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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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169-1話 雪解け前の軍議 新生斎藤家の始動

169話は3部構成予定です。

169-1話からご覧下さい。


前回の後書きに記しました様に、都合により執筆時間の確保が難しくなっております。

今回も3部構成の内、2部を先行投稿し残りは後日、とさせて頂きます。

今後もそんな形が増えると思いますが、どうかご容赦下さい。

【美濃国/稲葉山城 斎藤家】


 尼子家の若狭急襲から始まり、当主義龍の病死から嫡男龍興の家督辞退の末の、帰蝶の斎藤家当主就任。

 前代未聞の女大名誕生の激震が走る諸国を自ら訪問して、各種約束や同盟を取り付けた帰蝶。

 昨年中ごろから年末にかけて斎藤家は激動に次ぐ激動だった。


 その関連で今年は早速の大仕事が控えている。


「今年の雪解けを待って飛騨一向一揆解体に動きます」


 それが朝倉、上杉との共同で一向一揆を鎮静化させる事だ。


「一向一揆は決して油断できない存在。これは皆の共通認識でありましょう。或いは、この中には一向一揆に対する対応を少なからず取った将もいるかもしれません。私も三河一向一揆で多少は関わりました。とは言え、この時は苦戦する間もなく終わってしまいました」


 帰蝶は三河に身分を隠して訪問した際、一向一揆に巻き込まれた。(外伝17話参照)

 ただ、この時は太原雪斎が神懸かり的采配であっという間に一揆を鎮圧してしまい、苦労する隙すら無かった。


「あの時は雪斎殿が完璧に抑え込んだからこそでしたが、規模としては小規模も小規模でした。しかし、今回は4ヶ国にも跨る大規模一向一揆が相手。ここまで大規模な一揆と構えるのは斎藤家として初めてです」


 一応、帰蝶や武将個人的はともかくとして、斎藤家として一向一揆と関わった事は一度ある。

 それは武田との戦いであり、この時、織田、斎藤家は飛騨一向一揆に巻き込まれた。(124、125話参照)

 しかし、あくまで巻き込まれたのであって、『対一向一揆』と認識して斎藤家が仕掛けるのは今回が初めてだ。


《と言うより、4ヶ国に跨る一揆なんて前の歴史含めても史上初じゃないかしら?》


《そうかも知れませんねー……》


《殿すら経験していない事を私がやるのね……!》


 改めて今回の事態の重さに、帰蝶は気合を入れ直し、緊張感を増した口調で話を続けた。 


「その信仰による死を恐れぬ暴威の破壊力は、農民が主体とはいえ決して侮れません。織田殿が長島で過剰なまでに慎重に戦ったのは絶対に侮れないからです」


 信長は前々世の経験で身をもって一向一揆の恐ろしさを知っている。

 ただ、この歴史の武将はその恐怖を知らないので信長の慎重戦略には首を傾げたが、最後の最後で信長が正しかったと知った。


「ただ、侮れぬといくら口で言っても、私も当時、別任務で織田軍からは離れており、長島一向一揆の顛末を言葉でしか聞いていません。本当にそこまでしなければならない危険な相手なのかは未体験では想像しかできない以上、完璧な警戒もできません」


 この時帰蝶は塙直子の出産に立ち会っていた。(外伝21話参照)

 お陰で良くも悪くも長島の惨劇を見てはいない。(104話参照)


「この中では十兵衛(明智光秀)が長島一向一揆鎮圧に関わっていますね?」


「はッ」


 光秀だけは、織田と斎藤両家に仕える人間として、斎藤家を代表して長島攻略に関わっていた。


「今一度、その特殊性を皆の前で説明してもらえますか?」


「承知しました。織田の殿は一向一揆を最大限警戒し、慎重に慎重を重ね弱体化を施しました。いえ、敵対する前は最大限の配慮すらなさっておりました」


 長島一向一揆、即ち元締の願証寺との衝突は、桶狭間の戦いが決着した後が始まりであった。(57話参照)

 この願証寺の武装蜂起は信長にとっても寝耳に水で、その前年からの伊勢侵攻でも、願証寺周辺に対しては随分気を使い、兄の織田信広を担当に立て最大限の配慮を行った。


 それがあっさりと裏切られた。


 その後、怒った信長は願証寺に対し封鎖作戦を行い弱体化を図る。

 願証寺の裏切り行為には怒るも、即座に撫で斬りにせず、封鎖で締め付け、願証寺に従う民の離脱を促した。

 辛抱強く格差を見せつけ、盆踊りで挑発し多数の民を逃散させた。


 史実の愚を犯さぬ為である。


 この次元の歴史しか知らない諸将には分からないが、史実では5万に迫る信徒殺害を減らし、多数の家臣を討ち取られた事実を覆す為だ。

 そのお陰で、この歴史では一向一揆の被害は万には届かず、また、史実にて長島一向一揆で討ち死にした家臣は全員生き残った。

 だが、最後まで残った信徒は史実以上の地獄を見た。

 ここまで配慮しても尚残る信徒は死なせてやる事が配慮であり、織田軍の覚悟を示す生贄にもなるのだ。


「某は戦後の願証寺敷地内を見て回りました。飢餓と病、坊主共の腐敗体制、あとは一揆内一揆。自滅の要素を全て詰め込んだ地獄がそこにはありました。結果的に織田軍の損害は極めて軽微でしたが、あの地獄の光景を作り出す力が我らに向けられていたらと思うと、今でも冷や汗と胃液が出る思いです」


 光秀は一旦間を空けて考え込んだ。

 とは言ってもほんの一瞬だ。

 ただ、次の言葉を出すにはその一瞬がどうしても必要であった。


「それでも……それでも、某は、織田の殿のあの戦略と行動は正しかったと思っております」


「ありがとう。私も今、十兵衛の言葉を聞いてその光景を頭で思い描いた所で、実際の光景の足元にも及ばないのでしょうね」


 その話を聞いた家臣達も同じ思い、あるいは半信半疑の者も居た。

 事実は小説よりも奇なりというが、まさに想像を絶するのだろう。


「あるいは、心の中では織田殿の非道として思う所がある者もいるでしょう。私もこの目で見た訳ではないので想像の限界はあります。ただ、結果として織田殿の行為によって周辺地域の一向一揆は撲滅され、腐敗した寺社の支配は終わりました。民の笑顔を思えば断行して正解だったと思います」


 織田の領地では、寺院と領主による年貢の二重徴収は無い。

 年貢の一元化に成功し、腐敗寺院の横暴な搾取は撲滅された。

 織田の所業に仏罰の巻き添えを恐れた民も居たが何事も喉元過ぎれば熱さを忘れる様に、風化していく願証寺跡地が如く、次第にそんな空気は消えうせた。


「仮に包囲を行わず最初から殲滅を狙えば何万と敵は死んだ可能性を思えば『邪を禁ずるに邪を以てす』『毒を以って毒を制する』のも止むを得ないと私は考えます。……別に織田軍が邪や毒だとは言いませんが、前代未聞の衝撃は必要だったのでしょう」


「……」


 家臣たちも100%賛同するでは無いにしろ、概ね『止むを得なかったのだろう』との思いであった。


「ならば今度は、織田様が見せた覚悟を我等も示さねばならぬ、という事ですな」


 家臣を代表して仙石久盛が答えた。


「そうです。対宗教戦略を織田殿におんぶに抱っこでは情けないですからね。飛騨では斎藤家の宗教方針を知らしめる戦いとなりましょう。但し、最初から虐殺ありきではありません。織田殿が最大限配慮した様に、まずは一揆からの解放が最優先の目的です」


 問答無用で殺しては助かる命も失われてしまう。

 殺す必要が何れ出てくるとしても、助ける配慮を見せなければ一揆勢は降伏の手段が取れなくなる。

 逃げる手段があるから軍は弱体化するのであって、逃げ場が無いと判断されたらその軍は玉砕覚悟の特攻隊と化す。

 それでは被害甚大の結果を生んでしまう。


「ではその為の戦略を話します。まず、平右衛門(安藤守就)、源太郎(氏家直元)、十兵衛の3名は己が領地の防備と発展を行いなさい」


 この3名は斎藤家内の大名としての顔も持っている。

 その内、明智光秀は六角が支配する京と隣接する朽木を支配している。

 弱体化の極みにある六角が、今更朽木を取り返しても何もならないが、だからと言って防備を疎かにして良い理由にはならない。


 安藤守就と氏家直元は2人で若狭を二分して支配している。

 昨年は尼子の襲来であわやの危機を迎えた。

 結局上陸は阻止したので陸上の被害は無いが、水軍の損害は激しく立て直しが急務だ。

 また、三好が瀬戸内海を挟んで尼子を牽制してくれる手はずなので、尼子が若狭に再度来るとは思えないが、やはり油断して良い理由にはならない。


 本来なら全員一向一揆にも関わってもらいたいが、大名だからこそ領地を疎かにさせる訳にはいかなかった。


「彦四郎(稲葉良通)には兵1000を率いて美濃に来てもらいます」


 上記3人と同じく大名の顔を持つ稲葉良通。

 良通は今龍(史実名:今浜、長浜)周辺を支配しているので、一番動きが取れる地域ではある。

 脅威があるとすれば延暦寺だけだが、琵琶湖を挟んだ地形と、不可侵条約を結んでいるので一応の安心はある。(140-2話参照)

 ただ、今龍の全兵を派遣したとて、大軍を展開できる地形ではないので少数での援軍となる。


「はっ。斎藤配下の大名として、見事役目を果たしましょうぞ」


「頼もしい言葉が聞けて安心ね。平右衛門、源太郎にもいずれは関わってもらいます。準備だけはしておくように」


 大事なのは関わる事。

 良通が動けるので今回役目が来ただけで、いずれは全員関わる事になるだろう。


「はっ。石頭の彦四郎がちゃんと任務をこなせるかは心配ですが、いずれの機会にはお任せあれ!」


「彦四郎! 怖気づいて逃げるでないぞ?」


「誰が逃げるか!!」


「相変わらず本当に頼もしいわね。……本当に」


 美濃三人衆は斎藤家の顔だ。

 実力は折り紙付きであり、仲良く喧嘩するのも見慣れた光景だ。


「美濃兵4000、今龍兵1000に援軍として織田兵2000、今川兵1000、浅井兵250の総勢8250が今回の飛騨攻略の布陣です。半兵衛(竹中重治)、後の戦術を頼みます」


「はい」


 呼ばれた半兵衛が前に進み出た。

 昨年の龍興初陣総大将の策による混乱を最低限に収めた手腕と、この歴史でも感じられる確かな知識の才能を見越して帰蝶付きの側近として仕えている。


「それでは戦術の概要を伝えます。とは言え、基本的に直接の戦闘は最後の手段です。まずは説得が大前提となります。何故なら飛騨の一向一揆は、三木と江間が民に課した過剰な労役が主な原因です」


 三木と江間は、対武田に対する防御を急ぐあまり、領民にかなり無茶をさせてしまった。

 その不満と怨嗟の隙を突かれ、一揆を発生させてしまった。

 もっと言うならその遠因は、信長の要請による斎藤道三と朝倉宗滴の三木、江間への脅しが効き過ぎてしまった事でもある。(95-2話参照)


「さらに入手した情報によれば、飛騨の一揆は坊官とも折り合いが悪いとの事。北陸の一揆に駆り出され、重い労役と徴税には三木、江間時代よりも苦しんでいるとも。ならば、説得の余地はあるはずです」


 元々平地の少ない飛騨である。

 人口もタカが知れている。

 そんな地域に見合わぬ兵役、労役、徴税が飛騨の民には課されているが、そんな無茶が成立するのは信仰心の賜物に他ならない。

 だが、武田との飛騨深志の戦いから5年。

 飛騨の地は一向一揆以外の争いは起きていない。

 支配者も不在の自由な地だが、暮らしは一向に楽にならない。

 ここが一揆解体に至る攻略点である。


「ただし、説得するには此方も誠意を見せねばなりませぬ。その点は殿と相談し、飛騨の民は今後5年は年貢を免除し地域の復興を促し、その後は本願寺の定めた年貢よりも格段に人道的な我らの年貢率を約束し一揆の瓦解を促します」


(なび)く者はそれで良いが、信仰で従う者はどうするのだ? 最後の手段の出番か?」


 家臣の一人が、全員懸念に思っている事を代表して聞く。


「いえ、次は脅迫になります。先に殿が仰った『邪』と『毒』の出番です。織田家に援軍を頼むのは正にこの為」


『あぁ』『成程』―――


 そこかしこからそんな声が呟かれた。

 皆、何の為の織田援軍なのかを理解したからだ。


「皆様お判りになられたと思います。その通りです。織田軍の悪評は一向一揆にとっては周知の事実でしょう。『従わぬのだな? そうか分かった。気が変わったなら何時でも参れ』とでも言って一旦下がれば強烈な圧力になりましょう。何なら、旗だけ借りても成立するとは思いますが、織田家の存在を最大限利用します」


 織田家による長島の惨劇は方々に伝わっている。

 数千人の犠牲者は史実に轟く5万の死者の足元にも及ばないが、そうは言っても犠牲者の数は普通の戦でもそうそう聞かない数である。

 今となっては長島周辺地域も信長の方針が正しかったと理解され始めているが、良い噂よりも悪い噂の方が伝わりは早く確実で、しかも誇張されている。

 重治はその噂を利用すると告げたのだ。


「説得と脅迫。その程度で信仰心が折れるなら、多少の不満も後の善政で解消させられるでしょう。しかし、これでも折れぬ場合は、集めた軍の出番となります。これが作戦の基本となります」


「聞いての通りよ。細かい編成や進軍経路は改めて通達します。時期だけは雪解けを目安と考えて構いません。その時に合わせ改めて陣触れを出します。それまでは各々準備を整えておきなさい」


「はッ!」


 こうして軍評定は終わり、諸将は自らの役割を果たすべく動くのであった。

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