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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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180-1話 御家騒動の余波 異変

180話は2部構成です。

180-1話からご覧下さい。

【越中国/猪谷(いのたに)砦 上杉軍】


 上杉政虎が一向宗と武田軍の戦いを、高みの見物と洒落込む為に築いた猪谷砦。

 急増で作った砦にしては中々の防御陣容を誇り、何かの間違いで蟹寺城から一揆軍と武田軍が同時に攻めてきても十分持ちこたえられる規模になっている、と言うより、何か動きがあるまでは基本的に偵察しかやる事が無いので、砦は現在進行形でガンガングレードアップしている。


「そろそろ猪谷城に改名するべきかな?」


 政虎がひと際高く作った櫓の上で蟹寺城方面を監視する。

 呑気な冗談も飛び出すくつろぎ具合の政虎。


「……?」


 だが、突如異変を感じ櫓から身を乗り出した。


「ッ!? 武田の気配を感じぬ……!?」


 蟹寺城の南方で、一際目立つ意識を纏った集団がいるのは政虎なら視認できずとも把握できる。

 念には念を入れ、それが武田軍である事は偵察の目でも確認されている。

 潜むつもりなど一切ない侵略軍なので気配は目立つ。

 炊煙も隠蔽など一切ない。

 明らかに近日中には合戦に発展すると政虎は読んでいたのに、その予測が外れた。


「あの強欲な武田が撤退!? 馬鹿な! 越中に活路を求めに来たのであろう!?」


 政虎の驚きも仕方ない話であろう。

 何せ、この時の信玄は撤退するつもりはまだ無かった。

 信濃の武田義信軍を呼び寄せ、数に任せた攻略に戦略を変更していたのだ。

 だからこの時点では一旦態勢立て直しの為の、次に繋げる為の前向きな退却であった。(178-2話参照)


 それが本当に退却どころか、まさか武田家内紛大事件に発展しているなどとは、流石の政虎にも読めなかった。(179話参照)


「段蔵!」


「はっ」


 呼ばれた段蔵が櫓をするすると飛び跳ねる様に軽やかに登り、政虎の背後で跪いた。


 北条家に『風魔』、武田に『歩き巫女』があるように、上杉も独自の忍者集団を抱えている。

 それは『軒猿』とも呼称される事が多いが、本来は上杉家専属忍者団体名ではなく、忍者の事を『乱破』『草』『透破』と呼ぶように、『軒猿』も単に忍者を指す言葉だったとも言われる。


 その上で『段蔵』とは『加藤段蔵』とも『飛加藤』とも称される当代随一の術の使い手である。

 史実ではフリーランスとしてその技と術で仕官営業していたが、やりすぎたアピールで上杉謙信にも武田信玄にもその腕前を恐れられ、追放、あるいは暗殺されたとも言われる。

 この次元の歴史では、無事上杉家への士官が叶い何かと重宝されていた。


 歴史と世の中の動きの激しさから、毒を飼い慣らすのも大名の度量と判断したが故だ。


「武田を追跡し何が起きているのか調べさせよ!」


 仮に本当に退却だったとしても『退いてくれて一安心』と断じる政虎ではない。

 理に合わぬ何かが起きていると、戦の天才政虎は感じ取り命を下した。


「承りました。それに先立ち、現時点で判明している情報だけお伝えします」


 連絡網は既に完成している。

 主の求めるであろう情報を事前に仕入れて準備しておくのも優秀な忍者の証だ。


「武田は現時点の待機場所からは撤退済。その上で、武田は南方の風玉村を拠点としておりますが、退くのであれば最低でもその村までは退くでしょう。問題はその後の行動ですな?」


 段蔵にしてもその先の行動は読めない。

 この風玉村から武田がどうするのかによって、今後の上杉の行動が決まるのだ。 


「その通りだ。態勢を立て直す為の一時的撤退なのか、一向宗と何か密約を交わしたのか、それとも他の何かなのか? それを確定出来ぬと最悪も想定せねばならぬ!」


 政虎としては一向宗と武田を何としても衝突させたい。

 もし信玄が信濃全軍を率いてきた場合であったら、一向宗の援護をする位の節操のない戦略も辞さないつもりである。

 計算違いはあれど、戦わせて消耗を狙う戦略はこれでも成立する。


 問題は、武田軍がこのまま戻ってこない場合だ。


「武田の御仁が諦める、と言うのは万に一つも無いと可能性を排除し、そのつもりで調べますがよろしいですね?」


「諦める!? そんな馬鹿な事は無い! 最低でも何かしらの密約の成立が妥当な所だが……!?」


 まさかの御家騒動とは予想外なので、絶対に何かある可能性は捨てきれない2人であった。


 ただし、武田と一向宗を戦わせられない場合、計算違いではあるが、今見せている焦り程にはそこまで困らない。

 北上中の斎藤軍を待って共同で攻めれば良いだけなのだから。

 少々予定より流す血の量が多くなるだけで、不本意ではあるが問題は何もない。


 大問題が起きるとすれば明確な意思を持った撤退で、別の何か行動を起こす場合だ。

 これを段蔵に掴んで欲しいと政虎は依頼したのだ。


「承知しました。ではその辺りも含めて探ってみましょう」


「頼む」


 政虎が『頼む』と言った時にはもう段蔵の姿は消えていた。


「仮に本当に撤退だとしてどこを狙う? 密約を交わして方針転換か? ……どこに? ……ッ!?」


 ぽつりと呟いた言葉が、急激に重みを増す。


「北信濃……!」


 上杉軍の軍議で、面倒臭い家臣の一部が『北信濃が危ない』と政虎の考えに再考を促す家臣がいた事を思い出した。(169-3話参照)

 この一向一揆攻略作戦は政虎発案なので、一揆を後回しにはできぬと一蹴した意見であったが、信玄が再度軍を率いてこなかった場合は、周辺勢力的にも侵略場所は北信濃しかありえない。

 それに、あれ程の軍を率いておいて、何の手土産も無しでは赤字も赤字、大赤字である。


(例えば越中の支配を認める代わりに、上杉の横腹を突いて欲しいと密約を交わしたならば……?)


 それならば甲斐から信濃、飛騨を通り越中までの道を繋げた時点で、武田軍としては任務完遂となる。

 本願寺本家とそんな約定を交わしているならば、この撤退は理解できるが、その予想も外れている。

 外れているが、外した中でも武田の目標は正しく見抜いた。

 

(何たる事だ! 読み違えたか!?)


 読み違えた事を読み違えているが、これをミスと糾弾するのは少々酷だろう。

 武田義信の反乱さえ無ければ、すべて政虎の読み通りだったのだ。

 

「猿倉城、富山城、大村城に伝令だ! 武田が越中を攻略を中止し、北信濃に行く可能性が高い! 大村城より順に越後に戻って北信濃に向かう準備だけ整えよと伝えよ! ただし本当に撤退と命令するまで誰にも悟られぬ様に慎重に動け!!」


「はッ! ……あの、殿は?」


「ワシも後に続く! 一気に大群で戻っても越後側へ戻る陸路は狭い! 詰まっている所に一向宗から背後を突かれかねん。北側の大村城から順次整然と撤退出来ねば全滅まであると思え! 段蔵の報告を待って、確定したら即座に動くぞ!」

 

 段蔵は1日後に戻ってきた。

 撤退するも置き去り気味の歩兵武田軍に紛れ込み、木曽福島城に辿り着くと、これから北信濃にむかう()()()()を見届け、即座に踵を返し来た道を駆け抜けた。

 飛び加藤と称されるだけに悪路など全く苦にしない、最短距離があれば崖だろうと樹木だろうと突っ走る。

 現代風に言うならば、パルクールの超達人とでも言うべきか。


 こうして段蔵より、北信濃に武田軍が向かうとの報告を受け、上杉軍は越中からの撤退を決めた。

 ただし上杉政虎だけは、この危機に対し、一人だけ下した命令と違う行動を取るのであった。


「段蔵。織田に伝令を頼む。内容は―――」


「これは思い切った事を。分かりました」


 忠実な家臣ならば絶対に制止する政虎の発言だったが、段蔵は感想を言うに留めた。

 上杉に所属する以上は任務を全うするが『上杉が滅びたらまた仕官活動をするだけだ』ぐらいにしか思っていない。

 だからこそ、余計な思想も入る余地が無く優秀なのだ。


「直ちに向かいます。数日以内には動きがありましょう」


 段蔵はそう言って姿を消した。

 実際には歩いて部屋を出て行っただけだが、気配の消し方が見事すぎて、視界に収めていても見え辛くなる望月千代女や生駒吉乃に匹敵する、神業的隠形術だった。



【飛騨国/山童(やまがろ)村手前 斎藤軍、織田軍本陣】


 各所で動きが活発化しかけている前の事である。

 斎藤、織田の飛騨解放軍は、上杉政虎からの伝令からの要請を受けた所だった。


「『あまり近づきすぎるな』か……。まぁ、言われるまでもなく近づきたくても簡単に近づけぬのが本音だがな」


 稲葉良通は上杉政虎から斎藤軍充ての伝令を総大将代理として受け取り、その内容から信長にも判断を仰いだ。(178-1話参照)


「そうですな。説得が上手くいく場合もあれば、いかない場合もある。戦にもなってしまうし、降参して従う民もいる。保護した民の目下の生活も保障しなければなりません。目標の蟹寺城に辿り着くにしても今しばらく掛かりましょう」


 色んな策謀の毒花が一気に開花しつつある北陸で、唯一当初の目的通り、地道に説得と解放と戦を続けている斎藤軍と織田援軍。

 蟹寺城に行くだけなら、もう1日以内の距離までたどり着いたが、ハイキングではないのでそう簡単には行かないのが実情だ。


 その蟹寺城と、斎藤織田軍の間に存在する最後の村たる山童村。

 当たり前と言えば当たり前だが、村は砦では無いが蟹寺城直下の拠点でもある。

 戦国時代の風習に倣い簡素な防御設備は当初から整っているが、飛騨の争乱に際して、ほぼ砦といっても差し支えない規模の防御力を備えている村だった。

 とっくの昔に斎藤軍の侵略報告も受けており、より念入りにバリケードやら櫓やら、罠から路の封鎖まで、これ以上無い程の拒絶の姿勢を見せていた。


「伝令殿。まぁ、見ての通りじゃよ」


「そ、そうですね……。近付き過ぎるには相当な無茶をせねばなりますまい……」


「うむ。これを理由に武田の援護要請を断れると考えれば、まぁ良い状況ともいえるのかのう?」


「ははは、確かに。……笑うところでしたかね?」


 良通のエスプリの効いた例えに重治は思わず笑ってしまい、しかし頑固な性格の良通がシャレた事を言うので思わず確認してしまった。


「そうじゃ。……お主、ワシを何か勘違いしてるのか? ワシだって洒落た事ぐらい言えるわい!」


 越中は一向一揆の本場本元なので、上杉軍は電光石火の速度で越中東部を制圧した。

 一応説得もしたが『説得などオマケ』と念頭に置くぐらいに、時間を掛けなかった。

 元々が騒乱続きで防御設備もあるにはあったが、その設備すらメンテナンスが追い付かない騒乱の地だからこそ出せた上杉軍のスピードであった。

 一方、飛騨側は一向一揆に巻き込まれ日が浅いからか、防御設備は比較的生きており、しかも今後の統治を考えた丁寧な説得をしているので、どうしてもスピードでは負ける。


「上杉殿にお伝え下され。『懸念は承知した。ゆるりと参りつつ武田の出方を伺うのでご心配なく』とな」


「はっ。確かに承りました。……くれぐれもご無理なさらぬ様、ご武運をお祈りします」


 伝令は丁寧に挨拶をして去っていった。


「クックック。そんな武運を祈られる程なのだな、こちら側の状況は」


 言葉一つから色々想像できてしまい、思わず笑みが零れる信長であった。


「越中側は説得は最小限なのでしょう。最初から聞く耳など持ってないとわかっている分、決断も早いのでしょうな。……沢彦殿、これで飛騨では最後です。一応よろしくお願いします」


「ようやく最後ですか。何となくですが、すぐ帰還する気がしますが行ってまいります」


 沢彦は、泣きたいのか笑いたいのか良く分からない表情で、山童村に向かった。


「ご武運……いや、御仏の加護があらん事を」


 その何とも言い難い沢彦の背中に、良通は最大限の応援の意味を込めて激励をする。


 だが―――

 再会は早かった―――


 当然の如く沢彦は、速攻で追い返された。

 命があるだけ儲けモノの塩対応であった。


「戻りました。無理です」


「お疲れ様です」


 もう何回もこの定型文のやり取りをしたか誰も数えていないが、沢彦は最低限の任務は果たした。


 説得はした。

 断られた。

 後は自業自得。

 ならば戦だ。


「よし。半兵衛(竹中重治)、始めるか」


「はっ。配置は万全です。まずは弓矢で挨拶しましょう」


 攻撃によってどの程度の損害で心折れるかは不明だが、説得を聞き入れるまで戦闘行為が行われるか、勝てないと悟って降伏するかのどちらかだ。

 最悪の場合、つまり信仰心が篤すぎて絶対に心折れない場合も想定し、最後の一人まで討ち取る手段も含んではいるが、ここまでに至る道中で、まだ、最後の一人まで抵抗した民はいない。


 限りなく越中に近い飛騨北部だけに抵抗は頑強だろうが、必ずどこかに折れるラインがあるハズだと信じたい良通と重治であった。


「うむ。適度に射掛けよ。反撃があれば退け。可能な限り直接戦闘は避けていく」


 上杉側からも『近づきすぎるな』と念押しされたのだから、飛騨最後の戦いとして、腰をドッシリと落として着実に民の心を削って攻略するのみである。


「その方が結果的にも上杉殿の意に沿うし、民の心的負担が少ない様だしな」


 良通もこの飛騨侵攻で気が付いたのだが、刀や槍で斬殺するより、誰が殺したか分からない弓矢の方が民の抵抗と怨嗟が薄い事が分かってきた。


 それに建物に避難すれば矢は届かない。

 精神的に『まだ大丈夫』との安心感も生まれる。


 斎藤、織田軍がやった事には間違いないが、刃が届く範囲で誰かが死ぬ光景は、矢で射られるよりショックが大きいのだろう。

 直接切り結んだ結果、民が恐慌状態になってしまい、返って事態が悪化する事もあった。


 民のその心理的事情を良通と重治が把握してきた後は、刀剣での戦いは止めの一撃だけと決め、ここまで進んできたのだ。


(織田殿の長島決戦最終盤で、徹底的に距離を取ったのはコレが理由だったのかのう?)


 確かに理由の一つではある。

 だが最大の目的は兵糧攻めであり、飢餓地獄と一揆内一揆を誘発させるのが目的であり動機なので、良通の予想は全然違うが勝手に納得した。


 そんなゆったりとした慈悲を多分に含んだ攻撃が、この後に無慈悲な猛攻に切り替わるとは良通も重治も、信長さえもこの時は思っていなかった。

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