139-2話 六道輪廻 六道から外れる為に
この話は138話 後編Aからの続きです。
後編Bからは続きませんのでご注意下さい。
139話は2部構成です。
139-1からご覧下さい。
「織田の土地では無いから天下布武法度の適用外であるが、かの地は必ず手に入れる。絶対に法度適用内にする。その為の事前調査であり現状把握でもある。こちらは無理に調略する必要は無いが、さりげなく困窮している者が居るなら救って来い。無利子、無担保、無返済でも構わぬ。何なら織田領に脱出させても良い」
「そ、それはまた大盤振る舞いですな? 資金や物資は大丈夫なのですか?」
「問題無い。三好に援助を申請したし、延暦寺に渡る資金も何れ回収するから問題無い」
回収とは、当然延暦寺の屈服の事である。
最終的に手元に戻って来る金など、心配する必要は無い。
「わ、分かりました。最後に確認なのですが、近江侵攻に対して後藤殿達の起用は理解出来ます。これ以上の適任者など居りますまい。しかし延暦寺、正確には坂本ですが、某らを起用する理由は何かあるのですか?」
「む」
光秀が疑問に思った事を口にした。
可成も光秀も、延暦寺には何の縁も所縁も無い。
勿論、命令に不服がある訳では無いし『やれ』と言われれば当然動くが、後藤達に比べたら埃程も縁は無い。
だが、前々世ではとんでもない縁も所縁がある。
光秀は比叡山焼き討ちの立役者である。
しかし今の光秀は前々世とは違う。
何より、斎藤家を出奔し諸国を放浪した実績も無い。
比叡山と門前町の坂本の様子も噂でしか知識が無い。
可成は史実の宇佐山城の戦いで戦死した。
この戦には延暦寺が強く関わっている。
この歴史で延暦寺とどの様に争うのかは未知数だが、延暦寺との関りが森可成の歴史を変えるターニングポイントになるかも知れない。
それぞれプラスの実績とマイナスの実績だが、当然ながら『前々世の実績だから』とは言えない。
「十兵衛(光秀)を起用する理由か。ワシの意志を理解している人間でも、お主は特別。斎藤家の家臣でもあるからな。斎藤家には朽木領まで含めた近江北全域を治めて欲しいと思って居る。これからを思えばお主が最適任じゃ」
信長の言う『これからを思えば』の本心は、斎藤家との橋渡しでは無い。
延暦寺攻略立役者になって貰いたいのもあるが、何といっても坂本の再開発の手腕を認めているからである。
史実で織田軍に蹂躙された坂本は、明智光秀の手によって再建されている。
堕落していたとはいえ、寺社を滅ぼした仏敵織田軍の難しい立場で、焦土と化した坂本を再建させた政治手腕は、信長をして見事としか言い様が無かった。
勿論、斎藤家との橋渡しも本心には違いないが、史実の実績の方が重要である。
さらに、その斎藤家に任せたい朽木。
近江の北西に位置する将軍派の朽木元綱。
史実では信長に仕えているが、信長の退却を助けた以外に大した功績は挙げられず、鳴かず飛ばずであったが江戸時代まで生き残った。
今は10歳の若年当主である。
当然、政治など出来るはずが無い。
現在は足利義輝の方針を受けた上で、家臣が領地運営を行っている。
《朽木元網について何か無いのか?》
《朽木元網ですか? はい……特に。むしろ知っている事があったら教えて下さい》
ファラージャも問われた所で、信長の知っている事以外は本能寺後なので、結局何も無かった。
《まぁ、その程度の扱いよな。前々世でも奴が加わった後をワシは余り思い出せん。現状でも絶対に関わるべき必要な人物かと言えば正直な所、否としか言い様がない。倒そうと思えば倒せてしまう。何なら前々世を思えば、斎藤家に倒して貰った方がワシとしても助かる》
史実で浅井長政が信長に反旗を翻した時、織田軍は朝倉軍を相手にして居た。
このままでは朝倉、浅井に挟み撃ちにあってしまう大ピンチであったが、松永久秀を介して朽木元網を説得し、朽木領を経由して京に退却出来た。
俗に言う金ヶ崎の退き口、朽木越えと称される戦いだ。
意地の悪い言い方をするならば、たまたま退却先に居たから懐柔したが、そもそも浅井が裏切っていなかったらもっと雑に扱われ、最悪、織田軍に踏み潰されて居たかも知れない。
今回もその程度の扱いで済ますか、必要な時、必要に応じて関わるべきか?
現在、信長も朽木をどうするか悩んでいたが、当主が傀儡とは言え将軍派としてガッツリ関わってしまっている今、流れに任せる事に決めた。
歴史が違う今、朽木元綱がどんな成長をするか未知数だが、結局『是が非でも』という扱いをする気にはなれなかった。
必要になれば自然と関わるだろうし、斎藤家に仕えて行くのも良いし、そっちの方が馬が合うかも知れない。
不要なら没落し消えるだろう。
「三左衛門(可成)お主は、明智と後藤らの総括じゃ。此度の侵攻はお主に先陣を任そうと思う。必要な時に必要なだけ動ける様に情報を集めると共に、調略に動く十兵衛らを補佐せよ」
こうは言うが、坂本の調略偵察も、その補佐と監督も必要な事だが真の理由では無い。
予め坂本の地の特殊性を経験させる事と、討ち死にを回避する事が目的でもある。
森可成さえ居たら―――
可成の討ち死に後、織田家はより強大になって支配地域を増やして行く。
可成が居なくても、代わりが直ぐに表れるのが織田軍の強みでもあろうが、それでも可成が居たらと思わずには居られない事は多々あった。
信長はそんな可成の遺児を丁重に扱い、可成に勝るとも劣らぬ成長を期待した。
森成利(乱丸)、長隆(坊丸)、長氏(力丸)は信長の小姓として将来を渇望された。
兄の討ち死にで森家嫡男になった長可は、猛将鬼武蔵として名を馳せ、政治にも才能を見せた。
だが運命は皮肉なもので、成利ら小姓は全員本能寺で討死し、長可も後の小牧・長久手の戦いで戦死する。
末弟の忠政が、一時期信長の小姓として仕えるが、教育不足として実家に送り返され、奇跡的超強運にて本能寺を回避し森家を継ぐ事になる。
ともかく、この森可成を何とか生存させる歴史変化を、信長は狙っていたが故の配置である。
生存させたいなら関わらせなければ良いだけの話だが、長島願証寺の時と同様、関わらせた上で生存させる方が、より強固な歴史改変となると考えていた。
勿論、なんの根拠も無い考えである。
「お主ら5人が南近江六角、北近江朽木、比叡山延暦寺攻略の要。但し、全ての結果の責任はワシが取る。特に後藤らは願証寺戦を経験しておらぬから腰が引ける場面もあるかも知れぬ。しかし、遠慮は居らぬ。失敗しても良い。しかし雑にはやるな。刻は掛かっても良い。慎重に刻を掛けて波風立てぬ様に進めよ」
こうして、近江侵攻に向けた戦略が動き出すのであった。
《光秀、可成も願証寺に対する攻撃と惨劇を経験させたのなら、歴史改変は可能だろう。特に光秀は諸国放浪の実績を差し引いても補える。可成についてもワシは油断もしないし警戒も怠らない。絶対に生き残らせる》
《ピースは着々とハマっていく感じですね。後は最後のピースたる三好ですか》
《ぴぃす? 何ぞ未来の言葉か?》
知らない言葉と例えに信長が疑問を挟む。
その信長の疑問に、ファラージャは散々やらかしているのに未来知識を語りだした。
《あぁ、パズルのピースって言うのは例えでして、バラバラにした絵を組み合わせた時の、最後の一枚を、物事の重要な事に例えたんですよ》
しかも、知識の漏洩に気が付いていなかった。
《何で絵をバラバラにする?》
《え? さ、さぁ? 古代からの遊びとして有るんじゃないんですか?》
《知らん! それに勿体無い! 絵をバラバラって、ワシが狩野永徳にどれ程骨を折らせたか知っとるのか!?》
狩野永徳は当時の世界で、屈指の建築物の安土城の内装を多数手がけたとされる。
信長は現代なら国宝級の絵をバラバラに切り刻む様を思い浮かべ、未来の狂気を知りつつ、史実でも奇跡の様な成果を挙げた延暦寺攻略の、更なる成果の上積みを願うのであった。
【尾張国/熱田港】
光秀達が近江に出発して暫く後。
近江攻略の為の最後のピースたる、三好からの物資が尾張熱田届けられた。
三好の要請に対し、信長が窮状を訴え、その危機を救う為の物資であるが、信長は非常に困った顔をした。
断られる可能性もあったのに、物資が送られてきて困るとは何事なのか?
《物資が送られて来たか。……予想より大幅に多く。このピースとやらはデカ過ぎて合わないな?》
《そ、そうですねー》
送られる物資が少なければ、三好も六角、将軍に対する圧迫は余り本気では無い、或いは心の病と判断出来る。
満足出来る物資が届くなら、圧迫は本気であり、尚且つ、織田を蠱毒壺に送りたいとも判断出来る。
しかし、過剰に送られて来るとは予想外だった。
最後のピースは巨大過ぎたのである。
織田がどれくらい動員して侵攻するか分から無いから、適当に多めに見積もった。
それなら気にする必要もないが、長慶がそんな雑な計算をするとは思えない。
織田の動員戦力の予測など当然目途が付いているだろうし、何なら不気味な程正確に必要物資を計算する事も出来るはず。
『織田家の懐事情など、動員戦力など把握済み』
これを把握される程、嫌なプレッシャーは無いし、その手のプレッシャーを掛けられぬ長慶では無いハズだと信長は信頼している。
しかし、今届いた物資は、織田家の動員兵力に必要な物資の2倍はある。
「むしろ、正確に2倍か」
長慶は正確に織田家の戦力を完璧に予測したのか、ピッタリ2倍に必要物資を送ったのである。
「……西との争いはそんなに余裕があるのか?」
信長は何か計算違いがあるのかと不安が沸き上がる。
長慶の力に恐怖心すら覚える。
三好の支配地域は、史実で己も支配した地域であるからして、信長も物資の捻出可否など当然予測が付く。
出すだけなら2倍どころか3倍でも出せるだろうが、では本当に出来るかと言えば条件次第だろう。
この援助物資を出せぬ三好では無いだろうが、かと言って余裕で出せるとは思えない。
「ワシらに進軍の遅延を許さぬ腹積もりか? 新助、小平太。お主等が見て来た三好の現状を報告せよ」
三好に派遣されていた毛利良勝、服部一忠が、今回三好からの援軍として派遣されて来た。
池田恒興は留守番であるが、信長は人質にされたと判断している。
「はっ……」
暫くぶりに見る彼らの顔付きは、中央で揉まれて来たのか精悍さが増したが、どこか困惑した思いが隠せていない。
彼らは三好家での活動を語った。
どこでどう戦い、苦労して親衛隊を組織し、中心戦力では無いモノの、要所を締める必須戦力として重宝されて居る事、実は宇喜多直家や堺にいる村井貞勝に借銭している事。
そして、毛利元就が惨殺された事―――
三好家では長慶が狂ったと噂され、尼子との対決に不安視する者が多数いる事を話した。
「分かった。ご苦労だった。暫くは長旅の疲労を休めつつ、帰還の挨拶でもして行くが良い」
新助、小平太は熱田を後にしたが、信長は積み込まれ全く途切れぬ気配を見せる物資を眺めながら思案に耽っていた。
《あの……。やっぱり長慶さんは狂ってしまうんですかね?》
《分からん。しかし策であって病では無いとは感じるな。少なくとも奴は本気じゃ》
《本気? これが!?》
《本気で尼子と対峙しつつ、ワシらに六角と将軍を圧迫させ、毛利元就を殺してでも野望を実現し様としている。これが本気でなくて何なのか?》
送られた物資からして、冗談とは判断出来るハズも無い。
しかしファラージャは違った。
《やっぱり病気では?》
狂っているからこそ、支援物資の量を間違えたと思っていた。
《……かも知れん。いや……、うーむ……》
本気とは思うが、病気だとしても納得は出来てしまい、信長は本気で困った。
信長はかつて三好長慶と面談した時を思い出す。(91-3話参照)
『この世の乱れ。何が原因だと思う?』
『……色々ありますが、第一は支配者に力が無いからでしょう』
『確かに。だが、それだけか?』
『無論まだあります。支配者は力が無い上に、明確な将来の見通しや未来、理想や思想が見えておりません』
『ほう?』
『下手すると、見えていないのでは無く、何をすれば良いのか分からないのでしょうな』
『続けよ』
淀みなく出て来る信長の私見に、長慶は純粋に興味を持った。
『見えていない、と言いましたが、見えては居るのかも知れません。その為に祈りで、念仏で、対話で、謀略で、剛腕で、戦で……。何とかし様とやれる事は全てやった。それでも何も変えられない。だから行き詰った』
『興味深い事を言うな? すると何かな? 支配者はやるべき事をやった。しかし何れも失敗したと言う事かな?』
『端的に言えばそうですな』
『ではその失敗の始まりはいつだと思う?』
『……。難しい問ですな』
長慶は突っ込んだ質問をした。
日ノ本の歴史の失敗の起源を訪ねるのである。
ここから先は知識が無ければ語れぬし、語ったなら見所があると判断出来る。
『何をもって失敗とするか、定義によって判断が変わるかも知れませぬが、敢えて言うなら、人の世が始まってから、何もかも間違っていたかも知れません』
『……ほう?』
『何せ、支配者の支配が健全なまま最後まで続いた事がありませんからな。天皇も、藤原も、平氏も源氏も、北条も後醍醐も足利も。おっと足利は今まさに終焉に向かう真っ最中でしたな』
隕石の衝突等の災害で突然支配が終わる以外、日本ならず全世界において支配者の支配は必ず終わる。
今現在、我々の時代も長い目で見れば、想像するのも難しいが、それでもいつか必ず終わるだろう。
『ともかく、支配者は必ず倒れる。つまり新たな支配者は立ち上がった瞬間、倒れ始めているとも言えましょう』
中々斬新な発想を語る信長に、長慶は期待と警戒感が沸き上がって止まらない。
『ほほう? では諸国の力ある支配者は何の為に戦って居る? お主は何の為に?』
信長の言い分ならば、いずれ滅ぶ無駄な事をしている事になる。
『諸国の支配者の本音は知りませぬ。良くて精々、新たな支配者が現れる前に、少しでも領土と食い物を確保する為でしょう』
『目先か。生きる為には仕方ないとも言える。そう言うお主は違うのか?』
目先の問題解決であるなら戦う理由になる。
しかし信長の言い方は別の思惑が感じられた。
『違います。ワシは新たな世を築く案を持っており、その実現の為に戦っております』
『ほう? さっき『新たな支配者は立った瞬間に倒れ始める』と言った男の言葉とは思えんな?』
矛盾を孕んだ言葉に、長慶の舌鋒が突き刺さる。
『倒れたなら倒れたで良いのです。次の支配者がより良い世を、前支配者の失敗を教訓に新たな世を作れば良い。最悪なのは倒れるから立たぬと諦める事。前支配者の失敗を生かさぬ事。さっき言いましたな? 今の世の混乱は支配者がやるべき事をやって失敗し行き詰ったと。だから新たな案があるワシが立つのです』
『それは何か今語れる事か?』
『それは―――』
信長は記憶に残る三好長慶の日本の副王たる佇まいを思い出す。
《史実では心を病んだのかも知れぬ。だが、やはり信じられぬ。今の長慶が、こんな丁度2倍の物資を送り付ける芸当をやってのける奴が狂っているなど考えられぬ》
《じゃあ近江侵攻はどうするんです?》
《やる。当初の予定通りに。予定と違うのはワシも行く事じゃ》
《えっ》
信長は作戦は実行しつつ、己の目でも確認すべく動く事を決意した。
その決断が功を奏し、史実とは違う事を発見する事になる。
次回は、比叡山周辺を訪ねてから書きます!
コロナとガソリンよ、頼むぞ!




