表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
323/447

175話 堀江館攻防戦開幕

【越前国/堀江館 朝倉軍】


 堀江景忠の裏切りを受けて堀江館の攻略を開始した朝倉軍。(174-2話参照)

 朝倉軍は堀江館周辺を焼き払うも、それ以上攻略の動きができなかった。


 焼き払いに対してアクションがあれば対応して撃滅するのがセオリーなのだが、堀江館に籠る一向宗は無反応なのでどうしようもない。


 その理由は、朝倉軍との戦闘を止めたい下間頼廉が、反撃の機会を奪ってしまったからだ。


 当初、その事情を知らなかった朝倉軍は敵の動きに困惑し、堀江館の一揆軍を率いる堀江景忠は景忠で攻撃の機を逸してしまった。

 お互いが出鼻を挫かれた格好となり、一揆軍は仕方なく籠城戦に移行し、亀の様に閉じこもり館から打って出る事もなく1週間が経過した。


「殿、遅くなりましたが、滞りなく西谷城を落として参りました。守備兵にいくらか置いてきましたので総勢3000が合流となります」


 西谷城攻略を担当していた朝倉景鏡が、延景(朝倉義景)の本陣にくると早速戦果の報告をした。

 西谷城は堀江館と同等程度に頑強に防御が整っていたが、守備兵が手薄なのが起因して一週間持たず落城してしまった。

 恐らく、堀江館に戦力を集中させたのだろう。


「うむ。ご苦労だった。事情は聞いておるな?」


 延景は城の攻略経緯を聞かず、こちら側の事情について尋ねた。

 景鏡の実力からすれば西谷城の攻略など出来て当然であり、延景も別段褒めないし、景鏡も褒められる事を望んでいない。

 これは前哨戦なのだ。

 勝ったら喜べる相手は西谷城ではなく堀江館にいる。

 勝利を喜んで集中力を切らす訳にはいかないのだ。


「はっ。本願寺から派遣された者が拘束され、しかも北陸一揆の指導者が籠っているとか」


 景鏡も耳を疑った情報であった。

 これが本当なら一網打尽で早期決着も狙える千載一遇の好機。

 自分が急遽呼び寄せられるのも納得の情報であった。


「うむ。その通りなのだが少々問題も浮上してな。色々情報を集めた結果、その指導者七里頼周が中々に、いや、猛烈に厄介な相手だと結論付いてな。この堀江館攻略は厳しい戦いになると予測されるのじゃ」


「成程。しかし、それでもこれは好機には違いないとの判断ですな?」


「うむ。全く持ってその通りで、まさに裏を返せばと言う奴よ。ここで七里頼周を討ち取る為にお主を呼んだのじゃ」


「成程。それが斎藤殿と勢源が手に入れた情報でしたか」


 景鏡も本当に心底耳を疑った、最初は流言かと勘違いした情報であった。

 これが本当なら朝倉家が消し飛んでもおかしくない暴挙だが、景鏡も帰蝶や勢源の技量を知っているだけに『何なら、最適な選択だったのでは?』と納得しかけてしまった。

 自分が急遽呼び寄せられるのも納得も納得の当たり前、目玉が飛び出る程の驚愕情報であった。


「……その情報は墓まで持って行く様に」


「はっ」


「これで7500。もう何日か後に斎藤家から追加の援軍2000が来る。これで9500。堀江館を落とすには十分過ぎる規模だが、あの朝倉宗滴を手玉に取った事もある化け物を相手にするからには、最大限の注意を払って攻略する」


「然らば、暫くは睨み合いですな。予定の戦術を聞いても?」


「うむ。それは―――だ。宗滴公に感謝せねばならぬな。この様な事態を見越して策を授けてくれていたのだ」


「な、なるほど!? 宗滴公らしいと言うか何と言うか……」


 聞いて納得の悪質な、敵の弱みを容赦なく突く、間違いなく朝倉宗滴立案だと理解できる策だ。


「うむ。奴らが浄土真宗信徒である限りこの策からは逃げられぬ。だから暫くは睨み合いで良い。運を天に任せるではないが、自らの進路は一向宗に決めてもらおうではないか。斎藤軍の増援を待って動くぞ!」



【数日後】


 朝倉延景の本陣には総大将の延景、景鏡ほか朝倉家臣団と、斎藤家からは帰蝶、明智光秀、安藤守就、氏家直元らが参加した。

 本当なら領地の守備を担ってもらいたい者を全員呼び寄せた本気の布陣である。


「斎藤家の方々、良くぞ急な増援要請に答えてくれた。礼を言いますぞ」


 そう言って延景は頭を下げた。

 帰蝶が提案した増援だが、ここは朝倉家の要望の形を取った。

 事情を知らない朝倉家側の者からすれば、そもそもが最初の帰蝶の越前訪問が予定外。

 三国合同作戦が崩れている事情の理由として、延景が呼んだという体を取ったのだ。


「いえ、お気になさらずに。この一向一揆の主戦場は間違いなく吉崎御坊となるでしょう。北陸最大の激戦区なれば盟友朝倉殿を助けるは当然であり、当初の作戦に拘らず臨機応変に動くが吉。ここで決着をつけてしまいましょう」


 斎藤家を代表して帰蝶が挨拶した。

 そんな帰蝶に何人か事情を知っている人間からの視線が集まる。

 その者は例外無く、先日帰蝶が潜入した事実を知る朝倉家の者達だ。

 女大名で、武芸も抜群、オマケに間者までこなすなど『一体何刀流なのだ!?』と、羨望と困惑と呆れの眼差しを向けられた。

 いずれにしても帰蝶の行動力には感心感動の思いだが、斎藤家の面々は、まさか主君が間者として潜り込んだなどとは夢にも思っていない。


 妙な温度差がある朝倉延景本陣の朝倉家と斎藤家であった。


「うむ。さて、今後の予定としては堀江館の攻略となる訳であるが、およそ2000人で籠る堀江に対し、我らは9500なれば力押しでも十分。だが、此度の戦は堀江館を攻略して終わりではない。その先こそが重要であるからして、兵力の消耗が激しい攻城戦は得策ではない」


 延景の言葉に朝倉家、斎藤家の全員が頷いて同意した。

 ここが終点ならば全力攻撃で良いが、今から始める戦は最初も最初で、堀江館を攻略した先が本番である。

 従って消耗は軽微に、しかし、戦は勝たねばならない。

 戦えば勝利は確実だが、勝ち方には(こだわ)らなければならない。


 この拘りとは、特に消耗を気にする拘りは大変厄介で、拘る余り消極的になったり、効果的な策を打てず却って大敗を喫してしまう場合もありえる。

 仮に大敗とならずとも、今後の予定を大幅に変更せざるを得ない被害を被る可能性もある。

 勝って当然とは(かく)も難しい。


「そこで敵を釣り出し、野戦にて撃滅する事を第一目標とする」


「野戦ですか。しかし、城下を焼き払っても出てこない相手を釣り出せるのですか?」


 延景の提示した策に、家臣達は疑問を口にした。

 それも当然の話であろう。

 何せ敵側は城下町を焼き払われたのに閉じ籠っているという、本来あり得ない異常事態。

 そんな相手を引きずり出すのは、中々の難問であろう。


「うむ。それは最も懸念すべき話。だが案ずるな。問題は無い」


 延景は、『その懸念の言葉を待っていた』と言わんばかりの顔をする。


「説明しよう。仮に釣り出しに失敗しても問題無い今回に限り使える二重の策があるのでな。その為に軍を2つに割る。まず式部(朝倉景鏡)はこの場に残り様子を伺う役割を課す。次にワシと斎藤軍はこのまま堀江を通過し吉崎御坊へ向かう事にする」


 延景は地図の上に乗る駒を動かし、今いる本陣から、延景軍と斎藤軍の駒を堀江館を通り過ぎる様に動かした。


「ん? それは堀江館を無視する、と言う事ですか?」


「如何にもその通り」


「そのまま吉崎御坊に向かう……? ……あっ!?」


 何人かの武将が狙いを把握したのか驚いた顔をする。


「気が付いたな? そうじゃ。これは堀江に選択を迫る策。一つ目は籠城を諦め出撃し我らの吉崎行きを妨害する事。二つ目は断腸の思いで聖地吉崎を見捨てるか。その選択よ」


 これこそが朝倉宗滴が考え出した、この地の特殊性を考慮した悪質な策。

 浄土真宗にとって吉崎は信仰の聖地。

 閉じ籠っているなら脅迫するだけだ。


『さっさと出てこないと、聖地吉崎の地を攻めるぞ?』と―――


 朝倉宗滴は常に想定する。


『堀江館は朝倉一乗谷の防波堤。ここが機能しているからこそ一揆の被害を防ぐ事が出来ている。しかし、万が一取り込まれたら? 堀江館が吉崎御坊の防波堤となってしまったら? ……そんな事には成らぬに越した事は無いが……そうなったらば仕方ないのう? クックック!』


 何かに備え、最悪の事態を想定するのは、どの時代でも変わらないだろう。


 裏切りには報いを。

 それも最大級の身を引き裂かれるが如く選択を迫るのだ。


《うむ。忘れていなくて何よりじゃ。信じる事は時に残酷よな。フハハハハハ!》


 5次元空間の朝倉宗滴は得意げに嗤った。


《さ、流石は宗滴殿……》


 そんな宗滴を見て、斎藤義龍が何とか誉め言葉を捻り出した。


《何と非道、いや、しかしこれは……》


 織田信秀が困惑しつつ顔を引き()らせた。


《お主、少し根性がヒン曲がりすぎとりゃせんか? ……ワシも仕掛けてみたかったのう》


 斎藤道三が己の悪行を棚に上げて、呆れながら宗滴を褒めた。


《拙僧は……いえ、()()()()は差し控えさせて頂きます……》


 太原雪斎が仮に考え及んだとしても、とても実行できない策に恐れ(おのの)いた。


《えーと、『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候』でしたっけ? 私も宗教には辟易してますけどこれは……何と言ったら良いのか……まさに犬畜生とでも言いましょうかね?》


 ファラージャも否定はしないが、この策を喰らう一向一揆を哀れんだ。


《ファハハハハ! 最高の誉め言葉よ!》


 帰蝶を通して延景の戦略を聞く5次元空間の面々も、頼もしいやら呆れるやらで困惑する。


 朝倉宗滴は常に想定した。

 どうすれば二度と朝倉に弓弾こうなどと夢にも思わぬ様にできるか?

 どうしたら後悔で身が引き千切られる程の苦しみを与えられるか?


 これが、この地だからこそ出来る悪辣非道な策。

 吉崎が聖地であればある程効果的だ。


 一揆勢の取る行動は多くて3つ。


 一つ目は吉崎には行かせぬと出撃する事であり、これが延景が一番待ち望む展開だ。

 女子供含めた一揆軍2000人対朝倉斎藤軍の6500と後方待機の景鏡軍3000で擦り潰すのみ。


 二つ目はそれでもなお閉じこもっているなら、吉崎御坊が炎上するのを特等席たる堀江館から見届けさせる。


 三つ目は一揆軍の全面降伏だが、これができるなら北陸はこんなに混乱していないだろう。


 一応の四つ目として、こちらの思惑を逆手に取り、飛び出して一乗谷城方面に向かう事だが、それなら景鏡軍が受け止めた所で、背後から延景軍と帰蝶軍が襲い掛かる手段だ。

 

 全ての可能性に対処した犬畜生宗滴渾身の悪魔の策であった。


「よし。まずは降伏勧告の使者を出す。これが最終勧告であり、断るなら大惨劇が起きると伝えよ。何せ、こちらには織田軍も合流しているのだから、とな。3日待つ間に決めよとな」


 一揆は敵だが、憎むべきは民ではなく指導者だ。

 民は生産者なのだ。

 抵抗する者は排除するしかないが、武器を置く者まで殺しては結局、回り回って自分の首を絞める事になる。

 3日とは揺さぶりと決断の為の猶予期間。


 かつて信長も長島願証寺相手に散々離脱を促し機会を与えた。(92話参照)

 それでも信仰に殉じ願証寺に残った者は例外無く地獄を見た。(104話参照)


『さっさと恐怖に負けて逃げ出せ』


 延景は存在しない織田軍の存在を匂わせた。

 これは配慮なのだ。

 長島の惨劇は伝わっている。

 恐怖に負けてでも何でもいいから理由を作って逃げて欲しいが為の、延景なりの最大限の配慮なのだ。



【3日後】


「予想通りなのか、意外な結果なのか。閉じこもったままか。頑ななのか頭が固いのか……。弾正忠殿(信長)も長島では苦労したのだろうな」


「そう聞いています。ただ、長島よりもこちらは信仰の聖地なれば、ある意味仕方ない事なのでしょう」


 結局堀江館からは何の返事も無かった。

 ことここに至って帰蝶も仕方ないと判断した。


「已むを得まい。では手筈通りに行くとしよう。斎藤軍を先鋒に吉崎へ向かう!」


 朝倉家主導の戦で、援軍の斎藤家が軍の先鋒を務めるのは余り聞き馴染みの無い陣容だが、当然ちゃんと意味がある。

 今から吉崎に向かう訳だが、堀江館を通り過ぎた後の背後からの急襲を警戒しているのだ。

 従って、この行軍は見た目は斎藤家が先鋒だが、実際には斎藤軍が後詰、朝倉軍が先鋒の形となる。


 堀江館から出てきた敵を、延景軍と景鏡軍で挟み撃ちにし、斎藤軍がさらに横槍をついて一揆軍を殲滅する格好となる。


「では出陣じゃ! 堀江の者共に己の判断を後悔させる! しかし十中八九奴らは出てくるだろう! 背後からの襲撃に十分警戒して進め!」


 こうして朝倉、斎藤軍は吉崎へと進むのであった。 



【越前国/堀江館 一揆軍】


「七里様。これで良いのですね……!」


 館の櫓に登った堀江景忠は、唇を噛んで通り過ぎていく朝倉軍を見送った。

 噛んだ唇からは血が滲み、滴り落ちた。

 吉崎を見殺しにしなければならない断腸の思いがそうさせた―――のではない。


「出来ればもう少し刻を稼ぎたかったが……。不確定要素が強く出てしまったか。ここから先は御仏の導きに御縋(おすが)りするのみ、か……」


 これは作戦なのだ。

 朝倉軍を倒す為の作戦通りなのだ。


「我らは一人も助かる事はあるまい。だが、極楽浄土には間違いなく行けるのだ。皆の者。その時に備えよ!」


 景忠は館にひしめく戦える民に指示を出した。

 ここから先は死出の旅路。


 だが死は絶望ではなく極楽への道。

 朝倉軍に対して苦々しい思いはあるが、死に逝く覚悟に揺るぎは無い。


 景忠は遠く吉崎方面を凝視して『その時』を待つのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ