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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
17章 永禄4年(1561年) 弘治7年(1561年)必然と偶然と断案
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165-2話 若狭湾決戦後始末の顛末の結果の結末の行方の因果 疑わしき普通

165話は2部構成です。

165-1話からご覧下さい。

【越前国/一乗谷城 朝倉家】


「浅井左兵衛(久政)、火急の用との事で参りました。上杉殿もご一緒にとの事でしたが、何か御座いましたか?」


 帰蝶と延景(義景)の会談と戦いが明けた次の日。

 浅井久政は一乗谷城へ上杉政虎(謙信)を伴って登城した。


「うむ。その前に、加賀一向一揆の件については現状把握は済んでおるな?」


「はっ。予断を許さぬ状況です。いつまた活発化し越前の地に類が及ぶか? 明日にでも事が起こったとて不思議ではありますまい」


「うむ。上杉殿も同じ意見かですかな?」


「そうですな。概ね同意と言った所じゃな。能登も内紛と一揆で訳が分からぬ状況じゃ。越前、越後も巻き込まれて久しい。我らが一揆に対する防波堤とならねば周辺諸国まとめて武家が駆逐されるやも知れぬ」


「北陸一帯一向一揆に蹂躙されるか。想像するだに恐ろしいのう」


「全くもってその通り。日ノ本の大名は、我らが一揆を堰き止めている事を感謝して欲しいわ」


 上杉政虎は越前朝倉家を訪れていた。

 今や、加賀、越中、能登、そして飛騨に拡大してしまった一向一揆。

 その対応協議の為に政虎自ら越前を訪れ、協力を結ぶべく協議しており、昨日は一揆前線まで視察に向かっていた。


「誰にも感謝されないのが悲しい所よのう。さて、次はワシ自ら越後に参り状況を確認したい所じゃが、実は好都合な事に飛騨の一向一揆に隣接する美濃斎藤殿が昨日参っておってな。丁度良いので三者交えて話し合いをしたいが如何かな?」


「美濃斎藤……!?」


 久政は当然嫌な顔をするが、反対まではしない。


「ほう。織田と結ぶ斎藤か。そうじゃな。一向一揆は我ら2ヵ国だけの問題では無い。交えた上で連携するのが上策よな。それに、あの音に聞えし豪傑に我も会ってみたいと思っておった。確かに丁度良い」


「うむ。では美濃守殿に入ってもらえ」


 延景は小姓に命じ美濃守帰蝶を呼ぶ。

 眼帯に華やかな拳法着、傷の入った頬の異様な風貌の帰蝶が入室し、延景と久政、政虎の間、側面から両陣営が見える場所に座る。


「……? えっ?」


「……む!? この風貌は確か……!?」


 久政も政虎も、美濃守義龍が入出してくると思っていただけに、虚を突かれる。

 そしてその突かれた虚を延景は見逃さなかった。


(……。どうやら左兵衛は斎藤家の代替わりを本当に知らなかった様じゃ。これでまた千寿菊の情報が真実味を帯びてしまったか)


「え? 美濃守……殿……ですか?」


 久政が狼狽する。

 現れたのは憎い宿敵の斎藤義龍ではなく女だった。


女性(にょしょう)にしてその風貌、噂で聞き覚えがありますぞ。斎藤帰蝶殿とお見受けするが?」


 政虎はまだ長尾輝虎時代に、織田家に単身乗り込んで信長と対面を果たしている。

 だが、帰蝶はその時、眼を負傷し寝込んでいた。(127話参照)

 だから、今回2人は初対面となる。


「如何にも。斎藤帰蝶と申します。この度斎藤家を継承し、その挨拶に参った次第です」


「(な、何じゃと!?)け、継承!? ならば先代美濃守は如何されたのですか!?」


 久政の疑問に、帰蝶はニッコリ笑顔で答えるが、揺さぶりも兼ねているので表情通りの笑顔が伝わったかは未知数だ。


「今年に入り病が悪化し、残念ながら力尽きた次第。私が次期当主の指名を受け美濃守と斎藤家を継承しました」


「ッ!?」


 久政は正真正銘、本心から驚いた。

 女の帰蝶が継いだ異常性もだが、家督継承の情報は時間的に伝達が間に合っていないのは理解できるが、今年から悪化したという病気の情報は一切入っていない。


 しかし、まさか娘が裏切っているとも思えない。

 久政は混乱の極みに達した。


「で、では、先日の若狭湾での戦いの時には……!?」


「もう、己の足では立つ事は叶いませんでした」


「そ、そんな!?」


 久政の驚愕に政虎も同意する。


「我は一度も相対する事は無かったが、惜しい人が亡くなった様だ。是非戦場で手合わせ願いたかった所。直接戦った朝倉殿や浅井殿が羨ましいですぞ」


 政虎は、久政が『宿敵を失った悲しみ故と驚愕』と勘違いしているが当然違う。

 若狭湾の戦いの時点でそんな状態だったのならば、絶好の機会を失った事を意味するので驚愕したのだ。


 そして、娘の裏切りも確信した。


 義龍は敵を騙すは味方からを徹底し、病を隠して龍興の初陣総大将の策を実行したが、千寿菊は千寿菊で味方の父、いや、最早敵である父を騙していたのだ。


「死ん……いや病……そんな……」


(病気を知らなかった、か。帰蝶殿には敢えて病死を伝えて貰ったが、これが演技なら、それはそれで家臣として頼もしいが違う様だな。物的証拠で久政の裏切りを断定は出来ぬが、ここまで黒ければ処断する理由には十分か)


 延景は決断した。

 決断した上で話を戻した。


「各々思う所はあろうが、帰蝶殿が美濃斎藤家を継いだは事実。ならば、一向一揆対策としてこの場に同席するに相応しい事に異論はあるまい?」


「うむ。居て同然であるな」


「は、はい……」


「それでは改めて協議しようではないか」


 こうして集まった面々で一向一揆対策を話し合った。

 とは言っても、これ以上の版図拡大を許さない為に三国で封じる、その為に、連携と連絡、援助を綿密に行い飛騨・北陸一向一揆を滅ぼし跡地を三国で()()()()、と言った当たり前の事が決められただけだ。


(妙だな……? 何か余所余所しい……?)


 その取り決めが決まるまでの間、政虎は何故か皆が時折、集中力に欠けている事に気が付いていた。

 心ここに在らず、とまではいかないが、明らかにおかしい。

 勿論、話題に対し聞き逃したり頓珍漢な返答がある訳では無い。

 しかし違和感の理由が分からない。


(それに何故、浅井はこうも落ち着きがない?)


 まさか、延景と帰蝶が、この場を利用し久政に対する探りを入れていたとは思いもよらない。

 そんなフワフワした会談に熱を注入する為に、政虎は話題を振った。


「ところで美濃殿。こうして話し合いも終わった直後に言うのもなんだが、(わだかま)りは無いのかな?」


「蟠り? 何の事でしょう?」


 政虎が帰蝶に尋ねた。

 だが帰蝶には何の事か分からなかった。


「その眼、道三公、飛騨深志の戦いと飛騨一向一揆の件だ。別に我ら当時の長尾軍が積極的に(けしか)けた訳ではないが、間違いなく遠因だと自覚はしておる。ならば恨み骨髄に徹するのが普通ではないかな?」


 政虎は織田と武田による飛騨深志の戦にて、飛騨に一向一揆が勃発寸前であるとの情報を唯一掴んだ人間だ。(124話参照)

 それを最大限利用し己の望む盤面を作り上げたが、その影響から斎藤家は甚大な被害を被った。


「……えっ? あぁ、その件ですか。忘れておりました」


「何と! 忘れたとな?」


「別に父も越後殿(政虎)に対する呪詛を吐いていた訳ではありません。問題なのは一向一揆であったと認識しています。……まぁ越後殿と敵対する事になったら理由として利用する程度ですよ」


 己の眼も道三の死も長尾が遠因とは言え、直接の原因は、眼は武田信繁、道三は武田軍と一向一揆が原因だ。

 信長も家臣の手前、上杉に落とし前を取らせると言ったが方便も方便だ。(127、128話参照)

 理由として使えるなら使うだけ、ぐらいの認識である。


「そうか。女にしておくには惜しい立派な戦国大名よのう。恨みに縛られては目が曇るだけじゃ。そうは思わぬか左兵衛殿?」


「えっ……!? そ、そうですな……」


 政虎には全く悪気は無かった。

 まさか恨み全開で久政が動いているとは思いもよらない。

 久政は一言返すのが精一杯であった。


 そしてそんな久政の態度に、延景と帰蝶は更に確信する。


(左兵衛め。何と浅はかな……!)


(恨みは捨てきれていない、か)


 延景と帰蝶は、政虎の思わぬアシストにより、もはや99.999…%に迫る確信を得た。

 だが、これは仕方ない話でもある。


 己を捨て大義の為に動ける人間が、一体この世に何人いるのか?

 受けた恨みを忘れず、生涯呪い続ける人間が大多数であろう。


 しかも今は戦国時代。

 後の江戸時代でさえ仇討ちが法で認められている。

 ならば乱世において、恨みを晴らす事を止める法は無い。

 何時でも誰でも恨みを晴らす行動を選べるのが戦国時代なのだ。


 そして、帰蝶も延景も政虎も強者の理論を振りかざしている。

 弱者の理論にある程度寄り添いはしても、溝が埋まる事は決して無いのだ。


「して、美濃殿はこの後は如何されるのだ? 何なら越前殿と共に越後に参るか? 歓迎いたそうぞ」


 今は政虎が越前に来ているが、延景がこの後一揆の現状把握も兼ねて越後に向かう予定であった。


「お招きは有難いですが、このあと三好殿と会談の予定ですので、またの機会を頂ければと思います」


「三好!? ほ、ほう? 挑むと言うのだな? 今生の別れにならん事を祈りますぞ……!」


 政虎は、この会談で初めて動揺した。

 政虎は三好長慶と面談を果たし生還したが『我ながら良く生還できたモノだ』と、己を褒める位に厳しい面談だった事を思い出す。(130話参照)


「聞いた事があるのう。各地の実力者と密会を行っておると。何でも毛利元就が殺されたなどと妙な噂も聞くが。包囲網も瓦解しておるし、ワシも越後から帰還したら今後の戦略を探る為にも会っておくのも良いかもしれんな」


 延景がやや呑気に答える。

 まさか生死を掛けた面談だとは思いもよらないだけに仕方ないが、政虎は今回の会談で一番の驚愕の表情を浮かべた。


「え、越前殿! その噂は真実ですぞ!」


「なんと……ッ!?」


「美濃殿も向かうのは止めはしませぬが、先ほど言った『今生の別れ』とは比喩でも何でもない。それを念頭に置いて行かれよ……!」


 延景は政虎の権幕に驚き、帰蝶も後の上杉謙信の狼狽する姿に驚愕する。


「あ、ありがとうございます。気を引き締めて行って参ります」


「うむ。それでは、一旦我は港に行き越前殿を迎える準備を致そう」


 政虎が退出した。

 そして延景、帰蝶、久政と朝倉家の重臣だけが残った。


「よし。ではワシは越後に行くのだが、その前に……本題と参ろうか」


 延景が重い口を開いた。

 先ほどトントン拍子で進んだ会談とは全く違う表情だ。


「本題……え?」


 久政がキョトンとして聞き返す。


 今からが本題ならば、さっきの会談は何だったのか―――


 そんな疑問が顔にありありと現れている。

 これから何が行われるか知らないのは久政だけなので仕方ないが、この後の処遇を思えば実に能天気に見える。


「少々家臣の配置を変える。左兵衛。お主にはこの越前に常駐してもらおうと思う」


「常駐……? それは……」


 久政は困惑する。

 朝倉家に従属しているとは言え、久政は大名だ。

 任務として主家の領地に赴く事はあっても、永続で離れるのは困る。

 それに、家臣の配置という重要な内部事情を、帰蝶がまだ居るこの場でする話でもない。


「ワシはお主の手腕を評価しておる。特に内政は目を見張るモノがある。細やかな交渉は実に見事で真に天晴。それを越前と一向一揆から奪い返す土地で活かしてもらいたいのだ」


「そ、それは過分な評価を頂き光栄ではありますが、近江領地の運営もありますれば、常駐は不可能なのですが……」


 余りにも分かり切った事を言う延景に、困惑が止まらない久政。


「分かっておる。そこでだ。お主の嫡男、今は織田で長政と名乗っておるそうだが、その子に家督を譲ればお主が越前に常駐するのに問題は無いな?」


「なっ!?」


 久政はようやく異常事態の正体を察した。

 主君延景は、言い方はマイルドだが、家督委譲を迫り久政の近江での権力を奪おうとしているのだ。


「な、何故でありますか!? 何か不手際がありましたならば申してくださ……ッ!? ま、まさかこちらの美濃守様に何か言われたのですか!?」


 この異常事態に同席する帰蝶の存在は異常だ。

 何か言われたにと推察するに十分であり、また心当たりがありすぎる所為で、脂汗が噴出する。


「左兵衛。別に不手際は無い。()()無いのだ。言っている意味は分かるな?」


「い、意味……!? そ、それは……!」


 延景の要領を得ない言葉に、しかし、精神を一刀両断する言葉に久政は狼狽する。


「そう。まだ無いのだ。だが……、いや、入って貰ったらワシの言っている意味が理解できるだろう」


 延景は『これから不手際を起こそうとしているな?』と言いかけて止めた。

 久政になるべく恥をかかせず、過剰に追い詰めない最後の配慮だ。

 そして千寿菊が現れた。


「なっ……」


「父上……。お久しゅうございます」


 久政は入室してきた千寿菊に驚くと共に、延景が何を言いたいのか理解し、何もかも露見してしまった事を察した。

 何せ久政は、千寿菊から義龍の病状を知らされていないのだ。

 久政は全ての異常事態と、この茶番のやりとりの意味を察した。


 そして昨日、帰蝶と延景が千寿菊を交えて話した事が、久政の家督移譲と長政の浅井家継承についてであった。


『―――今の浅井殿は信頼が置けない。……如何ですか?』


『確かに。先の話はこちらの懸念を裏付けるモノでもあった。しかし、実行に移していない以上、断罪も出来ぬ。さてどうする?』


『はい。そこで左兵衛殿には浅井当主の座を引退して頂きたく。その為に織田家にいる長政殿を浅井本家に復帰させます。左兵衛殿には絶対の信頼は出来ませぬが、これで不安の種は取り除けましょう』


『家督移譲か。まぁそれしかあるまい。だが、他家の家臣に口を出すのだ。その為の手筈は整えるのだな?』


『必ずや。織田殿を説得してみせましょう』


 ヤクザに証拠は要らないと言う名言(?)がある。

 ヤクザを捕まえるのに証拠は必要ない、と言う理論ではなく、ヤクザの争いの理論である。

 これは要約するなら『疑わしきは罰する』であろう。

 

 ちなみに本来は『疑わしきは罰せず』だ。

 現代の裁判では冤罪を防ぐ為にも、断定できなければ被告人の利益に従うが原則だ。


 だがヤクザに証拠は必要無い。

 無法者だからだ。

 疑われたのが悪い。

 仮に冤罪だったとしても暴力で黙らせるのがヤクザだ。


 そして戦国時代も無法の時代。

 各国の支配者も現状を憂い独自の法を次々生み出してはいるが、一方で疑惑が強まったのなら排除するのも戦国時代。

 証拠があるに越した事はないが、悠長な事をしていては寝首を掻かれてしまうのが戦国時代。


 ただし、僅かな疑いで排除していては家や国が滅亡するのも戦国時代。


 別に延景も帰蝶も冤罪で陥れる手段を取りたい訳ではないが、千寿菊の証言と、久政の態度から排除するに値すると判断した。


 その上で、延景は最後の情けを掛けつつ暗に言ったのだ。


『全て露見しておるぞ? 大人しく家督を譲れ。命があるだけありがたいと思え』


 ここが最後の一線だ。

 これでもまだ惚けるつもりなら容赦はしない。

 だがその心配は杞憂だった。

 久政は延景の言っている意味を理解し、床に手を付き震える声で言った。


「その沙汰……拝命致します……!!」


 こうして、一切の決定的証拠が無い久政であったが、権力を失った。

 今回の久政の謀略は結局の所、千寿菊の情報以外は一切の物的証拠が無い。

 ならば久政は言い逃れできる道も僅かながらあった。


 例えば『斎藤家を背後から攻めないから怪しい!? 言いがかりも(はなは)だしい!』と本来なら言えたはずだ。


 だが久政には言えない。

 久政は平凡にして普通だ。


 史実の伊達政宗は、己の直筆書状に書かれた一揆扇動の書状が発覚した大ピンチを『鶺鴒(せきれい)の眼に穴が穿たれていない。ならば偽物だ』と呆れる物言いで弾劾の場を切り抜けたらしいが、この厚顔無恥な発想も立派な外交であり戦国大名たる者の証。

 証拠があってもこの暴論なのだから、証拠が無いなら何でも言えるのは、現代の世界情勢を見てもご存じの通り。


 だが久政には言えない。

 今の主君たる延景ですら『死人に口無しの策』を平気で行うのに、本来なら恥ずべき言い訳を想像する事すら出来ない。


 久政は普通に恥も感じるし、他人の痛みも普通に理解できる。

 そして普通に受けた恨みは晴らしたい。

 久政は数々の経験を経て、目先の餌に飛びつく普通の大名に成長した。

 だが、普通では足りないのが戦国時代であり、普通故に全ての退路が塞がれたと理解できてしまうので、折れるのも当然の話であった。


「うむ。越前での手腕、期待しておるぞ」


 直球で弾劾する最悪の直前で久政が折れた事に満足する延景。

 久政に掛けた言葉に嘘は無い。

 内政手段を期待しているのは本心だ。

 その手腕まで失われるのは、朝倉家にとって損害だ。


 何せ久政は普通の感性の持ち主だ。


 普通に困っている事を普通に解決し、普通の理論で普通に発展させられる。

 だが、久政に力を持たせてもロクな事にならないのも理解してしまった。


 ならば力から切り離すしかない。


 こうして帰蝶は、若狭湾の戦いの裏で蠢いていた陰謀を潰す事に成功したのであった。


「それでは美濃殿。長政殿を近江浅井に帰還させる手筈と説得は任せましたぞ? 全てはそれが実現してからの話じゃ」


「はい!」


 こうして千寿菊の告白から始まった越前訪問の旅は終わった。


《色々予定外の事があったけど、何とか切り抜けられたわね》


《独断ですけどね……》


 帰蝶は駿河で信忠と松姫による織田と武田の婚姻同盟を提案し、今、浅井長政の浅井家復帰を提案し、朝倉、上杉共同で一向一揆に対応すると決めたが、まだこの事を信長は知らない。


《これも大名の仕事なのよ》


《これから大ボス2人を相手するのに楽しそうですね?》


 この後三好と会談した後、信長との最大の交渉が残っている。

 ファラージャも各国を回って何か進展があるだろうとは思っていたが、重い難題や方針が次々決められていく現実に、改めて独立大名としての地位の重さを知った。


《楽しそうに見える? まぁ、満喫しているのは間違いないわ。説得も何とかなるでしょう》


 次々と発生した難交渉の末の結果だが、ただ、説得の自信はある。

 信忠と松姫の件も、長政の件もある意味歴史をなぞる。

 長政は1560年の野良田の合戦を契機に父から家督を奪う。

 今は1561年なれば、歴史の流れとしては誤差の範囲だろう。


 特に長政に関しては、今回の歴史で幼少期に(偶然同様で)誘拐し教育したが、何とか将軍派だった史実を覆し、親織田派とする為であった。(71話)

 結局1年程度で返還したが、紆余曲折あって青年となった長政は、再度織田家に所属している。

 その長年の成果を試す機会は今を置いて他にない。


 唯一、北陸の一向一揆を織田家以外の勢力が相対する事に決まった事が、史実に無い方針ではある。

 たが、これは別に史実の朝倉や上杉が何もしなかった訳ではなく、最終的に織田家が解決しただけであって朝倉と上杉が解決できずに終わっただけである。

 これが織田抜きで成し遂げられたとして『まったく史実に存在しなかった流れ』とは言い難い。


 だが、変化には違いない。

 史実では叶わなかった信忠と松姫の婚姻実現と、史実では久政から家督を奪うも影響が排除しきれなかった長政が、父の呪縛から解放される。

 北陸一向一揆の手間から信長が解放されれば、より一層中央に集中できる。


 故に、微差であっても立派な改変であり、改変を拒まない信長が拒否するとは思えない。


 ただ帰蝶も驚いてはいる。

 信長と共に同時多発的に歴史を改変し最善を尽くした結果、自分の提案が、歴史の修正力を感じずにはいられない内容だった事を。


《さぁ! 堺に渡るわよ!》


 こうして帰蝶は次の目的地である堺へ、三好長慶が待ち構える天下の地へ向かうのであった。



【某所】


「浅井久政……。使えぬ男よな……。仕方ない……」


 男が呟いた―――

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ながら帰蝶が斎藤家当主になったらさ信長と婚姻関係続けるのは厳しくね?良くも悪くも斎藤家と織田家が同盟を結ぶという理由で帰蝶が来てるわけで帰蝶が当主になるのならその保険を別のもので代用しな…
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