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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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172-2話 円巌寺攻略戦 帰蝶と半兵衛の戦略

172話は5部構成です。

172-1話からご覧下さい。

【飛騨国/円巌寺 斎藤軍】


 小高い山頂と寺の両脇には深い森を抱えた円巌寺。

 寺の門に至る道は本来は直線か、それに近い構造だったのだろうが、今は巨石や倒木などで道が塞がれ一直線に団体で進めない構造に変質してしまっている。


 参道以外は木々と岩で歩くは当然武器を振るう事も儘ならぬ自然の要害で、道があったとしても、精々獣道で歩くに適さぬ天然要塞。

 山岳訓練を行っている斎藤軍ではあるが、飛騨を抜け北陸まで行く予定であり、過度な損害は受けたくないので無理はできない。

 朝倉軍と上杉軍との兼ね合いもある。

 しかも、武田軍も迫っている中で悠長な事をしていられない。


 そんな中、帰蝶が選んだ戦法は、よりによって持久戦であった。


「彦四郎(稲葉良通)、半兵衛(竹中重治)、待ってましたよ」


「さっそくの出番でありますな! 腕が鳴りますぞ!」


「仰せの通り、残りの兵は待機しております」


 権兵衛(仙石秀久)を使って呼び寄せたのは稲葉良通率いる今龍兵1000と、竹中重治率いる美濃兵1000の合計2000人。

 残りの6250人は待機である。


『後続軍が参ったら雌雄を決しよう』


 その言葉を受けての待機である。

 

「ありがとう。全軍呼び寄せなかったのは理由があります。どうも円巌寺の様子はおかしい。その全ての理由はわからないけど、少なくとも斎藤軍の全容を把握したいのは間違いないでしょう」


 帰蝶は己の考えを説明した。

 円巌寺の対応から感じる違和感と狙いを。

 それ故に、権兵衛に伝令を頼む時には2000人以外は待機と命じたのだ。


「他に感じる違和感とすれば、円巌寺の本気度とでもいいましょうか。怒りは確かにあるのでしょう。ただ、それでもあの激怒は演技臭いものを感じるわ」


「演技?」


「それは如何なる理由で?」


 現場に居なかった重治や良通にはピンとこない話。

 なるべくその疑問を共有すべく、帰蝶は感じた疑問を思い返し説明する。


「そうね……。例えば私と沢彦殿の話を最後まで聞いたわ。教義に真っ向から対峙する我らの話など、激怒して途中退席もあり得ると思っていたけど、何だかんだで最後まで聞いていったわ」


「確かに。拙僧の話に怒りはすれど、怒りの中にも丁寧な訂正や注釈はありました。その真偽はともかく、別に聞く耳など持たなくても良かった話。今思えば交渉の場にも着く事すら異例かもしれませぬな?」


 沢彦も疑問に思っていたのだろう。

 怒りの反応はあるのだが、それでも所々で暖簾に腕押しの如くの感触も否めない態度であったと思い返す。


「降伏する場合の手順を受け入れた事もそう。殉教をも辞さないなら、あの場で私達と刺し違えても良かったはず。私、あえて隙を晒してみたんだけど特に何も起こらなかった。どうも態度とは裏腹に行動がチグハグなのよね」


 女の勘なのか、自害と転生をしたが故の特殊な洞察力なのか。

 帰蝶の疑問は積み重なるばかりだ。


「最低でも刻を稼ぎたかったのは間違いないわ」


「殿の狙いはわかりました。その上での2000人だけを呼んだこの布陣、この最悪な状況の中で最も流血を防ぐ可能性を秘めていると思います。されど、斎藤家としても刻が惜しいのも事実なれば、某に策がございます。まず円巌寺の狙いをさっさと確定させましょう」


 帰蝶の説明から何か閃いたのか、重治が策の修正を提案する。


「手があるのね? 短縮できるのなら歓迎よ」


「はっ! まずは、この本陣を頂点に魚鱗陣を敷きたいと思います」


 半兵衛が円巌寺と周囲の地形、本陣を交互に見ながら総大将の最前線送りを提案した。


「……えっ? 魚鱗陣で本陣を頂点にする? ヤレというなら別に構わないけど」


 魚鱗陣とは陣全体で矢をイメージする突破力に優れる戦法である。

 その矢に当たる部分には、軍での先駆け担当、つまり軍最強の豪傑が担当して血路を切り開く。

 常と違うのは、その矢の頂点が、よりによって帰蝶の本陣であると言う事か。


「殿!? 流石に冗談ですよな!? それに半兵衛……!」


 遠藤直経が驚いて帰蝶を諫め、重治と問い(ただ)す。

 その役目をやるなら適任は斎藤家で一番命の軽く、かつ、豪傑でもある己なのは理解している。

 それに主君の帰蝶の命を心配するのは当然であり、かつて女の身でありながら真剣勝負で己に肉薄した奇跡の存在。(147-1話参照)

 それをぞんざいに扱うなど、神をも畏れぬ不届き者。

 右手に持った槍が握力で悲鳴を上げた。


「半兵衛、貴様……! 謀反でも企んでおるのか……!?」


 それは良通も同じで帰蝶を崇拝している。

 かつて己を、よりによって武芸で追い詰めた主君だ。(外伝3話参照)

 それをぞんざいに扱うなど、信仰を汚されたに等しい。

 良通は青筋を立てて、思わず鯉口を切った。


「そうかそうか……誠に残念だ……!」


「将来有望な若手を刀の錆にせねばならんとは……!」


 剣呑な雰囲気を隠しもしない2人の雰囲気に、帰蝶は慌てて間に入った。


「ちょ、ちょっと待って! ここで乱闘があっては円巌寺からしても困惑するしか無いわよ!? 半兵衛! ちゃんとした意図と説明があるんでしょう!?」


「も、もちろんです!!」


 重治は狼狽えながらも同意する。

 だが、どこの世界に総大将を矢面に立たせる策が存在するのかと帰蝶と直経、良通が思うのは事実。

 重治は大慌てで策の全容を話し始めた。


「も、勿論考えあっての提案です! 先も申した通り、殿が軍の一部だけを呼び寄せたのは誠に素晴らしき戦略眼! それ即ち円巌寺の出方を探りたいに他なりません! しかし、これも先にも言った通り我らも刻が惜しい! 折角ですので、この陣形にて円巌寺の思惑を確定させましょう。円巌寺の思い通りにはさせぬ為にも!」


「だから! それはどういう事だ!?」


「敢えて特大の隙を晒します! 死を厭わぬ教義なのにこれでも攻め寄せぬなら、間違いなく刻を稼いでいると断定できましょう! 聞いた限りでは我等に対し激怒しているのに、この隙を見逃す様では裏で何か企みがあるのは必定!」


「その予測が外れたら? 怪し過ぎて罠だと思われ閉じこもるかも知れぬぞ?」


 直経が疑問を尋ねた。

 自分が戦場で本陣を頂点とした敵の魚鱗陣に遭遇したら、流石に二の足を踏む。

 罠としか思えないからだ。

 手にした槍にさらなる力が籠る。


「可能性を否定はしませぬ。ただ、やはり死を厭わぬ兵がこの隙を見逃す様では、一揆軍は最初から籠城による刻稼ぎが目的だと迅速に断定できましょう!」


「ふむ。ならば、そもそもの予測が外れ一揆軍が押し寄せたらどうする?」


 良通も問う。

 ノーガードを装い誘って、本当にブン殴られたらば目も当てられない。

 誘い込むはずが突破されるなど戦史には良くある話だ。

 鯉口を切った刀の柄にを掛ける良通。


「その時は全速で逃げて後続軍に合流します! 幸い円巌寺周辺はとても人が大群で押し寄せる地形になってません! ならば寺の門が開いたら即撤退開始で良いでしょう! 寺からここまでは凡そ10町(約1.1Km)! ここから後続軍待機場所までも凡そ10町! そこに至る道は細く仮に大群で押し寄せたとて撤退戦で十分に防げます!」


「撤退戦? お主、撤退戦の準備を整えさせておるのか?」


「も、もちろんです! ここまでの道中で柵の建設を命じてあります! 弓兵も周囲に待機させてあります! こうなれば撤退陣地で敵を受け止め、弓で射掛けて跳ね返すことも叶いましょう!」


「成程! 全てに対応した策ではあったのじゃな! 流石は斎藤家の智者よのう!」


「悪かったな半兵衛君! ちょっと遊んだだけよ!」


 いつの間にか鯉口を戻し、槍も背中に背負いなおした良通と直経。

 殺気は引っ込み実に柔和な笑顔となっていた。


「ハハハ……」


 重治は絶対に本気だったと断定するが、口にはせずに笑うに留めた。


「殿。ここまで整っているならば我ら異論はありませぬ」


「そ、そう。良かったわ……《私は半兵衛の実績を知ってるから失念したけど、この世界の半兵衛は今から実績を作るのよね》」


《そうですね。こんな事で失敗するのかと焦りましたよ!》


「とはいえ、我らものんびりとは構えていられません。永遠に睨み合いでは北陸での朝倉、上杉との連携に間に合いませんからな。期間は定めねばなりますまい」


 気を取り直した直経が帰蝶に真面目に尋ねた。

 その目は円巌寺の門を捉えて離さない。


「まぁ、3日以内と考えましょうか」


 突破するだけなら今すぐにでも可能だ。

 だが、できるなら死傷者を出したくない思惑もあるが、連携作戦を取っている以上は待つのも限界がある。

 しかも円巌寺に何か思惑があるのは確実。

 1日で突破して3日待つ以上のデメリットがある可能性が高い。

 それを見極める刻が惜しい場合もあるが、今後の統治を考えれば、ギリギリまで待つのは悪くない手段だ。


「左京(武田信虎)の刻稼ぎにも限度はあるでしょうからね。だからもし4日目を迎えたならば覚悟を決めなければならないわ」


 信虎は別動隊となって工作を行っている。

 それが実を結んで武田軍を足止めできたとて、完全な足止めは難しい。

 それ故の3日以内であった。


「初日は警戒に徹します。何もなければ明日夕刻に動きます! ……葉円殿」


「……え? あっ、は、はい……」


 心ここに非ずな葉円。

 比較的明るい斎藤軍にあって、一人だけ暗黒の闇に包まれた幽鬼が如くの葉円。

 自分が呼ばれた事に気が付くと裏返った声で返事をした。


「残念ながら流血が避けられない可能性が高まりました」


「……はい」


 まさに蚊の鳴く様な声の葉円。

 掠れた声が空気に溶け、手が届く範囲に居るのに聞こえにくい。

 恐らく、立っているのか座っているかも理解していないだろう、深い絶望に囚われていた。


「ですが、その中でも最善は尽くします。予測通りならそこまで悪い結果にはならないハズ。どうか気を確かに持って希望を捨てぬ様に」


「ど、どうか宜しくお願いします……」


 葉円は絞り出すように言った。

 ただ、帰蝶に一任をするも、葉円にも何をどう『宜しく』して欲しいのか分からない。

 考えが纏まらず、それっぽい言葉を発したに過ぎない。

 その後葉円は、斎藤軍の兵に護衛され本陣を後にしたのだが、それも気が付いていないかもしれない程に憔悴していた。

 それ程までに『義絶』とは重い処分なのである。


「本当に宗教は残酷ね。……さぁ。やるわよ!」


 こうして重治の策を聞いた帰蝶らは、その策の妥当性に納得し、前代未聞の本陣を頂点とした魚鱗陣を敷くのであった。

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