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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
17章 永禄4年(1561年) 弘治7年(1561年)必然と偶然と断案
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151話 信頼

【近江国/仮設岐阜城(史実名:安土城) 織田家】


 近江目賀田山の完成間近である岐阜城。

 この城は、史実の安土城と違い、防衛拠点として万全の体制を敷いた戦う城である。

 ただ、城と言うよりは砦と表現すべき簡素な岐阜城。

 何故簡素かと言えば、銭が無いのもあるが、将来の建て替えを予定しているからだ。

 豪華絢爛な政治拠点としての、かつての安土城に。


 そんな今は眠れる岐阜城に帰還した信長は、さっそく仕事に取り掛かる。

 斎藤義龍は長くない。

 今年生き延びたら奇跡とも言える病状だ。

 ならば、何が起きたとしても朽木攻略を成功させる下準備が必要になる。


 その為に、信長は岐阜城に、森可成、柴田勝家、滝川一益を呼び寄せ既に完成している一室に入る。

 内容は密議であるが、名目は建設中の岐阜城案内だ。

 寒風が程よく声を散らしてくれるのも期待しつつ、この4人なら間者の存在も気が付ける。


「今年の農繁期、斎藤軍主導で朽木攻略が行われる。それは以前話した通りだが、その朽木攻略に合わせて斎藤喜太郎が元服し斎藤新九郎龍興が総大将を務める事となった」


「ッ!? う、初陣で総大将? これはまた、何とも思い切った事を……」


 3人は己の初陣を思い出す。

 気合十分だったが、極度の緊張と渦巻く殺気で浮足立ち、どうやって戦ったか無我夢中で殆ど覚えていない、未熟だった若かりし頃を。

 自分達の初陣は、小競り合いも小競り合いだった。

 尾張で、美濃で、近江で、取るに足らない喧嘩みたいな合戦をしただけなのに浮足立った。

 但し、どんなに規模が小さくても、レベルが低くても、行うのは軍事行動であり歴とした殺人でもあった。

 それが、恐らく万に迫る軍勢で初陣総大将とは到底信じられないし、問題が起こる事など容易に予測が付く。


「動揺する気持ちはわかる。初陣で総大将など聞いた事が無い。だが、朽木攻略などその程度の扱いで十分だ。斎藤家の若い世代の力を見せ付けるに好都合とな―――と表向きにはなっておる」


「表向き?」


「……権六(勝家)、三左衛門(可成)は京と所領が隣接している。彦右衛門(一益)は普段の役割として、それぞれ今回の件に関わるに適任だ」


 信長は前々世の功績も含めて彼らを判断している。


「今から話す事は他言無用。己の家臣、妻子にすら洩らすな。まずそれを神仏ではなくワシに誓って貰う」


「ち、誓います」


「本当ならワシが洩らすのも危険じゃが、今後を考えたらワシだけでは手が足りぬ。故に洩らす」


 信長の雰囲気から何か重大な事が―――などと言う事はとっくに察している。

 その上で何が来ても良い様に、各々が思い付く限りの最大級の不都合を思い浮かべた。


「今から話す事は書状にも残せぬ最重要事項。この事実は、ワシも含めて発覚した際には初耳であったと振舞わねばならぬ。誓いを破ったり書状を残せば討伐される覚悟をして貰う」


 名目上、あくまで岐阜城の案内の場。

 しかし、その一室からは緊張感があふれ出して止まらない。

 屋根の野鳥も、建設作業の人足も、只ならぬ雰囲気から自然と足が離れる。


「3人とも歯を食いしばれ。驚く声を上げる事も許さぬ。理解した時は首を縦に振れ。―――斎藤若狭守は長くない。恐らく年内持たぬ」


「ッ!?」


「この情報を知るのは、斎藤家の龍興以下側近数名。恐らく美濃三人衆や十兵衛(明智光秀)も知らぬ。妹の於濃も知らぬ。織田ではワシら4人だけだ。理解したな?」


 3人はぎこちなく首を縦に振った。

 最大級の警戒はしたが、それは『織田家が何かなる』と思って居ただけに、その正体が斎藤家だったが故に虚を突かれた。

 それに3人とも『あの斎藤義龍が!?』との思いが拭いきれない。

 あの豪傑が、信長と肩を並べる義龍が、残りの命が僅かだとは信じられないが、眼前の信長の雰囲気から否定出来る材料は無かった。


「本当なら織田家でもワシ以外に知る者が居るのは本来マズいのだが、流石にソレでは不都合がある。その上でだ。彦右衛門。急で悪いがやって貰いたい仕事がある」


「はッ! ……何なりと」


「京に間者は放っているな?」


「はい。高島の二の舞は御免ですからな。増強しております」


 高島攻略は情報不足が原因でもある。

 無論、全く間者を潜ませて居なかった訳では無いが、六角と将軍の電撃的和解は簡単に察知出来る物でも無かった。

 だが、だからと言って増強しない理由にはならない。

 より沢山の網を張り、僅かな情報も拾い上げるべく、今の京には親衛隊の間者が多数送り込まれて情報収集に余念が無い。


「よし。此度は情報を集めるのではなく、徹底して情報をバラ撒いて貰う。1つ、源平交代の念入りな流布。2つ、信長が藤原信長から平信長と名乗る。3つ、将軍家が興福寺領の没収を計画している。理由は近江を失った六角の軍備増強とする。4つ、延暦寺が興福寺に渡る税を強奪する計画がある。5つ、延暦寺が将軍と六角和睦の功績を称え、朝廷が延暦寺主催の法会を計画。以上だ」


「六角を釘付けにする為……ですか」


 3人とも顔が渋い。

 色々と問題があるのが分かるからだ。


「1と2については理解出来ます。今の源氏長者である足利武家政権を倒す規則性を流し不安を煽る。その上で殿が平氏となる。将来の布石として理解出来ます。そもそも将軍家打倒の真偽も何も将来の事実ですから問題無いでしょう。既に13代を倒した我らですからな」


 これが、斎藤家の朽木攻略をアシストする信長の意図なのは理解出来る。


「ただ、3から5は信じて貰えるでしょうか?」


 ただ、流言として効果的か疑問には思う。


「そうです。流言として露骨過ぎるかと。如何にも『織田が裏で動いている』と看破される恐れがあります」


 苦しい六角が興福寺の領地を没収する。

 和解した六角と旧将軍陣営興福寺。

 覚慶(足利義昭)が興福寺所属だったからこそ六角とは争い、和解に至った経緯がある。

 更に興福寺の神輿であり、参戦理由だった覚慶が行方不明となり、動向が不明瞭になった経緯もある。

 その興福寺を六角が刺激するなどあり得るだろうか?


 蠱毒計に苦しんで、近江の織田、斎藤領から締め出された延暦寺が興福寺への税を強奪する。

 元々両者は教義で対立する勢力同士なので無くは無い話である。

 但し、そんな計画が露呈する事自体が怪し過ぎると思われないだろうか?


 今上天皇と覚恕は兄弟でもあるからには、褒美があっても妙では無い。

 理由はどうあれ、延暦寺は京の争いを収めた。

 3~5の理由の中では一番あり得る可能性を感じるが、ただ、この時期に、このタイミングで、興福寺と延暦寺の関係を熟知し、頭を痛めて来た朝廷が、こんな暴挙をすると思わせられるだろうか?


 こんな、『どう考えても織田の仕業』としか思えない流言を信じ込ませるのは至難の業であろう。


「問題無い」


 しかし信長は言い切った。


「だからこそだ。逆に『今年織田が京に攻め寄せる』との流言は流さない。むしろ『織田は近江統治に忙しくて侵攻しない』と流す方が丁度良い塩梅か。その上で、六角には織田の流言と看破し『織田が動く』と見破ってもらわないと困る。そうしないと朽木に全兵力を向けられてしまうからな」


「成程……。裏を読ませる事が目的ですか。その様な意図であれば、確かに如何にも侵攻前の事前工作に見えますな」


「そう。事実、六角が見破った通りに織田は南近江に兵を集結させ京を伺う地まで進軍する。何なら小競り合いを起こしても良い。肝心なのは我らが六角を京に留める事。一兵たりとも朽木に向かわせず、斎藤の朽木攻略を後押しするのが真の目的である。この流言は失敗しても良いのだ」


 織田の流言を侵攻の事前工作と判明すれば、六角は織田の南近江からの進軍を警戒するだろう。

 しかし逆に『織田が進軍しない』と見破られるのは困る。

 だから少々露骨でも『もうすぐ攻め寄せますよ』と匂わさねばならない。


「無論、延暦寺と興福寺がお互い強訴でも起こしてくれれば儲けモノだが、それは期待し過ぎだな」


 延暦寺も興福寺も、導火線の短い爆弾の様な勢力である。

 蠱毒計では良く理性を持った方であろうが、あくまで六角と将軍の争いに巻き込まれただけである。

 しかしそれが教義に関わるとなれば話は変わる。

 しかも興福寺にとって、朝廷が延暦寺に依頼しての法会など業腹極まりない。

 導火線に引火、即爆発の可能性もありうる。

 その結果、興福寺が京で神輿を担いでくれれば、それだけ六角には対処しなければならない問題が増える。


 だが、簡単に流言に踊らされる勢力では無い。

 しかし、仮に何も起こらなくても警戒と警備に兵を割かねばならない。

 そうなれば朽木に流れる兵を減らせるハズである。


「1つ、いや、2つ懸念があります。まずは、六角義賢が、ちゃんと裏に気がついてくれるか? その点です」


 ここまで六角義賢は良いとこ無しの状態で、ジリジリと領地を削られ、三好にも織田にもやられっ放しで、手も足も出ず京に追いやられた。

 彼ら3人の中で義賢の評価は著しく低い。


 しかし信長は断言した。


「その点は心配しておらん。裏を見破ると言う点においては、ワシも奴をある意味信頼しておる。長年京と関わって来た六角家じゃ。陰謀の類など山程に捌いて来たじゃろう。間違いなく見破ってくれる」


「そ、そうなのですか……?」


 前々世でも争って来た六角義賢である。

 その能力は戦った信長が一番理解している。

 歴史が変わってしまった今、3人には義賢が暗愚に見えているだけだ。


「いや、裏の裏まで見破って来る可能性すらあるとワシは思う。だからこそ、実際に兵も集めるし小競り合いも起こすのだ」


 六角義賢はしぶとい。

 とにかくしぶとい。

 史実でも信長の追跡から逃げ切り、豊臣秀吉に御伽衆として仕え人生を全うした。

 生き残る事が勝利であるならば、義賢は信長に余裕で勝っているとも言える。

 全くの才覚無しでは成し得ない快挙であろう。


「今の奴は良い所が無いが、それでも奴は眠れる獅子じゃ。だからこそ、先手先手で封じ込めて、眠ったまま果てて貰いたい」


「そ、そこまでの評価ですか。まぁ警戒して損する事が織り込み済みであるならば異論はありませぬ」


「うむ。で、2つ目とは?」


「喜太郎、いや新九郎様ですか。あの若武者はこの大役をやり切れると思いますか?」


 他家の、しかも同盟相手の当主の能力に疑問を持つのは、言霊の観点からも危険であるが、それでも聞かねばならぬ事である。


「副将の仙石久盛が実戦の指揮をとる事になっておる」


「仙石殿ですか。個の武力に疑いはありませぬが……」


 仙石久盛は義龍の側回りとして桶狭間でも、近江でも義龍の近辺を守って来た。

 ただ、一軍の指揮官としての能力を3人は知らない。

 ましてや前代未聞の初陣の補佐である。

 重圧は半端では無いだろう。


「本来、普通にやれば普通に終わるハズの戦じゃ。初陣の龍興と軍勢指揮の経験浅い仙石であってもな。特に仙石は道三と若狭守(義龍)の一番近くで軍略を見て来たハズ。戦じゃから不測の事態は付き物だとしても、それでも致命的な失策は犯さぬであろうよ」


 信長も久盛とは面識が無いが、その子の久勝と秀久は家臣に迎えた。

 彼らはそれぞれ織田家中で活躍し頭角を表した。

 その父が、道三、義龍の側近を勤めた仙石久盛が、全く指揮が出来ないハズは無いだろう。


「それに万が一に備えてあの竹中半兵衛もついておる」


「あの竹中? ……どちらの竹中殿でしょうか?」


「あっ、いや、竹中半兵衛重治と言う、中々見どころのある若手武将が居ってな」


 まだこの歴史において竹中半兵衛は碌な実績を残していない。

 その事を失念した信長が慌ててフォローする様に言う。


「飛騨での戦いで幾つか話をしてな。例えば崩れる防壁。あの防壁の弱点を即座に言ってのけたぞ?」


 崩れる防壁で敵の侵入を阻害するのであるが、冬の飛騨では効果が疑問だと、別次元の半兵衛の(酒の席での)策を、この次元の半兵衛が否定した。(120話参照)


「ほう、あの防壁の弱点を初見で? それは鋭い頭を持っている様ですな」


 3人ともこの頃にはあの防壁の弱点を認識して居た。

 ただ、初見では分からずに居たので、竹中重治なる者に信頼を置けそうだと感じた。


「問題は新九郎様(龍興)ですか。若狭守殿のご子息なれば不安はありませぬが」


 不安は無いと言いながら、全員が不安に思う所がある。

 3人には龍興の実力が未知数故に。

 信長は、その失政の史実を知るが故に。


 義龍死後も7年は稲葉山城を守ったとは言え、多くの致命的失敗の積み重ねもあった。

 歴史が変わっても、その人本来の気質が容易く変化するとも思えない。

 義龍の死に一時的に感情が高ぶっていても、何事も喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間だ。

 良い方向に進むには艱難辛苦が待ち構え、悪い方向に進むのは順風満帆に進めてしまう。


「……お主らには時期が来たらワシと共に出陣して貰う。若狭守の寿命を漏らすのは禁ずるが、それでも何が起きても対応出来る様に心構えだけはしておけ。我等は我等のやれる事をやる。朽木攻略は何の問題なく成功させる。誰にも知られぬ所で、我等が苦労する事になるが、これも先を思えば安い投資だ。最悪なのは朽木攻略失敗と、それに伴う若狭守の死が外部に漏れ、斎藤家の弱点が露呈する事。織田の頭上を守ってくれる斎藤家が衰退したら、広範囲において織田は多方面作戦を強いられる事になる。ソレだけは何としても避けねばならん」


 織田と斎藤は共に東西に領地を伸ばしている。

 北を斎藤家、南が織田家と言った具合で。

 その北の蓋が無くなったら、最悪の事態である。


「理解したならば、己の領地で備えておく様に。最後にもう一度言う。他言は無用だ」


 この後、柴田家では浅井長政と織田於市が、森家では木下秀吉と()寧々が戦力として加入される。

 生駒吉乃が画期的な農業改革を成し遂げて、織田家の力を縁の下で支える。

 だが、それぞれ人知れず懊悩する事になる。(外伝44、45、46話参照)


 勝家らが去った岐阜城。

 信長は毒づいた。


《義龍の死で織田家の勢いに蔭りがでて、その命運を龍興が握るとは何たる皮肉か!》


《ずっと言ってますね、ソレ》


《そりゃ言いたくもなろう!》


 史実で斎藤家を排除したお陰で躍進した信長としては、今の苦境は運命の皮肉を感じずにはいられない。

 事ある毎に言うのも仕方ないだろう。


《敵の六角義賢をあんなに信頼しているのに、味方の斎藤龍興はそんなに信じられませんか?》


《ムッ……!》


 ファラージャが疑問を口にした。


《敵だからこそ、その能力を信頼したと言うなら、斎藤龍興もある程度の信頼はあるんじゃ?》


《……。敵としてなら、いや、敵だからこそ信頼が出来る。しかし不安な要素が強い味方は、有る意味恐ろしい存在じゃぞ?》


 ドイツの軍人であるハンス・フォン・ゼークトが述べた(とされる)『ゼークトの組織論』と言う有名なジョーク(?)がある。

 しかしジョークと言っても中々に芯を捕らえた的確な理論で、概ね人は4種類に分ける事が出来る。

 それは『利口で勤勉』『利口で怠慢』『愚者で怠慢』『愚者で勤勉』である。


 それぞれ、以下の様に注釈される。

『利口で怠慢』→指揮官向き。

『利口で勤勉』→参謀向き。

『愚者で怠慢』→兵士向き。

『愚者で勤勉』→軍に不要。殺せ。


 利口だが怠慢なのに指揮官向いているとは、裏を返せば、自分が怠けたいので人を使う事に長けている。即ち指揮官にすべき人間である。

 利口で勤勉は、一見完璧な人間だが、人に任せる事が出来ず自分で全てを完結させるので、作戦の立案など、参謀をさせるべき人間である。

 愚者で怠慢は、指示が無ければ何も出来ないタイプで一見すると最悪だが、裏を返せば、指示があれば指示通りに動くので兵士にするべき人間である。

 愚者で勤勉は、愚者なりに考えて動くので、一見救いがある様に見えるが、裏を返せば勤勉でも結局愚者なので、勝手な判断で指示されていない事まで行動し、結局大損害を引き起こす存在であるが故に軍には不要であり、見付け次第殺せ、とも揶揄される存在である。


 要約すれば『適材適所』であろう。

 そこを間違うと組織は崩壊する。


 史実では、己は酒色に耽り、配下に全てを任せた斎藤龍興。

 敢えて振り分けるなら『利口で怠慢』であろうか。

 ただ、それも限度があり、『利口だが怠慢過ぎた』が真の姿だろうか?

 そうなると『愚者で怠慢』でも良いかも知れない。

 だが、そうなると龍興は、本来兵士向きなのに組織のトップだったのだから、崩壊しても当然で、その結果が、竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取りであり、織田信長の美濃侵攻を許す事になる。


 この歴史の龍興はどうだろうか?

 信長がこの理論を知るはずも無いが、警戒しているのは当然ながら『愚者で勤勉』である。


《でも信長さんは失敗しても挽回する者を好みますよね?》


 信長は失敗して逃げる者を嫌う。

 上記の理論で実際に人を完全に振り分ける事など不可能である事も、理論は知らずとも理解している。


《ムッ……。やる気がある者は確かに好ましい。仮に失敗があったとしても、それで揺らぐ程度の勢力なのが問題でもある。ただ限度はある。勢力が吹き飛ぶ程の大失敗は流石に許容出来ぬ。まぁそんな大失敗が発生したら、許容も何もワシは死んでいるだろうがな》


 信長自身、『利口で怠慢』でもあるし、『利口で勤勉』でもある。

 人はそんなに簡単な生き物では無い。


《許容を超えた失敗……。あぁ本能寺ですね》


《そうだ。だから、そうならない様に、今回は色々裏で手を回さねばならぬ》


 そんなテレパシーをしながら信長は遠くの庭先予定地を見た。

 帰蝶が鬼の形相で木刀を振るい、北条涼春が恍惚の表情で吹き飛ばされ、今川氏真が恨めしそうに見ている―――のが何となく分かった。


《何も知らぬあ奴らが羨ましいな。ワシも気分転換するか》


 信長は半身を脱ぎ、逞しい肉体を露出させる。

 木刀を持つと、帰蝶らのいる場所に向かった。


《やるべき事はやった。後は天命を待つ!》


 信長は、人事を尽くして天命を待つべく、密かに、しかし勤勉に動くのであった。

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