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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
17章 永禄4年(1561年) 弘治7年(1561年)必然と偶然と断案
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166-1話 若狭湾決戦後始末の顛末の結果の結末の行方の因果の余波 斎蝶武功立志伝

166話は4部構成です。

166-1話からご覧下さい。

【摂津国/堺】


「殿。本日はようこそ堺へ御出でくださいました」


「あ、兄上……」


 帰蝶は越前を後にしたあと、美濃で千寿菊と別れ、そのまま伊勢湾から航路で堺へと渡った。

 そこでまず最初に、斎藤家の堺常駐役である兄の斎藤龍定を訪ねた。

 ここは三好の勢力圏内であり、自治都市の堺では勝手に一人で動くには無理がある。


 そこで、堺を庭にしている兄の出番である。


「葬儀と家督継承の場以来ですね。……兄上から『殿』呼ばわりされるのはムズ痒くて仕方ありません!」


 義龍が死に帰蝶が斎藤家を継いで以来、今までも信長から『美濃守殿』と、千寿菊から『美濃守様』と敬われた呼び名で接せられては、居心地の悪さを感じてはいても、公の場では仕方ないと思いつつも受け入れた。

 だが、真に血の繋がった、しかも兄に『殿』呼ばわりされるのは、鳥肌と共に猛烈な違和感に体が包まれた。


「そう言うな。ワシだって妹に頭を下げ敬称を付けて呼ぶ人生になるなど予想できんかったわ。……面白過ぎる人生よなぁ。だから殿も、私的な場では兄上でも良いが、公の場では喜平次と呼び捨てにしなされ」


「ど、努力します……き、き、喜平次」


「そうですぞ、殿。ははは!」


 ちなみに、信長は家督を継いだ後でも、兄の信広を『兄上』と呼んでいるが、もはや敬いの意味を持たせていない。

 もちろん、蔑んだりする意味も無い。


 強いて言うなら信広を表す記号ぐらいの意味しか無い。

 自分より先に生まれたから兄であり、それ以上でも以下でもないと気にも留めない。 


「兄には例え病になったとしても、余生を楽しむ暇ぐらいは持たせてやりたかった。病を隠されたのだから、ワシらに出来る事はたかが知れておったとしてもな」


「そうですね……。その言葉、きっと、いえ絶対、兄上は喜んでいるでしょう」


 義龍の病の隠蔽は本当に徹底されていた。

 唯一漏洩する可能性のあった千寿菊ルートでさえ、結果的に漏れなかったのだから、稲葉山城に常駐していない兄弟達が知らなかったのも無理はない。


「だからこそです。我らは殿に女の身で重荷を背負わせてしまいましたが、絶対に余生を楽しむ暇は作ってみせます。故に何なりと命令を下して欲しいのです」


 史実で龍定は龍重と共に義龍に謀殺された。

 歴史が変わった今では、義龍が先に没し、その死を惜しむ歴史が出来上がっていた。


「うむ。では、期待している。き、喜平次よ……」


 兄の気配りには感謝しつつも、呼びなれない通称呼びに戸惑う帰蝶であった。


「ようこそ堺へ。濃姫様、いや、美濃守様」


「久しぶりですね、吉兵衛殿(村井貞勝)」


 一方、村井貞勝は最初から信長の家臣であり、また帰蝶が担当する政治を補佐する立場であった為、通称呼びに戸惑いは無い。


「朽木攻略が若狭湾防衛へと切り替わった話を聞いた時は驚きましたが、その理由が義龍公の御難であり、そこから濃姫様が美濃守となったなど、状況が目紛(めまぐ)るし過ぎて追いつけませぬ。堺でもそうそう聞いた事ない状況変化でございます」


「私も驚いてはいるわ。まさか私が斎藤家を継ぐなんて夢にも思わなかった」


 前世は寝たきりで夢は夢で終わる日々だった。

 今は未来の為の特殊な事情がある身とは言え、夢の肉体を手に入れ、歴史改編の努力の結果、夢にも思わなかった主君に選出。

 転生するより想定外であった。


「美濃守様は織田の殿の奥方でもあり、某の上役でもあり、美濃から北近江、若狭にかけてを支配する大名でもあるお方。ならば某はどんな苦労も難題もこの頭脳で解決して見せましょう。この堺での任期が終わったら美濃守様にも仕えるよう言われておりますしな。問題があるとすれば、即座には慣れないの一言に尽きますな。ハハハ!」


「フフフ。そうね。でもありがとう。吉兵衛殿には間違いなく頼る事になるでしょう。それでは早速だけど、織田の殿からの先触れは来ているわね?」


「ええ。三好殿に取り次ぐ手配は済んでおります。まずは取次役の松永殿に早馬を飛ばしましたので、返事が来るまでは堺にご滞在下さい。その間、少々身分を隠してご覧頂きたい物もございます。三好様や松永殿からも是非にと勧められておりますれば」


「松永殿から? ……え? 身分を隠す? 別にそれは構わないけど大名の身分ではマズイの?」


「い、いえ、大名だから悪いのではなく、あー、何と申したら良いのか、美濃守様だからマズイといいますか……。あ、いや、別にご禁制の物であったりとか、見たら立場が悪くなると言った類の物ではないのは保証します」


「そうなの?」


「河尻殿、竹中殿もその恰好では少々都合が悪いので着替えを用意致します。特に遠藤殿は念入りに偽装して頂きたい」


「ワシらもですか?」


「良く分かりませぬが承知しました」


「某は念入りに……?」


 こうして帰蝶一行は、商家のお嬢様(帰蝶)番頭(秀隆)丁稚(重治)用心棒(直経)に扮し、松永久秀が到着する数日間、堺を見物した。

 帰蝶の迫力ある姿からすれば、女海賊の頭領と表現した方が相応しいと思ったのは内緒の話だ。

 そんな一行はとある人集(ひとだか)りに足を止めた。


「これは、講釈師……かしら?」


「その様ですな。見聞きしたか、己も従軍して経験したか? 人が集まる場所には付き物だと聞いた事があります。面白おかしく誇張も大きい様ですが……。まぁ民にとっては対岸の火事なら娯楽なのでしょう」


 帰蝶達が聞いたのは『某国の暴虐王率いる軍と、反乱軍の戦い』を表現した辻講釈であった。


 辻講釈とは軍記物を話して聞かせる芸の一種である。

 後の世に御伽衆と呼ばれ貴人に仕えたり、講談師として大衆の娯楽となるが、今は前段階の『辻』の状態だ。

 辻とは十字路の事であり、人々が往来する道端でもある。

 ここで人を斬れば『辻斬り』とも言われる辻だ。


 この辻講釈師は弁が立つのだろう。

 まるで見てきた様に想像力を掻き立てる話しっぷりに人々は熱中して聞き入る。

 それは帰蝶達も同じであるが、途中で気が付いた。


「何と反乱軍の総大将が挟撃の危機に見舞われる! それを救うべく颯爽と現れたるは、総大将織信の妻にして遠く離れた地にて策を見破った女将軍の斎蝶!」


(あれ!?)


(うん!?)


 商人に扮する帰蝶一行は、どうにも身に覚えのある様な気がする、しかし、近からず遠からずの内容に戸惑いつつも聞いていたが、佳境に入った所で流石に気が付いた。

 途中で反乱軍の女将軍が乱入してきたのだ。

 これは聞く人が聞けば、明らかに足利義輝と織田信長が戦った第一次朽木合戦と分かる内容だった。(16章参照)


(こ、これはアレよね?)


(そうですな。殿と某が戦った朽木合戦の最後の場面の様ですな)


(別にあの挟撃は私が見破った訳じゃないんだけどね)


(えっ!? そうだったのですか!? ……おお!?)


「斎蝶の武は三国志の張飛が如く! 王の近侍浅輝を槍で貫き、暴虐王利輝を一刀両断に斬り捨てる! しかしそこに現れたのは王配下の猛将遠直!」


斎蝶(斎藤帰蝶)遠直(遠藤直経)浅政(浅井長政)利輝(足利義輝)。それと織信(織田信長)だっけ? もう決まりね)


(何とも安直な。あの講釈師、あの時刃を斬り結んだ者同士が揃って聞いていると知ったらどんな顔をする事やら……)


「斎蝶と遠直の一騎討ちは四刻(約60分)にも迫る激闘に次ぐ激闘!」


(四刻!? 流石に一騎討で四刻も戦い続けるのは無茶よ!?)


(休み休み戦っていたんでしょうね。ハハハ……おッ!?)


「しかし、やはり猛将遠直の武は一味も二味も違う津波が如くの激しい武! 斎蝶は果敢に食らいつくも、次第に劣勢に追い込まれ、遂には全ての武器を失い膝を突く斎蝶!」


 講釈師も斎蝶や遠直に負けず劣らずの勢いで喋る。

 間違いなく佳境なのだろう。

 汗をかき、血管を浮かべながら怒涛の勢いで語る様は、聞き入る群衆は当然、当事者の帰蝶や直経の喉をも上下させる。


「遠直は勝利を確信し槍を振り上げる! しかし、女の身で将軍に就く武は飾りではない! 最後の武器は己の拳! 地面を蹴り突き出した拳が遠直の甲冑と胴体を貫いた! 朱に染まる斎蝶に(くずお)れる遠直!」


 湧き上がる群衆。

 その一方で、唖然とする帰蝶と直経。


(……え? 何か勢い余って私が倒しちゃったけど……?)


(そ、そうですな。しかし甲冑と胴を貫く拳とは無茶苦茶な!)


(羨ましい拳ねぇ。それにしても何でココだけ改竄されて? あっ。そう言えば織田の殿が訂正しなかったんだっけ?)


 松永久秀が南近江の陣に訪れた時、帰蝶が遠藤直経を倒したと誤解したが、信長はソレを訂正しなかった。(149-3話参照)


(松永殿が広めたのね。あれ? でもあの時、将軍と戦った事は伏せられ行方不明扱いのハズ何だけど、バレているのかしら?)


 足利義輝は行方不明が公式の見解だが、その実、足立藤次郎として信長に仕えている。

 それを知るのはあの場にいた当事者だけである。(149-1話参照)


(それに最後の拳の場面は岐阜城(史実名:安土城)での訓練の場面が混ざってる???)(外伝48話参照)


(うーむ? 松永殿が看破した可能性もありますが、講釈師が面白可笑しく演出した結果、真実が偶然出来上がってしまった感が強い気がしますな。最後の場面にしても。別に某は倒されておりませぬが)


(……そ、そうね)


 己が倒された演出が不服なのかと帰蝶は思ったが、そこは黙っておいた。


(ただ、某が倒された方がこの話が面白いのには違いありますまい。故に偶然でありましょう)


(偶然? 偶然ねぇ? うーん?)


 直経はそう結論付けた。

 講釈師に問い詰めても良いが、一応、身元を隠している身なのに戦の当事者だと名乗る訳にもいかない。


「哀れ暴虐王は倒され、反乱軍が新しき世を作るのであります! 反乱軍指導者改め織王朝の王となった織信と王妃斎蝶は八百万(やおよろず)も続く国を造るのでありました!」


 講釈師の戦談義はこうして終わった。

 内容のハチャメチャ具合はともかく、反乱軍が王を倒し、新しい世と秩序が敷かれると言う、世界の歴史上ではありふれた何番煎じな内容だ。

 女将軍とやらが活躍するのが唯一の稚拙なオリジナリティと言えようか。


「これが私に見せたかった事? 挑発にしては、何と言ったらいいのかしら? まぁ、うん、そうね、としか言い様が無いわ」


 三好が援助している帰蝶が主役の演目にして、宗教が絶対の世界を利用した三好長慶の挑発。(149-3話、外伝48話参照)

 生きている人間に対する慰霊行為という侮辱。

 帰蝶には霊的理論は通用しないが、かと言って、理由はどうあれダシにされたのは面白くない。

 だが、それがコレだとするならば随分稚拙だと思わざるを得ない。

 拍子抜けも甚だしい。


「美濃守様。こちらに御出ででしたか。お待たせいたしました。松永弾正にございます」


 噂をすれば影。

 松永久秀であった。


「これは松永殿。近江の陣以来ですね。ご無沙汰しております。しかし、私をそう呼ぶと言う事は知っていらしているのですね?」


「当然でございます。美濃守様の躍進はここ堺では大人気。誤解の無い様に言いますが、某が知りたるは、織田様から伝え聞いたのでもなく、不正に入手した情報でもなく、商人経由で広がった次第にございます。事実、某も我が殿も、その情報を聞いた時は随分驚くと同時に何故か妙に納得したモノでした」


 帰蝶の斎藤家と美濃守の継承について、信長は己の家臣にだけは伝えた。

 織田家の人間でもある帰蝶の人事異動なのでコレは仕方ない。

 しかし、対立国は当然、同盟国にもその事実は伝えていない。

 それを言うかどうかは帰蝶が判断する事だからだ。


 だが、商人の口を塞ぐのは不可能だ。


 美濃、熱田、津島、さらに近江、若狭まで広がった織田と斎藤の流通圏は、そこまで広げても堺には及ばないが、東の商圏として認知されている。

 そんな商圏を支配地にする家の当主が代わったのだ。

 布告をしない訳にはいかない上に、しかも前代未聞の女領主だ。

 特に伊勢湾には堺からの船も来るのだから、家督継承から日数が経過していれば情報が流出しない訳が無かった。


「その件は別に隠すつもりもありませぬ。斎藤美濃守帰蝶、三好殿にご挨拶をするべく参上致しました」


「ようこそ堺へ。それでは参りましょうか」


 こうして久秀は帰蝶ら一行を港に案内した。


「港? 船ですか? 三好殿は摂津に居ないので?」


「はい。主は今、三好の本拠地たる阿波国に居られます。船旅となりますが、若狭湾の戦いを切り抜けられた美濃守様ならば船酔いなどは問題ありませぬな?」


「えぇ。勿論。(若狭の戦いも既に掴んでいるのね。当然か)」


 斎藤家当主就任を掴んでおいて、若狭湾の戦いを知らぬハズがない。


(なら、あの件を聞いておかないとね)


 こうして帰蝶一行は堺から海を渡り、四国は阿波に向かうのであった。

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