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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
16章 永禄3年(1560年) 弘治6年(1560年)契約の化かし合いと、完璧なる蠱毒計
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148-1話 高島決戦後始末 答え合わせ

【近江国北西/高島 織田信長軍 新本陣】


「よし。伝令に琵琶湖を渡らせて三左衛門(森可成)らに勝利を伝えよ!」


 辛くも足利義輝と細川晴元の挟撃を凌ぎ撃破した織田軍。


 高島の戦いは、結果だけ見れば織田軍の圧勝で終わった。

 信長自身が率いた軍は、そこそこの損害を被ったが、南北近江の織田軍全体で見たら微々たるモノである。

 それでも、信長はかなり危険な所まで追い詰められたのだから、正確には圧勝とは言い難い。


《何とか勝ったか。肝を冷やしたわ。やはりこの地域周辺は縁起が悪いな》


《一応言いますが、『縁起』と言う概念も、思わせぶりな現象があったとしても勘違いですよ?》


《分かっとる。だが、これはもう無理じゃ。これからも事ある毎に関連付けてしまうじゃろう》


 金ヶ崎から脱出する際に、この地域を退却路に選んだ信長である。

 ファラージャが、幾ら『縁起』が勘違いの類だと説明しても、それを理解した上でも、そう思わずには居られなかった位に個人的には圧勝とは言えない。


 しかし、戦果は抜群だ。


 足利義輝捕縛。

 細川晴元捕縛。

 武田義統討死。

 浅井輝政捕縛。

 遠藤直経捕縛。


 勿論、その他にも義輝が率いて来た武将の多数が討死、或いは捕縛、中には逃走した者も居たが総大将たる義輝と、その参謀たる晴元が捕らえられてしまっては軍として維持は不可能。

 これを抜群の戦果と言わずして何と言おう。


 また、この頃には、明智光秀、京極高吉、佐久間信盛も拠点攻略を中断して駆け付けている。

 新しい本陣も設営され、六角軍、興福寺軍の襲撃に備えているが、この後に軍勢が押し寄せて来たとしても勝負は最初から決している。

 織田軍は大軍を展開出来る平地を押さえて居るのに対し、六角興福寺連合軍は狭い安曇川沿いでしか軍の展開が出来ない。

 後続の六角軍、興福寺軍を順次迎え撃てば、敵は壊滅的な損害を受ける事になる。

 絶体絶命の危機は去ったのだ。


《縁起の話はもう良い。それよりも答え合わせだ。ワシは何も知らぬからな。時系列を追って事実を探らねば、何故ワシは助かって勝ったのか分からぬ。まずはソコを明かしていくか。……そう考えると、晴元を捕縛出来て良かったな》


 今回の戦は、三好長慶の要請から始まった戦いであるが、関係勢力は、織田家、斎藤家、朝倉家、浅井家、京極家、六角家、足利将軍家、興福寺、延暦寺、朝廷と多数の陣営の多数の思惑が絡まり過ぎて訳が分からない。

 ここの解明が疎かになっては今後の立ち回りに支障が出る。


 その真実を明らかにする為に、新本陣に諸将が集められた。

 集まった武将は、織田信長、明智光秀、京極高吉、佐久間信盛、不破光治、丹羽長秀、斎藤利三の最初から北近江担当だった武将全員。

 それに、斎藤帰蝶、北畠具教、柴田勝家、塙直政の南近江から駆け付けた伝令武将。

 後は、敗軍の将である細川晴元である。

 なお帰蝶は立っているのも辛いらしく、信長の横で戸板で横たわっている。


 なお、義輝が居ないのは、傷で動けないのもあるが、放心状態で話し合いにもならないからである。


「さて、一体何がどうなっておるのか? ワシも全容を知らぬし、於濃ら南近江担当も知らぬ事もあろう。細川右京(晴元)よ、聞かせて貰おうか」


 縛られたままの晴元に信長が聞いた。


「……古くから『敗軍の将、兵を語らず』と言いますが、あぁ、これは違うのかな? ハハハ」


 晴元は自嘲気味に笑う。

 晴元の言う『敗軍の将、兵を語らず』とは、味方陣営の中での話で、『失敗した分際でデカい口を叩くな』の意味である。

 今は敵陣営の中に居るので、語ってくれないと何も真相が分からない。


「良いでしょう。もう何にも縛られる事も無くなったのですから。しかし、まず懸念を一つ払拭させておきましょう。いま、織田軍は防備体制を取っている様ですが、恐らく六角、興福寺連合は進軍しないでしょう」


「ほう? それは何故じゃ?」


 現在、六角軍、興福寺軍に備えている織田軍であるが、その可能性が無いと断言する根拠が分からない。


「某が独断で予め指示をしました。万が一に備え『我等が敗れた場合は朽木から出撃するな』と」


 晴元は朽木城からの出陣前に、後続軍に対する伝令を送った。(144話参照)


『万が一に備える。良いか。六角の偵察に高島の戦況を常に探らせ、我等が負けたら朽木から出ない様に要請しろ。我等が壊滅したら数の有利は完全に無くなる。織田軍を相手するには朽木周辺で狭い土地を生かした戦術を取るしか無い、とな』


「―――なので、我らが負けた今、六角軍、興福寺軍は朽木城に籠って居るはずなのです」


「成程な。ワシも危機を凌ぎ、兵も揃った今、攻めて来ても返り討ちにしてやれるが、右京の戦略眼は敵ながら甚だ最も。その言葉、信じるに値する。ワシでも同じ指示をしただろう」


「……」


 晴元は『お褒めに預かり光栄です』と言い掛けたが、顔を振って堪えた。


「……? だが、暫くは警戒を解く事は出来ぬがな」


「確かに。某も信じてくれと訴えるつもりはありませぬ」


 敗軍の将の言葉だから信じないのでは無い。

 六角軍と興福寺軍が晴元の命令に従う保障は無いし、状況が二転三転、いや、もっとトンデモない事が有るかも知れない現状、勝手に防備を解く事は極めて危険である。


「それでだ。……ふむ? そうじゃな。お主に語ってもらう前に、その前段階の説明も必要じゃな。何故、将軍と管領が尾張に居たのかを。それに三好の蠱毒計を」


 信長は家臣と晴元に話した。

 足利義輝と細川晴元が尾張に来た経緯を。(73話参照)

 蠱毒計の事。(108-3から113話話参照)

 延暦寺との約定(140話参照)

 蠱毒計を煮詰める為に、六角と将軍の領地を削り取った事を。(16章参照)


 義輝と晴元が尾張を訪れたのが9年前。

 歴史の多重改変を狙ったが故の滞在許可である。

 歴史改変を配下に伝えた所で意味不明であるので、後の布石と言う扱いにしたが、そんな昔からこの戦いの因縁が始まっていた事に驚く諸将。

 一方信長は信長で、ここまでの歴史改変が引き起こされた驚愕と、将軍には無理だと思ったある程度の勢力の挽回が成った事には驚く他無かった。


「京に帰還してそれでも、無理を理解した時は、我等に協力を仰ぎたいとも思っておった。あの時はな。しかし、まさかここまで勢力を挽回させるとは思わなんだ。正直驚いた」


「……まぁ、そんな所ではないかと思っておりました」


 一方晴元も腑に落ちたのか達観した顔であった。

 蠱毒計を食らって長い時間が経過した。

 何をされたら嫌なのか、当事者には容易い推理だ。


「織田殿が判らぬのは、何故我らと六角が手を結んだのか、この点ですかな?」


「そうじゃな。その点は何も分かっておらぬ」


「もはや隠す事もありませぬ。お話ししましょう」


 晴元は話した。

 三好の計略通り、本来和睦は不可能な程に関係が拗れた事。

 ただ、蠱毒計が完璧過ぎて、もはや争う気力も無かった事。


「完璧か。しかし真に完璧ならこんな事態にはなっておらぬはず。ならば他の要因が湧いて来たのだろう? 六角家、足利将軍家、興福寺、三好家のいずれでも無いなら、残る勢力でそんな芸当が出来るのは……まぁ、延暦寺しか無いな」


「その通り。全ては延暦寺の仲介があったから可能な戦略だったのです」


「何とッ!?」


 この話は、近衛前久から報告を受けた南近江担当武将も驚いた。

 帰蝶などは、痛む胸を押さえて体を起こす。

 まず、帰蝶達は近衛前久から『延暦寺からの還俗兵』が居る事は聞いた。

 信長に報告する時は、本当に時間が無いので必要最低限に情報を絞ったが、還俗兵の存在も『蠱毒計の影響で苦しくなって脱走した』程度にしか思っていなかった。


 しかし、延暦寺の仲介だったとなると話が変わる。

 そこには明確な殺意と、敵対の意思が宿るからだ。


「逆にお聞きしたい。どこからその和睦が成ったと聞いたのか? これが漏れていなければワシらは織田殿に勝ったはず」


「そ、それは、まだ殿も知らぬ事ですからして、某から話しましょう」


 知らなった話の重さで、やや狼狽した北畠具教が引き継いだ。

 近衛前久からの報告があった事を。(146-2話参照)

 森可成が散々に悩み、しかし迅速に帰蝶らの派遣を決め、辛うじて惨事を防ぐ事に成功した。


「成程。殿下が動いて下さったか」


 これは信長も、今の今まで知らなかった。

 帰蝶が合流した時は、話の出所も聞く暇が無い状態だった。

 そのまま真実を知らぬまま勝ったので、何か気持ち悪い状態だったが、ようやく腑に落ちた。


「成程。朝廷に嫌われておりましたか。これでは勝てぬは道理。管領ともあろう者がそんな事を失念していたとは……」


 晴元も腑に落ちたのか、今回の戦は負けるべくして負けたのだと理解する。


 様々な思惑が絡んだ今回の近江侵攻戦。

 決着の決め手は朝廷の動きであった。


「それにしても、延暦寺の坊主共よ!」


「しかし、これで延暦寺侵攻の名目が出来たと考えれば、そこまで悪い事では無い……のか?」


 事情を知る織田家の中でも、特に北畠具教は約定の場にも立ち会ったので憤慨著しい。

 しかし、一方的に破られたのだから大義名分は織田家にある。


「殿! 幸い比叡山を南北で挟んで軍を展開しております! このまま押し潰してしまいましょう!」


「駄目だ。手出し出来ぬ」


 一方、信長は己のミスを察した。


「見事にやられたな。延暦寺は織田と将軍、六角の争いに加勢するでも無いし、還俗した僧の責任も問えぬ。むしろ世間的には六角と将軍の争いを収めた立場。それを強引に約定違反と攻め立てる事はで出来ぬ」


 史実の未来の話である前代未聞の言い掛かりである『国家安康 君臣豊楽』事件も、圧倒的に力を持つ徳川家だからこそ許された手段である。

 どんなに悪質な理論であっても、力を失った豊臣家が悪いのである。


 当然、今回の延暦寺の立場を糾弾するには、まだ織田の力はそこまで強く無い。


「し、しかし、こんなのは自明の理では無いですか!」


「分かっとる。しかし覚恕も当然理解しておろうよ。明確に織田に敵対する意思があるが、一方で確かに約定も一切破っておらん。それにちゃんと逃げ道も用意しておる。奴は帝の弟。攻め立てても必ず朝廷の介入が入る。そこまで計算しておろうて」


「ッ!!」


 信長の口から『朝廷』との言葉が出て、怒り心頭の武将も冷静になる。

 朝廷に助けられたのに、朝廷を敵に回す訳にはいかない。


「それに、興福寺の存在も気になるな。興福寺は延暦寺と仲が良い訳では無かろうて。考えれば考える程に何も納得出来ぬ」


 延暦寺と興福寺は、お互いがお互いを対象とした強訴を行う関係である。

 それなのに、興福寺を後押しする延暦寺の援助は不自然過ぎた。


「……そうか。むしろ、我らを利用して、延暦寺の敵を一掃し様と目論んだのでは無いか? 将軍と六角諸共、興福寺もな」


「も、諸共!? 共倒れを狙ったと!?」


 この言葉には晴元も驚いた。


「何の証拠も無い。推測に過ぎぬがな。しかし延暦寺は蠱毒計に巻き込まれた被害者じゃ。その原因は? 将軍と六角であり、それを演出している三好と、協力する織田。ついでに興福寺さえも全て消し去ろうとしたのでは無いか?」


「そ、それは……確かに……でも……」


 蠱毒計だけでも相当に壮大な規模の計略なのに、それを利用して漁夫の利、一挙両得、一石二鳥を実現し様とした延暦寺の策略に、一同驚くしかなかった。


「だが、それも全てが上手く運んだ訳では無い。ワシは生き残り、六角も興福寺も戦には参加しない見通し。14代は健在。消滅したのは13代陣営だけじゃ」


 延暦寺が狙った成果に対して、実績は一つ。

 とても策が成ったとは言い難い。

 延暦寺としても思惑が露呈してしまった以上、難しい立場が待ち受けるだろう。


「いや、まてよ? ……そうか。そうなると蠱毒計は瓦解したも同然か? 六角に敵対する勢力が消えたのだからな。延暦寺としては蠱毒計の消滅だけで釣りが来るのかも知れん」


 信長は難しい顔をした。


「ワシは、三好の計略を潰してしまった事になるな」


 毒蟲が潰しあってこその蠱毒計である。

 奇襲を受けたので仕方ない事ではあるが、期せずして義輝陣営を消滅させてしまったのだから、三好長慶の戦略としても見直しが迫られるであろう。


「どうせ三好も我らを使い潰そうとしたのだからな。計略失敗の責を負うつもりも無い。京で難題が起きても対処するのは三好じゃ」


 今回の近江侵攻は三好長慶の要請に基づいている。

 建前は蠱毒計の圧迫であるが、その真の意図は、織田と延暦寺の衝突であると信長は睨んでいる。(138話前編、後編A、140-1話参照)

 その意味でも延暦寺とは構える訳にはいかない。


「だがそれでも、織田としても蠱毒計が消滅したのは痛いな。六角が挽回するやも知れぬ」


 これで、六角は14代の正統将軍と朝廷を抱える事になる。

 南近江の拠点は失ったが、山城国と近江国朽木は実効支配しているし、興福寺とも手を組んでいけるので、大和国方面を利用して苦境の挽回を狙う事も出来る。

 また、かなりの無理をする必要があるが、何なら紀伊半島の山を越えて伊勢に攻め入る事も可能になる。

 紀伊半島の半分は山で平地の有用な土地は少ないが、高野山金剛峯寺、粉河寺、根来寺など強力な兵力を持つ寺院が存在し、雑賀衆らの武装勢力も存在する。

 これらと組む事が出来れば挽回は可能になる。


「……ならば、一つ伝えねばなりますまい」


 細川晴元が口を開いた。

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