情からは読めないが、頼周は『武士ならば土地を守れ』と言いたげであった。
その思いの中には、為政者の風格が僅かながらに感じた信長であった。
「……分かった。約束しよう。最後に聞いておきたいのだが、お主の目指す国とは何だ? 先ほど『国として認めるなら』と言っていたな? どんな国を打ち立てるのだ?」
信長も引っかかっていた部分だ。
国の在り方を語れる武将など、この戦国時代両手両足の指で数え足りる程度だろう。
殆ど全ての大名なり武将は、混乱のどさくさに紛れて領土拡大を目指しているに過ぎない。
「信仰の下の平等ですよ。誰も搾取されない。誰も弱きものを不当に扱わない。阿弥陀如来の前では皆平等なのだから、それを実現することこそが我が使命」
《!!》
この言葉に強く反応したのはファラージャであった。
未来も確かに『信仰の下の平等』なのだが『平等の上に立つ信仰の宗派の覇権争い』で壊滅的なのが未来の惨状だ。
「成程な。お主の目指したい形、理想、それは理解できる。だがそれでは失格だとハッキリ申しておこう」
その未来を知る信長も当然の反応だが、その未来を知らなかったとしても容認できる方針ではなかった。
「なっ! 平等の何が失格だと!?」
「考えても分らぬなら、実際に実現して見せてみよ。必ず破綻すると断言しよう。それを覆し成功したなら先の発言は撤回し謝罪しよう。だが、今までも散々実施しようとして失敗してきたのだろう? それとも成功するまで続けるか?」
「と、当然だ! 難題難問なのは百も承知! しかし、この混乱の時代だからこそ成し遂げなければならぬ! むしろ、これは千載一遇の好機なのだ!」
「今が好機か。その考えには同意するがな」
今が平和では、大ナタを振るった改革は出来ない。
大多数の武士がどさくさに紛れて領土を増やす様に、信長の他に信念ある者達も、ある意味どさくさに紛れて改革を断行しているのだ。
「ならば朗報を待つが良い! 必ず目にもの見せてくれようぞ!」
「ならば待とうかのう。ただし、それは先の約定が守られている限りだ」
先程、不戦協定を結んだばかり。
信長の考えでは、どうせ一年持たず破られるであろう、仮初の不戦協定。
「その上で、一つだけ歩み寄り出来る事がある。だが、まず先に言うた通り、今のままでは、お主を国主としての対等の付き合いはできぬ。お主の目指す国は分かったが、ワシは日ノ本で意に添わぬ者は全て滅ぼすつもりだからな」
「それは……!? つまり、ぜ、全国統一か!?」
「そうだ。従来の様な中央を抑えるだけの形ではない。北は奥州から南は九州まで、砂粒一つに至るまで土地は全て我が物にする。しなければならぬ理由があるからな。故にこの部分で既に相容れぬ」
「欲深いにも程があるのではないか!?」
土地を支配しているのは武士だけではない。
様々な勢力が、言わば己の王国を規模の大小問わず乱立し争っているのが今の日本だ。
「欲か。そうだな日ノ本を改革すると言う『欲』が原動力なのだから『欲』は否定せぬ。自分では限りなく『無欲』に近い『欲』だと思っておるがな。何故ならワシだけの欲望を叶える為だけではないからじゃ。ワシの欲は日ノ本の為でもある」
「織田殿の欲が日ノ本の為? ……言っている意味が分かりませぬが?」
頼周は本当に理解が及ばなかったが、それはこの場にいる斎藤、織田陣営の同行者も同じであった。
皆、一様に頭上に『?』が浮かんでいた。
「いずれ分かる時が来るだろう。生きていればな」
「……」
「まぁいい。先ほど言った『歩み寄り』の部分を話そう。お主の言った『平等』の世界と言うのは悪くない。我らは天下布武法度にて法の下の信仰の平等は認めておる。ならば、お主等全員武器を捨て我が意に従え。その上でお主は我が臣下として好待遇で召し抱えてもよい。決して悪いようにはせぬぞ? どうだ?」
阿弥陀如来か法度か。
法に従ってくれるなら、北陸の諸問題は一気に解決する。
その上、才能を感じる七里頼周まで配下にできる。
こんなに都合の良い話はない。
だが、得てして都合の良い話は断られるモノだ。
「お戯れを。それこそ相容れぬ事は分かりきっておりましょう! それでも臣下にしたいなら勝って納得させてもらいましょう!」
「ふぅむ。そうなると、上手く捕縛出来ればよいのだが、勢い余って殺してしまうかもしれぬ。顕如も認めたその才を失うのは惜しいのう。しかたない。なるべく捕縛する様に戦うが、死んでも恨むでないぞ?」
今のスカウトは本気だった。
上手くいっていない未熟な部分もあるが、全力で北陸を何とかしようとする姿勢は本物だ。
だが、その手法や考え方を知らぬのが弱点だと信長は見抜いた。
自力でここまで何とか持たせているのは、本当に大したものだと本心から思う。
織田家に来るなら幾らでも学ぶ機会はあるのだから、将来、とんでもない武将に成長する可能性すらある。
「誠に残念だ。さて、それでは約定の書状だ。同じ物を大至急越前にも届けさせ、上杉家にも届ける。それで良いな。また、今から四半刻以内に狼煙を上げるが、これは上杉軍に対する連絡だ。絶対に妨害攻撃をしない様に徹底して欲しい」
「えぇ。約束は守りましょう。ではまたいずれの機会に」
こうして一向宗との停戦協定が結ばれた。
ほぼ狙い通りの約定となり、これにて今年の一向一揆対策は終了となった。
飛騨に武田の侵入を2度と許さないとは少々想定外だったが、これも何とかなる(かもしれない)策は思いついた。
各地で苦戦や想定外の事が起きている以上、ここで一旦幕を下ろすのが正しい判断だ。
それに信長も分かっている。
どうせ、約定は破られる。
今の七里頼周にその気が無くても、破られる事は火を見るより明らかであろう。
その原因も頼周だ。
頼周の気遣いが仇になり、必ず民が暴走する。
その時、約定違反を大義名分に掲げれば済むだけなのだから。
【飛騨国/山童村 斎藤、織田軍拠点】
「謀略に優れているとの触れ込みでしたが、まさに『役者が違う』とでも言うべきで、弾正忠様の敵ではありませんでしたな?」
稲葉良通が、感心しつつ正体不明だった七里頼周を現実に見て、過大評価だったと思い知った。
正体不明だから、しかも2人いるので妖怪だの韋駄天だの騒いだが、知れば矮小な存在だと理解できてしまう。
たしかに凡庸では無いが、中途半端に優秀故に、このままなら放置しておいても自滅すらあると思っていた。
「いや、それは人生経験の差に過ぎぬ」
だが、信長は良通の言葉を、良く分からない理で否定した。
まだ30にも満たぬ信長のセリフとは思えないが、なぜかその貫禄が納得感を生み出すが強烈な矛盾も生み出した。
「じ、人生経験? 七里は見た所40代前後と見えましたが? 弾正忠様より人生経験が浅い事はありますまい……あ、いや、これは弾正忠様を侮辱しているのではなく、弾正忠様の貫禄は天下一でありましょう!? 単なる人生経験ではなく経験の濃淡とでもいいますか……!?」
取次筋斗で取り繕う良通。
今の言い方では、信長より頼周の方が上だと言ったも同然だ。
転生による実年齢との差、それに加えて20代とは思えぬ貫禄と覇気が矛盾を生み出し、良通に失言をさせてしまった。
だが信長は心の中で良通の態度を笑うに止め話を続けた。
「七里は形はどうあれ武田も上杉も、ある意味我らさえも、謀略で退け越中を守り切ったのだ。結果だけなら絶賛せねばならぬ戦果よ。しかも今至らぬ点も、もっと経験を積めば更に厄介な敵に育つぞ。必ずな。今後もこの調子でいけると思っているなら、今すぐ気持ちを入れ替えるが良かろうて」
「わ、わかりました!」
「それよりも今からだな」
「武田の放置した地の併呑ですか?」
「それもあるが、ここからどう上杉を守るかが難しいな。武田とは同盟を結んでおるが、上杉攻略の為の援護など当然してやれぬ。北条は遠すぎて手出しができぬ。今川を動かすことも三国同盟の都合上できぬ。武田と北条には越後は当然、北信濃も統一させたくない。さてどうしたものか……?」
今一番困るのは上杉が滅ぶ事だ。
そうすると一向一揆対策に、より一層武田が介入してくるのは間違いなく、仮に一揆が滅んだら、今度は織田、斎藤、朝倉、武田の争いに発展するのは火を見るより明らかだ。
正直、上杉も厄介な勢力なので、いつかは滅んで欲しいのが正直な気持ちだが、それは今ではない。
「一向一揆攻略の礼との体裁で、援助物資をありったけ越後に送るのはどうでしょう?」
今まで黙っていた重治が提案した。
献策するタイミングを計っていたのだろう。
「直接送っては武田との同盟勢力として体裁が悪すぎますが、朝倉殿を経由すれば、我らは傍観者を装えます。何なら越前で停戦した朝倉軍にはそのまま越後に行ってもらうのはどうでしょうか?」
「成程。今回のこのややこしい関係の中で朝倉だけはどことも無関係! ならば援軍に向かわせられるか!」
良通が手を叩いて納得した。
重治の提案は様々な問題を一気に解決できる可能性を秘めていた。
今年の一向一揆との戦いは終わりだ。
だが、上杉を助けられるのは、全く無関係な朝倉だけ。
東西に延びた越後を守るに、いくら上杉政虎が超人的とは言え、越後だけで守り切るのは難しい。
だが、今の朝倉勢ならば期待はできる。
「そうだな。良い策だ。その後押しを、織田と斎藤で密かに全力で行うしかあるまい!」
こんな時の為に、散々努力して米を増産したり硝石を自作したり、領内の発展を急ピッチで行ってきたのだ。
北条がオマケについてくるのは厄介だが、武田を追い返す援助物資ぐらいは用意できなくもない。
《こんな時、堺を押さえておくと楽だったのだがな》
《堺……矢銭の話ですか?》
矢銭、つまり臨時税金である。
堺は信長の支配下に置かれてからは、その言葉に従い言われるがままに銭を用意した。
そうした方が痛い目を見ないで済むし、何より信長がそれ以上の儲けを招きこんでくれる存在だったからだ。
《織田では津島、熱田、伊勢、近江でそこそこ集められるだろう。斎藤も若狭と今龍で搔き集められる。あとは上杉と朝倉次第だな。尽くせる人事はここまでで、この期に及んで天命を待つしか無いとは歯痒いが仕方あるまい!》
散々一向一揆の為に動いた結果が、一揆と上杉を守る為に裏方に徹しなければならない歯痒さ。
これが家臣への命令なら、ある程度作戦を授け方針を事細かに言えるが、同格の大名相手では、心配し過ぎては、これはこれで侮辱だ。
この辺りの加減が難しいのは前々世での徳川家との付き合いで散々学んできた。
《書状でも一応伝えるが、気前の良過ぎる御礼の裏を察してもらうしかないな。最大級の危機を》
《史実の朝倉義景さんでは期待は薄いでしょうが、今回ならイケるんじゃないでしょうか?》
《だと良いがな。お濃が朝倉の機嫌を損ねてなければ良いがな……》
《ははは……》
ここだけが心配な信長であったが、ファラージャは何とも言えない表情で笑うに留めた。
こうして北陸での一向一揆との戦いは一端の休戦となり、舞台は北信濃と北関東へと移るのであった。
痔もほぼ完治したので、執筆スピードはいつも通りに落ち着きました。
これからも月2回投稿を目標にしつつ、ただ、「3部構成の3部目が下旬」といった分割パターンも出てくる可能性もあります。
これは尻の状態どうこうではなく、私の生活関係での都合です。
申し訳ありませんがご了承ください。




