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外伝37話 北条『疑念』涼春

この話は外伝36話直後の話です。

 この話は5章 天文18年(1549年)外伝36話直後にして42話後の話である。


【1549年 駿河国/駿府城 今川家】


 謁見の間上段に今川義元、下段両脇には歴戦の今川家臣団が並ぶ。

 その射竦める視線に晒される婚姻の儀を済ました北条涼春(早川殿)。

 未熟な武将がこの場に放り込まれたら失禁でもしそうな緊張感の中、北条家から今川家に送られた涼春は涼し気に、視線を自然体に受け流し改めて今川家首脳陣に挨拶をした。


「改めて此度の婚姻の儀、身に余る光栄に御座いました。北条涼春にございます」


「うむ。改めてワシが今川治部大輔義元である。どうかな? 北条家とは勝手が違うだろうが、やって行けそうか? 彦五郎(氏真)は、お主に見合うか?」


「はい。利発で逞しい、それでいて一途な眼差し。間違いなく大殿の後を担う英傑となりましょう」


「はっはっは! 褒めすぎじゃて! うむ、見事じゃ。彦五郎なら耐えられたかのう?」


「ち、父上!?」


「試す様な事をして悪かった。どうやら愚息には過ぎた娘じゃのう? そうは思わんか和尚?」


 錚々たる顔ぶれの今川家臣団の中にあって、最上位に位置する太原雪斎が厳しい視線を解くと、柔和な顔で口を開いた。

 それに合わせて家臣団の険しい顔つきが解けた。


「そうですな。殿と家臣団の視線に晒されて尚、この胆力と冷静な問答。流石は相模様(北条氏康)の血を引くお方。涼春様の支えがあれば今川の次代も盤石となりましょう」


「涼春殿を迎えられたのは今川にとってまさに僥倖よ。愚息がバカな真似をしたら遠慮は要らぬ。尻でも背中でも引っ叩いて活を入れてやれ。他ならぬワシが許す! ハッハッハ!」


「ありがとうございます。誠心誠意今川家の為に尽くさせて頂きます」


 こうして今川家に迎えられた涼春であるが、早々に妻の試練に晒された。

 別に夫婦仲の相性が悪い訳ではない。

 むしろ良好と言ってもいいだろう。

 ある日を迎えるまでは。



【1550年 尾張国/桶狭間 長福寺】


 今川義元の強い希望で実現した長福寺での会談。(44話参照)

 表向きは和解した今川家と織田家の親睦の場であるが、真実は敵の顔を知っておきたい、将来戦う相手を見極めたい、狂おしいまでに興味が尽きない相手を間近で観察したい思惑が非常に強い。

 それは今川義元も織田信長も同じで、だからこそ和睦と言いつつ宣戦布告の場と変わらないが、憎い訳ではない。

 むしろ愛情さえ感じる場であった。


 一方、寺の庭では、氏真が帰蝶に蹂躙されていた。

 激烈な殺気を浴びせられ、しかし傷はおろか痣すらない完璧な手心なのに、死んだと錯覚させるほどの剣技。


 そんな濃密な体験をした氏真は、人が変わった様に『帰蝶殿は~』『帰蝶殿が~』と事ある毎に言う様になった。



【1550年 駿河国/駿府城 今川家】


『あの時の帰蝶殿は……』


『この時帰蝶殿が……』


 今日も今日とて、氏真は鍛錬しては仮想敵の帰蝶の幻影に刀を振りつつ、幻影に取り憑かれた様に振舞うので、涼春としてはたまったモノでは無い。

 涼春も、現場を目撃したなら同意したかもしれないが、見ていない以上、冗談としか思えない豹変ぶりである。


(は?)


 正直意味が分からない。

 相対した敵方の、例えば柴田勝家や森可成など名のある武将に感化されるなら、女の涼春でも理解のできる話である。

 しかし何故、女の帰蝶と手合わせしたのか、さらに一方的に打ち負かされたのも意味が分からない。


(は?)


 仮に本当に負けたとしても、殺意や挽回の執念を燃やすなら理解できる話だが、何で羨望なのか理解できない。


「あのお方は……ワシの理想かもしれん!」


(はぁッ!?)


 まるで恋する子供の様であるが、別に涼春と相性が悪い訳ではなく、若いながら既に夫婦円満なだけに、余計に受け入れがたい。


(けど『英雄色を好む』とも言うし、女に理解できない英雄の資質なのね……!!)


 涼春は、かなり無理やり心を納得させ、月日が過ぎ―――


 織田との決戦が訪れ、氏真も出陣する事となった。

 しかし氏真初陣とは言え、織田家もここ数年で力を付けたとは言え、今川単独で戦うのではなく、武田と実家の北条からも援軍が来る。

 しかも、北条家からは北条綱成が派遣される。

 万に一つも織田に勝ち目はない。


「涼春様、お久しぶりですな」


「左衛門様(綱成)! 此度の決戦、大丈夫でございましょうか?」


「姫様は初めて夫を戦場に送り出す立場でしたな? しかしご安心めされよ。彦五郎殿は参陣といっても陣は最後方。例え負け……おっと。万が一にも討ち死にはあり得ませぬよ」


 綱成は言霊を気にして、発言を無難な言葉に訂正した。


「そうですか!」


 百戦錬磨の綱成の言葉であり、頼もしさは段違いである。

 涼春に気を使い多少の誇張もあるが、本心から万が一は無いと確信している。

 今川と武田、実家の北条からは自分。

 万が一は当然、どんなに悪くても勝つと確信している。


 ―――その万が一が起こるのは2人はまだ知らない。


「殿からも書状を預かっております。現在の北条や今後の備えについて書かれております。読んだら燃やしてください」


「わかりました。ご武運お祈り申し上げます」


 涼春の祈りを受けて始まった桶狭間の戦い。(50~56話参照)

 その激戦に()()()()()後―――


 岡崎城に帰還した今川義元と太原雪斎を、涼春は迎えた。

 万が一も無い戦に、負けたとも、引き分けたとも、義元が討ち死にしたとも情報が錯綜している中での帰還なので、最悪は避けられた形だ。

 婚姻前に聞いた父氏康の予言は外れたが、かなり際どい戦であったのは、戦に出ていない涼春も肌で感じた。


「此度の合戦、あと一歩の所と聞き及んでおります。しかし結果はともかく無事に帰還できた事は何よりでございます」


 涼春は帰還した今川義元に真っ先に挨拶をした。

 義元が帰還した以上、心配は杞憂に終わったのだった。


「うむ……」


 だが、義元が涼春の言葉を受け返礼の為に、口を開いたと思ったら―――


「って、あぁッ!?」


 襖が、障子が、屋根が吹き飛びそうな大絶叫。

 たった今、戦から帰還して疲れた体でこの声量。

 涼春は妙な所で義元の力を感じつつ気遣った。


「!? ど、どうかなさいましたか!? そう言えば彦五郎様は?」


 万が一も無いと信じた戦で、まさか事態に氏康の予言が脳裏に蘇る。


『今川ほど強大で優れていても、戦であっさり滅ぶ可能性がある』


 義元の狼狽と、氏真の不在に涼春が疑問を持つのは当然である。

 可哀想な程に顔面蒼白になった涼春が、恐る恐る尋ねた。


「……え、まさかお討死に……御座いますか……?」


 義元の眼が、上下左右に揺れ汗が噴き出す―――

 無意識に手が頭を掻き、鼻を掻き、腕を組んだと思ったらまた頭を掻いた―――


「し、心配ない! 心配ないぞ!? 彦五郎は……か、刈谷城にて残務処理を行っておる! 討死とかではない! 全然違う!? 心配致すでない!? 少々あ奴でないと纏まらない案件があってな! なぁに、彦五郎もワシの跡取りとして経験を積ませないとな! 済まぬが暫く待ってやってくれ……あっ! お、和尚! ちょっと良いか!? では涼春殿、気楽に気長に待つが良いぞ!? 少し急ぎの件があるので失礼する!」


 義元は、脱兎も置き去りにするスピードで去っていった。


「は、はい……え? え?」


 義元のらしからぬ態度に、唖然とする涼春であった。(外伝16話)


「大殿のあの慌てふためき様……。ただ事では無いはず……。でも討ち死になされた訳では無い? なら一体何が……まさか……女? まさか織田の姫鬼神……? って、いえいえ、なんでそうなるの。敵国なのだからそれはありえないわ。……ありえないのに何であの織田の姫鬼神がこうも頭を過ぎるのかしら?」


 涼春は、全く論理的ではないのに正解にたどり着いた。

 ただし、この考えが正しければ、今川と織田が水面下で手を結んだ事になる。

 正に北条氏康が懸念していた事案であるが、断言するには涼春も無茶で荒唐無稽が過ぎると一笑に付し、即座に記憶の奥底に封じ込めた。


 しかし―――


 氏真が刈谷城から帰還してから、どうにも様子がおかしい。

 妙に外出したがるのである。


 そんな氏真を、女の感とでも言うべき超察知能力が開花したのか、涼春は事あるごとに氏真を先回りし続けた。

 それはもう神懸かり的な察知力であった。


 氏真としても涼春には悪いと分かっており、自分の成長の為にも見逃して欲しいが、口が裂けても『織田の家臣になったので帰蝶の元へ稽古しにいく』とは言えない。


 困った氏真は太原雪斎に頼んで、ある事を実現させた。

 向かえないなら、来てもらえば良いじゃないかと。


 疑惑が更に深まるとは思いもよらず―――



【1552年 三河国/刈谷城 今川家】


「彦五郎様、雪斎様、お待たせいたしました。大殿直属隠密部隊を率います『不破』と申します。某の副官として彼ら4名と兵100で駿府より参りました」(外伝16話参照)


 既に結婚している涼春でも息を飲む美少年と思わしき、しかし傾奇者にも程がある常軌を逸しに逸した白武者の指揮官が名乗った。


「う、うむ。遠路はるばるご苦労である。彦五郎様、次郎三郎殿(元康)、涼春殿には初めて知らせますが、桶狭間の引き分けを期に設立した特殊隠密部隊です」


「お、隠密部隊という割には、指揮官の自己主張が激しいと言いますか……」


 涼春が、つい疑問に思った事を口にした。


「涼春様、良い所に気が付かれましたな。我らに敵対する者も、某の様なこんな派手な武者が隠密部隊だとは思いもよりませぬでしょう。言わば裏の裏をかいた偽装です」


 白武者の不破が何故か震えた声で納得できる様な、出来ない様な答えを言うが、そんな言葉は涼春の耳には届かなかった。


(今川の大殿の隠密部隊……。男か女なのかも判らないなんて、姿形は常軌を逸しているけど、不思議な魅力を感じる……それに背後に控える者も全員不破殿に似た雰囲気を感じる……)


 それはそうであろう。

 白武者は斎藤帰蝶、隊長は坂茜、瑞林葵、塙直子、生駒吉乃と全員女である。

 ただそれでも、妙な感の良さを見せる涼春であっても、流石に初見で素性を見抜く事は出来なかった。


 この訓練は数日に掛けて行われたが、涼春も何か妙だと流石に気が付いた。

 正直、気持ち悪いレベルで顔を輝かして帰蝶に打ちのめされる氏真と、見るも無残な怯えた表情で付き合わされる元康。


(彦五郎様の不審な動きの原因は女と言う訳では無さそうだけど、それにしては不破殿との稽古は男女の秘め事の様な……って不破殿は男よね? なら衆道……ってそれで安心するのもどうかと思うけど、何か違う……あぁもう! 彦五郎様の浮気は違うハズなんだけど、何で納得して安心できないの!?)


 そんな光景を座して見学する涼春は、膝を抱え頭を振り懊悩とし、見かねた風魔侍女が機嫌を伺う。


「大丈夫っすか?」


 姫と忍者の身分差があるとは思えない態度だが、涼春はそれを許している。

 北条から一人やってきた身として、少しでも身近な人間が欲しかったのと、(うやうや)しくされると逆に疲れるからである。


 また風魔侍女としても助かった。


 涼春以外の誰かが傍にいるなら侍女として完璧に振舞うが、こうやって声の届く範囲に涼春しかいなければ、全神経を任務に集中できる。

 先入観を排除し物事を見極められる。

 横柄な態度も忍者としてまだ未熟な証拠でもあるが、涼春にはその未熟さが心地よかった。


「ねぇ、お摩狸(まり)。彦五郎様は織田と繋がっているんじゃないかしら!?」


「その理由を伺っても? 何故そう思うんすか?」


「あの白武者、大殿の極秘部隊との話だけど、女の匂いがするわ。それに、織田の斎藤帰蝶は女だてらに戦場に出て、、しかも白い甲冑を身に着けていると噂を聞いた事があるわ。同一人物なら全て納得なのよ!」


「えぇ……」


 摩狸は困り果てた。

 風魔侍女は涼春の世話も当然だが、風魔小太郎との連携も役目である。

 ただの愚痴も任務の内容を考えれば涼春の直感を基にした、歴とした情報でもある。

 しかし涼春の言は情報収集のプロたる自分のセンサーに、全く掠りもしないトンデモ情報でもある。

 それはそうであろう。

 涼春の被害妄想から導き出された奇跡の正解なのだから。


 上司の風魔小太郎からは、涼春の直感や疑問を無下に扱うなと念押しされている。

 例え裏の取れていない直観でも、判断材料にはなるからだ。

 しかしコレを伝えると、尾張から相模まで巻き込む争いの引き金を自分が引く事になる。


「その考え、どうしてもと言うなら小太郎様に伝えますけど」


 自分の責任ではどうにもならないと考えた摩狸は、責任の所在を明確にすべく問うた。

 情報は正確であればあるほど望ましい。

 情報には裏付けが何よりも重要で、摩狸も直観を蔑ろにする訳ではないが、この情報は真偽が無さすぎる。

 故に不確かな情報で、国を大混乱に陥れる覚悟があるのか問うているのである。


「わかったわよ。こんな事伝えて『涼春が狂った』と思われても嫌よ。だけどあの隠密部隊、本当に今川の大殿の部隊なのか裏を取って」


「……雪斎様の紹介を受けた隠密部隊が今川の大殿の部隊じゃないと思うんすね? 事実なら確かに怖ろしい事ですけど、一応、涼春様は危険を犯してはならない決まりで我らは違いますが……どの程度の危険を容認します?」


 摩狸には今川義元直属部隊ではない理由が思いつかないが、直感を一笑に付す理由も思いつかない。

 ただ、行動を起こすならリスクは負わなければならない。

 氏康、幻庵、小太郎からは絶対に不審な行動をするなと言われているが、この直観が真実ならどんな危険も犯さねばならない。


 もし、ここで何が何でも正体を暴けと命じていれば、信長の歴史改変は、信長の知らない所で破綻していたかもしれない。


「尾行だけでいいわ。どこの城に帰還するか裏をとって。その先は拠点が割れてから判断しましょう」


「了解っす」


 だが、この命令は即座に実行されなかった。

 三河の安祥にある本證寺が一向一揆を起こしたのである。(外伝17話)

 信長の知らない所で危険が迫り、その危険が、一向一揆のお陰で逸れたのは皮肉な話しである。


 訓練は中止され即座に討伐軍として動き始め、涼春達も雪斎の軍に組み込まれた。

 侍女と共に岡崎に帰還しても良かったが、白武者の正体を確認できると思い無理言って同行した。


 ただ、そんな確認が取れる機会は微塵も無かった。

 確認が取れたのは同盟者今川家の強さである。


(父上! 桶狭間で引き分けたとは言え今川の盤石に揺ぎ無し頼もしさです! 彦五郎様の活躍を見る間もなく終わってしまいました)


 涼春らは雪斎の陣にて戦況を見守ると言うより、別に全体を見渡せる場所でもない本陣で、床几に座る雪斎の後ろで同席しただけであった。


 当たり前だが、涼春が戦でやれる事など何もない。


 出来たのは座したままの雪斎が、目視もせず戦場を支配する神懸かった采配を目の当たりにした事であるが、これには戦に疎い涼春も、風魔侍女、後、何故か前線に行かない白武者の部下の一人(吉乃)も驚くしかなかった。


(……何でこの武将はココで一緒に驚いているのかしら?)


 この武者が、まさか戦闘員として完全戦力外とは知らないので、不思議に思うしか無かったが、今川の為に見事に戦う白武者が織田の手の者だと思い込んでいた事を恥じ尾行の中止を決めた。


 決めたが―――


「涼春よ! あの隠密部隊の皆様……者共の的確な射撃を見たか? 鮮やかな一撃離脱と正確な援護射撃! 特に白甲冑の者の働きは素晴らしい!」


 まるで浮気を疑われ、聞いてもいない事をベラベラ喋る男の様に、氏真は熱く語っていた。


(やっぱり彦五郎様には何故か女の気配がする……? ならば相手はあの白甲冑? って女の身であの強さはあり得ないし……。って言うか前にもこんな事があった様な? あの時は……織田の斎藤帰蝶を……!!)


 涼春は摩狸に耳打ちをした。


(尾行だけお願い! とりあえず拠点とする城だけ確定させておきましょう!)


 一度決めた尾行の撤回を撤回した。


(織田の関係者か疑うんすね?)


(違うわ! 浮気相手かもしれないからよ!)


(えぇ……)


 浮気調査の為に、帰蝶は風魔侍女の尾行を受けたが、帰蝶としても今川領で動く危険は承知していた。

 まさか尾行の理由が浮気調査だとは思いもよらなかったが、直接尾張に向かう様な馬鹿な真似は当然しない。

 尾行の有無に関係なく、そんな愚かな真似はしない。

 陸路で今川領から織田領に向かうなど、忍者でなくとも誰でも異常事態だと気づく。


 帰蝶の軍はどこの城に帰還するでもなく、三河湾から船に乗って尾張に向かった。

 陸では距離を取って尾行できても、海上まで尾行するには相当のリスクを背負わなければ不可能だ。

 船に同乗はできないし、知多半島を回り込む距離まで離れれば目視も不可能だ。


「涼春様、尾行失敗っす。船で沖に出られては追跡できません。沖に出て駿河に向かったのでしょう」


「うーん。それでも何とか……」


 諦めきれない涼春に、摩狸は窘める様に言った。


「あの白甲冑、脱げばどこの誰かも不明っすよ。それでも身元を割るには風魔の精鋭を呼ぶしか無いっす。でも涼春様の懸念も本国に知られるので騒ぎは大きくなるっすね。それにその行動は本国の相模様のお考えにも反します。ただ、どうしてもと言うなら手配はしますよ」


「……待って。まずは手紙を書きます。何の事はない普通の便りです。他愛もない世間話と共に今日の事を書き記します。あくまで公然の情報である三河の一向一揆の結末を。それとは別に伝言で『駿河に隠密部隊が結成され、不破なる白武者が指揮官』と。これなら私情も誇張のない純然たる事実。私達の危険度も最小限」


「確かに。しかし相模様が動く可能性も減るっすよ?」


「いいわ。それが父上の判断であり仕方の無い事。でもたとえ後手でも、最初の問題がどこか追えるか否かでは天地の差があるわ」


 良くわからない浮気調査と、謎の白武者隠密部隊。

 微かに繋がっている様で、太く繋がりつつ、でも偶然であり誤解であり思い違いが重なった不運と真実。

 しかも、こんな些細な事が影響し、際どい所まで信長の破綻が見え始めてしまっていた。



【相模国/小田原城 北条家】


「こ、これは一体……?」


「う、うーむ?」


「涼春が幸福で何よりだ……? と片付けて良いモノではないな。 今川の者に見つかっても大丈夫な様に当たり障りのない事を書いておるのだとは思うが、伝言では白武者の隠密部隊とな?」(外伝36話参照)


 涼春の手紙を受け取った、氏康、幻庵、小太郎は手紙と伝言の内容を精査していた。


「隠密部隊にしては派手ですが、十中八九擬態でしょう。寧ろ、周囲に存在を匂わせる事が今川殿の策かもしれません。敵も味方も含め、何らかの警戒を強いられます。誰も白武者が白武者のまま日常生活を送っているとは考えますまい。某、風魔小太郎が真実の姿を偽って喧伝していると同じく」


「なるほど。そうなると味方は自然と気を引き締めざるを得ないし、敵の間者は誰が白武者か判別せず動き辛い。一度噂が広がれば任務達成じゃ。今川殿の知略恐るべし」


 まさか、今回の白武者の出現が氏真の苦悩から実現した訓練だとは思わず、また、帰蝶が己の意に反して白い甲冑を作り上げられてしまった偶然が重なった産物とは、流石の北条首脳陣も思いもよらない。


「今川治部も引き分けたまま終わる男では無いと言う事か。同盟者としては頼もしいが、隣国が強いのはそれはそれで脅威よな。左衛門大夫(綱成)にはもう一度桶狭間の詳細を聞いておくか」


 北条首脳陣は若干勘違いをしているが、勘違いも別に悪ではない。

 警戒を強めて悪い事など何も無い。

 その警戒が空振りでも、より最悪の場合を想定して動くのが戦国武将である。

 情報とは玉石混合。

 しかも石でも後に玉に化ける可能性もある。

 その可能性を絶たない判断が出来るからこそ、北条氏康なのである。


 なお、今川義元もなんら自分と関係ないところで評価が上がった事を知る由もないが、信長にしても『白武者=帰蝶』とバレていれば今川が窮地に陥り信長の構想が破綻していたかもしれない。

 ただただ運が良かっただけであり、ギリギリのところで知らぬ間に『信長Take4』を回避したのであった。


 しかし、まだ完全回避とは行かなかった―――

次話は今月中には投稿できる様に頑張ります!


あと、別件ですが、信長Take3が6000pt達成しました!

皆様の応援のお陰です!

ありがとうございました!!




2021/7/14 追記


早川の名前を『涼春すずはる』と改めます。

理由として『早川』とは敬称であり、本名ではないからです。

帰蝶の本名が帰蝶、敬称が濃姫と同じ理屈です。


当初早川をそのまま使ったのは、史実での本名が不明だった為、また『早川』の名称の認知度も高い傾向にあると判断したため早川をそのまま名前としました。

ただ強い違和感を感じる意見もございました。


筆者もその意見を尊重し、早川から涼春とオリジナルの名前を付けさせていただきます。

紛らわしいかもしれませんが、よろしくお願いします。

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