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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
17章 永禄4年(1561年) 弘治7年(1561年)必然と偶然と断案
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162-1話 若狭湾決戦後始末の顛末の結果 前代未聞

162話は2部構成です。

162-1話からご覧下さい。

【美濃国/常在寺 斎藤龍興】


 斎藤龍興の自害は失敗に終った。

 そして葬儀会場の義龍の位牌がある本堂に、再度集められた葬儀参加者。

 勿論、信長と帰蝶もこの場にいる。


「皆、騒がせて済まない。……何が起きていたか察している者もいるかも知れぬ」


 斎藤家一同も、龍興が発作的に何かやってしまったのは把握している。

 そして、血に汚れた着物を見れば、追い腹だったのは間違いない。


「だが、まずは先の話の訂正をさせてくれ。父の策と若狭湾の戦いとは何だったのかを」


「……大殿の病の隠蔽以外に、まだ何かあったと言われるのですか?」


 病気で余命幾ばくも無い義龍が、斎藤家と龍興の未来を想い練り上げた命を賭した策。

 その大筋には色々紆余曲折あったが、結果的に大成功となった―――かの様に見えてしまった。


「ある。あるのだ。……何も無かった事がな。始まりは、父に病と余命を告げられた時、なのだろうな―――」


 龍興は憑き物が落ちたかの様に、語り始めた。

 己の覚悟も、失敗も、欲望も、浅慮も包み隠さず全て。


「―――あの若狭湾の戦い。織田殿が策を読んでいなかったら、ワシは、一目散に朽木に向かい、能天気に指揮を執っていたのは確実で、その結果、上陸してきた尼子軍に背後から襲われ討ち取られていた可能性が高いのだ」


 今この場で改めて集められた理由、追い腹の理由を、今ハッキリと贖罪だったと家臣たちは理解した。


「……そ、それは……その……」


 だからこそ、家臣達は咄嗟に否定できなかった。

 龍興の話を真実だと仮定すると、腑に落ちる点があり過ぎる説明であった。


 良く考えれば当たり前だが、今回龍興が挙げた戦果は、元服したての少年武将が達成するには無茶苦茶な戦果であった。


 もし、『龍興(人生)Take2です』と言われたら信じられる程に、龍興は優秀過ぎた。

 しかし、こうして化けの皮が剥がれ落ちてしまえば、現われるのは、自分勝手な功に逸る、どこにでも居る平凡な初陣武将の姿であった。


「ワシは勝手な欲望で己の命はおろか、皆までを危険に晒した。それどころか織田殿の戦略を破綻しかけた。この振る舞いは斎藤家の当主として相応しくない」


「……」


 またしても家臣達は咄嗟に否定できなかった。

 指示を守らず、独断専行を総大将の立場で行うのは大問題だ。

 もう一つ、こんな事は隠しておけば良いのに、馬鹿正直に告白してしまうのも主君としてはマイナスだ。


 清廉な姿は表向きだけで、裏で暗躍するのも大名の仕事。

 特に道三は暗躍する姿を隠しもしない、強かな支配者だった。

 義龍は道三の教えを己なりに噛み砕き、武勇と策略を見事に両立させた。

 その流れを全く汲まない龍興の精神は、主君としては頼りない。


 だが、、仮にこの贖罪が無かった場合、無能な主君である事を隠したままになり、将来、もっと致命的なミスをしないとも限らない。


 要するに、全方面から考えて龍興は主君失格であった。


「だから、ワシは斎藤家当主の座を降りたいと思う」


「なッ!? そ、それは早計に過ぎますぞ!?」


 流石にこの発言には、家臣達も咄嗟に反応した。


 当主失格だとしても、あくまでそれは『現時点』である。

 13歳の少年が主君失格なのは、ある意味当たり前だ。

 成長を見守り叱咤激励する義龍は居なくなってしまったが、道三と義龍が育てた精鋭の家臣がいる。

 当主の成長を家臣が支えるなど、この時代ではありふれた話だ。


「そなた達の能力ならば、ワシを立派に育て上げられるのは間違いない。だが、どうしてもワシには選べぬ事情がある」


「そ、それは……?」


「誰が後見役となる? 有力候補としては、安藤、氏家、稲葉か? あるいは明智か? 傅役の仙石か? 叔父上らの誰かか? それとも全員か?」


「あっ……」


 家臣達は気が付いてしまった。


「……お主等は極めて優秀だ。ワシも手本として目標に掲げていた。だが、この中から誰か一人選んだとしても、あるいは全員を選んだとしても、斎藤家が瓦解する未来が容易に想像できてしまうのだ。優秀だから、他者の方針に従えぬ者が必ず出るだろう」


 後見役が力を持ち過ぎてしまい、あるいは意見が割れて家が瓦解してしまう例など掃いて捨てる程に存在する。


 毛利元就は幼い頃に後見役に城から叩き出され、生活に困窮する程の憂き目にあった。

 清須会議で三法師の後見役となった織田信雄と織田信孝は対立し、その二人を上手くコントロールした羽柴秀吉に追い落とされた。

 豊臣秀頼の後見役となった五大老と五奉行は、紆余曲折あって最大の実力者であった徳川家康が実権を握り主家を滅ぼした。


「しかし、逆に優秀故に纏められるかもしれん。こればかりはワシも自信が持てぬ。だから聞きたい。絶対に一致団結できると言えるか? 天地神明に、我が祖父に、父の御霊に誓えるか?」


「……ッ!」


 もし、この質問に『大丈夫』『魂に誓う』との答えが返ってきたならば、龍興は当主の座を降りるのを撤回しようと本気で思っている。


 だが、『大丈夫、誓う』との答えは返ってこなかった。


 何故なら今は戦国時代。

 欲望を持ってこその戦国武将だ。

 目の前に餌が吊るされれば食らいつくのが武士だ。

 この辺の教育は斎藤道三、斎藤義龍が否定せずに肯定してきた事だ。

 むしろ、亡き道三、義龍を想えば、乗っ取る事こそ供養とも言える。


「フフ……ハハハ!」


 そんな家臣たちの正直な反応に龍興は笑ってしまった。

 裏切りの宣言に等しい沈黙が、今となっては愛おしいとさえ思う。


「お主等は真に頼もしい戦国武将よな! それでこそ斎藤家の精鋭よ! ハハハ!!」


「か、返す言葉もございませぬ……」


 仮に『大丈夫、誓う』などと()かすなら、それは一番の危険人物だと自白するも同然だろう。

 強大な斎藤家の主君後見役となったならば、自我を抑えるのは容易ではないのを全員が自覚してしまった。


「今が平和な時代だったらそれも良いだろう。しかし斎藤、織田共に今が一番大事な時期。絶対に不安要素を残してはならないのは自明の理だと思わんか? お主等の様な(したた)かで頼もしく毒も有する家臣を纏めるには、強者でなければ駄目なのだ。だからこそ、ワシは当主を辞すのが一番だと思うのだ」


 そこまで龍興が述べて、今まで碌に反論も出来なかった家臣を代表し、傅役の仙石久盛が口を開く。


「そこまでの決意があるのならば、最早止めますまい。しかし、若にも絶対に卑下してもらいたくない事があります」


「何をだ?」


「そこまでの気遣いが出来る人間が、無能なハズがありませぬッ!」


 これは斎藤家一同、信長、帰蝶も含め同じ意見であった。

 現時点では当主失格であっても、今の堂々たる振る舞いは将来の名君としての姿も容易に想像できる。

 返す返すも不幸だったのは、義龍の早死にと、それによる教育と経験不足である。


「……!! 済まぬ。そして皆には感謝する!」


 龍興は頭を下げた。

 だが、その姿は決して矮小な存在では無かった。


「若の方針は良く分かりました。それで、斎藤家の当主は誰を指名するのですか? 孫四郎様(龍重)ですか? それとも喜平次様(龍定)でしょうか?」


 龍興に子は居ないので、必然的に義龍の兄弟の誰かとなる。

 それは道三の次男である斎藤龍重か、三男の斎藤龍定が順当となるだろう。


「えっ!? ま、待て! 待ってくれ!」


「我らが兄上の後を継ぐなど無理があるだろう!?」


 兄である義龍の葬儀なので、当然、兄弟姉妹も参列しているが、急に後継者に指名された二人は慌てて否定した。


 彼らは殆ど戦場には出ていない。


 兄が表で活躍する傍ら、他国との外交や、堺での折衝、斎藤家の裏方として縁の下を支えてきた。

 いきなり後継者と言われても準備も武勲も名声も、何もかもが足りていない。


 これが普通の家なら問題は無いが、織田と共に天下を目指す斎藤家として、頼りない人間が当主となれば致命傷となるのは、龍興が自身を例に説明してきたばかり。

 これなら龍興がそのまま当主に座っていた方が何倍もマシであると、自分達で自覚していた。


「こんな事になって、叔父上達には申し訳ありませぬが、どうか願いを聞き入れて頂きたい……」


 龍興は申し訳なさそうに叔父に謝罪する。


《やはり……こうなったか》


 斎藤家の内部の話なので、今まで全く口を挟まなかった信長が、予想通りの展開に苦い表情を浮かべた。


《やはり?》


 帰蝶は当然の疑問を持つ。


《龍興が当主を辞すのは先に聞いていた。じゃが、その代わりがな……》


《そ、それは今、名前の挙がった兄上達で……》


《その兄達は、即座に辞退した様だぞ? それより、その反応からすると、あの時、龍興の決断を聞いていなかった様じゃな?》


《龍興殿の決断? すみません、部屋に押し掛けてきた家臣の方達を押し留めるのに精一杯でして……》


 龍興の自害未遂を聞きつけてきた家臣達の対応で、帰蝶は途中からテレパシーどころでは無くなっていたので、二人の話し合いを最後まで聞けていなかった。


《そうか。そりゃそうよな。聞いていたら、こんなに冷静で居られぬわ。当事者では無いワシの心臓の鼓動がこの有様なのにな》


 流石に心臓の鼓動はテレパシー越しでは聞こえない。

 唯一ファラージャがバイタルサインとして、爆音を奏でる信長の心音を認識している位である。


《な、何があったのですか……?》


 帰蝶が聞いていたのは、信長が示した4つの道を説明する直前までであった。


《それはな―――》


 信長はあの選択の場面で何が話されたのか説明をした。



【美濃国/常在寺 半刻前―――】


『どうする? 後は完全隠居という手もある。これが一番幸せかも知れぬ。全ての(しがらみ)から解放されるからな。勿論、ワシの思いつかぬ五つ目の方針があるなら聞こう。そうではなく、どうしても自害したいなら最早止めぬ。出奔するというならこのまま見逃そう。ワシは飽くまで織田家の主であって斎藤家の主ではない。強制は出来ぬからな』


『そ、某は……そのどれも選びませぬ』


 龍興は信長も驚く事を言い出した。


『ほう? 五つ目の道か? よかろう。いかなる道でも織田家は援助を惜しまぬ』


『あ、ありがとうございます。どれも選ばぬといいましたが、某が選ぶ道は、先の案の複合型にしたいと思います』


『複合?』


『はい。仏門には入りませぬが、父の魂は慰霊します。その為に厳しい環境に身を置きたいのです。故に家督は移譲します。そして、厳しい環境に身を置く事で、この世の現実を受け入れる努力はしたい。その成長をもって父に報いたいのです』


 龍興は震える声で決意を語った。


『ほう? 清廉な割には妙な所で欲張りよな。全てを同時に行うとはな。お主は自己分析で自ら卑下しておったが、まるで可能性が無い訳でも無いとワシは思うが、まぁ良かろう。その願いを聞き入れ、織田として出来る事を手配してやろう。何を望む?』


『はっ。聞く所によりますと、弟君である勘十郎殿(信行)が明へ渡っているとの事。その理由も聞き及んでおります。……己に課す試練としては最適かと思っております』


『ッ!? これは驚いた! だが、それは並大抵の苦労ではないぞ? 何せ勘十郎には死罪同等の試練として与えた道。既に勘十郎がある程度切り開いた道の後追いとは言え、命懸けになるのは間違いあるまい。二度と日ノ本の地は踏めぬ覚悟は出来ておるのか?』


『覚悟は……分かりませぬ。後悔するかもしれませぬ。しかし、後悔しても逃げられぬ環境に身を置かねば、某はいつまでも成長出来ぬ様な気がしてなりませぬ』


『むぅ……』


 信長は反論できなかった。

 一理ある考えだからである。


 僧侶の修行で『信心さえあれば修業はどこでもできる』と考える宗派もある。

 厳しい環境に身を置かなくとも、信仰心さえ篤ければ何も問題ない―――と言って本当に悟りが開けるなら苦労しないだろう。

 世間には欲望や信心を惑わす事象が充満しているので、やはり修行場所は選ばねば何事も大成しない。


 もちろん、厳しい環境に飛び込めば、誰でも大成する訳でもない。


 何せ、延暦寺などは絶好の修行場所たる比叡山に本拠があるのに、僧侶は山を下りて堕落しているのだから、環境を整えた所で抜け道があるならば意味をなさないのは明白だ。

 ならば、本当に一切の逃げ場が無い、逃げた所で死ぬしかない明との交易船に乗るのは、現状考えうる最高にして最悪の修行環境かもしれない。


 信長は暫く考え口を開いた。


『……これは本当に予想外であった。だが、それを希望するのであれば叶えてやっても良い。ただし、流石に斎藤家の意見を無視して織田家がどうこうできる問題でもない。最低でも新しい当主がそれを認め、家臣も納得しなければ画餅も画餅ぞ?』


『わかっております。しかし、某が当主に相応しくない材料は山程揃っておりますからな。意見を封じるのは容易いと思いまする。ハハハ』


 憑き物も落ちて時間も経過したせいか、龍興は自嘲して笑った。

 信長は笑って良いものか困り咳払いに留める。


『成程。では最後の問題だ。そもそも誰を指名するのだ? 円覚院殿(道三)と、義兄上の次なのだ。指名された後継者が、お主と同じ考えを持つかも知れぬぞ? この様な覚悟をもって辞退するお主の次なのだ。並みの武勇、智謀、政治力、名声、人望では難しかろう』


 義龍以外の兄弟は、あまり表に出て来ていない。

 それは斎藤家の裏方を一手に引き受けているからであるが、やはり武勇や名声があるのが望ましい。


『いや? そうか。義兄上の弟は堺で銭の亡者共を相手にしてきたからな。政治的には逞しいかもしれん。武勇など後からどうとでもなるか……。何ならワシは今でもお主が当主にいるべきだと思っておる位だが。いや、後継者に口出しはせぬと言ったばかりだったな。それで相応しい叔父に心当たりがあるのか?』


『あります。全てを兼ね備えた人物が。それは―――』


『何じゃとッ!?』


 龍興の言葉には、流石の信長も、無意識に立ち上がって驚かざるを得なかった。

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