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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
15章 永禄2年(1559年) 弘治5年(1559年)謀神、副王、かつての覇者の思惑
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139-1話 六道輪廻 近江侵攻計画

この話は138話 後編Aからの続きです。

後編Bからは続きませんのでご注意下さい。


139話は2部構成です。

139-1からご覧下さい。

 六道輪廻(りくどうりんね)とは?

 地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界。

 これら六の罰の世界『六道』を指す。

 それぞれを簡単に解説すると―――


 地獄界:恐怖の世界。恐怖総合デパート。

 餓鬼界:絶対に満たされぬ欲望に飢え渇く世界。

 畜生界:目先の欲望に飛び付く、理性の無い世界。

 修羅界:永劫に続く暴力の世界。力こそ全て!

 人間界:誘惑の多い忍耐の世界。

 天界:至福の世界。ただし簡単に綻ぶ落差が激しい世界。


 以上、六道に対して『輪廻』。

 人間の魂は、この六種の世界を生まれ変わりながら巡る事を六道輪廻と言う。

 この条件で語るなら、我々は人間界という罰を執行されている最中である。


 なお、葬儀の手順に『四十九日』があるが、魂はこの四十九日の間に審判を受ける。

 その審議の果てに、6つの罰の内の一つを言い渡されるが、清廉な魂は例外的に極楽浄土に救い上げられる。

 ちなみに、この四十九日法要で上げるお経は『死者が極楽に行けます様に』と、我々からの応援とされる。

 


【尾張国/人地城 織田家】


 三好長慶が織田に対して、六角家と将軍家を圧迫する様に要請した。

 それに対し信長は、長慶に極めて情けなく窮状と支援を訴えた。


 要請に対して支援を要求するやり取りであるが、お互いが水面下で何とか相手を出し抜こうと本心を隠しつつの謀略合戦である。

 実情は、織田に見切りを付けた三好長慶が、織田を使い潰すべく蠱毒計に誘い込みたいのに対し、織田信長は思い通りにはさせぬと、三好から要請と引き換えの物資を要求した。


 まさに狐と狸の化かし合いである。

 相手の要求を飲みつつ、有利な立場に居るべく、戦国大名らしく正々堂々相手を騙す。


 信長は相手をさらに出し抜く為に、5人の家臣を呼び寄せた。

 織田家家臣の筆頭格である森可成、斎藤家の家臣でもある明智光秀と、六角家から引き抜いた後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀である。


「まずは、後藤、進藤、蒲生その方らに任務を与える。先だって織田家は三好家から要請を受けた。六角と将軍を圧迫してほしいとな」


「ほほう? ついに、ですか」


「ようやくの出番で?」


「近江へ先乗りし調略と調査ですな?」


 後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀は信長の言葉を受け即座に察した。

 六角と将軍を圧迫する作戦の説明に、元六角の家臣が呼ばれたのである。

 これで何も察せない方がどうかしているだろうし、もっと正確に言うなら、3人揃って呼ばれた瞬間、色々察したぐらいである。


 彼らは史実で『六角家式目』を制定し、主家を牛耳る功績を挙げた者達。

 歴史改編の波で死なせるには惜し過ぎると判断した信長が、先手を打って引き抜いた。

 いずれ必ず来る近江侵攻にも使えるし、地元の利と詳しい地理を知る利は今回の作戦の最大適任者である。


《近江なら信長さんも地理には詳しいのでは?》


 ファラージャが当然の疑問を挟む。

 近江で安土城を築いた信長なので、地理に関しては当然把握済みであるし、今から情報を集めるのも遅過ぎの様な気がしてならない。


《そりゃそうじゃが、家臣の成長の機会を奪ってどうする? 損失側の改変は御免被る》


《あー。そうでしたね》


 全てを知ってる信長が突っ走ってしまったら、まだ情勢地理を把握していない他の家臣は当然、元六角家臣の活躍機会を奪っては、成長を止めてしまう所か何の為の引き抜きなのか分からない。

 それに本来の歴史ならば、1559年は史実の桶狭間の戦い前である。

 信長にしても、現在の近江情勢に関しては元六角家臣に及ぶものでは無い。


《ほれ。この待ってましたと言わんばかりの顔を見よ。ワシが出しゃばってしまっては、奴らの顔が悲観に暮れてしまうわ》


《た、確かに》


 彼らは、滝川一益同様、青田買いの成果の産物である。

 彼らの内心はともかく、元々織田家に居た者にとっては外部の者である。

 鳴り物入りで参入したからには活躍して当然であり、参入した者にとっても、己しか出来ない成果を挙げなければ存在意義が無い。


《この様にワシの意思を察してくれる。奴らを従える者としてもこれ程頼もしく嬉しい事は無い。ファラも誰かを従えるのなら、やる気を削がせるなよ?》


《は、はぁ……。気を付けます……》


 未来の政治と文化、科学力から、誰かを従える事は今まで経験の無いファラージャであったが、信秀ら生き返らせた者達ががさっそくやらかしたので信長の言葉は肝に銘じた。(外伝42、43話参照)


《所で、今から攻略先の情報を集めるんですか?》


《今からと言うても、ある程度の情報は既にある。そんな物は定期的に最新情報が入って来る。しかし間者の目線と武将の目線は違う。これから行って貰うのは最終確認でもある。それをこ奴らに行って貰うのじゃ。やる気があって助かるわ》


 信長は、後藤らの発言に安堵しつつ、ファラージャに解説しつつ口を開いた。


「その通り。流石六角の三賢者よ。先程言うた通り今回は三好の要請に従い、六角と将軍を圧迫するのじゃが、勢力減衰著しい両家に対し過剰な武力行使は必要あるまい。むしろ、武力をどれだけ行使せずに制圧出来るかが勝負じゃ」


「それは如何なる意で?」


「正直、近江を取るのは造作も無い。三好の蠱毒計で弱り切っておる上に、六角義賢は京を留守に出来ず近江に帰還出来ておらぬ」


 南西近江を支配する六角義賢は、足利義輝との争いで有利な立場にいる。

 しかしそれは、京と天皇御所を抑えているからこその有利である。

 将軍側に御所を抑えられたら、天皇を脅して新将軍を擁立した重罪人になるのは目に見えており、故に近江に帰還出来ず、地元への影響力がガタ落ちになっている。

 将軍陣営が支配する北西近江は、弱り切った六角を切り崩せ無い時点でタカが知れている。


 これが近江を楽に取れる最大の理由でもある。

 当然の如く武力制圧があると思って居たので、信長の意外な答えに元六角家臣達は肩透かしを食らった。


「まぁ、武力行使を絶対にしない訳では無い。必要なのに武力を使わず返って被害が増大しては本末転倒。従って、すべき時はする。だが、可能な限り最小限にしたい。我らが制した後の復興に刻を掛けたく無いからじゃ」


「……成程。比叡山ですな?」


 明智光秀が思いついた様に呟き、後藤等もその存在を思い出し眉間に皺を寄せる。

 六角家と比叡山延暦寺は、お隣さん同士である。

 延暦寺は、六角と将軍の争いには干渉しておらず沈黙を貫いているが、それとは関係無い支配者が来たなら話は別である。


 また六角家と延暦寺は良好な関係だったと思われる。

 かの天文法華の乱では、義賢の父である六角定頼が延暦寺の強訴を援護し、延暦寺に多大な貢献をした。

 延暦寺側は、六角に恩を義感じる理由があるが、ただし宗教が絶対の世界である。


 神様が下等な人間に遜る事は有り得ない。


 延暦寺側も敢えて波風立てる事はしないが、六角側も火中の栗をワザワザ拾いに行く事はしなかった。

 過度な干渉は避け、面倒な事が起きない様に、細心の注意を払ってお隣さんを演じて来た。

 その細心の努力とは後藤、新藤、蒲生らの努力である。

 後藤達が眉間に皺を寄せたのは、織田に引き抜かれ、その面倒な任から解放されたが、今、その面倒を思い出したからであった。


「……我ら3人六角時代は、延暦寺とは多少の面倒はありましたが、大規模な戦になる様な事はありませんでした。彼らの権益を侵害せず、教義を否定せず、聖域を侵さず、面倒があれば譲歩して……。しかし天下布武法度の前では、ソレは通用しませんな」


「その通り。単に近江を攻めるだけなら造作は無い。しかし仮に、我らに延暦寺を侵害する意思が無くとも、隣で戦があれば要らぬ刺激を与えてしまう。お主らの任務は楽ではあるが、六角時代同様細心の注意が必要じゃ。故に絶対に延暦寺との衝突は禁ずる。延暦寺問題は、然るべき時に一気に片付ける。その上で、近江にある六角勢力を取り込めるだけ取り込め」


「承りました。こちらから提案する条件は、どこまで譲歩しますか?」


「ワシからの条件は命の保証。土地や地位は保証せぬ。元々楽に勝てて有無を言わさず奪い取れるのだからな。その上で織田に下るなら土地に見合った銭か代替地を与える。地位についてはお主らが家臣として召し抱える分には自由じゃ。ワシの直臣を望むなら親衛隊として迎える」


「ま、まぁ……妥当な所ですな?」


 織田に下ってとお願いする割には、中々に威圧的な条件である。

 だがこれこそが、強者と弱者の立場の違いであろう。

 弱者に遠慮する必要は無い。


「分かっとる。こちらは戦をしたくない弱みがある。だが、お主等ならその程度の難題、こちらの弱みを隠したまま交渉するなど軽々とやって見せるだろう?」


「まぁ……。相手は見知った者が大多数ですからな。何とかして見せましょう」


 3人は、近江の調略こそが己の存在意義であり、結果を出せなければ立場も危ういと危機感を持って居た。

 彼らは優秀である。

 そんな懸念は言われずとも理解している。

 だから、実は『何とかして見せましょう』と言いつつ、既に結構な数の内応約束を取り付けて居た。

 その成果、誓紙の束を見せようと懐に手を伸ばそうとした瞬間、信長が言葉を発した。


「うむ。その代わり、刻は掛かっても良い。何年も待つ訳では無いが、急ぎでも無い」


「……急ぎでも無い?」


 懐に伸ばした手が、懐に入らず所在無さげに動いて、結局、痒くもない左腕を掻いた。


「そうじゃ。最低でも今年は進軍せぬ。三好の要請ではあるが、こちらにも都合がある。『攻めて下さい、ハイ分かりました』で動けぬ。それがさっきも言った延暦寺問題じゃ。今、延暦寺と構えるのは最悪。詭弁ではあるが、まだ織田領では無いから天下布武法度適用外。難癖付ける事はしてはならぬ」


 特に織田は世間的に、願証寺を滅ぼした悪名高き無法集団。

 延暦寺と願証寺は宗派が違うが、織田家はどんなに贔屓目に見ても完全に仏敵である。


 それにもう一つ。

 三好の要請に従い侵攻を決めた訳だが、そもそもが信長の中では時期尚早なのだ。

 可能な限り時間は稼いで、将来の戦略に少しでも有利を引き寄せたい思惑もあった。

 神速をモットーとする信長であるが、何が何でも急ぐ訳では無い。

 待つべき時は待つ。

 しかし、動くと決めた時は素早く動く。

 今はその時では無いから待つだけだ。


「他にも、武家だけでは無い。農村集落、近江商人にも調略を掛けよ。むろん、我らに従う限り乱取りなどは絶対にせぬし、困窮している村があるなら救え」


「何と! それは豪気ですな!」


「成程。根こそぎ奪うのですな?」


「元は我らの領民。異存はありませぬ」


 農村の調略は敵への兵糧制限や、地味ながら無視出来ない援助などを封じる狙いがある。

 商人も同様である。

 六角義賢が頭なら、家臣は胴体、兵が手足、民は指先である。

 指が機能しなければ、手足は封じられ、手足が封じられたら胴体は無防備になり、胴体が無防備なら頭だけあっても何も出来ない。

 やる前から殆ど決着がついている近江侵攻作戦である。

 ならば、貪欲に結果を求めるのが戦国武将であろう。


「それで後藤殿達は調略で動くとして、某らは一体何を?」


 森可成と明智光秀はまだ自分に役割が課されていない。

 その問いに対し信長はとんでもない事を言い出した。


「うむ。それは勿論調略じゃが、六角家に対してでは無い。坂本じゃ」


「さ、坂本!?」


 これには可成、光秀も当然ながら後藤らも驚いた。

 延暦寺に波風立てぬ様に言った、まさに舌の根も乾かぬ内からの発言である。

 坂本は延暦寺のお膝元。

 波風立たぬ処では無い。

 暴風立てるが如くである。


 もちろん、信長が自分の言った事を忘れた訳では無い。

 ちゃんと理由があった。


「織田の土地では無いから天下布武法度の適用外であるが、かの地は必ず手に入れる。絶対に法度適用内にする。その為の事前調査であり現状把握でもある。こちらは無理に調略する必要は無いが、さりげなく困窮している者が居るなら救って来い。無利子、無担保、無返済でも構わぬ。何なら織田領に脱出させても良い」


 延暦寺は領内は当然、延暦寺系列の寺も周辺地域の全ての権利を握っており、商売から高利貸まで幅広く行っている。

 その結果、民は延暦寺の設定する価格で生活を送らねばならず、その為に、超高利の返済不能だと理解していても借りねばならぬ生活を強いられている。


 当然、年貢の遅延も借金となる。

 農民は不安定な農作物を扱う以上、いつか必ず借金を負わされる恐怖に怯える。

 僧侶は無慈悲に仏の威光と武力で借金を回収する。

 回収品は銭から食料、娘、働き手など様々である。

 僧侶は麓の町に降りて修行を放棄し、色欲暴飲暴食に耽って更なる欲望を探し満たす。

 回収品を使ってだ。


 こんな地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界の六道全てを合併させた、いくら戦国時代と言っても限度がある程の稀なる地が、ある意味、究極の仏教世界が比叡山延暦寺の門前町の坂本である。

139-2話に続きます

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