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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
15章 永禄2年(1559年) 弘治5年(1559年)謀神、副王、かつての覇者の思惑
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134話 尼子晴久・義久

 中国地方で一つの時代が終り、また新たな時代が始まる。

 毛利家は毛利元就の支配から、毛利隆元に支配権が移り生き残りを模索する。

 一方、中国地方の覇者たる尼子家は、天下取り総仕上げに入る為、いや、正確には総仕上げに入る前の不安要素を排除する為に動き始め、それぞれの勢力が新たな体制と局面に入った。



【出雲国/山吹城 尼子家】


 尼子家では真新宮党運用の為に、領内各地の武家から穀潰しや、地域の流人が集められた。

 集められた場所は、以前、毛利家と大内家の争いのドサクサで掠め取った石見銀山近郊の山吹城、高城、矢滝城、矢筈城で、銀山の西に位置するこれらの城は銀山を守護する要の城である。


「……。うぅむ……!!」


 尼子義久は真新宮党大将として、集まった新兵に課すべき任務を考えた。

 眼下では集められた新兵が、甲冑を着込んで城内を警護している。

 そんな働く新兵の動きを見て義久は決断を下す。


「……これは駄目だ。集団戦闘以前に戦う術以前に、人としての精気が感じられん」


 所在なさげ、行動に自信が無い、手持無沙汰、何をすべきか分からない―――


 真新宮党の面々は、一発で実力が丸裸に出来てしまう程に頼りない姿を晒していた。


 例えば、何らかのプロフェッショナルは、見ただけで相手の実力の有無を確かめる事が出来る。

 足の運び、視線の動き等、ほんの些細な事で相手の実力を見破る事が出来る。


 集められた穀潰しは、それはもう、誰がどう贔屓目に見ても酷い有様であった。

 戦の経験が豊富とは言えない義久でも、思わず眩暈がする程の頼り無さである。


「こんな様では城の警護もままならん」


 真新宮党として人員を集めたは良いが、彼らの大部分は『家の跡取りのスペア』だったらまだ良い方で、中にはスペアのスペア扱いだった者も大量に居る。

 広大な領地を治める家ならともかく、貧相な家では生きていても宛がう土地も無い、更に跡取りに子供が生まれれば殆ど用無しで、活躍させる道も無い、まさに穀物を無駄に消費する存在である。

 そんな存在を、主家が引き取ってくれるのであるから、酷い話ではあるがWin-Winの関係でもある。


 そんな集められた人材は、人の形をした動く物体とでも言うべき有様で、敵を警戒するだけなら、置物の方がまだマシな感じすらあった。

 確かに取引上はWin-Winかも知れないが、明らかに勝敗が区別出来る有様であった。


「尼子家は元々、この農閑期は進軍するつもりは無かったが、本当に進軍しなくて良かったな……」


「そ、そうですね。連戦連敗必滅は間違い無いでしょうからな……」


 義久と側近に取り立てられた山中幸盛は、冷や汗をかきながら安堵した。


 尼子晴久は人員を集めたが、本当に集めただけでもある。

 練兵は行っていない、と言うより、まさに今から行う。

 従って『集めました。ハイ、進軍』とはいかない。


 信長は悪ガキ部隊を率いて喧嘩(治安維持)を行い、部隊としての練度を高め、実戦に通用する軍隊へと変貌させたが、それらはどこの誰とも知らぬ穀潰しだからこそ秘密裏に、しかも信長もまだ役目を与えられていない元服前だったからこそ、集中的に鍛える事が出来た。

 つまり、歴史の表舞台に出る前から準備して来た信長の部隊は即時運用出来ても、既に歴史の表舞台にいる尼子家では、準備期間を無かった事には出来ない。


 真新宮党の任務は当面、石見銀山の守備を担当すると共に、最低限、戦の運用に耐えられる訓練は積まなければならないが、義久はソレ以前の問題を感じ取ってしまった。


「しかし、学ぶ機会が無いとはこうも残酷なのか。動きも酷いし、刀や槍も危なっかしくて見ちゃおれん。矢が的に当たるのは一体何時になる事やら……」


 彼らも、一応最低限の教育は受けているが、嫡男と違って積極的な投資を受けられる存在でも無いので、素人同然の人材である。

 一応、何らかの経験を積んだ穀潰しや、戦の経験がある流人も居るには居るが、それでも下手したら農兵よりも弱い存在かも知れない。

 中には経験抜群の者も少ないながら居るが、戦は一人で行えないし、大多数が使い物にならない現状、結局の所、戦力はゼロである。


 彼らは生まれた順番が遅かっただけの、あるいは、多少兄弟より身体能力が優れなかっただけ、または何かの理由で故郷に居られなかっただけの、ある意味農民より虐げられた存在である。


 しかし―――


 彼らは真剣である。

 確かに、所在なさげ、行動に自信が無い、手持無沙汰、何をすべきか分からない。


 だが―――


「だが、精気は感じずとも覇気は感じられる!」


 それでも生まれて初めて役に立ち、名誉挽回が出来るのである。

 そんな究極の陰の者を、陽の当たる場所に引っ張り出し、活躍次第で充分な褒賞や立身出世が望める環境に置けば、短期間で戦える存在になる。

 尼子晴久はそう考えて、人を集め義久に預けたのである。


 ただし、鍛えるのは真新宮党だけでは無い。

 尼子義久もその対象である。 


 尼子晴久は毛利家対策として穀潰しを集め、それを後継者たる義久に預けた。

 毛利を潰し、天下に名だたる尼子の後継者として実績を積ませる為に。


 しかし、戦力を与えて止めを刺すだけの、甘い仕事や実績を与える事はしない。

 そんな名ばかりの実績では、三好や天下を相手に戦える人材には育たない。

 尼子経久と互角に争った怪物である毛利元就を倒すのは当然、最弱の軍を戦える存在に引き上げる苦労をさせつつ、為政者として穀潰し問題に直面させ問題解決に取り組ませる。


 全ては晴久の親心であり、試練でもある。

 これらが達成出来なければ、尼子に未来は無いと判断すらしている。


 今は戦国時代。

 世が乱れると、才能の有る物が次から次へと生まれるのが世の常である。

 例え傑出した才能を持って一時代を築いても、新たな若い才能に潰されるのが世の常である。

 

 ならば天下を狙う家の嫡男として、求められる能力は全てが高水準以上。

 戦は当然、政治も謀略も、商売も教育も何もかも高水準以上。

 例え苦手な事はあっても、それは高いレベルでの話でなければならない。

 駄目なら廃嫡されるだけである。


「最初は父上も随分な手柄と見せ場を与えてくれると思っておったが、ワシが愚かじゃった。あの父上がそんな甘いはずが無いわ。猛烈な無理難題を押し付けてきおったわ」


「全くですな。しかしコレも若の事を思えばこその差配でありましょう」


 幸盛も同意しつつ、晴久の思惑のフォローに回った。

 幸盛の目から見ても相当に厳しい難題と思うが、義久に見捨てられたと勘違いされても困る。

 これはチャンスなのである。


「わかっとるよ。ワシの様な若輩が、魑魅魍魎渦巻く天下と互角に戦うには『これ位の難題が解決出来なければ先が知れておる』と父上は考えておるのだろうな。ハハハ」


 ため息とも笑い声とも取れる様な声で義久は答えた。

 今は乱世にて、殺し合い、化かし合い、欺き合いで人が争っているのである。

 そんな中で名を挙げた毛利元就、尼子経久、陶晴賢、三好長慶は正真正銘化け物である。

 己の父である晴久も、経久の後を継いで最大版図を築いた化け物である。

 この父を超えるには、もう天下を取るしか道は無い。

 しかも京より東も九州も化け物共が鎬を削りあっている。

 父の意図も天下を狙う恐ろしさも、十分理解した様であった。


「しかし考えれば考える程に不憫な存在よな。穀潰しとは。別に本人に何の落ち度は無いのにじゃ。何故こんな残酷な事が平然と(まか)り通っておるのか」


 義久は、恵まれた立場故に理解が及ばない。

 しかしその考えは信長も通った道であり、今まで何とも思わなかった事が、実は疑問と理不尽に満ち溢れている事を知る切っ掛けとなる。


「全くです。こんな乱世に、こんな勿体無い人材の無駄遣いをしていたとは日ノ本総じて狂っているとしか思えませぬ」


 幸盛も山中家の次男であり、尼子家一門衆の家柄とは言え、決して恵まれた環境で育った訳では無い。


「そうだな。ワシも兄上が幼き頃に死しておらねば、死ぬまで兄の代わりとして主役に立てなかったかも知れぬ。天下を取ったならば、誰もが己の身一つで立身出世出来る世を作らねばなるまい」


 義久は自然に、素直に、思った事を口にした。

 これは単なる決意ではない。

 義久も無意識であったが、これは尼子家として、天下の方針を初めて定めたと同義である。

 今までは、近隣の領地を奪い肥大するだけの私戦しかしていない尼子家にとって、今、明確に国としてあるべき姿を語った。


 気が付いてしまえば、この世は疑問ばかりである。

 力ある者が気が付いたならば、是正をするか黙認するかであるが、義久は是正を選んだ。


「その通りでございます! 某も身を粉にして貢献いたす所存!」


 主と慕う義久の決意に幸盛も心が躍る。

 尼子家が天下を取ったならば、必ずこの国は良くなると確信する2人であった。


「うむ。その為にも、こ奴らを使える様にしなければな」


 義久と幸盛は眼下で訓練する兵達の訓練を見る。

 やはり頼りない、所々では見るに堪えない醜態を晒す兵も居る。


「時は掛かろう。しかし農繁期まではまだまだ余裕がある。食わせ、覚えさせ、鍛えて真の新宮党の完成と参ろうか!」


 ただ、そこは中国地方の覇者たる尼子家。

 土地の支配面積だけなら三好家も凌駕する日本一の勢力である。

 そんな時間的ロスも盤石な体制を揺るがす要素になり得ない。


「この弱き軍が天下の趨勢を決める軍になるのかと思うと、胸が躍り狂うわ!」


 尼子義久は京を差配する己の姿を想像し、戦国武将らしい欲望を持つのであった。

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