外伝43話 滝川『疑問』一益
前回、次話は本編にすると後書きで連絡しましたが、重大なミスがあった為、先に外伝を投稿します。
この話は、本来外伝42話の中に入るハズだったエピソードです。
エピソードを入れたつもりが入っておらず、追加するにも一回しか読まない人には訳が分からなくなるので、独立した話として再構成しました。
【尾張国/萬松寺】
「皆も知っての通り、此度の戦では斎藤道三と親父殿、前後して朝倉宗滴、太原雪斎が逝った。皆、世を正すべく我らと戦い、或いは、共に歩んだ戦友でもある。その4名への慰霊として、ワシの気持ちを天に捧げる! アレを持て!!」
信長は小姓に命じると、4丁の発射準備が整った火縄銃を持ってこさせた。
但し、弾は装填されておらず、その空砲に抹香を流し込むと、信長は天に向けて続けざまに4回、轟音を響かせた。
家臣達にはその行動が厳かかつ、この場に相応しい行為に見えた。
悲しみの空気を切り裂き、次なる一歩へ繋げる勇気を奮わせる轟音である。
それでいて、遠くの他国には『信長は葬儀の場で銃を乱射した』と伝わる完璧な『うつけ策』である。
更に信秀達のリクエストに答えつつ、魂が老人の信長の羞恥心を抑えつつ、居並ぶ家臣から失望されない様にしつつ、後世にも信長の行為が捻じ曲がらない様にした、信長の渾身の策であった。
天に召された4人に捧げる轟音は、この歴史における『弔砲』の起源として後世に伝わる事になる。
【尾張国/滝川屋敷】
(……大殿)
滝川一益は信秀の葬儀を思い起こして居た。
(尾張を制し、これからだと言うのに……。残念ではあるが仕方あるまい)
織田信秀に対する惜別の念。
血を分けた一族や、柴田勝家や森可成、林秀貞の様な古参の家臣には無念の葬儀だったのだろう。
彼らは惜別の念が禁じえず、滂沱の涙を流して居た。
滝川一益も残念に思う気持ちはある。
信秀と話をしたのは一度や二度では無い。
その采配には多々驚かされた。
尊敬の念は人並みにある。
人並にあるが、しかし己は信秀ではなく、信長に抜擢された身である。
だから葬儀の場では悲しみつつも冷静で居た。
だから気が付いた。
あの信長の弔砲の革新性に。
但し『死者に対する新表現に驚いて』では無い。
気が付いたのは、『信長が鉄砲を4連射した』と言う驚天動地の事実だ。
(あれは……あれは……何だ?)
用意された鉄砲4丁を順に手渡されて撃っただけの、それ以上でも以下でもない鉄砲の連続撃ち。
(何かとんでもないモノを見た気がするのだが……? 誰も何も違和感を持たぬのか?)
鉄砲は一人の射手が、発射準備、射撃、冷却清掃整備と、とにかく負担の大きい武具である。
もちろん、それに見合う破壊力はあるのだが、今すぐ弓に取って代われる遠距離武器かと言えば、まだまだ弓の地位は盤石である。
その原因は、鉄砲は弓とは比較にならない位にコストが高く、連射性能も天と地の差があり、隠密性は皆無で、まだ軍の中では肩身の狭い武器である。
故に積極的導入を見送っている勢力が殆どだ。
そんな中、それでも積極的導入を実施している織田家にこそ自分の居場所であり、役割を果たさなければならないと一益は強く思っている。
特に一益は、織田家における鉄砲第一人者を自他共に認める、今後の織田家の戦略を左右する存在でもある。
そんな一益は、銃の弱点を改良すべく日々研究し、失敗し、悩んでいる中、最大の弱点である『連射』を信長が目の前であっさり解消してしまった。
(葬儀の場では殿一人で行ったが、もし2人でコレをやったらどうなる? この2人の射線上には誰も立ち塞がる事は出来ないのでは無いか? もし……もし人数をもっと増やす事が出来たら? 殿は理解して披露したのか?)
寝床で懊悩する一益は、結局一睡も出来ず朝を迎えてしまった。
【尾張国/人地城 広間】
一益は夜明けと共に登城すると、信長の身辺整理役を責付いて面会準備を整えさせた。
本当は緊急事態を装って寝所に駆け込もうとしたが、それは理性で押さえた。
裏を返せば、理性で押さえ付けねばならぬ程に焦って居た。
信長は信長で、こんな朝早くから緊急登城して来る、寝不足で隈が出来ている一益の異様な雰囲気に只ならぬ事を察知する。
しかし、まさか昨日の弔砲の事だとは思いもよらない。
「殿、朝早く申し訳ございませぬ。しかし、どうしても大至急確認したき儀がございます。昨日の葬儀における鉄砲の事です」
「あぁ、あれか。あれは……まぁ……止むに止まれぬ事情が、いや何でも無い」
まさか死んだ朝倉宗滴、太原雪斎、斎藤道三、織田信秀の無茶ぶりの結果の賜物とは言えないので信長は言葉を濁すが、この言葉の濁しに一益は確信を得た。
「そんな事を確認しに、こんな朝からワシの朝食を遮ってまで来たのか?」
一回目の人生なら、肉体も魂も若かった頃の信長なら、ブチ切れ案件かも知れない。
《自分も丸くなったものだ。なぁ? そうは思わんか? ファラ。それに歴史を知る親父殿達よ》
《そうですねー》
《真偽能わぬ信長伝説だったら、間違いなく殺しておるじゃろうな?》
《信長残虐説は抱腹絶倒モノでしたなぁ》
《そうじゃな。信長は『短気』だと、どの歴史書も書いておるからのう》
《我が子ながら酷い言われ様じゃ。戦国時代の常識を全く無視しておる評価じゃて》
ファラージャこと胡蝶、宗滴、雪斎、道三、信秀も、信長の問い掛けに呑気に答える。
そんな事を知ら無い一益だけが、この場の誰よりも真剣な眼差しであった。
「何と! 『そんな事』呼ばわりとは……。殿の中では一つの解決策として定着しておると言われるのですな?」
「……? 何が言いたい? ハッキリ申せ」
一益が何を言いたいのか、信長はまだ察せていない。
それは歴史を学んだ死者の4人も、ファラージャも同じであった。
《そうだぞ一益! 信長伝説通りなら殺されておるぞ?》
《ハッハッハ!》
5次元空間は果てしなく呑気である。
「では申します。あの鉄砲4連射―――」
「彦右衛もーーーーんッ!?(滝川一益) ちょーーーーーっと場所を移そうかッ!!!!」
一益の言葉を遮って、信長は大絶叫を発した。
一益の『4連射』の言葉に全てを察した信長は、己の迂闊さを心底恥じた。
この歴史における、世界初の鉄砲連射撃ちとなった、いや、なってしまった信秀達への弔砲。
信長は気が付いていなかった。
自分が披露したモノの重大性に。
信長は鉄砲分業撃ちについては、もっと強敵を初披露で一網打尽にすべく、実績のある知識として秘匿して居た。
しかし、葬儀の場で見せたのは、予め準備が完了した火縄銃を用意しての、紛う事なき4連射。
鉄砲に精通し、弱点を把握している見る人が見たならば、あの光景は衝撃的過ぎた。
それを信長は、実にくだらない理由でウッカリ披露してしまった。
傍若無人の死者達に挑発され腹を立て、度肝を抜くべく考え出した新式抹香投げ。
信長の中では『鉄砲は準備された物を撃つ』と言う己が作った常識が、挑発があったとは言え、連射である事を忘れてしまった。
同時にそれは、ファラージャが良かれと思って復活させ、4人の死者も良かれと思って提案した『抹香投げ』が、完全に信長のTake3の足を引っ張ってしまった重大チョンボでもあった。
【信長私室】
一益をひっ捕まえて私室に駆け込む信長。
「良くぞ気が付いた。流石は織田家における鉄砲第一人者よ」
信長は震える声で一益を褒めた。
「やはり……」
一益は一益で、信長のチョンボを勘違いしている。
当然と言えば当然の勘違いではあるが。
「あ、あの場ではな、もちろん、その、何だ。親父殿達への慰霊に間違い無いが、あー……。試したかったのだ。そう! 試したかったのだ!」
信長は喋りながら必死に言い訳を考え、何とかソレっぽい言い訳を捻り出した。
鉄砲連射撃ちは、信長の隠す未来戦法でもトップシークレットに位置する。
シークレットとは言っても、準備された鉄砲を射撃手が次々撃つだけの、聞いてしまえば何の変哲も無い射撃である。
しかし、こんな簡単な事が日本は当然、発明国の南蛮諸国でさえ気が付いていない鉄砲連射方法でもある。
それが、こんなバカバカしいを極めたかの様な理由で漏洩するのは、死ぬのは死ぬ程痛い事を理解している信長でさえ、即座に切腹して、Take4に移行するべきか真剣に考えた。
「試した結果は如何でしたか?」
「彦右衛門。合格だ。恐らく織田家で気が付いた者はお主だけ。今後気が付く者が居たとしても、お主が一番早かったのは間違い無い。同時に確信した。織田家における最大の鉄砲巧者が認めるのだ。あの撃ち方は今後の鉄砲戦術をひっくり返すとな」
信長は、どうにかこうにかソレっぽい理由で一益を認め、その上で念押しした。
鉄砲戦術をひっくり返す事など歴史の事実として、当事者として知り尽くしているので、一益の反応の速さに驚きつつ付け加えた。
「これは最大級の秘中の秘とする。死罪が無い織田家においても、漏洩は例外死罪に匹敵する秘術だ。もし今後、鉄砲の扱いでお主に相談する者が現れたら、必ずワシの下へ寄越せ。ワシから念入りに説明して秘密を守らせる」
「はッ!」
信長と秘密を共有した一益は、自信に満ち溢れて居た。
眠気も吹き飛ぶ晴れやかな顔をしている。
「彦右衛門。今後はより一層、お主の部隊に鉄砲巧者を配属させるが、整備冷却、発射準備だけに優れる者も同時に教育せよ。これなら戦えない人材も活用出来よう」
信長も失敗からタダでは起きない。
大失敗に対する挽回としては微々たるモノではあるが、戦で負傷し槍働きが出来ない物でも貢献出来る。
何せ、撃つだけ、整備するだけ、発射準備するだけである。
体力の劣る者、障害がある者でも多大な貢献が期待出来る。
信長は何とか場を収め、一益の口を封じるとテレパシーで怒鳴り付けた。
《お前ら~~~!!》
父や尊敬する先人である事など、とっくに吹き飛んで忘れた。
信長は、信秀達の挑発を恨んだが、正に後の祭り。
一応、口止めはしたが、うつけの策としての弔砲の噂は方々に飛び散ってしまった。
あの場に居たのは武将だけでは無い。
念仏を唱えた僧も、信秀を慕って集まった領民もいる。
中には間者も居ただろう。
直接見られなかったとしても、続けざまに放たれた4発の銃声は聞こえたハズである。
そうなれば、後は賢い者が何れ弱点の克服手段として気が付く。
中には『鉄砲を乱射するとは何たるうつけよ!』と嘲笑している者も居るだろう。
いや、それが普通であり大多数かも知れない。
しかし中には疑問に思う者も現れる。
『信長は葬儀の場で銃を乱射した。……一体どうやって?』
気が付けば疑問に変わる。
疑問に思えば悩み考える。
『無理だな。流言か尾ひれが付いた噂の類であろう』
疑問を持った大多数も、デマと一蹴するだろう。
日本ならず、世界でも鉄砲の連射は不可能だと思われているのだから当然である。
だが、それでも『もしも本当なら?』と考えれば、いずれ答えに辿り着くかも知れない。
そうなったら信長の絶対的有利など何の保証も無くなる。
ファラージャが良かれと思って復活させた4人の無茶ぶりが、信長の構想を破綻させてしまった格好であるが、信長も気が付かなかっただけに罪は重い。
《ど、どうしましょう? このTake3はここまでにして、葬儀の前からやり直しますか?》
《その為には死ぬしか無いのだろう?》
《そ、そうなりますが》
まだ死を経験して無い、絶大な未来技術を持ち、病には無縁で怪我も一瞬で治せるファラージャには、馴染みの無い感覚なので気軽に提案してしまうが信長は違う。
《親父殿達は知っておろう? 死ぬのは死ぬ程痛いし苦しいと》
《ま、まぁ……な》
信長達は2回の死を経験した記憶を持つ。
肉体が生を諦める程の苦痛は、何度も味わえるモノでは無い。
《ならばこの状況でやれるだけやって、それでも尚及ばず死んだら葬儀の前からやり直す。それに漏れたら漏れたで仕方ない。だがそれでも絶対的優位は変わらぬ》
《それは……?》
ファラージャや信秀達は、信長の自信の源が分からなかった。
《忘れたか? 鉄砲はとにかく銭のかかる武器じゃ。少なくとも織田より東側に位置する勢力に硝石を渡さぬ貿易封鎖を行う。これは1回目でもやった事。そうすれば敵は連射に耐えうる数を揃える事は出来ぬ》
史実において精強な騎馬隊を保有した武田家。
では鉄砲が未配備かと言えば、そうでは無い。
少ないながらも保持はして居たのである。
しかし、大量保持では無い。
保持したくても出来なかったのである。
銭が無いのもあるが、中央や堺を制した信長の貿易封鎖が効いたが故の、少量保持だったのである。
《転生も未来知識も引っ括めて100%。ならば親父殿達の助言も含めても100%以上にはならぬ、か。身をもって体感したわ》
信長は未来技術の恐ろしさと、こんな些細な事が、重大な結果を引き起こすとは予想外だと思い知った。
一方、死者の4人も平謝りだ。
《こ、ここっ、この朝倉宗滴が味方の足を引っ張るとは……!?》
《拙僧はもう一度未来で修行して……必ず挽回を!》
《婿殿、その……何だ。ワシも精一杯考えるから!》
《さ、三郎君……? お、怒ってる?》
自分達の迂闊な行動が、信長の戦略を破綻させてしまったのである。
悪気があった訳では、いや、多少の悪意はあったが、良かれと思った抹香投げの提案がこんな事態になるとは予想がつかなかった。
しかし、彼らの油断はある意味仕方ない。
信長でさえ当初は気楽に構えて居た。
それは今回の葬儀の事ではなく、2回目の転生の事である。
あの時は、『本能寺の変を回避するだけなら、光秀を遠ざければ楽勝だ!』と考えて居たが、その結果は散々であった。(0話参照)
歴史を知った上で挑めるのである。
誰だって、どんなに気を付けていても、油断するし楽勝だと思うだろう。
こんな特大のアドバンテージがあるのだから。
しかし信秀達は、まさに洗礼を浴びた。
歴史改編の難しさの洗礼を。
《もう怒っておらん。ワシも迂闊であった。お主等の度肝を抜く事しか見えておらんかった。うつけ策のハズが正真正銘うつけの極みとなったわ。だからこれからもワシを監視せよ。危ない事と感じたら遠慮なく申せ》
信長は、己の戒めとして今回の事例を深く刻み、しかし、死者にも挽回の機会を与え、全く楽では無いやり直し人生を全うすべく邁進を誓うのであった。
ミスのお陰で、話としては膨らんだので不幸中の幸いだった……のかな?




