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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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178-2話 蟹寺城攻防戦 信玄の決断

178話は2部構成です。

178-1話からご覧下さい。

【越中国/蟹寺城道中 広場】


 七里頼周率いる一揆軍と武田信玄が率いる武田軍のそれぞれ精鋭10名、総勢22名の内の半分は先程から衝撃を受けっぱなしである。

 その衝撃を受けっぱなしの陣営を率いる長の武田信玄は、何とか冷静を装って聞き返した。


「……確かにそんな土地では意味がない。民を治め導くのが我ら武家の役目。正しい治世を目指し戦乱を根絶せねばならぬのに民がおらぬでは、ここまでの侵攻もただの散歩と変わらぬ」


 信玄は己の覚悟を語って聞かせるが、頼周は歯を食いしばって聞いていた。

 怒りではない。

 笑ってしまいそうになったからだ。


(民を導く? 正しい治世? 役目? 武田の口からそんな言葉が出て来るとは何たる腹筋(はらすじ)(腹筋崩壊)か……!)


 もはやギャグとしか思えない武田の暴政は北陸にも鳴り響いている。

 そんな状態なのに真剣に未来を見据える信玄の言葉は、ここが演劇上だったら大爆笑の盛り上がりを見せただろう。


 ただ一応、信玄も武田の暴政を良しとはしていない。

 恥ずべき政治だと自覚している。

 その恥を解消する為の越中侵攻なのだから、言ってる事は真面目だし、目指している理想の姿なのだ。


 だから信玄は至って真剣であり、それ故にシュールな面白さが演出されてしまっていた。


「……そ、そうですな。これでは散歩に違いありますまい。ともかく、先にも言いましたが今、現実が見えておらぬ顕如上人の意向に従えば、北陸は二度と安住の地となる事はありますまい」


「……成程な」


「もうまもなく一揆は100年を迎えますが、このままでは1000年先も呪われ続ける土地となりましょう。武田殿はそんな土地をお望みではありますまい?」


 失笑を何とか飲み込んだ頼周は、信玄に侵攻の意義を問うた。


「まさか。人が居らんでは、正に宝の持ち腐れよ!」


「そうでしょう。だから一揆100周年に到達する前に、私が鎮静化させるのです」


「成程な! 誰も邪魔をするなと言いたいのだな!?」


「言葉遣いはともかく、そう言う意味で捉えてもらって結構です」


「その反逆も、遠く本願寺に居るモノでは把握できぬ事情を知るからこその判断なのだな!?」


 武家の世界でも命令拒否はある。

 特に、武田は最近まで絶対君主制ではなく合議制の国だったので、命令拒否など日常茶飯事、とまでは行かぬでも、ままある事例であった。

 だが、それは合議制の武家の話。

 宗教的信仰による絶対君主制よりも強力な支配の中で、ここまで堂々と命令拒否をするなど信玄としても聞いた事は無い。


「その通り。驚く気持ちは分かりますが、冷静に考えれば、今までこんな事は遥か古代より散々繰り返してきたのが宗教ですぞ?」


「反逆をか……? まさか宗派の分裂の事を言いたいのか?」


「その通り。臨済宗はいきなり臨済宗として始まったのですか? 違うでしょう? 仏教の本家本元の天竺でも、天竺から今の明に伝わった仏教も、日ノ本とは全く違った仏教がきっと分裂して生まれているに違いありますまい」


 臨済宗はその名の通り『臨済義玄(りんざいぎげん)』という中国の禅僧が開祖の宗派だ。

 もっと最初期まで遡るならば、仏教は釈迦が開祖の宗教で、長い年月を経て様々にその解釈を巡り現代まで分裂を繰り返し今に至る。


 臨済宗もその中の一つに含まれる。

 大抵が、今まで所属していた宗派に疑問を感じ、新たな宗派を起こしていく。


 浄土教から浄土宗を開いた法然。

 その浄土宗から浄土真宗を開いた親鸞と、時宗を開いた一遍。

 だがその彼ら3人は、元々天台宗出身者だ。

 そんな天台宗は日本の仏教の始祖とでも言うべき立ち位置だが、その天台宗も中国仏教の数ある宗派の一つに過ぎない。


「命令拒否をしておいてその話。……それはつまり『新宗派を開く』と言う事か?」


 信玄は当然、この場に付き従っている10人も同じ答えに辿り着き衝撃を受けいていた。


「新宗派? ……まぁそうとも言えましょうが、我らの目指す宗派の形態などは武田殿にとってはどうでも良いでしょう」


 七里頼周の最終目標は親鸞の浄土真宗の『復活』だ。

 だから『新しい』とは少々違う。

 今は蓮如の掲げた団結を利用しているが、歎異抄と出会ったこの歴史において、親鸞の意思の復活は蓮如と蓮崇を受け継いだ頼周の使命である。


「少々、話が大きくなりすぎましたな。もう少し現実的に、本願寺の意向を拒否して何をしたいのかお話ししましょう。と言っても簡単な事。信徒を頂点とした国を打ち立てるのです。実質的な影の支配者としてではなく、真の正統支配者として!」


「!?」


 現実的な話とした前提で『国を打ち立てる』とは現実からかけ離れているとしか思えなかったが、とりあえず信玄は話の続きを聞く事にした。


「世は下剋上。飛騨はほぼ失いましたが、それでも私は能登、越中、加賀を治め、先の飛騨や越前越後にも影響を及ぼす身。僭越ながら、私の影響力は小大名如きでは太刀打ちできぬと自負しております」


 国土の広さは力であるが、決して、支配する国の数=力の強さでは無い。

 例えば尾張や越後、越前は1国で他国の何倍もの価値がある国だ。

 史実の織田家と今川家は桶狭間の戦い時点で、織田家が尾張1国に対し、今川家は遠江、駿河、三河の3国を有するが、今川家はそれでやっと織田家と互角だったと言う説もある。 


 だがそれでも、3国を治め、飛騨、越後、越前にも影響力を及ぼす七里頼周は、現時点でも間違いなく北陸の覇者。

 統治国内の混乱故に内側に目を向けざるを得ないが、混乱が収まれば、自然と目は外に向き、その結果、間違いなく急成長と天下に影響を及ぼす強力な勢力に成長するだろう事は容易に想像できる。

 最早、信玄とは大名としての格が違うのだ。


『甲斐と南信濃を制した程度で、誰を相手にしているのか分かっているのだろうな?』


 頼周もそうは言わない。

 言えない事情もある。

 だが、武田相手に言ってのけても、何も問題無い力の差があるのだ。


「……話を戻そう。本願寺の方針に従わないのは理解した」


 先程から、どうも居心地の悪さを感じる信玄は、話題の切り替えで挽回を図る。


「その上で頼照ら本願寺の人間をどうしたのだ? 対上杉にあたるとはどういう事だ?」


「私の説得を聞き入れ、この地で民と戦う意思を固めました」


「何じゃと!? まさかワシらとも戦うつもりか!?」


 一方、武田の侵略計画は、本願寺の支援があって初めて成立する弱小国なのだ。

 その本願寺の人間もいなくなってしまった以上、蟹寺城に到着した所で、頼照らと合流できれば話は別だったが、武田と戦う道を選んだとなれば、今回の侵攻は頓挫も頓挫、歴史的快挙クラスの頓挫だ。


「まさか。言ったでしょう? 笹久根殿同様、対上杉で動いてもらっています。流石に武田殿と争わせては頼照殿も本願寺で立場を無くす。彼らは本願寺の命令はとりあえず後回しで、目先の脅威を片付けた後に改めて私を説得する御つもりでしょう」


「そ、そうか……ッ!?」


 本願寺自体が武田の敵に回った訳では無いと確認できたのも束の間、信玄も直ぐに気が付いた。


「では今後はどうするのだ? さっきも今も上杉が来ていると申しておったが、上杉にはどの程度越中への侵略を許してしまったのだ?」


「報告では東側半分は制圧され、この蟹寺城の目と鼻の先で陣地を築き態勢を立て直している最中ですな。恐らく、我らと武田殿の戦いを高みの見物と行くつもりでしょう。そうしてから、勝ち残った方に攻撃を仕掛ければ、こんな楽な攻城戦はありますまい」


 まるで他人事の様に頼周は語る。


(そ、それは七里を倒したとしても、即座に上杉とここでやり合う事になるだと!?)


 対上杉など、消耗無しの万全でもキツイ相手に、七里と戦った後での連戦は無謀にも程がある。


「この蟹寺城は最後に動いた者が総取りと言う訳ですな。飛騨越中間の陸路も周辺支配も」


 それがわかっている政虎は、だから呑気に砦など築いて七里と武田の争いを待っているのだ。

 そのカラクリに信玄も気が付いてしまい、顔を歪ませる。


「これもハッキリ申しておきましょう。我らは武田殿とは相容れぬませぬ。余りにも思想が違いすぎる。しかし我らを国としてお認めになるならば、隣国として交易を通じて発展するのは大歓迎ですぞ。そうすれば、砦建設に(うつつ)を抜かす上杉を共に攻める選択肢もあります」


 もはや武田にとって蟹寺城を攻略するメリットは無い。

 例え攻略して、さらに上杉を蟹寺城から追い払えたとしても、その先の猿倉城から先の東越中は上杉の版図だ。

 それを頼周は散々と『攻略してもデメリットしか無い』と説明したのだ。


 それに頼周に言われるまでもなく、武田と一揆は相容れない。

 本願寺と組んでおいて、本願寺から離反する宗派と組んでは、本願寺からの支援も途絶えてしまう。

 そんな簡単な理論を理解できない信玄では無い。


「ですが、このまま蟹寺城を攻めるなら、例え我らを破ったとて今度は無傷の上杉と当たる。そこまでの損害を計画してこの越中に来たのであれば、望み通り一戦お相手仕ろうではありませぬか。無論、斎藤が割り込んだとて対応策は万全です」


(こ奴の胆力も尋常ではないが、それにしてもこの余裕は何だ!? 七里にとってはワシらに上杉、斎藤に囲まれた状況で何故こんなにも余裕があるのだ!?)


 頼周の話す目指す国造りの内容は、信玄には寝言の様にしか聞こえぬが、孤立した蟹寺城にいてこの胆力。 

 何か秘策があるのだろう。

 だが、一家を退けて終わりではない。

 三家を退ける策など、実行可否はともかく、地形を利用した何かぐらいしか信玄には思いつかなかった。


(色々お悩みの様だ。我らは今、武田だけに集中していれば良いのだが、それは気付くまい)


 頼周は対上杉は当然、対斎藤に対しても秘策を持っているので、武田だけに集中すれば良い。

 武田が上杉の漁夫の利となる事を受け入れ戦う愚かな勢力だとは思わないが、戦いになるならなるで構わないとも思っている。

 笹久根が連れてきた飛騨の民と、頼周が率いてきた一揆軍。

 優に武田を上回る人員を揃えている。

 城攻めには三倍の兵力が常識とされる中、策略を駆使して落とすつもりなら相手になるだけだが、勝者は続いて上杉とも相手するのも決定事項となる。


 だが頼周は特に上杉に対しては既に策を打っている。

 何事も絶対は無いが、奪われた越中東部全てを奪い返す秘策を既に完成させている。


 何なら頼周にとっては実は対武田が一番の難所。

 だが、ここさえ退いてくれれば、なし崩し的に上杉、斎藤にも優位に立ち対処し勝てる。


「如何致しますか?」


「……!!」


 武田として完全に詰んでしまった事を信玄が率いてきた10人の護衛は理解したが、信玄だけは違った。

 別の手段を即座に考え出した。


(いや、もう一つ手がある! 正真正銘最後の手段だが、ここまで来て撤退など武田の沽券に関わる大失態! 本願寺に対しても事情を説明すれば頼照と証恵の裏切り落ち度を認めざるをえまい。ならばいける!)


 信玄は床几から立ち上がると頼周に言った。


「……どうやらこれまでの様だ。我らは引き返す。誰が上杉の利になる事をしてやるものか。此度は無人の飛騨東部だけ頂いていく」


「よい判断だと思います。いつかは国同士の付き合いが出来る事を望みますぞ。それでは失礼致します」


 頼周もそう言って立ち上がり蟹寺城に退いた。

 残された武田首脳陣は、それぞれ騎乗すると、一斉に口を開いた。


「お、御屋形様! 本当に引き下がるので!?」


「あそこまで言われ放題で良いのですか!?」


「越中を手に入れられないのは武田としても死活問題では!?」


 一斉に不満を口にする家臣を信玄は一喝した。


「やかましい! そんな事言われんでもワシが一番わかっとるわ! 七里に上杉、あと笹久根か!? 全員まとめてブッ潰してくれるッ!! その為にも、一旦、拠点を作った風玉村まで戻る!」


 風玉村は最初に笹久根貞直こと武田信虎の暗躍により、下間頼照、証恵、蜂屋貞次が誘拐され無人となっていた村だ。(174-1話参照)

 思えばトラブルの始まりはココからだった。

 おかげで、南信濃から追加援軍を呼ぶハメになり、今、蟹寺城で散々な扱いを受けるハメにもなった。

 信虎から家督を奪って21年。

 苦労して強い武田を作り上げたが、その中には様々な屈辱で眠れぬ日もあった。

 だが、今日の出来事は、それらを軽く上回る厄日と認定しても良い屈辱の交渉だった。


「太郎(義信)を呼ぶ。南信濃の全軍をだ」


「えっ」


「そ、それは……」


「南信濃の防備をどうするのですか!?」


 武田軍は今回の遠征で3万を動員した。

 無理に無理を重ねた動員で、本願寺の援助があるからこそ出来た動員でもあるが、やはり賭け同然の動員であり失敗は許されない。

 その中から真田軍2000と、追加で3000を呼び寄せ越中に向かった訳だが、睨み合いの為だけに25000人が遊んでいる状態だ。


「案ずるな。南信濃は睨み合いに徹する様に命じたが、それにしては上杉に動く気配が無いと報告にあったな? それは上杉の命令でもあるのだ。ワシと上杉が同じ命令をしたが故に膠着を演じておるのだ。ならば、もう引き上げても北信濃からの進軍は無い。あちらも越中で何かあれば呼ばれる命令を受けているハズ」


「な、成程……!?」


 実際その通りで、政虎は北信濃に展開させている軍の村上義清に信濃州7000で各城にて防御を固めていた。

 ただ、義清を越中にまで呼び寄せる可能性のある命令はしていないが、当の義清に南進の腹積もりは無く、越中の動向を気にしていた。

 仮に南信濃の武田軍が消えたら、南信濃奪取の好機と見ず、越中が危ないと判断するだろう。

 ただそれは義清の胸の内であり、正解ではあるが武田からの視点では絶対と判断はできない。

 だが仮に予測が外れ、義清が南信濃に進軍してきた時は、引き返して改めて撃破してもいい。


 偶然ではあるが、武田は全軍越中に乗り込んでも問題ない状況を、だいぶ危ういが作り上げていた。 


「七里頼周も戦国の世で鍛えられたであろうが、こういう力押しを果たして跳ね返せるかな?」


 30000なら蟹寺城を落として、その先の上杉軍撃破も十分可能な戦力となる。

 頼周の話はあくまで現状での状況説明だった。

 ならば現状を超えたモノを用意すれば良いだけだ。


 信玄は風玉村に到着すると、南信濃の義信軍に召集をかけるのであった。


 これが武田家にとって歴史的転換点となり、新たなる方向に進み出す第一歩だったと、後世の歴史家は満場一致で口を揃えた―――

8/18に177-3話の後書きに追記したのですが、改めて恥を忍んで報告しないといけない事があります。


現在「痔」を患っております。

痔は作家の職業病なんて聞きますが、アマチュアの分際で恐れ多くも痔になってしまいまいした……。


それにしても「疒」に「寺」で「痔」。

信長Take3内で罰当たりな事をしている報いなのか……。


現在、立ったり座ったり姿勢を変えて胡麻化しつつ執筆していすが、これが本当に想像以上に痛いのです!

間違いなく人生ベスト10に入る痛みでしょう。


そんな訳でありまして、次回投稿は遅れるかもしれません。

本来なら次回は9月上旬以内を目標にしていますが、遅れた場合は、「まだ完治してないんだな」と察して下さると助かります……。

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