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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
16章 永禄3年(1560年) 弘治6年(1560年)契約の化かし合いと、完璧なる蠱毒計
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146-1話 七つ目の関門 義輝の怒り

146話は2部構成です。

146-1話からご覧下さい。

【近江国/足利義輝軍】


「見えた! 安曇川砦と織田軍だ!」


 太山寺城を経由し迂回して来た、足利義輝率いる完全騎馬隊約100騎。

 たかが100騎ではあるが、敵との接触後は、100人と100頭の馬に分離し暴れる事になる。

 但し馬は制御を失ったまま解放されるので現場は混乱するであろうが、それこそが狙いなので全く問題無い。


 そんな強襲突撃騎馬隊の先頭を掛ける浅井輝政。

 彼は史実における浅井長政であるが、この時15歳にして軍勢の中でも立派な体格を誇る足利軍屈指の武将。

 指揮采配はまだまだ荒いが、個人戦技においては足利軍№2である。

 なお、№1は足利義輝、№3は細川晴元で、全員が帰蝶の弟子であった。


「足利の勇士達よ! 俺に続けぇッ! 信長本陣はあそこぞ!」


 戦場で全体を指揮する総大将は、背後に構えているのが普通。

 しかも背後に当たる平地の高島は、大半が織田軍が制圧した。

 本来、信長の陣に背後は限りなく安全である。

 それなのに、無理やり、その背後から奇襲した輝政達は、信長本陣から最短の場所に居る事になる。


 更に現在織田軍は、安曇川の川上から襲撃した細川軍の対応に苦慮していた。

 現れるハズの無い軍勢に、しかも、それが細川晴元であるのも驚愕の事態である。


『六角との争いがどうなっているのか? そもそも今、京はどうなっているのか?』


 今の緊急事態にそんな事を考えてる暇は無いであろうが、考えずには居られないハズである。


 そこに、更に更に背後からの奇襲である。

 ここ迄来たら、100%勝てる戦になる。

 六つの関門すべて突破する、超強運を呼び込んだ足利軍である。

 乗りに乗って、破竹の勢いで、織田軍を後方から切り崩す。


 先頭を走り織田軍の最後尾に取り付いた輝政は、下馬し馬の尻を槍で突き、織田軍の中に飛び込ませる。


「どけぇッ!!」


 浅井輝政の槍は冴え渡っていた。

 荒々しい豪槍が敵の防御諸共粉砕する。

 今は乱戦の真っ只中。

 お上品に戦っていては信長を取り逃がす。

 多少荒かろうが、敵は戦闘不能になれば良い。

 生死など二の次である。

 今この場で生死をハッキリさせるべきなのは、信長だけである。


「後方からの奇襲で、ここ迄対応するのは見事!」


 今の信長本陣付近は統率が取れているとはお世辞にも言えないが、織田軍はそれでも奇襲に対し、最大限の対応を取っていた。

 お陰で、一直線に本陣に雪崩れ込むつもりが、思わぬ足止めを食らっていた。


「だが、こんなのは誤差にも入らぬ!!」


 それでも今は、安全の死角を突く強襲である。

 しかも六つの運の関門を突破出来た奇跡の足利軍である。

 どんなに結果が悪くても、信長の首を取れる戦況である。


 輝政は、信長本陣の陣幕に槍が届く距離まで到達した。


「本陣一番乗り貰った!! 信長はどこだ!」


 狙うは当然信長の首である。


「そこをどけぇッ!」


 信長は本陣に居るのは間違い無いいが、信長の周囲を固めるのは何れも親衛隊でも腕利きの武者である。

 そう簡単に突破出来ないが、義輝率いる奇襲軍も次々と下馬し馬を(けしか)ける。

 信長本陣は瞬く間に喧騒に陥った。


「どりゃあ!」


 輝政は槍で陣幕を切り裂き本陣に突入した―――と同時に斬撃が輝政に襲い掛かる。


「久しぶりね!」


「何ッ!?」


 輝政が辛うじて攻撃を防ぐが、周囲に響いた嫌な音が暴れる馬を遠ざけた。


「クッ! 不意打ちとは卑怯な! ……久しぶり、だと?」


 信長の本陣で『久しぶり』と言われる。

 心当たりはある。

 何せ幼少の一時期、織田軍に誘拐されて過ごして居たのだ。


「不意打ちを卑怯? 不意打ちをしておいて? おかしな事を言うのね?」


 輝政の脳が、ある人物の映像を急速に構築し始める。

 不意打ちがどうこう等は、頭から消え失せていた。


「ッ……!?」


 その声―――

 その佇まい―――

 その構え―――

 その息遣い―――

 その髪―――

 その顔―――

 その姿形―――

 その眼―――眼?


 眼まで視線を動かした所で、疑問がつい口に出た。


「……その眼は?」


 幼い時の記憶と、ほぼ一致する人物が居たが、眼だけが一致しなかった。


「あぁ、これ? 武田信繁にやられてね。三年前だったかしら?」


「その声! やはり、濃姫……様!」


「久しぶりね猿夜叉丸ちゃん!」


 信長本陣に居たのは帰蝶であった。


 輝政にとって帰蝶がいる事は不思議では無い。

 あの女鬼神が戦場に居ないなどあり得ないと、幼少の時から常々思っていた。

 だから何も妙に感じる事は無い。

 輝政は知らないのだから、何も妙に感じる事は無い。

 帰蝶は本当は、南近江担当だった事と、今この場に居る予定では無かった事を。


「その姿は……!?」


 帰蝶は妙な姿をして居た。

 戦場において、甲冑を身に着けていないのである。

 小手と脛当てだけは身に着けているが、一番必要になる鎧兜は身に着けていない。

 おかげで、ド派手な拳法着が丸見えである。

 矢玉に白刃飛び交う戦場で、身を守る防具無しで仁王立ちする帰蝶。

 異常な姿形であるが、全くそう感じさせない佇まいは、放出する殺気の為せる業だろうか。


「不本意ではあるけど仕方ない理由があってね」


「不本意!?」


 不本意なのは此方の方だと輝政は思う。

 信長が居ないのは特に不本意だ。

 信長は、まともに戦って勝てる相手では無い。

 急襲した後、手早く信長を討ち取り離脱する事こそが勝ち筋だったのに、どこかに消えた信長を探す時間は無い。


「……さぁ! これ以上の御託はいらないわ! あれからどれほど成長したのか見てあげる!」


 帰蝶はそう言って薙刀を構えると、輝政に猛然と襲い掛かる。


 そんな帰蝶を見て、一瞬だけ幼少期を思い出した。

 輝政は猿夜叉丸時代に帰蝶の武術指導を、人質の役目が終わる迄の約一年間受けている。(71話から83話期間)


 当時7歳の子供の時であった。

 幸い同じ年頃の子供が多数近くに居たので寂しい思いはしなかった。

 但し、帰蝶の武術指導は半端ではなかった。

 怪我をした覚えは無い。

 多少は痛い思いもしたが(帰蝶は極限まで手加減しているし)、武士の子、男の子として幼いながら痛みに耐えた。


 ただ、時折身体にチクリと噛みつかれるかの様な、謎の感覚だけは恐怖だった。


 あの時から9年たった今、あの謎の感覚が『帰蝶の放つ殺気だった』と輝政は確信した。


「クッ! あの時の幼子と思ってもらっては困る! ……グッ!?」


 隻眼のハンデも何のそので、女の膂力から繰り出される衝撃とは思えぬ攻撃が嵐の様に繰り出される。

 淀み蝕む濃密な殺気が帰蝶の周囲を歪める―――かの様に錯覚する。

 美しい顔が、眼帯と切り裂かれた傷が、より凄惨な(かお)となり、視界範囲に居るのに視認し辛くなる―――かの様な感覚に陥る。


「妖蛇の化身か!? ならば退治してこその武士! 我が槍の錆となれいッ!!」


 輝政は帰蝶の殺気を正確に捉え、蛇のイメージ迄掴んでいた。


 輝政も防戦一方では無い。

 弾き、去なし、叩き落し、軌道を反らし、甲冑で受けられる攻撃はあえて防御せず、内臓に響く衝撃に耐えながらも槍を突き出す。

 人も馬も近寄れない、竜巻の様な攻防が繰り広げられる。


「やるわね! でもこの技を受けきれるかしら!?」


「技!? あッ!?」


 嵐の様な攻撃から一転、突如帰蝶は、緩く気の抜けた攻撃を繰り出す。

 輝政は突如現れた隙だらけの攻撃に戸惑う。

 技と言うからには致命の一撃を狙った攻撃かと思ったら、全く逆の攻撃が来たのである。

 お陰で輝政は、まるで野球選手が予想外の変化球につい手が出てしまったかの様な、何をしたいのか良く分からない中途半端な攻撃を釣られて繰り出してしまった。


 帰蝶はその誘い出した槍を半身で躱すと、左手を振る。

 すると、紐が絡み付き輝政の腕と槍を封じてしまった。

 隻眼のハンデを克服する為に導入した流星圏である。


「なッ!?」


「ハァッ!!」


 両腕が封じられた輝政の足を払い転倒させ、胴を足で踏み薙刀を首筋に当てる。


「浅井輝政打ち取ったり!」


 小柄な帰蝶の体から発せられるとは思えない声が響き渡る。

 乱戦に持ち込まれた織田軍は、その声に奮い立たされ俄然力が湧いて来る。


《何秒だった?》


《30秒ですかね》


《30秒……。まだまだ遅いわね》


 なお『秒』と言う概念は、当然ながら戦国時代に存在しない。

 これはファラージャのうっかりと言うよりは、他に適切な表現が無く、未来色超特訓で仕方なく漏らした概念である。


 かつて武田信繁との激闘で思い知った事。(122-2話、外伝34話参照)

 あの時は5分は戦っていたであろう。

 体感的には永遠とも感じる濃密な時間であったが、実際はその程度である。


 だが『その程度』であっても、道端で戦う一対一の果し合いならともかく、刻一刻と戦況が移り変わる戦場で長時間での一騎打ちは、負けたら当然、勝っても不都合が生じると考えるに至った。


 だから出し惜しみなどしない。


 今迄も出し惜しみしているつもりは無かったが、より一層、そう心掛ける様になり、養老山でで籠った時は色々戦術を考えた。

 その中の一つが、先程のハメ技の様に気の抜けた攻撃である。

 その人を舐めた攻撃が綺麗に決まり、輝政は打ち取られたのである。


《どんなに遅くとも15秒以内で決着付けたいわね。勝つにしろ負けるにしろ》


《相手も必死ですからね》


 勝つなら当然、勝て無いと判断するなら早いに越した事は無い。

 一騎打ちの決着が戦の終焉では無い。

 その後の指揮も残っているのだから。


 そんな会話をしながらも、残心と殺気で油断せず、輝政を雁字搦めに縛り上げる帰蝶。

 その背後から声が届く。


「何故……ッ! これだけ策を尽くして信長に届かんのか!!」


 その声を出したのは足利義輝であった。

 輝政にやや遅れて到着した義輝。

 輝政が打ち取られ、信長もこの場に居ない。

 導き出される答えは『失敗』の二文字であった。


「惜しかったですね。藤次郎殿」


 帰蝶は義輝が尾張に滞在して居た時の偽名で敢えて呼んだ。


「かつてこれ程、殿を追い詰めたのは後にも先にも()()()()存在しないわ。十分誇って良い事よ?」


 信長の戦いで本陣突撃を許してしまった戦は無い。

 以前の歴史も含めて史上初である。

 厳密には、稲生の戦いで柴田勝家が、野田城と福島城の戦いで顕如が、それぞれ信長本陣に迫る戦いをしたが、これ程迄に本陣を混乱に陥れたのは足利義輝が史上初であった。


「何故だ!? 信長はどこに居る!」


 義輝は槍を突き出しながら問う。


「殿は細川軍に対応する為前線に行ったわ。討ち取りたいなら私を倒してから行く事ね」


「ッ!! この挟撃を読んでいたのか!?」


「まさか! 貴方達は本当に惜しかったのよ。ただ運が悪かっただけね。いえ、ある意味必然だったかも?」


「何が!?」


 言いながら義輝は槍を投げ付ける―――と同時に、背中に背負った長巻で帰蝶を切り付けた。

 帰蝶はその投げ槍を薙刀で弾き、長巻の一撃を柄で受ける。

 義輝は猛然と帰蝶を攻め立てる。

 長巻とは槍と刀の中間武器であるが、槍の攻撃力、刀の防御力を両立した、近接武器としては戦国時代屈指の性能を誇る。


「やるわね! あれから随分と成長したのね! もう力では敵わない様ね!」


 帰蝶も義輝の攻撃を捌きつつ反撃を試みる。

 ただ、義輝の攻撃で衝撃が上手く逃がせず態勢を崩す。


「お陰様でなぁッ!!」


 その隙を逃がさず、大上段から長巻を振り下ろす義輝。

 帰蝶は兜を身に着けていない。

 当たれば、運が良くても大流血程度、悪ければ頭は割られ胴体も一刀両断間違いなしの一撃が襲い掛かる。

 だが帰蝶は、流星圏の紐で義輝の攻撃を反らし受け流す。


「クッ! 相変わらずの化け物よな! だが、この足利義輝! この程度と思われても困る!」


 先ほど浅井輝政を一方的に破った手腕は、怒り心頭の義輝としても驚愕の光景であった。

 だが、自分を輝政と一緒にして貰っては困ると言わんばかりに、攻撃を加えていく。


 帰蝶と義輝が繰り出す死の斬撃は、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 だが義輝は女の帰蝶に、しかも丸裸同然の帰蝶に致命の一撃を加えられず苛立ちを隠せ無い。

 その苛立ちを帰蝶は見逃す程に甘くは無い。

 流星圏を使って長巻を絡め捕り、己の得物として構えた。

 義輝は刀を抜いて切り掛かるが、帰蝶も長巻で受け止め鍔迫り合いの形となった。


「一つ聞かせろ! 何故この奇襲に対応出来た!?」


 帰蝶は鍔迫り合いから力を緩め、身を翻しながら答えた。


「殿は足利軍の存在を知らなかった。だけど私達は知ったのよ!」


 六つの関門を突破する運を見せた義輝の、どこが運が悪いのか。

 それはまさしく、帰蝶が知ってしまった不運の事である。

 義輝は、ある意味七つ目の関門とも言える『ある部分』が突破出来なかった。

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