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外伝47話 天下布武反転性病毒因子

【例によって例の如く天正10年 山城国/本能寺】


「おぉ……! あぁ……! うえざまぁぁ……! い゛ぢだいじぃぃ……!」


「乱丸! 残念だ……! 共に天下の先を見たかったぞ!!」


 信長は銃を構えると、連続して3発発射した。

 乾いた銃声からは想像出来ない衝撃に、森乱丸は耐えきれず仰向けに倒れる。

 倒れるが、肩に、胸に、口に命中したのに、緩慢な動きながらも立ち上がる。


「どのぉ……!!」


 乱丸は傷付きながらも歩みを進める。

 腕は千切れ、足は折れ、内臓は露出し腸が床に引きずられ、顔は半壊し、先程の銃撃で歯が乱れ露出し、誰がどう見ても生きていられる状況では無いが、彼は歩みを止めなかった。


「ぅぇ……ざま……にげ……」


 壊れたレコーダーの如く信長を呼び退避を促すが、呻く言葉とは裏腹に乱丸の目的は食事である。

 記憶に残る強い意志の成せる業か、脳の構造が変質しているのか?

 そんな哀れな乱丸を目にしつつ信長は叫んだ。


「何故だ! 何故こうなった!?」


 信長はありったけの弾丸を乱丸に叩き込む。

 異様にスローモーションで乱丸は倒れて、今度こそ絶命した。


 信長は涙を流しながら、肉塊と化した乱丸を見下ろす。

 そんな信長に帰蝶は言い放った。


「殿の所為(せい)じゃないっスかね?」


 帰蝶の舌鋒が鋭く信長に突き刺さる。


「……ワシか! ワシのバカ!」


「全く……。じゃあ後はよろしくー」


 帰蝶がそう言うと、帰蝶の頭が木っ端微塵に破裂した。

 帰蝶は銃を咥え自害したのであった。



【数年前 近江国/安土ラボ】


《ワシ等の転生による歴史改編の我儘(わがまま)。ワシら以外に知る由は無いとは言え、雑兵に至るまで何度も命を散らさせる事になるのは忍びない》


 信長は家臣の気持ちを思う。

 別次元の出来事とは言え、数百、数千と、本能寺を突破する為だけに彼らを死なせて来た。

 信長達以外は別次元の人生の記憶など持たないので気にする必要は皆無だが、()()()()()()()()信長には関係なかった。


《ワシは、彼らの魂に懺悔しなければならん!》


《はぁ。そっスね》


 帰蝶の気の無い返事を信長は全く聞いていない。

 信長は自身の言葉に酔っている様であった。


《そこで、せめてもの償いとして、痛みの緩和に治療、日々の生活に対する病気や怪我の対策。更には身体能力の向上。これらを叶える為にワシは『天下布武反転性病毒因子』を開発した!》


 ちなみに今はTake5001。

 野球を広めたTake5000の次である。

 Take5000の時は肉体の強化を果たし、マッハ10の投球をしても問題無い肉体を作り上げたが、身体能力向上をもう少し別方向に活かせないかと方針転換をしたのが今回の転生。

 つまり、前回をヒントに開発したのが、天下布武反転性病毒因子である。


 信長は、その天下布武反転性病毒因子薬液が入った試験管を、頭上に掲げながら語る。


《はぁ。天下布武反転性……病毒因子って物騒な名前ッスね》


 一方、霊的存在を信じ無い帰蝶は、魂に対する悔恨の情など持ち合わせていない。

 あるのは何とかして本能寺を突破すべく、あらゆる物を利用するだけであり、信長のすっかり変質してしまった霊的な物への感情も、突破出来るなら利用する位にしか思っていない。


《病毒因子だけだとな。通常の病毒因子では体を蝕むだけだが、反転性と言ったじゃろう? 蝕む事なく治療を促す因子。じゃから反転性病毒因子なのじゃ》


 戦国の覇者にして敬虔な仏教徒である天才科学者信長は、無知な帰蝶を憐れみつつ丁寧に教えた。


《凄いですね……。それは不老不死に至る起点となる事ですよ。ある程度知識を与えたとは言え、自力でソレを編み出すとは! 流石は信長さん!》


 一方、ファラージャは本当に驚いていた。

 高度な知識を与えてはいたが、そこから発展させ不老不死の原点に辿り着いたのは素直に驚くべきなのだろう。

 何せ、他国の侵略を許さず、かつ、戦を仕掛けて勝利し、京を抑えて天下の覇者として振舞いつつ、何も無い状態から領地を発展させ、薬品開発の為に必要な道具の開発、電気設備の設営、薬品管理開発に至る設備等、あらゆる物を一人で開発したのだから、大車輪の活躍過ぎる成果である。


《フフフ……!! もう何度やり直したか判らぬ転生人生に今度こそ終止符を打つ! 天下布武反転性病毒因子でな!! こうなれば56億7千万年後に弥勒菩薩と相見(あいまみ)える事も出来よう!》


 不老不死になれるなら、時間は掛かるが56億7千万年後に表れて救済する弥勒菩薩に合うのも確定事項である。

 信長はそれを信じて疑わない。


《それで我が軍の負傷者を減らし、不自由なく天下布武後の生活と世界を見せられる訳っスか?》


 一方、帰蝶はあくまで現実主義だ。

 信長の妄言はともかく、利用価値があるなら止める理由も無い。


《その通り! この天下布武反転性病毒因子を投与された者は天下布武反転性病毒因子の効果によって幸せになれる!》


 何をもって幸せかは人それぞれであるが、信長は投与された者の幸福を信じて疑わなかった。


《まぁ、幸福は置いとくとして、その天下布武反転性病毒因子で本能寺を突破出来るなら文句無いっスけどね。……ただ、それにしても》


 帰蝶は、天下布武反転性病毒因子の効果よりも気になる事があった。


《天下布武反転性病毒因子って長い上にクドイ! もうちょっと省略出来ないっスか!? 舌噛みますよ!?》


《それは確かに。例えば病毒因子はウィルスと訳せますけどねー》


 古代言語に詳しいファラージャが、簡潔な言葉に置き換えてみた。


《天下布武反転性ウィルスか。まだ長いな。……ムッ!? 待てよ? 天下布武はアルファベットで『TENKAFUBU』じゃろ!? ならば、その頭文字を取って『T‐ウィ――》


《アッー!? ま、待って下さい!?》


 ファラージャは、信長が全てを言い切る前に割って入った。


《そ、それはちょっと色々各所で面倒な事になるかもッ!? 後々歴史的にも不都合があるので止めましょう!?》


《そ、そうなのか?》


 やけに焦ったファラージャの剣幕に、信長は気圧される。


《た、例えば! 反転はreverseですので、Rを加えて『TR‐ウィルス』とかどうでしょう!?》


《まぁ別に良いが……。ではこのTR-ウィルスをあっ》


 信長は試験管を滑らせた。

 しっかり握っていたハズなのに。

 慌ててキャッチしようとして手を伸ばすが、試験管は無情にも指の間をすり抜ける。


 やけにスローモーションで試験管が落下する、様に見えた――


 信長の手が空振る――

 必死の形相の信長の手がまた虚空を薙ぐ――

 鬼の形相で再度信長の手があらぬ所を掴む――


 奮闘空しく、試験管は実験ラボの床に落ちて割れた。

 急に時間の流れが正常になったかの様に、試験管の破片は勢い良く方々に飛び散った。


《あっ!?》


 TR-ウィルスは完成したとは言え、扱いには厳格な手順と管理が必要である。

 マイナス200度で管理し、空気には触れさせず、投与に当たっては希釈が必須であるのに、それら全部の品質管理を突破して床にブチ撒けてしまった。


《ああ……!!》


 揮発した薬液が換気扇から外界に漏れ、排水溝に流れた薬液が汚水タンクに混ざり、直接薬液を浴びたモルモットが雄叫び上げながら檻を突き破り逃げた。


 この日、世界は破滅に歩み始めた――


 こうして織田軍は怪物となり果てた人類と戦う存在となったが、多勢に無勢、本能寺に追い詰められ日本人は全滅した。

 やがて、風に乗って世界中にTR-ウィルスは散って行き、信長が試験管を落として数年で地球は完全に汚染された。


 この歴史の人類史は幕を閉じた――


 生物はTR-ウィルスと不適切に接してしまい、変異を繰り返して制御不能の脅威となった。

 いままでは本能寺で失敗しても歴史は続いて未来につながっていったが、正真正銘、歴史が潰えたのはこの世界線が初である。


 一応、生物(?)は存在する。

 歴史を記録する知的生命が居ないだけだ。


 以後、地球は死の星として太陽に飲み込まれるまで、醜悪な怪物が闊歩するだけの時間樹の汚点として歴史が刻まれるのであった。



【5次元空間 時間樹】


رجل غبي!(アラビア語) Ηλίθιε!(ギリシャ語) ¡Idiota!(スペイン語) You idiot!(英語) 你这个白痴!(中国語) Ты идиот!(ロシア語)


 織田信秀が怒鳴る。

 あらゆる古代言語で『馬鹿野郎』と怒鳴る。


《義父上は勉強熱心なのねー》


《器用の仁って呼ばれるだけあって、習得も早かったですよー》


 全くの他人事の帰蝶とファラージャは、借りて来た猫の如き信長を見る。


《ハァハァッ……!! おい三郎! 貴様ワザとやっとるのか!?》


《い、いえ、至って真面目なのですがどうしても本能寺を突破叶わず……!》


《全く酷い映像ねー。さっさと自害して正解だったわー》


 帰蝶はつい先程、自害して脱出した本能寺を、5次元空間から観察する。

 本能寺は炎に包まれ、信長や帰蝶の死体と一緒にゾンビも燃やしていた。


《帰蝶! 貴様も貴様じゃ! あんな緩慢なゾンビ共、槍で突き倒していけば良いだけじゃろう!? 何を勝手に諦めとる!?》


《で、でも父上! あれから挽回したとして何をすれば良いのです!?》


 帰蝶は抗議する。

 確かに生き残った所で色々手遅れなのは事実である。


《まぁまぁ道三殿。良いじゃないですか。次は約束通り拙僧らも転生するのですから》


 雪斎である。

 野球で失敗した本能寺後、信長は約束していた。

 次も失敗したなら、もう見過ごす事は出来ぬと。

 それが、信秀、道三、雪斎、宗滴の再臨である。


《見ていて思いましたが、あのTR-ウィルスを落とした瞬間。あれには歴史の修正力を強く感じましたぞ? 勝手に信長殿の手をすり抜けた様にも見えました》


 雪斎が冷静に分析する。


《確かに。あの試験管は意思を持って動いている様にも見えましたねー。舞い落ちる羽の如くでしたねー》


《でしょう? これはもう、歴史が必ず信長殿を天正10年で終わらせるとの意思を感じます。突破しようと藻掻(もが)けば藻掻く程に歴史からの反発が強まる。あんな不老不死の薬品を使ってまで突破しようとする力に対し、歴史は全人類巻き込んで信長殿を殺そうとしたのです》


《はえ~。成程~~》


 帰蝶も現場に居た当事者として、あの不自然なまで華麗に信長の手をすり抜ける試験管には、確かに意思が宿っている様にしか見えなかった。


《雪斎殿の言う通りじゃ。更にワシが思うに、これはもう信長と濃姫殿だけでは不可能なのじゃろう。チートやら未来知識やら、そんな猪口才な小手先の歴史変化は、歴史にとって些細な変化同然なのじゃろう。ならば! 転生する人間を増やすしかあるまい! あの場に存在しなかったワシらが介入すれば必ず歴史は動くじゃろう》


 宗滴が鋭く指摘した。

 まるで犯人を指摘する名探偵だ。


《そう、だな……。ワシはもう疲れたから、お主等の手を借りるよ……》


 信長が薄っぺらい表情で承諾する。

 その成果が判明するのは来年の話である。


(駄目な気がする……)


 ファラージャは大騒ぎする5次元空間の中でそう思った。

一年経過するのが早い!

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