外伝42話 織田『屈辱』信長
今回の話は、外伝41話の直後続きの話です。
そちらを先にご覧になってから読んでください。
【尾張国/萬松寺 織田家】
かつて織田信秀が、織田家の菩提寺として人地城(旧名:那古野城)の南に建立した萬松寺。
その萬松寺の建立に尽力した本人が葬られる事になり、織田家では信長も含め準備に大忙しであった。
裕福な尾張とは言え、今が大事な織田家にとって、盛大な葬儀をする銭はあっても暇は無い。
信長は青い顔をしながらも喪主として振舞いつつ、控室で迷走、いや瞑想していた。
《何でこうなった……ッ!! ワシは見た目はともかく、中身は66歳のジジイじゃぞ!? 分かっとんのか貴様らァッ!!》
信長は絶叫した。
【5次元空間/時間樹】
《ところで三郎よ》
《……何です親父殿?》
自分より若い姿の信秀を見て、信長は困惑しつつ答えた。
《そちらは今、飛騨信濃の戦が終わってどれくらい経つ?》
《それはもう、終わった直後。やっと尾張に帰還して家臣を労ったばかりです》
時間の概念が無い5次元空間と戦国時代では時空が捻じれているので、5次元空間では何分、何時間、何年過ごしても、戦国時代では刻が進んでいない事にする事も出来る。
事実、信秀達はあえて時間計算をするなら、復活して1年以上は経過している。
《そうか。それならワシの葬儀はまだじゃな?》
《……? それはまぁ。当然ですが。遺体は既に埋葬しましたが、葬儀は別途行います》
《それは良かった》
《……? 良かった? 良かったとは?》
信長には父の言いたい事がわからない。
いや、心の奥底にイヤな予感は立ち上っていたが、無意識に押し込めて溢れぬ様にしている。
そんな息子の努力を父親は無情にも台無しにした。
《それを言う前に聞きたい事がある。ワシの葬儀で抹香を投げつけたってのは本当か?》
《なぜソレを!?》
《フフフ。とりあえず、お主の1回目、2回目、3回目の人生と歴史は学んできた。未来の信長教もな。その際、面白い逸話を聞いてな》
信長のうつけ伝説に燦然と輝く、父親の葬儀抹香投げつけ事件。
本来なら、絶対に信秀が知る事は出来ぬ事件である。
死後の話なので当然であるが、復活し、信長の歴史を学んだ今、正直、天下布武よりも気になって仕方がない事件であった。
《あぁ、それは噂で聞いた事があるのう。遠く尾張で狂人が暴れておると》
《拙僧も駿河で知りましたなぁ。これなら尾張陥落は楽勝だと騙されました》
《ワシは美濃で聞いたが、正徳寺で一度騙されたからな。なんぞ策だと思ったわ》
信長の奇行として宗滴、雪斎、道三は知っていた。
共通するのは、良くも悪くも信長を強烈に感じた事件だったという事である。
《あの、それは……若気の至りと言いますか……上手く説明出来ませんが、世の不条理を怒っての事と言いますか……。あの時は宗教の力を信じておりましたからな。父上の回復祈願を行って全く無意味だった事とか……。ともかく、心と精神が千々に乱れておったのです!》
《うつけの策とかではないのか?》
《うつけの策でもありましたが、いずれにしても、あんな事、正常な精神では出来ませぬ! 心が乱れておったからこそです!》
《ふーむ? お主の偉業を学んだ今、我が子の事ながら計り知れぬと思っておったが、存外、人らしいとも言えるな! ハッハッハ!》
《怒らぬので?》
《葬儀の時に生きておったら怒ったかもな? 絶対にありえぬ状況じゃが。それに今は宗教の限界どころか、未来における暴走の極致まで知ってしまった身じゃ。何とも思わぬわ》
《そ、それは良かった……》
信長としても、信秀だけには絶対知る事が出来ぬ抹香投げ事件を指摘され動揺が隠せないが、信秀が色々学んだ様で理解が有る事に助かった。
《そうそう知っておるか? 未来では葬儀の時に抹香を投げつけるのが、葬儀の作法にして死者に対する礼儀なんじゃぞ?》
《は!?》
《お陰で葬儀の祭壇は抹香まみれじゃ。驚くべきか笑うべきか悩んだわ》
信長はそこまで未来を見学していないので知らなかったが、自分の行為が捻じれに捻じれまくって伝わる歴史の恐ろしさを知ってしまった。
もちろん、信長教が絶対宗教の未来だからこその行為であるのは、言うまでも無いだろう。
《や、やはり迂闊な事はしてはならぬのだな……。やるならやるで、意図と真意を後世に残しておかんと何を改竄されるか知れたもんじゃない!》
信長は改めて歴史改変の難しさを学び、今一度気を引き締めて進む事を決意した。
だが―――
信長は更なる危機に陥った。
《で、今回は投げんのか?》
《……は?》
信長は、信秀の提案に理解が追い付かなかった。
《ちょ、ちょっと待って下され! 若気の至りでもあると申したでしょう!?》
《しかし、うつけの策でもあるのじゃろう? 効果は抜群じゃと歴史が証明しておる》
《そうそう! 噂に聞く抹香投げはワシも見たいと思っておった所じゃ!》
《拙僧の立場としては複雑な所がありますが、らいぶ映像が見られるとあれば興味は尽きませぬな》
《うつけ策の効果としては抜群じゃ。帰蝶、お主もやってみてはどうじゃ?》
《……え? あ、あのまだ傷の具合が芳しくなくて……!!》
思わぬ飛び火を受ける帰蝶は、逃げに徹した。
好き放題提案する死人の言葉に、信長と帰蝶は翻弄されっぱなしであった。
【尾張国/萬松寺】
『まくら下に先祖の霊が立っていた』
死者の来訪として良く聞く言葉である。
戦国時代なら誰に話ても真実として信じてもらえるが、しかし決してありえぬ現象である。
だが、信長と帰蝶はありえぬ現象だと断言認識しているのに、何故か世界の誰よりも濃い宗教的事例を味わう羽目になってしまっていた。
《まさか自分の葬儀を見る事が出来るとはのう。人生何が起きるか分からぬわ。ハッハッハ!》
《言っておきますが!? 前の歴史でアレをやったのは『うつけ策』としても必要じゃったからであって、今のこの歴史ではもう殆ど必要無いのだぞ!?》
極めて気楽に己の葬儀会場を見ている信秀。
極めて不機嫌に最後の抵抗を試みる信長。
抹香投げ、と言うよりは『うつけ策』は信長への油断を誘い、従わぬ者を炙り出し判別する為の策であるが、史実と違い織田家や尾張を完全掌握している今、既に近隣諸国にも実力を示した今、必ずしも『うつけ』である必要は無い。
無いのだが―――
《必要? あるある!》
《そうじゃそうじゃ!》
《『尾張のうつけ健在也』と知らしめねば!》
《宗教が絶対の世界においては、実に良い策ですなあ》
しかし信長の抵抗を4人の死者が正論(?)を持って打ち砕く。
それ程までに『うつけ策』は効果的だったと当事者達が太鼓判を押すので、信長もとうとう本音を漏らした。
《クッ! 60歳を超えてこんな事するのは、流石のワシも恥じらいがある!》
誰よりも先進的で、誰よりも派手を好み、誰よりも奇抜である信長も、歳を重ねて丸くなった部分も多い。
そんな精神を持つに至った信長には、抹香投げなど到底容認出来ぬ行為である。
《何を言う? まだ23歳じゃろう? 見た目はなぁ?》
最後の頼みであった魂の年齢による抵抗も、見た目で論破された。
《くそッ! 於濃……は療養中か! まさか、コレを逃れる為に眉を全剃りしたのではあるまいな!?》
帰蝶は現在傷の療養の為、絶対安静である。(外伝34話参照)
帰蝶にはそのつもりは無かったが、九死に一生を得たのは事実であろう。
《ぐぬぬぬ……ッ!! 分かった! やってやる!! それも歴史に残る特大の方法でなぁッ!! ファラ!》
《は、はい?》
《一旦テレパシーを切れ! 良いと言うまで繋げるでないぞ!》
《は、はい》
《ほう! 何か妙案があるのじゃな? 楽しみにしとるぞ~》
《えぇい! 大人しく死んでおれ!》
とうとう観念した信長は、ある事を実行する為に、いったん人地城に戻っていった。
必要な物を揃え準備を済ますと、萬松寺控室に入った。
《ファラ! 良いぞ! くそ! またこんなマネする事になるとは!》
観念はしたが納得していない信長は、苛立たし気にテレパシーを送った。
《それが史実なのじゃろう?》
《楽しみじゃのう》
《全くじゃて》
《うわさに聞く抹香投げつけ事件。冥途の土産にしましょうか。おっと、ここが冥土同然でしたな。はっはっは!》
一方気楽な死者達は、イベントを楽しむ観客の如くはしゃいでいる。
全ての責任から解放されたからなのか、異様に明るい。
《あの、あんまり追い詰めないでください……》
ファラージャも一応窘めるが、無敵の死者には通用しなかった。
《何でこうなった……ッ!! ワシは見た目はともかく、中身は66歳のジジイじゃぞ!? 分かっとんのか貴様らァッ!!》
信長は絶叫した。
厳粛な葬儀会場で、信長達のテレパシーだけが、ひたすらに喧しかった。
だが、信長もやられっ放しでは無い。
やるならやるで度肝を抜くべく、しかし、他国には『うつけ策』で翻弄すべく、葬儀会場にいる者には死者への弔いとしての気持ちを表明するべく頭を使った。
こうして葬儀も滞り無く進み、抹香を捧げる段階になった時、信長は何もしなかった。
いや、何もしないとは語弊がある。
通常の手順通り抹香を厳かに捧げた。
《おや? 三郎、臆したのか?》
《黙って見とれ!!》
葬儀もすべてが終わり、尾張の前支配者を弔うに相応しい、現支配者が執り行う葬儀が終わった。
「皆、此度の葬儀はご苦労であった。親父殿も報われよう」
《これでは報われんな~》
「《うるさい!》皆も知っての通り、此度の戦では斎藤道三と親父殿、前後して朝倉宗滴、太原雪斎が逝った。皆、世を正すべく我らと戦い、あるいは共に歩んだ戦友でもある。その4名への慰霊として、ワシの気持ちを天に捧げる! アレを持て!!」
信長は小姓に命じると、銃を4丁持ってこさせた。
これは信長が、一旦城に帰って準備してきた火縄銃である。
火縄には点火がなされ、銃身には火薬が付き固められているが、弾は入っていない。
信長はその銃の弾の代わりに、抹香を流し込み、砲身にギッチリ詰め込んだ抹香入り火縄銃を天に構えブッ放した。
《悪霊退散!!》
銃が火を噴き、引火した抹香が天空に噴射される。
少々はしゃぎ過ぎて悪霊同然の朝倉宗滴、太原雪斎、斎藤道三、織田信秀に捧げる、進化した抹香投げ(?)である。
ファラージャに一旦テレパシーを遮断させ城に戻ったのは、ネタバレ防止の為である。
「おぉ!」
《おぉ!》
家臣達にはその行動が厳かかつ、この場に相応しい行為に見えた。
悲しみの空気を切り裂き、次なる一歩へ繋げる勇気を奮わせる轟音である。
それでいて、遠くの他国には『信長は葬儀の場で銃を乱射した』と伝わる完璧な『うつけ策』である。
さらに信秀達のリクエストに答えつつ、魂が老人の信長の羞恥心を抑えつつ、居並ぶ家臣から失望されぬ様にしつつ、後世にも信長の行為が捻じ曲がらぬ様にした、信長の渾身の策であった。
天に召された4人に捧げる轟音は、この歴史における『弔砲』の起源として後世に伝わる事になる。
【尾張国/人地城 信長私室】
《見事じゃ三郎。改めて思うぞ。鳶が鷹を生むとはこの事なのじゃなぁ》
信秀達は満足していた。
自分達の無茶な要求を解消しつつ、策にも慰霊にもなる行為に感心しきりであった。
《これで文句はありませぬな? 全く、こんなのはコレっきりにして頂きたい!》
ただでさえ前世の知識が余り役に立たぬ上に、歴史の変化で面倒だった相手が極めて面倒な存在として立ち塞がっているのに、死者が音量、いや、怨霊の如く喧しく呪ってくるのは勘弁してほしい。
《ファラ》
《はい?》
《死後の世界など存在せず、天国も地獄も無い。霊的な現象は全てマヤカシで偶然の産物だと言っておったな?》
《そうですね》
《ワシはこの世の誰よりも、その有り得ぬ現象を体験している様な気がするが?》
霊的な物などまやかしと断言出来る世界の力を使って転生したのに、世の中が有りもしない怨霊や霊的な現象に一喜一憂してる中、信長は遥か未来にまで蔓延る宗教問題を解決するべく奮闘している。
それなのに、本物の幽霊といえる存在に悩まされる事になるとは、皮肉が効きすぎている。
《あー。一応これらは科学技術の産物なので、霊的な現象とは区別してもらいたいのですが……》
《区別出来ん!》
《まぁまぁ三郎。良いじゃないか》
《そうじゃぞ。せっかく目的を一緒に出来る仲となったのじゃ!》
《確かに。未来を何とかしたいのは拙僧らも同じ思い》
《帰蝶と共に歴史改変を出来ると思えば、こんなに嬉しい事は無い》
4人の悪霊達はこれからの事を思うと、楽しくて仕方がない様であった。
しかし信長は少し違った。
ファラの配慮だったのは理解している。
何としても歴史改変を成し遂げたいのだろう。
4人も悪気は無いのだろうが、信長は一つの事実が引っ掛かっていた。
《一応言うておく。気分を害したら悪いが言わせてもらうぞ? ワシは雪斎の鍛えた義元を2回も倒し、宗滴の育てた義景と延景に競り勝ち、道三の遺言通り美濃を貰い受け、親父殿が出来なかった尾張どころか日ノ本の支配者になった男ぞ? 正直、お主達に学ぶ事は最早無い!》
信長は、あえて棘を含ませつつ『不必要だ』と言い放った。
確かに事実として、彼ら悪霊は信長に匹敵はしても、決して上回ってはいない。
もちろん本心は違う。
学びたい事は山程あるが、メリットデメリットを天秤にかけた場合、デメリットが大きいと判断した。
こんな知恵者達のサポートがあれば、それは凄く心強い。
しかし、たかが葬儀でこの喧しさである。
だが今後も死んだ者が次々こうやって来たら、四六時中アドバイスばかりで心の休まる暇が無い。
最初はありがたくても、後に鬱陶しい事になりそうなのは明白だと感じていた。
現代人に伝わる様に表現するならば『指示厨』『後方腕組みおじさん』と言えば迷惑度合いも理解出来るだろうか?
この信長の暴言に等しい忠告に、信秀達は気楽に答えた。
《何じゃ。そんな事か。安心せい。口喧しい先代ほど迷惑な存在は無い。それは分かっとる。それにワシ等がお主に及ばぬのは自覚しておるよ。と言うより、この世の誰も勝てんわ》
意外に殊勝な信秀の言葉に、信長は肩透かしを食らってしまった。
《アレコレと口出すつもりは無い。ワシらはワシらで未来を見分したり歴史を学んだりで忙しいしのう》
《拙僧はここまでの宗教の変化を学びたいと思っております》
《帰蝶が受けた未来式超特訓とやらも気になるしな》
宗滴も雪斎も道三も信秀に同意見であった。
《それなら抹香投げの時も配慮して欲しかったですな……ッ!》
《クックック! それは戯れよ。許せ! ワシ等はこの5次元空間で歴史を学びつつ、未来の惨状を知る余生を……いや死んどるから余霊か? まぁどっちでも良いか。ともかく、余程の事が無ければ口出しせん。お主が暇そうな時には話しかけるかもしれんがな。学んだ歴史を張本人のお主に尋ねたりしてな》
《そうそう。精々雑談ぐらいじゃて。それ位は許して欲しいのう》
《そうですな。我らが歴史に介入するとしたら、それは織田殿の歴史改変が失敗し、何Takeも重ねたどうにもならぬ場合ですかな?》
《そうじゃな。ワシも帰蝶と話がしたいしな。帰蝶と今後接する上で、真実とこの技術は義龍より有利じゃしな!》
信長の気持ちなどお見通しとばかりに、4人は信長に配慮する姿勢を見せたのであった。
《そ、そうか。それなら良いが。まぁ良い。ワシも粗略に扱いたい訳では無い。過去における戦略談義とかは興味あるしな》
この歴史における織田信秀の葬儀は無事に終わった。
散々引っ掻き回された騒がしい悪霊も、その魂を慰霊され、5次元空間で見守る背後霊と化したのであった。
一方、信秀葬儀を運よく療養にて回避した帰蝶であるが、当然逃げられるハズもなく、後日稲葉山城で行われた道三の葬儀にて信長からも『お前も道連れだ!』と言わんばかりに銃を持たされ弔砲を行った。
後世に残る斎藤家の書状には、こう書き記されている。
『斎藤帰蝶、父の霊を慰めるべく抹香を厳かに捧げた』
何故か、帰蝶の抹香だけが念入りに記載されている事が、後世の歴史学者には謎として議論されている―――
前回の話に出た『形態形成場』は『シェルドレイクの仮説』を調べると詳細が分かるかもしれません。
もっと直接的に体感するならば、ゲーム『極限脱出シリーズ 9時間9人9の扉』を遊ぶと理解しやすいかもしれません!(ダイマ)
前々回、外伝40話の後書きに書いた『愕然とした』とは今回の話の信秀の葬式についてです。
120万字も書いて起きながら、こんな信長の序盤も序盤のイベントを書いた事に愕然としました。
完結まであとどれくらい書くかなぁ……。
次話は本編に戻り、永禄2年(1559年)から始まります。
よろしくお願いします!
8/28追記
ちょっと、やらかしてしまいました!
今回の話の中に入れるハズのエピソードを入れ忘れたまま投稿してしまいました!
改めて挿入するのも読者の方の観覧を招く恐れもあるので、次回の話に独立して話として再構成し投稿します。
次話は本編のつもりでしたが、もう一回外伝を投稿します!
申し訳ありません!




