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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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171-1話 円真寺説得戦 古椿村の円真寺

171話は2部構成です。

171-1話からご覧下さい。

【飛騨国/古椿(ふるつばき)村手前 斎藤軍】


 宿儺村から各地を説得し一揆から開放していく斎藤軍。

 その歩みは決して迅速とは言えなかった。


 雪は大分解けているので雪中行軍、掻き分けながら進む様な事はしないが、その代わり溶けた雪で足元は極めて悪い。

 最初に訪れた宿儺村は比較的南方で、平地と山岳の中間部なので悪路だったとしても苦労は少なかったが、雪が解ければアスファルトが顔を除く現代と違い、完全山岳地帯プラスぬかるんだ悪路なので平地とは段違いの労力を要する。


「ちょっと……目算を誤ったかしら?」


 帰蝶は腰に手を当てて体を反らせる。

 バキバキと骨が鳴り、筋繊維が(ほぐ)れるのが気持ち良いのだが気持ちは焦る。

 時間は掛かると踏んで余裕をもって動いてはいるが、作ったハズの余裕の貯金は尽きかけている。


「しかし、時間は掛かろうとも必要な事です。その中で精一杯動く事が肝要でありましょう」


 竹中重治だ。

 家臣団として、帰蝶の側近として当然ながら同行している。

 重治は武田足止め為に、武田信虎とも日夜議論を繰り返し策を練り上げた。

 その実行者が信虎であり責任者が重治だ。

 赤字転落しそうな余裕を回復すべく動いている。


「そうね。必要な事を省略しては説得は無意味だしね」


「そうです。殿はどうか説得に頭を悩ませて下さい。それ以外は某が悩みます故に」 


「フフフ。ありがとう」


 基本的に説得は時間もかかる。

 この説得は『不利、不安を煽り、寝返えらせる最後の一押し』と言う単純なモノではない。

 宗教が絶対の世界における、人生の最終進路に直結する信仰を覆させる最難関の説得だ。


 それを成功させるには、浄土教からの浄土宗、浄土真宗、時宗の歴史を踏まえなければ、現在の()浄土真宗()を語れないので、何一つ省いて短縮する事はできない。

 これが各村一回の説法で済めば良いのだが、人口の多い村では一回ではカバーしきれない事も多い。

 極めて難しい話なので『不在の者には村で対応を』とも言えない。


 間違って伝われば、真意が伝わらず却って増悪してしまう可能性もある。

 だから絶対に全員に漏らさず聞かせねばならず、これは戦で例えるなら一人残らず殺す根切り殲滅だ。

 だから非常に根気と時間の要る作業であった。


 なら、せめて沢彦の演出である『阿弥陀如来の口の悪さ』の様な遊び心も減らして『要点だけ説明』とはならない。

 この遊び心は不要な事ではなく、寧ろ時間が掛かろうとも積極的に遊び心を入れるべき必要な事。

 難しい話など睡魔を呼び寄せる行為にほかならず、誰も付いてこれなくなる。

 ところどころに緩急強弱高低間を入れ、更に大胆なアレンジを加えてこそ人々は食いつくのだ。


「さぁ、次の村が見えてきたわね。沢彦殿、御加減は如何ですか?」


「気遣い有難く。なぁに、この程度の疲れなど日々の修行に比べれば!」


 さらには高齢者の沢彦の体力も考慮しなければならない。

 移動は馬で極力体力を温存させるが、山道悪路の馬の背中では、歩くよりはマシという程度だ。


「沢彦殿にも苦労を掛けますがお願いいたします」


 戦における根切作戦同様の説得を一人でこなす沢彦は、本当に一騎当千の実力で結果を出し続けている。

 腕力こそ全てだ、との猪武者も、この結果にケチを付けるほどに愚かではない。


「いえいえ。この沢彦、今が一番充実しておりますぞ? この達成感は織田の若を教育して以来の……。いや。一番は若の教育を終えた時の達成感ですかな……」


 沢彦は幼少期の信長を思い出し眉間を抑えた。

 壮絶な記憶が蘇ったのであろう。


「ッ!? ……ふ、フフフ……!?」


 沢彦のその言葉を聞いた帰蝶達は、信長や織田軍が居ないか確認してから遠慮気味に笑った。


「それは確かに、と言ったら怒られるかしらね……?」


「ま、まぁ、織田様のうつけ策は演技でもありますし……???」


「さ、最初から策で? 5歳とかそんな頃の話よね? それは流石に無いと思うのだけど……」


「拙僧も、それは流石に……」


「そ、そうよねぇ……ハハハ……」


 否定はしつつも『あり得る』と思わせる破天荒さが信長には間違いなく存在しているので、3人は顔を微妙に歪ませつつ曖昧に話を区切った。


「さ、さぁ、次の村が見えてきたわ!」


 そんな冗談を言いながらも、4つ目の村の手前まで来た斎藤軍。

 各々気合を再注入しつつ、村の敷地に足を踏み入れるのであった。 



【飛騨国/古椿村 斎藤軍】


「……沢彦様の仰る事は分かりました。恐らく……恐らくは仰る事は正しいのかも知れません。し、しかし……! 浄土真宗のお坊様からの言葉を聞かずして信じる訳には参りませぬ!」


「!!」


 古椿村村長の丈平は絞り出すように言葉を吐いた。

 宿儺村から3つの村は、程度の差はあれど最後には説得には応じ武装解除に成功したが、とうとう4つ目の古椿村にて躓いた。


「それは最もな話です。拙僧だけの話で判断せず、キチンと比較、精査するのは大切な事。そうですね、斎藤様」


「えぇ。それは当然です。『我らの話だけを信じろ』などとは絶対に言いません。そんな事をしたらウソをついているも同然ですからね」 


 宿儺村の様に信じてくれたならそれでよし。

 だが、懐疑的に見られたからとて、反対意見を問答無用で封殺してしまっては意味がない。

 死後に関わる信仰に対する説得なのだ。

 封殺は最後の手段でなければならず、従うにしても心の底から従ってもらわねば、疑念の燻りはあっという間に燃え広がるのだ。


「では行きましょうか」


「えっ? ど、どちらへ?」


「あるのでしょう? 浄土真宗の寺が近隣に。そこで改めて浄土真宗の見解を聞きましょう」


 帰蝶達は、ちゃんと今回の様な場合を想定していた。

 第一段階は信じてもらえた場合。

 これは特に説明すべき事は無いだろう。


 ここからが第二段階。

 説得が通じなかったのは、浄土真宗の影響が強く躾が行き届いているからこそだ。

 だが、躾が行き届いていると言っても、村長が理性ある対応をしてくれた。

 村長も疑念は抱いているのだ。

 沢彦の説法に心を揺さぶられている。

 ならば可能性はある。


 そうなれば、決戦の場は村長宅ではなく、浄土真宗の寺である。

 ここを陥落させてしまえば、呪縛の影響力は落ちて古椿村の住人は解放される事になる。

 帰蝶ら一行は、今回の飛騨遠征にて初めて一向一揆の直接関係者と対決するのであった。



【飛騨国/円真寺(えんしんじ)


「まさか寺に乗り込んできてまで説法とは。臨済宗とはかくも野蛮な宗派であったか?」


 円真寺住職の葉円(ようえん)は苦々しげに言葉を吐いた。

 いま、こうして応対しているのは沢彦以外にも斎藤家の面々が居るから理性を保っているからであって、沢彦個人であったならば叩き出すのは当然、というか、それで済めば良心的。

 最悪命を奪っていた可能性もある。


「それに斎藤様。あまり『良い噂』を聞きませぬぞ? そんな御方が一体何用で参られたので?」


 直接的には言わず最大限配慮はするが、しかし棘を含ませに含ませた『良い噂を聞かない』との言葉。

 出来れば今すぐに退去して欲しい感情だけは隠しもしなかった。


「噂の内容が気になる所ですが、まぁ良いでしょう」


 帰蝶は円真寺の内装を見ながら言った。

 指で床を拭うと、指先がうっすらと汚れる。

 あまり掃除が行き届いていないのか、汚いとまでは言わないが清潔とも言えない状態だ。


「こちらの意図と要求を伝えます。我らの目的は民の武装を解除しこの地域が斎藤家の支配下に入る事です。早い話が一向一揆の解体です」


「一揆の解体? フフッ」


 葉円は思わず鼻で笑ってしまった。

 帰蝶はそんな失礼な態度に臆せず話を続ける。


「それに説法についてですが、別に臨済宗への宗旨替えを促す訳ではございませぬ。浄土真宗の信徒のままで結構です。これは単なる説得に過ぎませぬ。従ってくれるなら命も生活も保障します。日々の暮らしには相当影響があるでしょうが、影響による変化は改善に過ぎず、決して今以上に苦痛を伴わせないと約束します」


「それが本当ならば拙僧らとしても有難いのですが、今のこの状況を招いたのは誰の責任かご存じか? まさか今は亡き三木様と言いますまい?」


「! その物言いですと色々把握しているようですね?」


「えぇ、まぁ。当時、三木様の号令に従い、我ら円真寺も協力しましたからな」


「成程。その節はお世話になりました」


 その節―――

 信長の要請を受けた斎藤道三と朝倉宗滴が、その悪質な謀略の才を駆使して、それぞれ三木家と江馬家を説得し対武田の防波堤とした時の話である。(95-2話参照)

 将来の脅威の可能性をリアリティ溢れる話術で言いくるめ、厳しい現実を突きつけて、更には正式な要請とは別に内密な条件として将来の飛騨統一の手助けを口約束をして味方に引き入れた。


 そのお陰で飛騨の防衛は成功した。

 三木と江馬が苦心して防御拠点を作り上げ、武田の侵略を跳ね返したのだ。

 当時の武田晴信の本当の策は飛騨侵攻に見せかけた偽装撤退が肝であり、信濃で決着をつけるのが目的だったのだが、今は武田側の都合は関係ない。


「今思えば、アレは不思議な戦でしたな? 武田は思いの外あっけなく撤退したのに、本当にあの様な過剰な防備は必要だったのでしょうか?」


「それは結果論ですね。当時我らも必死でした。絶対に飛騨を守り通すには、皆の協力無くては不可能でした。その頑強な防備だったからこそ武田が侵攻を諦めたのです」


 武田を跳ね返した事実が重要なのだ。

 武田は撤退こそが策だった訳だが、もし防備がなおざりでは、晴信はそのまま撤退すること無く進軍してしまったかもしれない。

 だから三木と江馬は間違いなく仕事を成し遂げたのだ。


「結果論。確かに。しかしその結果を作るに至り、民は多大な犠牲を支払った。その事にはどうお考えで? それも結果論で片づけますか?」


「……」


 ここが信長の誤算であった。

 道三と宗滴の、三木と江馬に対する脅しが効き過ぎてしまっていたのだ。

 武田を跳ね返せた結果には満足したが、その裏で民の多大な犠牲が成果の肝だったと知ったのは、暫く後の事で、まさに後の祭りだった。


 戦いによって命を落とした民は居ないが、過酷な労役は民の生活を破壊した。

 武田を一歩も飛騨に通さなかった功績は、間違いなく民の我慢と貢献に他ならない。


「痛い所を突きますね……とは思いませぬ」


「っ!? ……その心は?」


 多少なりとも帰蝶を揺さぶれると思っていた葉円は、思わぬ断言に怯む。


「別に、我らが民の苦労と三木の圧政を知らなかった、とも言いませぬ。これは国を守るに全員が命を懸けた結果に過ぎませぬ。国が蹂躙されば略奪狼藉になるのは必定。負ければ我らは殺され民は武田の奴隷となって生きる他なし。ならば皆一丸となって当然のこと。そうなる事をお望みか?」


「い、いや、そうは言いませぬが……」


 帰蝶は飛騨を防衛するに、一点たりとも恥じる事をしたとは思っていない。

 その自信が更なる自信を呼び込み、言葉に霊力が籠った言霊の如く力が籠る。


「良いですか? 民は命を懸けて防壁を作り、我らが命を懸けて戦ったに過ぎませぬ。民の苦労で今の我らがあり、我らの苦労で民がある。その価値は等価です。どちらかが一方的に得をしたのでは無いのです」


「ぬっ……!」


 帰蝶の言葉の節々には支配者の理論も見え隠れする。

 余力のある尾張、美濃の兵や民と、豊かとは言い難い飛騨を一緒に考えてしまうのは、不公平かもしれない。


 だが、今は平時ではなく常時非常事態の戦国時代。

 甘ったれた事は言っていられない。

 別に言うのは勝手だが、その結果被害を受けるのは言った本人だ。


 しかも、飛騨を守った主役は他国の軍。


 ただし、帰蝶も感謝しろと言うつもりはない。

 飛騨を守ったのは信長の都合でもあるからだ。

 だが、それを理由に脅すなり譲歩を迫っても文句を言われる筋合いは無いのが戦国であり、しかし、それを言い出さないのは帰蝶の()()()()()に過ぎない。


「その上で今の一向一揆。等価交換で済んだハズの結果に一方的に上乗せしているのはどちらか? まだ其方の詳細な事情を知らないので強く糾弾はしませぬが、ここが私はどうしても分からない。一体何の為に一揆を起こしたのですか?」


 圧政に対する反発だというのは把握している。

 それ以外があるのかが帰蝶は知りたかった。


「そ、それは、三木様の圧政に耐えかねた民を思えばこそ!」


 だが、答えは期待したモノとは程遠かった。


「成程。ですが、それならばもう戦う必要はないのでは? 飛騨の民は政治への反発で一揆を起こし目的は達せられた。ならばここで終わっていなければおかしいではありませぬか?」


「ぐッ!」


「私もこの地で父を失い、眼を失い、それでも民を守りこそすれ、この代償を民に求めはしませぬ。そんな意味不明な事を行おうとも思いませぬ。目的を達したからです。しかし今の飛騨は三木家を倒して尚、目的を達せていない様子。一体何のために戦っているのです? 何をしたら目的が達せられるのです?」


「っ!!」


 葉円は口ごもった。

 痛いところを突かれたのもあるが、己も北陸からの指示に盲目的に従っているに過ぎない。


 この一揆はどうなれば終わるのか?


 実は答えようと思えば答えられる。

 だが答えてしまうと、一つ矛盾が出てきてしまう。

 しかし、ここで黙ってしまっては論破されたも同然であり、苦々しくも口を開いた。


「……確かに。三木様を倒し目的は達せられた……様に見えなくもない。しかし、等価交換の理論を持ち出すならば、我らは借りを返さねばなりません」


「借り? どこからの借りですか?」


「飛騨を武家の横暴から救う時、北陸越前の一揆同志の助けを借りました。彼らの助けがあったからこそ我らは解放されたのです!」


「! ……成程。ようやく納得しました」


 まだしぶとく反論する葉円に帰蝶は驚く。

 だが、これこそが聞きたかった答えでもある。


「その借りを返す為に今も戦っている、と。等価交換の理論を言い出したのは私ですから、そこに文句はつけません。北陸の為に戦っている。では、その北陸はどうすれば決着がつくのですか?」


「……!!」


 ここが葉円にも分からない矛盾。

 いや、分かってはいるのだ。

 浄土真宗同士の対立で混沌を極めた北陸の地。

 解決にはそれぞれが教義の不備を認め矛を収める事だ。


 そんな簡単な事が出来ない。

 簡単だからこそ出来ない。

 そもそもが、教義とは死後に関わる最重要なことであり、間違いを認めるなどあってはならない。

 そんな事があっては今までの苦労が全否定されるに等しいのだ。


 これは宗教から主義主張、政治主義に至るまで不変なのだろう。

 本当に信じている物をホイホイ変更するなど本来はできないのだ。

 これを弾圧で変更を迫り、しかし上手くいかないのは、古来より現代まで歴史で証明されている。


「……教義が統一されれば争いは収まりましょう」


 葉円は言うが、正直な所ところ葉円から見ても、今の教義は何でそうなるのか分からない教義に変わり果てている。

 だが、分からないとは言え『繋力本願とは何なのだ?』とは口が裂けても言えない。

 分からないのは自分の不勉強が原因であり、そもそも団結して守る事こそが浄土真宗。

 様々な独自解釈が蔓延る北陸であっても、団結の精神だけは不変だ。


 その中で、己が信じる物に一番近い派閥に手を貸して、いや、借りを返しているにすぎないのだ。


「教義の統一ですか。難しい問題ですね」


「全くです……」


 帰蝶は立場を忘れ同情し、葉円もその言葉に思わず同意する。


「……!? お、お分かり頂けたでしょう!? もはやこれは引くに引けない戦いなのです!」


「言い分は理解しました。しかし私も引くに引けません。何が何でも飛騨に平穏を取り戻します」


「な、ならば、武力ですか!?」


 北陸だけでも手一杯の上、飛騨も騒乱続きなのに、さらに斎藤家が割り込んでは為す術がない。

 葉円の顔色は、見る見るうちに青く険しく変貌する。


「それも手段の一つです。私が織田に嫁いだ後、寺社の関所を破壊したり寺院を襲撃した事実を知っていますね? あるいは長島の顛末を聞き及んでますね?」


「!!」


「だから今更それを隠しはしません」


「お、脅しのつもりですか!?」


「脅し? 脅しで終われば御の字であり感謝すらするのですがね」


「なっ……」


「私は武力も辞さない覚悟でここにいます。なので脅しでは終わりません。故に明確な約束をします。平行線で終わるなら最後は武力。しかし武力は最後の最後、本当に武力しか手が無い場合、あるいは聞く耳持たない勢力に対してだけです。しかし、葉円殿は違う」


「……え?」


 急な手のひら返しに葉円は思わず気の抜けた声を発してしまった。

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